オグリ=市川猿之助
10月6日より新橋演舞場で初日を迎えたスーパー歌舞伎Ⅱ<セカンド>「新版 オグリ」の公開舞台稽古が、初日を目前に行われた。本作は1991年に初演されたスーパー歌舞伎「オグリ」の脚本・演出を一新し、市川猿之助と中村隼人が小栗判官/遊行上人役を2人の交互出演で上演される。
稽古前の囲み取材で、2人は「大きな賭けを前にしたときのようなヒリヒリした気持ち。多分、勝つと思います(市川猿之助)」「従来のスーパー歌舞伎とも違う、いい仕上がりになっている。作品の力になれれば(中村隼人)」とそれぞれコメント。平成に伝説を打ち立て、令和で新たによみがえるオグリの物語に自信をのぞかせた。記者とのおもなやり取りは以下の通り。
――いよいよ明日が初日となりますが、今のお気持ちは?
猿之助 初日前の独特の…勝つか、負けるかといったヒリヒリした感覚ですね。僕はラスベガスが好きなんですが、超高額のスロットマシンで当たるか外れるか、といった心境です。まさにギャンブル。…多分、勝つと思います。大変いい仕上がりになっている。今までのスーパー歌舞伎とも違うし、ワンピースともまた違うし。そのあたりは、期待していただけると面白いんじゃないかと。
隼人 今日、通しでの舞台稽古は初めてでした。昨日、猿之助兄さんのオグリを通しで観たときに舞台全体を初めて観ました。非常に楽しみな仕上がりでした。お兄さんが言った通り、ワンピースでも従来のスーパー歌舞伎でもない作品に仕上がっているのではないかと思っています。自分も今回は2役をさせていただくので、その作品作りの力になれればと思います。
――猿之助さんの通しを観て、どのあたりが楽しみだなと感じましたか
隼人 オグリという男は割と荒くれ者で、現代でいうところのヤンキー集団じゃないですけど、そういう集まりの人たちを猿之助兄さんがどう演じるのか、という部分が面白いですね。そんなすべてを持っていた男が、閻魔大王の罰ですべてを失って、餓鬼病になって…という落差。そこから人の優しさや繋がりを大事にするという心情の変化が、僕はすごく素敵だなと思っているので、そこを注目していただきたいです。
――猿之助さんは、隼人さんの演技をご覧になってみていかがですか
猿之助 2人、(同じ役ですが)まったく別ですね。人生をより多く経験している人と、若さの絶頂にある人と、どういう違いが出るか。今回は群像劇として作っているので、スーパー歌舞伎を今まで支えてくれたチームに、セカンドから来てくれたチーム、そこに新たな仲間が加わっていまして、みんな個性的。特に小栗六人衆なんかは、人気投票してブロマイドの売れ行きを勝負しようか、なんていうくらいみんなそれぞれに個性があっていいんですよね。
左:オグリ=市川猿之助 右:遊行上人=中村隼人
――稽古で大変だった部分は?
猿之助 今回のセットは映像と鏡だけなので、芝居が巧くないとまったく面白くない。芝居力がモロに出ちゃう。何も助けてくれない。彼らのストレートな心がスパーンと出ればいいな、と思って。彼らには想像以上の、力量以上のものを要求しているので、(稽古でのことを)跳ね返して、初日から爆発していただければと思います。
――アドバイスとかもしている?
猿之助 …まぁ、聞きにくればね(笑)。僕は静かに見守るタイプなので。彼は(中村隼人)先輩として、よくしていると思います。
――衣装がポスターとは迫力が全然ちがいますね
猿之助 着方がぜんぜんわからない(笑)。ここに鎖がついていたりとか、歌舞伎と違うから。僕は戸惑うわけ。こっち(隼人)は慣れてるだろうけど、こういう格好は。
隼人 いやいや、でも、こんなに装飾品が多くて。ポスター撮りのときともまた違っているんですよ。装飾品が増えたり、パンツ部分も変わっていたり。より、動きにくくなってます(笑)
――重さもある?
猿之助 これはまだ軽いほうですね。
隼人 ほかの衣装のほうが重いです。豪華絢爛な衣装になってますので。
――スーパー歌舞伎Ⅱの第3弾にオグリを持ってきたのには、なにか理由がある?
猿之助 叔父がオグリをやったのが二十数年前なんです。その時にやりたかった演出があるんですね。それが、映像を使うこと。その当時は、叔父の演出の発想に、技術が追い付いていなかったんです。やっと現代、平成が終わって令和の時代になって、やっとできるようになった。やっと、叔父の発想に時代が追い付いたんです。それを僕の体を使ってやろうということです。ぜひ、やりたいと。暗いニュースが多い中で、人生、人は幸せになるために生まれてくる、みんな幸せになろう、って一見陳腐かもしれないけれど、やっぱりそこに立ち返っていきたいっていうね。
――見どころ、挙げるとしたらどこ?
猿之助 今回は、このスーパーリストバンド。ワンピースではスーパータンバリンでしたが、今回はみなさんに腕に着けていただいて、最後の歓喜の踊りの時に盛り上がっていただきます。サイン入りですし、電池を入れ替えればまた(光って)使える。タンバリンよりも使い道が多いと思います(笑)
隼人 暗い道で使っていただいたりね
猿之助 (劇中で)僕らも付けますし、みなさんにもつけていただけたら、それが鏡に反射して光の海になる予定ですので、ぜひみなさんで!
――そのほかにも大掛かりな仕掛けがあるんですよね
猿之助 それもありましたね(笑)。水の立ち回り、馬に乗っての両端の宙乗り…演劇自体はスペクタクルで、今回は泣ける芝居です。今までで一番、深い芝居じゃないかな。
隼人 その通りだと思います。今回、左右同時の馬に乗っての宙乗りというのは、歌舞伎史上初めてとうかがいました。その他プロジェクションマッピングだったり、LEDのパネルを使った映像表現。客席の見る場所に依ってもまた見え方が違ってきて、あえて鏡に光を反射させるような演出も僕はいいなと思います。今回は、お客様の頭上が星空になるような演出もあります。
猿之助 二十数年ぶりにオグリをリメイクいたしました。歓喜と愛の物語、最後は歓喜の渦に客席舞台一体になって歓喜の踊りを踊る、歌舞伎史上初めてのことをやりたいと思っております。一人でも多くの方に、観て頂きたいと思います。劇場でお待ちしております。
オグリ=市川猿之助
囲み取材の後で行われた公開舞台稽古では、小栗判官を市川猿之助、遊行上人を中村隼人が演じた。
物語のはじまりは花嫁行列。舞台上だけではなく、客席後方から提灯を持った人々が現れ、一気にオグリの世界に会場を引き込んでいく。舞台上には大きな鏡が設置されており、その鏡が水面ようなゆらめきで提灯の明かりを映し出していた。その幻想的な輿入れの雰囲気を打ち破るような怒号。花嫁を奪いに、小栗党の面々が現れたのだ。活気ある大立ち回りの末、花嫁の照手(坂東新悟)は小栗党に連れられて行った――。
ここでタイトルオープニングが入るが「OGURI」のアルファベット文字にプロジェクションマッピングなど光の演出で小栗党六人などが紹介されていく。見得や立ち回りは歌舞伎そのものだが、そこにさまざまな現代的な演出が加わり、さらに特別なエンターテインメントへと昇華されていく。冒頭のものの数十分でスーパー歌舞伎のエンターテインメント性に圧倒された。
その後、照手は小栗党の隠れ家で初めてオグリこと小栗判官と出逢う。バラの花を手に花道から現れたオグリは、その衣装からキラキラと輝き、照手の目には自信にあふれ、自由に生きるオグリがこのように輝いて見えているのだろうと思われた。照手に恋心を抱いていた手下の無礼を詫び、家へ送るとオグリは話すが、照手は帰りたがらない。そんな照手に、オグリは自由に生きろと語った。その頃、花嫁を奪われた横山家らの面々は、小栗を殺す算段を練っていた。
縁談を取りやめるように伝えるため、横山家を訪れたオグリたち。だが、横山家ではオグリを殺すために、人には懐かぬ暴れ馬とオグリを対峙させる。目を光らせ、荒々しく猛る暴れ馬とオグリは大立ち回りを繰り広げ、なんと馬を手なづけてしまった。さらに強く破談を迫るオグリらと横山家がまさに組み合わんとする瞬間、照手が現れる。自らの口で、自由を言葉にしたいとやってきた照手。しかし、それは許されることではなく混乱の中をオグリと照手は走り去っていく――。
冒頭から歌舞伎らしい立ち回りや殺陣、見得といった見どころが盛りだくさんにあるが、猿之助が「芝居力がモロに出る」と語った通り、芝居そのものの面白さにも惹きつけられる。オグリと照手の恋模様だけではなく、小栗六人衆の背負った過去、関東武士である横山家の面々の信条、この後に照手やオグリたちが出会っていく人々とのつながりなど、ストーリーそのものの魅力も大いに感じられた。今年1月に惜しくも無くなってしまった原作者の梅原猛が描いた物語の面白さと力強さ、それを表現する歌舞伎役者たちが積み重ねてきた古典の力、そして現代の技術で成し得たエンターテイメント性の高い演出が相まってこその、リメイク版オグリなのだと痛感した。
この後、オグリらは閻魔大王を前に問答を繰り広げたのちには約10トンの水を使った噴水などのド派手ば大立ち回りや、オグリと彼を導く遊行上人が客席左右同時に宙乗りをする天翔ける馬のシーンなど、息をのむような見どころが盛りだくさんにある。終盤の客席舞台がともに一体となって舞う歓喜の踊りを、ぜひとも一同一緒になって楽しんで頂きたい。
スーパー歌舞伎Ⅱ「新版 オグリ」は11月25日まで新橋演舞場にて上演される。
取材・文:宮崎新之