舞台『ヴェニスの商人』│草なぎ剛インタビュー

シェイクスピア作品の中でも高い人気を誇る『ヴェニスの商人』が12月6日、日本青年館ホールにて開幕する。森新太郎が演出を務める今作では、草なぎ剛が初めてシェイクスピアに挑戦。稀代の悪役と呼ばれるシャイロックを演じるにあたり、どんな心境でいるのかを語ってもらった。

ワインが発酵するように、今だから演じられるものを

──草なぎさんは今回シェイクスピア初挑戦とのことですが、『ヴェニスの商人』にどのような印象を持っていますか?

今は『ヴェニスの商人』についていろいろ調べてみたり、脚本を少し読んだりという段階ですけど、400年前に書かれた脚本が現在まで愛され続けている魅力を感じています。

──どんな部分に魅力を?

この作品をシェイクスピアさんは喜劇として書いた、という説を見たんですよ。確かにそう聞くと、裁判シーンで女性が男装するシーンなんか、エンタメが入ってるじゃないですか。僕が演じることになる金貸しのシャイロックをみんなが戒めているところも、当時の人たちは喜劇として捉えたのかもしれない。でも、ユダヤ人のシャイロックをそんなふうに笑っていいの? 倫理的に正しいの? という、……今でいう「匂わせ」を、シェイクスピアがしていたのかな、とも思うんです。それに、シャイロックはお金を貸すときに利子をとっていたから人でなしとされていたけれど、それって現代では当たり前じゃないですか。時代によって作品の捉え方は全く変わってくる。だから今回の公演も、今やる意義があるものにできたら。いろんな「匂わせ」ができればと思いますね(笑)。

──これまでシェイクスピア作品に対する印象はどんなものでしたか?

僕、若いときに『フォーティンブラス』という舞台に出たことがあって。それは『ハムレット』に登場する売れない役者を題材にとった作品なんです。その作品のおかげで後につかこうへいさんに会うことになるわけですけど。だから、20歳前後でシェイクスピアに触れていたんだよね。当時も、深いことが描かれているなと思いつつ、まだ難しくて、遠い存在だったんです。でもあれから何十年も経って、ようやく再びこの扉が開いた。ワインが時間をかけて発酵していくように、今の僕だから演じられるものがあるんじゃないかと思っています。

舞台は自分を正してくれる場所

──草なぎさんは定期的に舞台に出演されていますが、舞台の面白さはどこにありますか?

自分と向き合える場所。ドラマや映画にもそういう面はありますけど、舞台には「ストップ、もう一回!」がないじゃないですか。その緊張感がありますよね。だから「昨日言えたセリフ、なんで今日間違ったのかな」とか、自分に問いただす時間が増えますよ。まあ、本来は他の仕事でもそうあるべきなんです。でも人間って、僕なんか特にそうですけど怠け者なので、楽な方に流されちゃう。そんな中で舞台をやると、日頃の生活、自分の思考、そういうものが正される感覚がある。だからね、舞台に出ている時期は、食べるものとか睡眠についても考えるし、朝起きた時からルーティーンが決まっていきます。自分自身が生きていくうえでめちゃくちゃ大事なことを学ばせてくれますね。

──今回演じられるシャイロックは悪役とされていますが、悪役を演じるのはどうですか?

楽しいですね。普段使わない言葉をセリフとして言ってみたり。日常とかけ離れたことができるというのが、演じる醍醐味でもありますよね。どこまで自分は悪くなれるのかという挑戦ですね。

──こういう悪役の場合、役に共感するのが難しくなりそうですが……。

僕ね、台本って自分のセリフしか読まないんですよ。で、役に共感もあんまりしない。劇場に来たお客さんを違う空気感にいざなうことが大事であって、誤解を恐れず言えば役との共通点なんてどうでもいいんです。だって、わからないですよ。本当のユダヤ人の苦しみとか、400年前に書かれたこの脚本の妙味とか。でも、わからない、何もない私を何かあるように見せるのが演技。セットもあるし、衣裳さんもプロの方だし、スタッフさんがみんなで世界を作ってくれるわけじゃないですか。その中で自分がなりきる。ハッタリでいいと思っているんです。

舞台のうえでドキュメンタリーを見せたい

──「ハッタリ」でどうやって観客の心を掴むのでしょう?

必死になったらいいんですよ。お客さんって、うまくいきすぎているのはつまらないみたい。ちょっと失敗するほうが、注目するんですよね(笑)。今って時代が変わって、たとえば演出家の要求に対して「それはできません」と言えるようになったじゃないですか。ただ、追い込まれて呼び起こされるものというのはあるんですよ。だから、必死になる必要があるんだよね。楽したら届かない場所があると思うんですよ。僕は楽はしない、ギリギリを攻めたい。声が枯れていったり、身体が疲労していったり、そういうものも含めて、ドキュメンタリーを見せたいなと思いますね。今回だって、めちゃくちゃセリフあるから、絶対に必死になるし、あたふたすると思う。どう考えても面白くなると思いますよ。

──草なぎさんが台本を自分のところしか読まないのは、相手のセリフに新鮮な反応をするためと伺ったことがあります。でも舞台の場合、稽古でどうしても全貌が見えますし、大量のセリフにも慣れる部分があると思います。その中でどう鮮度を保っているんでしょう?

おっしゃるとおり、舞台の稽古って飽きてしまう部分がある。でも、さっき言ったように自分と向き合うことをやっていくしかないんですよね。稽古のときから、稽古場に協調性を持って参加する。そういう、人として大切なことを丁寧にやっていくんです。正直、「もう本番でやるから!」と思うこと、ありますよ。特に白井(晃)さんとか、もう何回も何回も同じシーンを繰り返して、「本番までに喉つぶれちゃうよ!」と思うこともあります。でも、そこでちゃんとやる。それがまさしく「稽古」になっていくんですよ。本当にいい作品って、実は繰り返しても飽きないんです。だから「ちょっと飽きたな」を超えて向き合っていくと、新しい世界が見えて、また楽しくなっていく。本番も、同じようになっていても、どうしても同じものにはならないんですよね。

公演は、2024年12月6日(金)より東京・日本青年館ホールにて開幕する。

取材・文/釣木文恵
撮影/山口真由子
※草なぎ剛の「なぎ」は、弓へんに「剪」が正式表記