『春暁特別公演2024』 中村勘九郎+中村七之助 合同取材会レポート

本業の歌舞伎ではもちろんのことながら、近年は映像作品での活躍にも目覚ましいものがある中村勘九郎と中村七之助。彼ら兄弟を中心にして毎年のように春と秋に行ってきた、中村屋一門恒例の全国巡業公演が2024年の春も行われる。『陽春歌舞伎特別公演2024』は全国6カ所、そして『春暁歌舞伎特別公演2024』は全国15カ所で開催し、“陽春”と“春暁”、どちらも十八世中村勘三郎の十三回忌追善としての上演となる。“陽春”には勘九郎の息子、勘太郎と長三郎が参加し、“春暁”では古き良き芝居小屋7カ所が会場に含まれているのも楽しみなところだ。
上演する演目は、どちらの公演も冒頭はお馴染み“トークコーナー”から始まり、“陽春”は『鶴亀(つるかめ)』と『舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)』、“春暁”は『若鶴彩競廓景色(わかづるいろどりきそうさとげしき)』と『舞鶴五條橋(ぶかくごじょうばし)』という中村屋ゆかりの歌舞伎舞踊が予定されている。
この一月上旬に都内にて取材会が行われ、勘九郎と七之助がこの巡業公演への想い、それぞれの演目の解説などを語った。その模様をレポートする。

 

まずは勘九郎、七之助からご挨拶。

勘九郎「私たち中村屋の特別公演もおかげさまをもちまして、今年の春で20回目を迎えることになりました。今回は父の十三回忌追善も兼ねており、この十三という数字を聞いた時には「もう13年、いや、まだ13年」という気持ちにもなりました。父が愛した歌舞伎への想い、そして芸を繋いで、全国のみなさまに楽しんでいただけるような公演にしたいと思っております」

七之助「二月の歌舞伎座の追善公演に引き続き、この三月、四月に行う記念すべき20回目の巡業公演でも父の十三回忌追善をやらせていただけることを嬉しく思います。襲名公演では何ヶ月も各地をまわって長期にわたってやることもありますが、追善ではこうして連続して行うことも少ないですし、しいて言えば2024年は十月末まで、ほぼ一年を通して父の追善をさせていただけることになりますので、本当に役者冥利に尽きることだと思っています」

 

続いて、上演される演目、内容を解説するにあたり、まずは『陽春歌舞伎特別公演2024』、『春暁歌舞伎特別公演2024』どちらの公演でも冒頭に行われるトークコーナーについての感想からスタート。

勘九郎「トークコーナーは、以前は“芸談”として行っていたのですが、文字の印象の問題なのか、なんとなくお客様がかしこまってしまっていたんです。それがトークコーナーという名前になると、壁がなくなり気軽にお話しできるようになった気がします。この後の演目の説明だけでなく、昨年一年を振り返ってのお話や、今後に向けてのことなど、いろいろな話をする中で、質問コーナーというものもございまして。コロナ禍ではできなくなっていた、お客様に手を挙げていただいて直接質問を受けるスタイルが昨年秋の巡業公演から復活しましたので、またこの春もより多くのみなさまと直に触れ合って楽しい時間を過ごせたらと思っています」

七之助「各地のみなさまと交流できるのが、このトークコーナーの面白いところです。もちろん演目の説明もいたしますが、今、兄が申しましたとおり再びお客様と直接対話ができるようになりましたので、その土地土地で行ってほしい名所などに関してもお客様から提案があったりするんです。そうすると昼夜の間に二人で行ってみたりして。そんなことがまたできるようになったことも、嬉しいですよね」

 

 

次に解説するのは『陽春歌舞伎特別公演2024』の演目、『鶴亀』と『舞鶴雪月花』。

勘九郎「『鶴亀』という踊りは歌舞伎舞踊、長唄舞踊の代表的な作品でもありまして、おめでたい踊りとして公演の序幕で踊ることが多い作品でございます。今回は小三郎さん、仲弥、仲四郎という、うちの父、そして七之助のお弟子さんが務め上げます。中村屋の巡業公演ではこうしてお弟子さんたちもいろいろな演目に出演し、お客様に観ていただくことでスキルもレベルアップして表現方法を身につけてまいりました。今回もこの三人でとてもおめでたく、しっかりとした踊りをお見せできることと思います」

七之助「『舞鶴雪月花』は祖父の俳名である“舞鶴”がついている、祖父のために作られた踊りです。私も以前<桜の精>役で一度踊らせていただいてますし、<松虫>役で出させていただいたこともあります。様式美の高い踊りでもあり、桜は春、松虫は秋、そして雪達磨は冬ということで、一幕を通して季節のうつろいを表現し、視覚的にも綺麗で、そして雪達磨はユニークな踊りとなり、さまざまな角度からの歌舞伎の面白さ、舞踊の面白さが詰まった踊りになっています。見応えのあるものになると思います」

 

次いで解説するのは『春暁歌舞伎特別公演2024』の演目、『若鶴彩競廓景色』と『舞鶴五條橋』。

勘九郎「『若鶴彩競廓景色』は中村屋のお弟子の仲助、仲侍、そして仲之助さん、さらに紀伊国屋・澤村藤十郎のおじのお弟子さんである國久さんが務めてくれます。國久さんもこれまで私たちと共に修行をして、何度も公演についてきてくださり毎回私たちのお世話をしてきてくださった方で。今回もまた仲助、仲侍、仲之助の良きサポートをしてくださると思います。踊り自体は『俄獅子(にわかじし)』という舞踊をベースにしつつも、今回新たに振付される部分もあって。彼らもそういうことに対応する能力が本当についてきているので、頼もしいです。鳶頭と芸者による爽やかで粋な踊りになっておりますので、目にも楽しい舞踊になります」

七之助「『舞鶴五條橋』、これにも“舞鶴”という祖父の俳名がついていまして、有名な『五條橋』の踊りがベースとなりますが、普段の『五條橋』と違うのは<常盤御前>と<牛若丸>との母子の別れが描かれているところですね。その親子の愛や憂いをご覧いただいたあとで、有名な『五條橋』での<牛若丸>と<武蔵坊弁慶>が初めて出会うところ、迫力ある立ち回りのすごさがあり、その両方を味わえる踊りになっております」

 

 

後半は記者からの質問に二人が答える、質疑応答の時間となった。まず「今回の演目はどのように選んだか」という質問には勘九郎が「今回は父の追善ということで、中村屋にゆかりのある踊りを選ばせていただきました。中でも『舞鶴五條橋』と『舞鶴雪月花』という“舞鶴”がついた踊り、これは本当に曲も振付も素晴らしいもので、祖父にあて書きされている部分、特に『雪月花』の<雪達磨>役は、とても情にあふれた“人間味”のある踊りになっています。<雪達磨>役、なんですけれどもね(笑)。『五條橋』の<弁慶>は私も何度か務めさせていただいたことがあるんですが、<雪達磨>は今回初役ですので、楽しんで務められればいいなと思っています。あと『鶴亀』は“陽春”“春暁”と続く巡業公演の一発目の演目にあたりますので、いかにも歌舞伎らしい、古典の舞踊でおめでたい踊りをということで『鶴亀』にしました。『若鶴彩競廓景色』もカチッとしつつも歌舞伎の中でもメジャーなもので、<芸者>と立役の<鳶頭>による粋な踊りをスッキリと観ていただきたいという想いから選びました」と返答。
「巡業公演で全国各地をまわるにあたり、気をつけていること、大事にされていることは」という質問にはそれぞれから想いが語られた。

勘九郎「トークコーナーで“今回、生で初めて歌舞伎をご覧になる方は手を挙げてください”と聞くと、7割くらいの方が挙げてくださるんです。やはり最初に観るものというのはとても大事ですからね。最初に触れる歌舞伎が難しかった、よくわからなかった、つまらなかった、という感想になるのは絶対に嫌なので、面白いもの、少しでも興奮していただけるもの、記憶に心に残るものになるように心がけて、一つ一つ丁寧に務めることを意識しています」

七之助「僕も同じことになりますが、私たちが愛している歌舞伎をいろいろな方に生で観ていただいて、ぜひ好きになっていただきたいんです。そして中村屋の公演に限らず、この公演を機にどこか歌舞伎をやっている劇場にみなさんが足を運んでいただけるようになれば、きっと未来にも繋がることだと思っていますので。毎公演そうやって一生懸命務めるというのは父からの教えでもありますし、一番に心がけているところです。また今回の“春暁”のほうは各地の芝居小屋も回らせていただきますが、初めて行く芝居小屋もありますし、間口の広さ、狭さもそれぞれ違いますのでしっかりと確認をするというのも心がけていることのひとつです。大変な作業ですが、今回も芝居小屋に行けることはすごく楽しみです」

 

 

また『陽春歌舞伎特別公演2024』に出演する勘太郎、長三郎に関しては、二人ともが大きな期待を寄せている様子。

勘九郎「勘太郎は過去に中村座で『舞鶴五條橋』の<牛若丸>を務めたことがありますが、長三郎は今回の『舞鶴雪月花』で“舞鶴”と名のついた舞踊に出演するのは初めてとなります。祖父のために作られ、父が受け継いできた演目を私たちと共にやるという、脈々と繋いでいくところに初めて入るわけですのでやはり嬉しいですね。<松虫>役は以前七之助も務めていますけれども、これもとても可愛らしく不思議な振付だったりするのですが、この男は独特の感性を持っているので(笑)、安心してできるんじゃないかなと思っています。ただ心配なのは、同じ<松虫>役ですが今、勘太郎がすくすくと背が伸びておりまして。もしかしたらこの巡業時には鶴松を追い越しているかもしれない(笑)。大中小と大きさが違う<松虫>の可愛らしさ、そこも楽しんでいただければと思っています」

七之助「僕は、純粋に二人と巡業公演ができることが本当に楽しみです。同じ場面で顔を合わせることはなさそうですが、一緒に舞台に立てるだけで嬉しいですし、その前の二月に彼らは歌舞伎座で勘太郎が『猿若江戸の初櫓』の<猿若>役で初めて主役で1ヶ月務め上げますし、長三郎のほうは『連獅子』の<仔獅子の精>を初役で挑みます。役者として一回りも二回りも大きくなった二人が、かなり進歩を遂げてからこの三月を迎えるであろうと僕は確信しておりますので。彼らの成長ぶりにもぜひ注目していただきたいですね」

 

アットホームで柔らかい空気感も楽しめるのが、中村屋の巡業公演。初心者も熱心な通(ツウ)も満足できる、歌舞伎愛に溢れた舞台となることは太鼓判、ぜひとも各地の会場へ足を運んでみてほしい。

 

取材・文/田中里津子