前列左から)大鷹明良、前田亜季、村井良大、大場泰正、内田健介
後列左から)石橋徹郎、小林大介、上山竜治、池岡亮介、前田一世
二十世紀ロシアを代表するウクライナ出身の作家ブルガーコフの代表作『白衛軍』。1918年、革命直後のウクライナの首都キーウを舞台に、時代にされるひとつの家族を描いたこの小説を舞台化した『白衛軍 The White Guard』の日本初演が決定した。
『白衛軍』は1924年、小説として初めて発表され、1926年に作家自身が戯曲『トゥルビン家の日々』としてモスクワ芸術座で上演。「第二の『かもめ』」と評され成功を収めた。
1917年のロシア革命により、まさに天地がひっくり返ったような激動の世を生きたブルガーコフは、ソ連体制下には、その風刺性ゆえに作品の多くが発禁処分となり、政治的抑圧を受けるなど、作家としての評価も毀誉褒貶が激しく、まさに時代に翻弄された一生と言えるだろう。体を蝕む病魔との闘いも相俟って、48年9か月の時間に燃焼し尽された彼の生涯は、ソヴィエトという国家に生きた芸術家として、永遠に記憶されるべきものだ。
この小説『白衛軍』発表からちょうど100年を迎える今年、東京・新国立劇場では、2010年に英国のナショナル・シアターで上演されたアンドリュー・アプトン版に基づき、12月3日(火)より『白衛軍 The White Guard』を上演する。この『白衛軍』は、実はブルガーコフの自伝的要素が色濃く反映されており、実際、彼も白衛軍に軍医として従軍したという。この物語で描かれる内戦の混乱は、今ウクライナで起きていることに地続きでつながっており、まさに今、時宜を得た公演といえるだろう。
演出の上村聡史と、村井良大、前田亜季、上山竜治をはじめとする総勢19名のキャストが贈る、激動の時代を生きた家族のドラマに乞うご期待!
そして、この上演決定に際し、翻訳を務める小田島創志と、演出を務める上村聡史からコメントが届いた。
小田島創志(翻訳) コメント
世界各地で続く戦争は、そこで暮らす人の命を奪い、生活を破壊し、人生を狂わせる。苦しみに引き裂かれた現在において、未来を見ることは可能なのか―ミハイル・ブルガーコフの『白衛軍 The White Guard』は、その問いを我々に突きつける。
初めて本作品を読んだとき、チェーホフの『桜の園』を1918年~19年の戦時下におけるキーウに置き換えた物語だと思った。帝政ロシアの軍人とその家族。ドイツ軍と、その傀儡となっているゲトマン。ウクライナ民族主義者シモン・ペトリューラに従う軍人たち。そして革命を進めるボリシェヴィキ。様々な勢力が入り乱れ、登場人物たちは情報や情況に翻弄されていく。翻弄されながら、一人一人がそこに生きている。信念を曲げない人物、現状に怒りを抱く人物、保身に走る人物、愛する人に寄り添う人物。そうした人物たちが、時に悲しみ、時に笑い、時に弱さを見せ、時に未来を志向しながら、生活を必死に続けていく。アンドリュー・アプトン版の台本では、原作で描かれている人間模様の普遍的な側面を、巧みに英語化している。
翻訳に当たっては、アプトン版の台詞の強度やリズムの良さを、どう日本語に移植するか葛藤している。そして、約100年前のキーウに生きる人々の何をブルガーコフが描こうとしたのか、彼がウクライナやロシアをどう捉えていたのか、解釈する努力も放棄できない。多くの戦争は「平和」や「解放」という大義名分が掲げられる。その虚飾に、その暴力性に怒りを覚えながら、今まさに戦火で苦しむ人々を思いながら、『白衛軍』に向かう日々がこれからも続くだろう。
上村聡史(演出) コメント
今から一世紀程前、社会の視座を大きく変えたロシア革命。時代の変化に希望を託した人々と、闘い敗れた人々。ロシア帝国期のウクライナ・キーウ出身のミハイル・ブルガーコフは、自らの体験をもとに、夢破れた反革命側の『白衛軍』を小説として描きました。そして『白衛軍』は戯曲となり、度重なる検閲による改稿、タイトルも『トゥルビン家の日々』として上演され、幾度となくナイフで裂かれた衣服のように、ソ連時代を潜り抜けました。
体制への鋭い批評性が持ち味のブルガーコフですが、本作は文筆活動初期の作品ということもあり、祖国の風景や思考を懸命に守ろうとした軍人たちとその家族の姿が瑞々しく描かれます。そして、“変革”という大義の揺れ動きのなかであっても、見つめ続けた人間賛歌と、それを押しつぶす全体構造への批評眼。
日本での上演歴がない本作を取り上げることは、いま世界で起きている、時計の針を逆戻しするような事態への畏れが大前提にありますが、現代の価値観を見つめるのと同時に、先人たちが日々の生活から培った想像力に、いま一度、敬意を示す必要がある気がします。それは、社会を良くするためというエクスキューズによって生まれた理性の文言ではなく、日々の暮らしや他者との生活で培われた感性から生じた想像力。
果たして、現代に生きる私たちは、先人たちの未来に託した思いを受けとめて、世界を歩めているのか。私たちの生活は、いまや未来に限らず、過去が培った想像力を破壊しているのではないか。近代戯曲といわれる古い作品ではありますが、現代に怒りを覚えながら、“変革”という裂け目に、己の信念にさえ疑念を投げかけながらも、まだ見ぬ未来に光を見出すために生きもがいた人々の声を、劇空間に届けたいと思います。
あらすじ
革命によりロシア帝政が崩壊した翌年──1918年、ウクライナの首都キーウ。
革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いの場となっていた。白衛軍側のトゥルビン家には、友人の将校らが集い、時に歌ったり、酒を酌み交わしたり…この崩れゆく世界の中でも日常を保とうとしていた。
しかし、白衛軍を支援していたドイツ軍によるウクライナ傀儡政権の元首ゲトマンがドイツに逃亡し、白衛軍は危機的状況に陥る。トゥルビン家の人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれていく……。