10/21(水)・22(木)2日間限りのスペシャル企画公演『ザ・グレイト文楽』が大阪・国立文楽劇場で開催が決定。新型コロナウイルスにより中止が余儀なくされた文楽本公演だが、今回その再開直前に「大阪に文楽が戻ってくる」意味を込めての開催となる。
今回は文楽について全く知らない筆者が、『ザ・グレイト文楽』にも出演し、この道30年の人形遣い・吉田簑紫郎(よしだみのしろう)さんにインタビューを敢行。「そもそも文楽とは何か」「どういったところを楽しむものなのか」など初歩的な質問から今回の『ザ・グレイト文楽』の見どころまでお話を伺った。
――本日はよろしくお願いします。早速ですが『文楽』とはそもそもどういったものなのでしょうか。
「文楽という今のスタイルが出来る以前に、三味線を弾き演奏をし、太夫が物語を語るという浄瑠璃が庶民に親しまれていました。その浄瑠璃に、人形が加わり、約280年前に三味線、太夫、人形遣いの『三業』と呼ばれる演者で行ったのが現在の文楽として引き継がれているんです。それから、近松門左衛門により物語・表現が複雑化するにあたって、初めは人形遣いも1人ひとつの人形を動かしてきたのですが、ひとつの人形を3人で動かしていくことになりました。現在では人形の頭と右手を動かす『主遣い』、左手を動かす『左遣い』、脚を動かす『足遣い』の3人でひとつの人形を操っています。三味線、太夫、人形遣いの三業がひとつになって表現します。」
――『文楽』と『人形浄瑠璃』という言葉に違いに意味はあるのでしょうか。
「人形浄瑠璃を大きくし、定着させた『植村文楽軒』という方が江戸時代にいたんですが、その文楽軒から「文楽」をとって今の文楽という名前が定着していきました。」
――初心者が文楽を鑑賞する際、どこを楽しんで観るべきなんでしょうか。
「それぞれ、楽しみ方はあると思うんですけど、どこから楽しむというのは、決めずに『とにかく人形劇を見に行く』くらいの軽い気持ちで来ていただきたいなと僕は思っています。ちなみに僕は、人形が好きで文楽の世界に入ったのですが、後々『三味線がいいな』『太夫がいいな』とひとつの演目にも楽しみ方がいっぱい散りばめられていてそういった発見が後々リピートすると出てくるんですね。それから『この芝居は太夫を楽しもう』とか『この芝居は三味線の音色を楽しもう』と増えていくものだと思います。なので最初は難しい事考えずに、浄瑠璃と人形と合わさった人形劇を楽しむということを純粋楽しんでいただきたいですね」――どうしても文楽の敷居が高く感じられるのですが、鑑賞時にマナーやしきたりなどはあるのでしょうか。
「観たいように鑑賞していただけたらそれだけで大丈夫です。最初からいろいろと言われると古典芸能アレルギーみたいなのが出来てしまう。周りはお客さんに合わせて、『こういう風に見ないといけない』っていう固定観念はありません。初心者の方には、そういうことは一切考えないで観てほしいです。そこから楽しみを自分だけの楽しみを拾っていってリピートし、楽しんでもらえたらと思っています」
――鑑賞時に必要なもの、気をつけるべき服装はありますか。
「スーツを着てオペラを鑑賞しないといけない、そんな堅苦しいことも考えずに自由に来てもらえたら。欧米の人は、夏に短パン、Tシャツで来られるお客さんもいらっしゃるので気にしなくて全然構いません。カジュアルに映画や、お芝居観、ミュージカルを観にいくという感覚で来ていただいて大丈夫です。長いお芝居だと1時間半、2時間休憩に行けないなどあるのでご自身が楽な服装で鑑賞してください。中には着物を着て楽しまれている方もいらっしゃるので、着物を着る機会ととらえて頂いてもいいかもしれません。」
――演目にもよると思いますが、上映時間はどのくらいなのでしょう。
「だいたい40〜50分で休憩があるんですけど、長いものだと1時間半ぶっ通しで幕が下がらないということもありますね」
――上映前などの過ごし方というのはどうしたらいいのでしょうか。
「大体のあらすじはパンフレットに書いてあるので、それを読んでもらえると『ここはこういう場面なのか』って入りやすいかと思います。そういう知識があったほうが芝居は楽しめますけど、難しいと感じるようでしたら、そういうのは無しでも大丈夫だと思います」――ちなみに、簑紫郎さんご自身の体験として人形のどういったところに惹かれたのでしょうか。
「もちろん人形が感情を持って動くさまも魅力的でしたし、『どういう仕組みで出来てるのかな』『何の素材で出来てるのかな』とか知りたくなっていきましたね。大人の話が多いので、なかなかお子さんには難しいのですが、子どもの方にももっと興味を持ってもらえたら嬉しいです。ストーリーは二の次で人形と三味線と太夫さんの迫力だけでも持ち帰ってもらえたら。最初から全てを分かろう身構えないで来てもらうのが一番いいかなと思います」
――とりあえず、雰囲気からでも入ってみよう、ということですね。しかし太夫の言葉遣いの難しさに身構えてしまいそうです。
「実は僕も30年以上やっていますが聞き取れないこともあるんです。普段使わない言葉なので。演じる側として前もって台本は読んだりして、うまいこと作ってるなと思うことはあるんですけど、それをお客さんに求めるのはなかなか難しいですね。しかし、難しいと思う太夫の語りも日本語なのでなんとなくの印象は掴めるかと思います」
――良い言葉、悪い言葉ぐらいは大雑把に理解できますものね。
「そうなんです。それに三味線の音色のフォローもあったりするので、構えているより入りやすいのかもしれません。僕たちが外国の音楽を聴くとか、言葉を知らなくても何となくメロディー、ちょっと悲しい感じの曲調やポップなアップテンポなものを聞くと、気持ちが乗ってくるなんてことはありますよね。そういう感覚だけで抽象的に捉えてもらうだけでもいいのかなと。そこから好きになっていくともっと知っていくと思うんです。台本を見直して『あの場面はどういう言葉でどういう意味があったんかな』と調べるようになる。一回見て何となくで捉えて感じて欲しいなっていうのが一番の思いですかね」
――芝居によってはイヤホンガイドがあるようですが、どういった内容が聞こえるのでしょうか。
「お芝居の解説ですね。登場人物の説明であったり、物語の展開、時代背景、見どころなど邪魔にならないよう解説してくれるイヤホンガイドが説明してくれるんです」――そういうものがあると初心者としては安心して鑑賞できますね。また初心者におすすめのジャンル、演目はありますか。
「そうですね、短いものから長いものまでいろいろとありますが、通し狂言と言ってひとつの芝居を序幕から通しでするものもあります。『仮名手本忠臣蔵』はご存知の方もいらっしゃると思いますし、あと『義経千本桜』は10時間くらいするものありますよ」
――10時間ですか……(汗)
「そうやって聞くとなんだか気が遠くなるような感じなんですけど(笑)。でも大河ドラマを1日がかりで総集編を見るような楽しみ方ですね。歴史的なものを扱った時代物が苦手であれば、現代に通じる男女の恋愛を扱った心中物もあります。『曽根崎心中』など近松物がこれに当たりますね。恋愛の話は昔から変わらない、現在の若い人は見ても共感できるところがあると思います。あとはお芝居抜きに華やかな踊りなんかを表現した景事物があります。こちらはあんまり難しく考えないで観れるのではないでしょうか」
「あとは、抜粋して鑑賞できるものもあります。『義経千本桜』の『道行初音旅』という場面で、登場人物は2番(2人)だけなんですけど、三味線、太夫が並んで演奏し合うわけです。舞台も華やかで2番の登場人物が踊る。曲も華やかで30から40分くらいの間でギュッと詰め込んだ文楽の美しさを魅せる。あと大阪・国立文楽劇場ですと幕見。お好みの一幕を低い価格で鑑賞できる試みもしています。実施にこれを何回も見てくれるリピーターもいらっしゃいますね」
――景事物、豪華な感じというお話を聞くと興味が湧いてきました。これから興味を持った方が、文楽の道を目指そうとするとどういう道があるのでしょうか。
「実は2通りありまして、国立文楽劇場では養成、研修をしています。2年間学校のような形で国立文楽劇場の中で研修をするわけです。太夫・三味線・人形遣いになるための基礎教育を行うことを目的とし、2年間勉強して舞台を見続けて、自身のなりたいものを決めて希望を出していくものです。もう一つは僕自身がそうなんですけど、直接師匠のところに行って人形遣いになりたい、と弟子入りさせていただく方法ですね。最初は師匠のお手伝いからさせていただき、師匠の生活を見ながら舞台袖で師匠や先輩方の舞台を見て学んでいく。そういう2通りの入り方があるんです」
取材・文=さくらいけんたろう