KERA CROSS 第六弾『消失』|河原雅彦インタビュー

KERA CROSS 第六弾 『消失』が2025年1月から2月にかけて上演される。

「KERA CROSS」とは、劇作家・演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲を、才気溢れる演出家たちが異なる味わいで新たに創り上げるシリーズ。2019年から鈴木裕美、生瀬勝久、河原雅彦、三浦直之、そしてKERA本人による演出で5作連続上演され、注目を集めた。今回は新シーズンの第1弾として、KERAが主宰する劇団ナイロン100℃の代表作のひとつ『消失』が、河原雅彦の手により上演される。

出演は藤井隆、入野自由、岡本圭人、坪倉由幸、佐藤仁美、猫背椿。演出を手がける河原に話を聞いた。

稽古序盤は、数行やっては止め、数行やっては止め

――KERAさんの戯曲を演出するのは3作目となりますが、今回なぜ『消失』を選ばれたのですか?

「KERAさんの戯曲は2021年にこのKERA CROSSで『カメレオンズ・リップ』、2022年に『室温』をやらせてもらったのですが、『カメレオンズ・リップ』の時点で『消失』は僕の中で候補に浮かんでいました。この3本に共通しているところはバッドエンド。そのあり方も、傍から見るとどうにも最悪なんですけど、そこ(劇中)にいる人たちにとってはそれこそが唯一の希望や幸せだってりして、見ていると言いようのない締め付けられる気持ちになるタイプのもので。僕はバッドエンドが好きなんですけど、そこはKERAさんらしさだと思うんですよね。『消失』に関しては、後味的には違いはあれど、それ的なタイプの作品です」

――これまで2作、KERAさんの戯曲の演出を手がけていかがでしたか?

「KERAさんの戯曲って隙間なくセンシティブに書かれているからやっぱり難易度が高い。だから稽古場では疲れることしかないです。特に稽古序盤は、数行やっては止め、数行やっては止め、みたいなことばかりで。そこにトライすることはとても勉強になるし、数年に一回は通らないと肩がなまっちゃうような感じもあります。他の戯曲がラクということでは決してないんですけど、KERAさんの戯曲は本当に突き詰めて考えなきゃ立ち向かえないし、そうやって取っ組めば取っ組むほどおもしろいから。そういう戯曲ってそうそうないです」

――戯曲の特徴はどんなところだと思われますか?

「作劇のあり方が特殊な作家さんで、稽古と並行してその人(俳優)を見ながら書いているから、その時々のその俳優さんの味がいっぱい詰まったものになっている。そのぶん別の俳優さんでやること自体が難しいというところはあります。別に初演の人たちを超える超えないで芝居をつくっていないけれども、初演の俳優さんを別の俳優さんがなぞったとて、そのおもしろいさは出ないです。だから『カメレオンズ・リップ』も『室温』も(劇団公演ではなく)プロデュース公演の戯曲なんですよ。それは僕の中で大きな選択基準でした。プロデュース公演には(ナイロン100℃の劇団員ではない)外部の俳優さんも数多く参加していますから」

――ああなるほど、そういう選び方だったのですね。

「劇団公演は濃すぎる。旧知の人たち(劇団員)でつくっていて、込められた味がなにせ色濃い。だからプロデュース公演のほうがまだ突破口が見つけやすいと思って、その2本で修業しました」

――そしてついに。

「そう(笑)、ついに劇団のものをやってみようというのはありました。どうなるかもわからないですけど」

戯曲に向き合うほど『はあ……ぜんぶじゃん』って

――『消失』はどうつくろうと考えていらっしゃいますか?

「まず出演者は、エンタメ気質を持っている方々に声をかけさせていただきました。みなさん、そういう部分で信頼できる人たちです」

――どうしてエンタメ気質を持つ方に声をかけたのですか?

「そこはこれまで2回の経験を踏まえてかもしれない。今回はサービス精神を持った人たちでやったほうがいいんじゃないかと思いました。さっき少し話しましたが、KERAさんの戯曲は初演をなぞっても今一つおもしろくならないんです。当時はその俳優さんが演じていたから普通にやっていてもおもしろかったんだけど、別の人が普通にやるとなにも風が吹かないんですよね。でもそうなるのはその俳優さんが悪いわけではないし。特に『消失』はナイロン100℃の精鋭中の精鋭(大倉孝二、みのすけ、犬山イヌコ、三宅弘城、松永玲子)と八嶋(智人)くんが出演者で、その要素が随所にあります。だから今回はちょっと角度を変えて、エンタメ気質の人でやったほうが違うものが生まれると思いました。もちろんベースはKERAさんの戯曲で、それを絶対的に大事にするというのはルールです。でもこの人たちはそんなこと百も承知で自分のセンスを織り込みますから。そのうえで自分なりに楽しませるとしたらどういうふうにすればいいだろうって考えられる感性を持っている人たち、というのが今回の基準です。そういう遊び心を持ってないとなかなか」

――この中では岡本圭人さんだけが河原さんと初タッグですね。八嶋智人さんが演じた役を岡本さんが演じるというのは意外性があって楽しみです。

「公演を観た人は『八嶋くん以外があの役を?』ってなるくらい八嶋くんにハマっている役なんですけど、だからこそ圭人くんみたいな人がやるほうが、どんなふうになるか想像できないんですよね。そういうチャレンジをひとつ入れ込むのも刺激になるんじゃないかって。圭人くん自身もこの作品をとても好きだったそうで、前向きに『やりたいです』と言ってくれていました。ただ彼は超真面目な舞台俳優ですから。僕含めみんな、圭人くんの真面目さと演劇熱に反省しながら稽古場から帰ることになるかもしれない」

――(笑)。以前河原さんは、KERAさんとは「水と油のよう」ともおっしゃっていましたし、疲れることしかないと言いつつも、3作も手がけたくなる理由はなんですか?

「はい、水と油。普段つくっているものの種類は全然違います。同じ演劇でも、僕の趣向とKERAさんの書かれている世界は真逆なんです。でも真逆でも、KERAさんの戯曲、KERAさんの演劇のおもしろさはこれまでも客席で幾度となく味わっていて。まあ、よもやつくる側になるなんて思いもしなかったですけどね。もちろんミュージカルにはミュージカルの、翻訳劇には翻訳劇の、ジャンルごとの大変さはあるけど、KERAさんの戯曲はほんとに……濃い……濃いお芝居ですよ。僕、最初の『カメレオンズ・リップ』の時、別に全部笑わせなくてもいいんじゃないかと思っていたんです。笑わすってことを意識しなくても書かれていることは成立しているし、“あて書きだから笑いになっている部分”とかは無理して笑わせなくてもと思っていた。だけど戯曲に向き合えば向き合うほど、『ここの笑い、必要なんだ……』『ここでちょっとお客さんの気持ちを揺らしたりリラックスさせることって必要なんだ……』『はあ……ぜんぶじゃん』って。向き合うとそうなるんです。笑いの部分ひとつとっても発見発見の連続で、その他にも演劇人として意義のある体験が多いんですよね。だから今回も楽しんで臨もうと思っています。大変は大変ですけど」

取材・文:中川實穗