お客さんが次々に自分の過去を話しはじめた
見たら何かを語りたくなる作品「て」
ハイバイ結成20周年の節目に上演される「て」は、これまで何度も再演を重ねてきた劇団の代表作。祖母が認知症になったのをきっかけに、バラバラだった家族がもう一度まとまろうとする物語だ。作・演出の岩井秀人の家族をモデルにした……というより、ほぼ実話なのだという。
「妹が見に来て、『これを他人に見せる意味がわからない。(実話すぎて)面白い・面白くないという感覚では見られない』と言ってました。初演は16年前なんですけど、当時はもう書くことがなくなっていて、『書けるとしたらこの話しかない』と思ったんですよ。『他人が見て面白いと思うかはわからない。でも伝わらなくても諦めがつくくらい、自分のための作品を作ろう』という感覚になったのは覚えてます。それで、当時のことを母親に聞いてみたら、僕とはまったく違う目線でとらえていたのが衝撃的で。『僕の目線と母の目線、両方書かなくちゃダメだ』と思いました。だからある種、箱庭療法みたいな作品で、『演劇使ってなに自分のカウンセリングやってんの?』と言われそうなところがあったんですけど、結果がどうだったとしても、これで自分の中での<演劇>がすごく進むという体感があったんです。ただ、それがお客さんに伝わるのは難しいだろう、とも思ってました」
ところが予想に反して、初演の「て」は当日券を求め長蛇の列ができるほどの好評を博す。さらにそのとき、ある不思議な現象が見られるようになったという。
「初演だけでなく再演でも同じ現象が起きたんですけど、見に来たお客さんが次々に、『私の家族は……』と自分の過去を話しはじめたんです。作品や芝居がどうこうという話ではなく。別にお客さんが僕と同じ体験をしていたわけでもないんですよ。僕みたいに暴力をふるわれた話ではないけれど、親からずっとプレッシャーをかけられていたとか、コントロールされていたとか、そういう話がどんどん出てきた。そういう話をたくさん聞けてよかったと思うし、それ以上に、その人がそうやって家族の話をできてよかったと思いました。そのきっかけがなければ、家族の話を外に出すことはなかったかもしれないので。そのときに、自分が演劇をやる意味を与えられた気がしましたね。ハイバイの作品は<私演劇>と呼ばれるようになりましたが、『て』はそのきっかけとなった作品です」
見ればきっと何かを語りたくなる、ハイバイ「て」。岩井秀人の目線、岩井の母の目線、そしてあなたの目線が加わって、この作品は完成するのかもしれない。
インタビュー&文/前田隆弘
Photo/平岩享
※構成/月刊ローチケ編集部 11月15日号より転載
※写真は誌面と異なります
掲載誌面:月刊ローチケは毎月15日発行(無料)
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【プロフィール】
岩井秀人
■イワイ ヒデト
2003年にハイバイ結成。2012年に『生むと生まれるそれからのこと』で向田邦子賞、2013年には『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。