『中村七之助 特別舞踊公演 2019』取材会レポート

七之助がお染、久松、お光、お六の“四役早替り”を披露する特別舞踊公演

毎年恒例の中村屋一門による全国巡業公演、2019年3月は初めて七之助を中心とした座組が実現し、七之助が名誉館主を務める“かしも明治座”などの芝居小屋と各地のホール、全国12カ所をまわることが決定。演目は、七之助が中村鶴松らとともに中村屋ヒストリーを語る“芸談”、鶴松による舞踊『汐汲(しおくみ)』、そしてこの公演でしか観られない特別な演目『隅田川千種濡事(すみだがわちぐさのぬれごと)』の三部構成となる。この『隅田川~』は、鶴屋南北作『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』をもとに見どころを抜粋、今回の公演のために新たな演出を施したもので、七之助はお光、お染、久松、お六の四役早替りを披露する。

 

2018年12月に都内某所で今作についての囲み合同取材会が行われ、まずは今回の巡業公演の内容について七之助が意気込みを熱く語った。

 

七之助「これまでずっと兄弟で、あまり気軽に歌舞伎を観られない方たちにもぜひ歌舞伎を観ていただきたいという想いで全国各地で続けてきた巡業公演ですが、兄が大河ドラマの主演をしております関係で今回は私が微力ながらひとりで、この座組で実現させていただくことになりました。今回はながめ余興場や東座、かしも明治座という昔ながらの芝居小屋も含めて、全国をまわらせていただきます。演目については、まず鶴松に立役でも女方でもどちらでもいいよ、何が踊りたい?と聞いたところ、考えて考えて彼が出した結果が『汐汲』でした。確かに『汐汲』はしっかりとした舞踊ですし、そのあとのお染の踊りの前にやる演目としてちょうど適している踊りではないかなと思います。そして『隅田川千種濡事』は、いつもは常磐津で上演するところを今回は長唄に変えまして。振りに関してはいつも通りいくのか、多少変えるのかはまだ稽古に入っていないのでわかりませんけれども。歌舞伎をあまり観慣れないお客様が多くいらっしゃるとなると、早替りというものをナマで観たことがない方もたぶん多いのではないかと思うんですね。ちなみにこの演目をやろうというのは、(中村)いてうからの意見だったんですよ。実は人数的にはとても大変で、本当にいっぱいいっぱいで、誰一人欠けてもできないという状況になりそうです。もう、これはある意味挑戦ですね(笑)。でも、だからこそやる意味はあると思っています。踊りがきちんと見せられるのはもちろん、男女の早替りも見せることができる上、エンターテインメント性も高いものになるはずですし。一生懸命、踊らせていただきます」

続く記者との質疑応答でも、七之助はさまざまな話題に気さくに回答。『隅田川千種濡事』、および『お染の七役』に関しては、ちょうど12月に歌舞伎座で上演されていた中村壱太郎の稽古にも毎日のように付き合っていたということもあり、改めて思うことが多かった様子。

 

七之助「人に教えることで、こういう風にしたほうがいいんだろうなと気づくことが多く、自分としてもとても勉強になりました。ただ今回は巡業なのでよけいにバックヤードは、かなり大変なことにはなると思います。だけど、それをあえて昔ながらの芝居小屋でやりたいんです。だって昔は、これを実際に四苦八苦しながらやっていたわけですからね。ですからいつもの巡業公演であれば1、2時間前に所作の具合を確かめて、広さなどを確認するくらいでぶっつけでもできるんです、それまでにすでにたくさんの稽古を積んでいますから。だけど今回は絶対そうはいきませんね。もっと早い時間から小屋に入って、動線を全部決めておかないと。きっと、毎日が初日みたいなことになるかと思います」

 

『お染の七役』がベースになるとはいえ、今回はその七役のうち四役しか登場しないことになるわけだが、その点は抜かりなく最初の“芸談”で物語の経緯などは説明するつもりだとも。いつも以上に気配り、およびサービス精神満点の構成になる模様だ。また、その芸談コーナーでは秘蔵映像を使ってのトークも繰り広げられるとのこと。

 

七之助「まだ具体的には決めていませんが、中村屋の秘蔵映像などを披露しながら、それを踏まえてお話ができればと考えているんです。平成も間もなく終わりますが、その平成を駆け抜けた、父が亡くなる前からの出来事も含め、どういうことがあってこうなったんだというのも映像を見ながら語れば楽しそうですしね。鶴松がまだ若い時の写真もいろいろありますし、地方の芝居小屋をまわった時の写真も面白いものがたくさんあるので。そういう映像をふんだんに取り入れながら、中村屋のヒストリーを楽しくお話しできたらいいなと思っています」

 

加えて今回は、鶴松を筆頭に中村屋の弟子たちの活躍ぶりにも期待を寄せる。

 

七之助「これまで、ひとりで鶴松が踊る機会というのもあまりなかったんですが、彼の踊りを僕はとても好きなので、今回は自信を持って踊ってほしいと思っているんです。女方で、ひとりで踊るということってなかなか経験できないことですしね。ひとりで大役を務めるという精神論的な意味でも成長を期待していますし、どう踊ってくれるのか僕もすごく楽しみなんです」

 

そして、振り返ると七之助にとって2018年はどんな一年だったのだろうか。

 

七之助「2月は博多座で『お染の七役』をやらせていただき、この時はいろいろ考えました。お染の七役というと、最初は“妙見参り”から始まるところですが、その前をつけてみようと。そしてダブル早替りという、あまり歌舞伎ではやったことがないであろう試みをして、うちの兄貴にも走ってもらい(笑)、お客様に大変喜んでいただきました。そして3月は巡業で各地をまわらせていただきまして、6月には『切られの与三』で初めてコクーン歌舞伎で立役をやらせていただいて。7月にはスペイン公演に行き、8月は納涼歌舞伎で『心中月夜星野屋』という新作をやり、9月には今度はパリ公演に行き、そしてありがたいことに10月は歌舞伎座で、そして11月は中村座で、父の七回忌追善を行うことができました。自分で今、こうして言っただけで、いろいろなことをしたなあ、充実した一年だったなあと思います。新しいこともしつつ、古典も一生懸命勉強しましたし。兄と一緒に舞台に立つ機会がいつもより少なかったからか、特に自分のやりたいこと、こういうことがしたいという想いが次々と叶った一年だったようにも思います」

 

ここで「今年を漢字一文字で表すと?」という質問が出ると、それには「海外の“海”かな」と即答。

 

七之助「本来は父の追善の“追”なんでしょうけど、僕自身の一年と考えると、“海”という字が浮かびました。海外公演に2回も行く年というのも珍しいことですからね(笑)」

そして、2019年もまた引き続き忙しく、刺激的な一年になりそうだとも語った。

 

七之助「まずは『壽 初春大歌舞伎』での『廓文章』の夕霧という大役が控えておりますし。幸先がいいですよね、正月を歌舞伎座で、しかも夕霧で迎えられるなんて。なかなか役者として味わえないくらい、ありがたい年の幕開けになります。そして3月にはまさにこの巡業公演でいろいろと挑戦をさせていただきまして、4月は面白いメンバーで、四国こんぴら歌舞伎大芝居に出させていただきます。第三十五回記念ということでもあり、父の思いも引き継ぎながらやれることは大変うれしいことです。5、6、7月の公演についてはちょっとまだ言えませんが、8月は納涼歌舞伎だと思います。9月も面白いメンバーで、久しぶりに愛之助さんと中車さんと3人で南座に出ます。11月には、初めて中村座が九州に渡って小倉で公演することになりました。そして12月は先日発表がありましたけれども『風の谷のナウシカ』を歌舞伎化ということで、さあどうなる!?というね(笑)。僕は11月下旬ギリギリまで小倉なので、あまり稽古に出られないのがとっても悔しいんですけれども。でもこれについては菊之助さんから直接電話がかかってきて、力を貸してくれと言われていますので、演出のほうでもいろいろ僕も力になりたいなと思っているんですよ。こうして今、自分で言っていてもワクワクしてきました(笑)。2019年も、ぜひ楽しんでやっていきたいと思います」

 

ここ近年で次々と大役への挑戦も続き、絶品の美しさに加え、頼もしさや大きさ、力強さをも感じさせるようになってきた七之助。その姿を間近で観られる絶好のチャンスでもあるのが、この特別舞踊公演というわけだ。この機会にぜひ、各地の芝居小屋、ホールへと足を運んでみてほしい。

 

取材・文/田中里津子