スーパー歌舞伎II(セカンド)新版オグリ 市川猿之助 インタビュー

1991年(平成3年)に初演され、社会現象を巻き起こした市川猿翁による伝説のスーパー歌舞伎『オグリ』が、脚本・演出を新たに、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)『新版 オグリ』として初上演される。

中世から語り継がれる、若き小栗判官(おぐりはんがん)の波瀾万丈の物語が、梅原猛の原作、横内謙介の脚本、市川猿之助と杉原邦生による演出、スーパーバイザー市川猿翁のもと、28年ぶりに新たな解釈にて上演される。主人公・小栗判官役で交互出演するのは、市川猿之助と中村隼人。

市川猿翁の「古典歌舞伎の魅力的要素である音楽性と視覚性を活かした上で、なおかつ現代人の感動できる“三つのS(ストーリー、スピード、スペクタクル)”の要素を持った、時代とともに生きる歌舞伎を創りたい」という思いから誕生し、現在は四代目市川猿之助が「Ⅱ(セカンド)」としてその精神を受け継ぐ「スーパー歌舞伎」の世界で、果たしてどう表現されるのか。猿之助に話を聞いた。


――今回、数ある作品の中から『オグリ』を上演することになったのはなぜですか?

猿之助「初演から時間が経っているということと、物語がしっかりしていて再演に耐えうる脚本だということ。そういう理由からこの作品を新版として上演しようと思いました。梅原先生が今年お亡くなりになったので、その追悼も込めてですね」

――『オグリ』の物語は、武術や馬術にも長けた美貌の若者・小栗判官が、相模の国の照手姫(てるてひめ)と恋に落ちるけれど、掟を破って契りを交わしたことから姫の父に殺されてしまう。閻魔大王によって餓鬼病(がきやみ)の姿として娑婆へ送り返された小栗判官は、歩くこともままならず、善意の人が曳く土車に乗り、治療のために熊野を目指すことになり――というお話ですが、猿之助さんはどのようなところに魅力を感じていますか?

猿之助「高貴な人が落ちぶれて、そこから再生するという、典型的な日本人の心情に訴える構造を持ったお話ですし、それを初演で梅原先生が面白い解釈をなさっていて。梅原先生のテーマでは、小栗判官というのは“ロマンの病”なんです。自分の理想を追求するために命をかける。それで周りの人が苦しい思いをしようが別にどうでもいい。自分がロマンを追い求め、それを叶えることがものすごく大事だと思っていた。でも人生の艱難辛苦(かんなんしんく)を経て、そういうことじゃないんだって気付く。周りの人の協力だとか、そういうことの大切さに気づいていくっていう。いわゆる青年期から大人への成長の物語です。今回は特にそこをハッキリと出していきたいなと思っています。現代ってそういうところあるじゃないですか。目的を達成するためなら多少の犠牲は厭わない、みたいな。でも周りも幸せにならなきゃそれは真の幸せじゃないと思うのです。今回はそういうところに話を持っていこうとしています」


――照手姫との恋もありますが。

猿之助「もちろん恋愛も出てきます。ただ、照手姫だけをピックアップするってことは、私はしたくありません。群像劇にしたい。それぞれが人生を背負っていて、運命のしがらみに巻き込まれながら、みんな生きていくっていうものにしたい。初演での“ロマンの病”は、自分の理想の女性を求め、次々に女性を愛するっていうことでした。でも横内先生と『今はもうその様なことはロマンに結び付かない時代になっている』と話して。だったら現代ではなんなんだろうって考えて、刹那かなって。今さえ楽しければいいっていう刹那的な生き方に変えてみようと。そういうことで今回『新版』として脚本を全く変えようと思っているんです。」


――中村隼人さんとの交互出演ですが。

猿之助「そうですね。彼は今ちょうどテレビドラマで主役もやってますし、若い世代には彼の方が浸透しているんじゃないでしょうか。だから私はそれより上の世代担当で、彼が同世代担当(笑)。同じ演出といっても、扮装も少し変えるし、誰が主役を演じるかでテイストももちろん変わると思います。隼人くんが小栗判官を演じるときは、私はもう一人のキーパーソン遊行上人(ゆぎょうしょうにん)というお坊さん役で出ますからね」


――そうなんですか!

猿之助「私が遊行上人で出ると、おもしろい絡みになると思う。私は彼より役者としても人生でも先輩だし、役でもそうなるということになる。実人生と物語の年齢が重なるのは、隼人くんが主役のほうですよ。そういう魅力はあるんじゃないかな。私が主役をやるときは、芝居としてそのリアリティを見せないといけないけどね」


――では、猿之助さんが小栗判官をやるときは逆?

猿之助「隼人くんは、小栗判官と同じような立場にいる遊行上人になる。お坊さんだって聖人君子じゃないから、小栗判官と同じように悩みを持っていて、共感しつつも『自分のことを信じてくれ』みたいな。小栗判官と遊行上人が並んで歩く感じ。そうなると交互出演で役の解釈がどんどん違ってくるよね。楽しみ。」


――前作のスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』のときにも若手を育てたいとおっしゃっていましたが、隼人さんが交互出演を務めるのはそういった意味もありますか。

猿之助「育てるという意味と、私がラクしたいという意味もある(笑)。色々な意味を込めて、交互出演というのは必要だと思っています」


――一緒に演出をされる杉原さんもお若いですが、若手を育てるという意味もあるのでしょうか?

猿之助「そうですね。そういう意味での抜擢でもあります。ちらしなどではどうしても私の名前が先に載っちゃうんですけど、実質的には彼にほとんど任せていて、杉原くんのやりたいことを私がサポートする、というカタチです。杉原くんは『ワンピース』のときは演出助手だったけど、彼は木ノ下歌舞伎とかでも活躍していますしね。今、杉原くんと話していて私もついていけないところがある。私の世代じゃもう言っていることがわからないですよ(笑)。僕の発想にないことができるからおもしろいと思いますよ。」


――これからだとは思いますが、演出プランでなにか聞けることはありますか?

猿之助「初演は舞台が鏡張りだったんです。でも本当は伯父の猿翁は床まで全部映像を使ってやりたかったんですよ。だけど平成3年ですからね、それをやると莫大なお金がかかるので、諦めて鏡張りにした。でも今ならLEDがあるので、やっと伯父のやりたかったことができるようになった。いろんな仕掛けを考えてますよ。」

――技術が追いついたということですね。

猿之助「スーパー歌舞伎のやりたかったことがようやくできるっていうことでしょうね。あとは杉原くんが『地獄の場面は真っ白にしたい』とか言うから、おもしろいなと思っていて。地獄っていうと普通赤とか金とかだけど、真っ白。閻魔様も白。おもしろいですよね。ただ、白だと長期公演だと汚れが目立っちゃうから。そこはどうしようって話になって(笑)。そういう現場の意見も聞きながら考えているところです」


――見せ場的なものも変わりますか。

猿之助「そこも変わってきます。今まで見せ場だった馬の曲乗りシーンは、現代ではもう驚かれないところもあると思うんですね。もっと違うところをのばそうかなって。今回は地獄の場面がスペクタクルになりそうですよ。今までは地獄に落ちてもすぐ帰されてたけど、今回は地獄で大暴れして、血の池地獄でびしょ濡れの立廻りをやろうと思っています。衣裳でも、杉原くんが『小栗党っていうのはつまり不良集団だから』と言っていて。見せられた写真が、バンダナ巻いてキャップ被ってみんな同じ服装で歩くような……ストリート系ファッションみたいな感じ。そういうふうにしたいって言うので、多分そうなるでしょう(笑)」


――では猿之助さんもストリート系のスタイルを?

猿之助「いや、さすがに私は似合わないと思ったから、それは勘弁してくれって言いました(笑)。そこは隼人くんに任せます。」


――猿之助さんは『新版 オグリ』はどんな作品にしたいと思われていますか?

猿之助「『歓喜』。みんながもうね、とりあえず喜んで劇場を出るような、とりあえず嬉しくなっちゃうような芝居。わけもわからず歓喜の涙を流すくらいの、幸せになるような芝居をつくりたいと思いますね。最後にみんな踊って欲しいんですよね。みんなで踊りたい。ラストの場面が初演では念仏踊りなんだけど、そこをうまい仕掛けで、みんなが踊れるようななにかにしたいですね」


――若い世代に観て欲しいという思いがありますか?

猿之助「それはあります。その世代にアピールするのが隼人くんの仕事だと思うので、彼にがんばって宣伝活動してもらいます(笑)」


――若い方は「歌舞伎」と「スーパー歌舞伎」って何が違うのって思われている方もいらっしゃるかもしれないので、改めてご説明いただけますか?

猿之助「でも、そこは考えなくていいんじゃないですか。そういう“線”はもういらないでしょう?そんな時代になっていると思います。逆にスーパー歌舞伎を観た人が古典歌舞伎を観て『新しい!』と思うかもしれない。『なにこのスローな動き!』みたいな。ぜひ観に来てください!」

 

取材・文/中川實穂