“白き魔女”クシャナに菊之助が凛々しく挑み、ナウシカを演じる米吉が初の宙乗りを披露!
宮崎駿の世界的名作『風の谷のナウシカ』を、原作漫画に惚れ込んだ尾上菊之助が画期的な新作歌舞伎として新橋演舞場にて初演したのが2019年のこと。そもそも、宮崎が1982年から13年にわたって雑誌『アニメージュ』に連載漫画として描き続けていた思い入れ深き作品が『風の谷のナウシカ』だった。1984年には映画化もされ、いまだに世代を越え、国境を越えて愛され続けているこの伝説的な作品を、菊之助は原作全7巻分を昼の部・夜の部通しで上演。歌舞伎座初登場となる今回は、初演時に昼の部として上演された前半部分をもとに、物語当初はナウシカと敵対する皇女クシャナに焦点を当てた「白き魔女の戦記」を“上の巻”として上演する。
初演でナウシカを演じていた菊之助はクシャナを演じ、ナウシカには可憐な女方として注目を集めている中村米吉を抜擢。単なる再演とも違う意欲作としての歌舞伎座お目見得に、期待は高まる。
5月下旬、菊之助と米吉が顔を揃える取材会が開催され、着々と準備が進む新バージョンの“ナウシカ歌舞伎”のヒントを二人が語ってくれた。
――今回は新橋演舞場版の昼の部を中心に構成されるということですが。
菊之助 はい、上の巻として、前回の昼の部を中心にまとめさせていただきます。今回私はナウシカではなくクシャナをさせていただくのですが、ではナウシカをどなたにやっていただこうかと会社とも相談する中で、米吉さんは前回ケチャを演じてくださったのですが、その時とても熱心に、役づくりも細かくて素晴らしくて。『風の谷のナウシカ』という作品を情熱を持って支えてくれていたことも感じておりましたので、私はぜひ米吉さんにやっていただきたいなと思って、お声がけをさせていただきました。
米吉 青天の霹靂とはこのことで、大変びっくりいたしました。お話をいただいてすぐに菊之助のお兄さんにお電話いたしまして「本当によろしいんですか」と、まずお聞きしたくらいです。ただただ、思いもよらぬことで、今日こうしてみなさんの前でお話をしていることもまるで夢のようで。とりあえず青い衣だけは着て、少しでも自分がナウシカだぞとアピールだけはしてみました(笑)。お兄さんが今おっしゃっていただいたように、自分が前回のケチャ役でできていたとは全然思っておりませんけれども、こうして機会をいただいたからには精一杯、ますます良い作品になるように、勤めたいと思っております。
――前回との変更点と、今このタイミングで再演することについての想いをお聞かせください。
菊之助 今のところ、二幕構成で考えておりまして、第一幕に関しては前回とほぼ同様で、(映画版のラストとなる)“金色の野”の場面までですね。二幕目からは“白き魔女の戦記”ということで、クシャナの生い立ちも含め、心情を深く描くことができればと思っております。ナウシカは“蟲愛づる姫”として周りからは奇特な目で見られていて。でもその彼女の純粋さ、純真さによって、クシャナを含め他の登場人物たち大勢が、変わっていきます。これ、歌舞伎でいうと“もどり”(悪人が実は善人だった、または悪人が改心して善人になる、などの展開)だと思うんですよね。今回はナウシカとクシャナのその交差点みたいなところを、うまく作っていければと思っております。
そして、令和元年の初演時にはまさかここまで人々がマスクをしなければ生きていけない時代がくるなんてことは思わなかったですし、さらに戦争がここまで間近に迫っていると感じるようになるなんて誰も思っていなかったですよね。宮崎駿先生は1982年から13年かけて原作漫画のナウシカを描き上げられましたが、この令和の世の中を見通していたのではないかというくらいに、ナウシカの世界観は現代に当てはまっているように思います。
私も前回演じさせていただきましたが、このナウシカというキャラクターは単に純真無垢な少女ではないところが面白いんです。序幕、風の谷がトルメキア兵に襲われた時に、ナウシカは自分の心の闇に気づいてしまう。その自分の中の闇を抱えつつ、それを善で覆って、なおかつ愛で包んでいき、物語を進めていく彼女自身も成長していきます。そして関わっていく人間はみんな彼女の心に打たれて自分の“真、善、美”、つまり“まことの心、善い心、そして美しい心”に気づいていく。そこが、この作品の素晴らしいところだと思います。
さらに、ご覧いただいているお客様誰もがナウシカになれるということを、宮崎先生は描いているのではないかと、私は想像しております。誰もが人に良い影響を与えることができるし、誰もが心の中に悪だけではなく善も内包している。それを愛で包んで人に分け与えられる、ということは決して絵空事ではないんです。まことの心を持って生きれば人は変わることができるという、強いメッセージを宮崎先生が現代に向けてくださっているように思うんです。殺伐として、他人のことを考えられずに個人主義になりがちなところがあるかもしれない、そんな世の中へのメッセージも込めつつ、米吉さんと一緒にこの『風の谷のナウシカ』の世界観を作り上げていきたいと思っております。
――今回も、宙乗りなどのスペクタクルに期待してもよろしいですか。
菊之助 ええ、それはぜひ。米吉さんに、メーヴェに乗っていただければと思っています(笑)。
米吉 もし、その宙乗りがあるといたしますと、私は人生初めての経験となります。原作の漫画でもアニメでも、空を飛んでいくナウシカというのは非常に印象的なシーンとして描かれますので、お客様にも喜んでいただけるように颯爽と、そして少しでも原作の素敵なナウシカに自分を近づけていきたいです。
――今回は、丑之助さんも出られるそうですね。
菊之助 丑之助はナウシカが大好きで、映画版のDVDも、ナウシカの新作歌舞伎もよく観ていまして、「もしも再演があったら出たい」ということは以前から言っていたんです。こんなにも早く再演が叶うとは私自身も思っていなかったのですが、丑之助に「出るか?」と聞いてみたら「出る!」と言いましたので、今回は幼き王蟲の精でナウシカと一緒に金色の野で踊らせていただこうと思っております。
――前回、和楽器で演奏された舞台音楽もとても素敵でした。今回はまた、少しアレンジされたりするのでしょうか。
菊之助 久石譲さんの映画音楽を和楽器編成にさせていただいたわけなのですが、実は久石さんも初演では劇場に来てくださって、音楽について「いいんじゃないか」というご意見をいただけましたので、音楽チームもみんなホッとしました(笑)。今回用に新しく作るところも何カ所かありそうですが、前回の良さとクオリティを保ちつつ、と思っております。
――米吉さんは前回、舞台の上でその音楽を聞かれてどのように思われましたか。
米吉 聞き馴染みのあるナウシカの音楽が、義太夫の太棹などの和楽器で演奏されていましたので、とても不思議な感覚で耳にしながら、前回は出演しておりました。また、ナマの音楽ではなくて収録した音、いわゆるSEにしても、黒御簾からナマの音楽に被せる形で大太鼓の音などが重なっていくとものすごくボリューム、厚みが音楽に出るんですね。歌舞伎ならではの音と、ジブリのテイストの音楽がすごくマッチしていることも面白く、新鮮に感じました。
――菊之助さんが今回はナウシカでなくクシャナで、と思われた理由は。
菊之助 歌舞伎の場合、初演から上演を重ねていく時、もちろん初演のキャストのままでという考え方もありますが、人が変わることによって作品が深まるということも、古典歌舞伎では成されてきたことです。それに歌舞伎座の三部制の中で、どういう風に見せていけるだろうと考えた時、やはり古典歌舞伎の根幹ともいえる形として、初演のままではなく、キャストを変えて作品を深めていこうということになりました。
――米吉さんは、ナウシカという人物のどういうところに惹かれていますか。
米吉 実はナウシカは夢想家というか「話せばわかる」みたいなところがあって、そこが無鉄砲さにもつながっていると思うんです。それがクシャナを通じて現実も知ることになるのですが、それでも自分の理想、蟲との共存や平和な世界といったことを考えて、どんどん進んでいく。先ほどお兄さんもおっしゃいましたが、誰でもナウシカになれると思えるのと同じで、できないなりにもみんな考えることではあると思うんです。ナウシカの世界でいえば戦争がなくなるように、ということなんですが、それって今もそうじゃないですか。私たちは大きなことはできないけれど、戦争がなくなればいいなとは思っている。だけどナウシカは戦争をなくすために率先して、たとえ自分の手が汚れたとしても厭わずに進んでいく。その行動力。そしてその目的のためには、自分の信じる道をしっかりと持っていて、悩みながらもそこへ向かっていく原動力がすごくある。そういうところは前回のお芝居の時からも感じていましたが、今回改めて原作を読ませていただいて、すごく惹かれているところでもあります。
菊之助 今はまだメイクテスト、扮装テストをしている段階なので、ここでハードルを上げてしまうのもなんですが、米吉さんのナウシカが大変可愛いんですよ(笑)。これは大いに期待していただいていいのではないかと思っています。私のクシャナも、前回は七之助さんがとても素敵なクシャナを演じてくださいましたので、そのお心をいただきつつ、今回はもう少し和のテイストを加えて、私ならではのクシャナを演じていければなと思い相談している最中でございます。
――米吉さん、メイクテストをしてみての感想は。
米吉 まだ正確にどういったこしらえになるかは、テストの段階ですのではっきりとは申し上げられないのですが。前回のお兄さんがなさったものよりも、原作に少し近づくような形になっていくのかな、という感触です。そうなっていきますと、いわゆる歌舞伎らしいお化粧がうまく映えるかどうか。かといってメーキャップとして現代的過ぎてもという、その兼ね合いが非常に難しいバランスだなと思っています。私、紫吹淳さんと個人的にお付き合いがございまして、お化粧のお話を聞いては参考にさせていただいたり、ちまたのポスターやチラシで化粧品のものを見るたびに「ああ、こういう風に化粧をするんだ!」と思ったり(笑)。もちろんそれを100%生かすわけではありませんが、いろいろと試行錯誤しておりまして、菊之助のお兄さんからもご意見を伺いつつ、どうにか形に出来たらなと思っております。
菊之助 ご自分でナウシカのメイクをされては、私の携帯に写真を送ってくれるんです。今日はこんな感じ、今日はこんな感じ、と。顔の色の濃さ、薄さや、アイラインとかぼかしの入れ方など毎回いろいろと工夫されて。そうやって試行錯誤されているのが、私も非常にうれしくて(笑)。真摯にこの役に向き合っていただいているなという熱意を感じております。
米吉 ちなみに今、絶賛迷子中です(笑)。どうにか、ゴールへたどり着きたいと思います。
――初演時に、すぐそばで菊之助さんが奮闘されているのも目の当たりにしていた米吉さんとしては、今の時点でナウシカをどのように演じていこうと思われていますか。
米吉 私の場合、舞台上でもナウシカと対面するところにおりましたし、この作品が出来上がっていくところをお稽古からずっと体感しておりました。菊之助のお兄さんのなさったナウシカ像はもちろん、歌舞伎のナウシカとして目指すべきところのひとつではあるのですが、その上にいかに僕らしさ、自分のエッセンスを振りかけていけるかを考えなくてはいけないなと思っています。もちろん僕はまだまだ未熟でございまして、お兄さんと比べたら経験もまだまだ浅い段階でございます。でもそれがある意味、ナウシカとクシャナというそれぞれの役の立場や、育ってきた環境の違いみたいなものが、ちょうど等身大の自分と等身大のお兄さんにも重なるような気がするんです。そこを少しでも、芝居の中に生かしながらナウシカを演じられたらと思っております。
菊之助 私は決して米吉さんを未熟だとは思っていなくて。彼の身体から出て来る、清らかなものというか、きらめくものを私は感じていまして……。
米吉 すぅーっ(と、息を吸い、苦笑)。
菊之助 (笑)。それから芝居に対する情熱ですね。それが、ナウシカとリンクしているような気がするんです。まあどちらかというと、クシャナよりナウシカのほうが男性的なようにも見えますね。クシャナは生い立ちから複雑で、兄弟、そして父親からも命を脅かされているような立場で育ってきました。ナウシカはみんなから姫さま、姫さまと慕われているので、クシャナはナウシカのことをある意味、羨みつつ、でも心の中では応援しているとも思うんです。立場が違うから、親友みたいにはできないけれども。彼女も、本当はナウシカを通して自分も変わりたい、変われるのではないかと思っているはずなんですよね。米吉さんも今回ナウシカをやることによって、自分がどういう風に成長できるかということを思われていると思いますが、私もクシャナを通して自分がどれくらい成長できるかと考えています。役者は一生が修業ですしね。ナウシカとクシャナ、お互いを映す鏡として、二人で切磋琢磨をして一緒に成長していきたいと思っております。
『風の谷のナウシカ』の映画版のエピソードが今回の第一部にあたるということは、お馴染みのシーンやセリフがどういう形で歌舞伎化されているのかが確かめられるのも“上の巻”ならではのお楽しみといえる。歌舞伎初心者にも絶好の機会でもあるので、どうぞお見逃しなきよう。
また、ローチケ演劇宣言!ではこの取材会の直前に中村米吉の単独インタビューも決行!
詳細はこちら:「七月大歌舞伎 第三部『風の谷のナウシカ 上の巻 -白き魔女の戦記-』公演迫る!中村米吉 独占インタビュー!!」
インタビュー・文/田中里津子