3月5日(金)・6日(土)の石川県・こまつ芸術劇場うららを皮切りに、神奈川、東京、埼玉など全国14会場を巡る『市川海老蔵 古典への誘い』。「伝統芸能を分かりやすく、多角的に味わっていただきたい」と本公演を企画し、今回『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』にて5年ぶりに弁天小僧菊之助を演じる市川海老蔵が開催を前に都内で取材会を行った。
――『弁天娘女男白浪』を選んだ理由は?
『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』は今回4回目の上演となりますが、成田屋のお家芸以外では非常に思い入れのある作品です。若い時に今の音羽屋のおじさま(7代目尾上菊五郎)に是非教えてもらいたいとお願いして直接教えてもらいました。團菊祭(歌舞伎座恒例の五月大歌舞伎)では父が『勧進帳』などの時代物を勤め、おじさまが弁天小僧のような世話物を勤めるというのを観るという幼少期を過ごしてきました。
――共演者についてはいかがでしょう?
児太郎さんや右團次さんたちは、多くの舞台を共にするメンバーですが、今や歌舞伎界では欠かせない存在の方々で、各々が成長している姿をお互い見られるのが嬉しいです。僕が中心で動いているように見られるけれど、そうではない。『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』も同じで、弁天小僧は決して主役ではない。日本駄右衛門がいて、南郷力丸がいて、おまけのように弁天小僧がいる。(特に5人全員が名乗りをあげる)「稲瀬川勢揃いの場」も見せることで、格差のない平等な世界が表現できて今どきなのかなと思います。(平等ということでいうと)男性が相続していく世襲制の歌舞伎の世界で、舞踊家としてぼたんを襲名させたのは、子どもたち2人をある程度平等に育てたいという親心もあります。
――「浜松屋~」と「稲瀬川~」それぞれ演じるうえで大事にされるポイントは?
「浜松屋~」については、やはり音羽屋のおじさまに習ったとおりにやりたいなと思っています。前半はあくまで女として(男を出さずに)演じるつもりです。ただ、(娘にばけていた弁天小僧が正体を現す時の名台詞)「知らざあ言って聞かせやしょう」の場面にとらわれすぎないように、流れは大事にできるように考えていきたいです。
「稲瀬川~」に関しては、先輩たちの堂々と悪党たちが名乗りをあげる稲瀬川は、淡々と演じる事で悪党の余裕が見えている。対して我々世代がやる場合はパフォーマンス性が強くなっているというように、時代によって変わってきているということが大事なポイント。現代はどうしてもパフォーマンス性が強いものが求められるので、そこはちゃんと活かしつつ話し合いながらやっていかないといけないなと思います。
稲瀬川の場面はこれから捕らえられるというのに、「俺はこうだから」と堂々と名乗り出るシチュエーションが面白い。この肝の太さは今の日本男児に欠けている部分かもと思うので、そこを伝えていけたらと思います。自分流の生き方を貫き通した歌舞伎の登場人物たちのエネルギーを感じてもらえるように演じたいと思います。
――改めて、弁天小僧のカッコよさとは?
子どもの頃から先輩方が演じているのを観てきて、わかりやすいお芝居ですし、子どもにとって魅力的な変化物のなかでも弁天小僧は特に女性から男性に、その場で変わるので、自分も子ども心に純粋に驚き惹かれました。これだからカッコいいというのではなくて、動じない若い男の姿が美しいなと思います。
――以前は新作もバランスよく取り組まれていましたが、古典の上演が続いている理由は?
全ての土台は古典にあると思っています。ただ、常に新しいものが求められる世の中なので、新作もやらないといけない。そういう状況のなかで今はコロナ禍で対面の稽古や準備期間が長く必要な新作よりも、古典がやりやすくなっています。それはとてもいい事。ただ、定員制限もありますが、観にきてくださるお客様が減っているという現実はもっと考えていかなければいけないと思います。
――昨年コロナ禍で「古典への誘い」巡業をおこなった経験で気づいた事や得たものはありましたか?
昨年の公演はみんなの生活がかかっていましたので、「生きる」という事に対して座頭としての責任がある公演でした。得たものといえば、絆・仲間意識・助け合う気持ち、そしてエンタテインメントに飢えていた方々、歌舞伎に飢えていた方々、そして地方の方々に対して喜んでいただけたのではないでしょうか。早い段階で、様々なリスクがあるなかで演者・観客ともに感染者を出すこともなく終えられたことで信頼も得られたと思います。
世の中と同じで、昨年の公演の時は相当な緊張感でしたが、最初の緊急事態宣言の時よりもゆるみが出てくる可能性が出てくるので、そこは緊張感は持ち続けなければいけないと思います。
――ここはぜひ、見逃さないでほしいというところは?
最近の悩みの種は身長が伸びたことです。(笑)
普段、私は立役(男役)を勤めさせていただく事が多いです。女性では『春興鏡獅子』の弥生というお役がありますが、舞踊なので声を発しません。ですから海老蔵が演じる「声を発する女形」というのはなかなかレアです。(笑)すごく大きい女性になってしまうかもしれないです。そういう状況でいかに女性らしく見せるか、そのあたりにも注目していただきたいです。
――皮切りとなる小松市は『勧進帳』の舞台となった「安宅の関」があるということもあり、縁が深い場所だと思いますが、あらためて思うことはありますか?
小松市は父・十二代目團十郎ととても繋がりが深い場所でございます。今回会場となるこまつ芸術劇場うららも父がデザイン・設計を手がけており、キャパシティーもちょうどよく、地方の劇場では貴重な花道もある。それはやはり父が歌舞伎を世の中にもっと広めたい、小松市の方々に愛情をもって歌舞伎に接していただきたいという思いがあったからだと思います。その場所を皮切りに「古典への誘い」をスタートできるということは、本当に嬉しいです。この劇場でお家芸も、お家芸でないものも上演する事を、父も喜んでくれると思います。