玉三郎が伝統の芸を次代に継承!『阿古屋』に梅枝、児太郎が、『お染の七役』に壱太郎が挑む!!

歌舞伎座百三十年という記念の年の最後を華やかに彩る十二月大歌舞伎、昼の部も夜の部も共に魅力あふれる演目に豪華な顔合わせで取り組む一カ月となる。なかでも、坂東玉三郎が監修する、昼の部の『お染の七役』に中村壱太郎が、夜の部の『阿古屋』に玉三郎と共に、中村梅枝と中村児太郎が初挑戦することになったのが大きな話題だ。『阿古屋』は、<Aプロ>の日程に玉三郎、<Bプロ>の日程に若手二人が交互出演するという珍しい形となる。しかも<Bプロ>では阿古屋の敵役・岩永左衛門を玉三郎が演じるため、これはこれでまためったにない見どころと言えそうだ。さらに夜の部では新作歌舞伎舞踊『傾城雪吉原』も踊る、玉三郎。その稽古の合間を縫い、十一月初旬に都内某所にて行われた取材会に現れた玉三郎は、六代目中村歌右衛門から継承され平成九年以降ずっと自分のみが演じてきた阿古屋役のこと、そしてその芸を伝えようとしている若手俳優たちのことなどを熱く語ってくれた。

 

まず、やはり気になるのは“三曲”と言われる琴、三味線、胡弓を芝居をしながら自ら奏でなければならない難役、阿古屋の芸を今回初めて若手に継承する、ということ。

玉三郎「継承と私から言うと大げさなんですけれどね。とにかく、やれる時にやっておかないとということなんです。成駒屋さん(六代目中村歌右衛門)から阿古屋を教えていただいた時は、成駒屋さんは体調をお悪くなさっていて。ですので動ける時に、と。そして、こうやってやると決めてしまわないと、お稽古って進まないものなんですよ。ですからどこまで継承できるかはわかりませんけれど、このタイミングでとにかくやる、ということなんです。でも児太郎さんは当然のこと、梅枝さんにも重荷だと思うので、だったら三人でまわしながらやりましょうということになりました。」

そして、その<Bプロ>では阿古屋を詮議する敵役の岩永左衛門を玉三郎が演じるという点も見逃せないポイントとなる。

玉三郎「やっぱりお客様にもより楽しんでいただきたいですし、二人を応援したい気持ちもあります。じゃ、役柄としてはみなさん驚かれると思いますけれども岩永にしましょうということになりました。」

 

その岩永役のために文楽の吉田玉男に近々、話を聞きにいくつもりだとも語る。文楽の人形の動きを意識した“人形振り”の動きが特徴でもあるのが、この『阿古屋』という演目。改めて玉男から“文楽での岩永”を知ることで、玉三郎ならではの表現がこの機会に目撃できそうだ。

 

玉三郎「歌舞伎では文楽よりもかなり誇張された演出になっているようなので、そこのところを少し考えたいなと思っていて。だけど、特別に私の岩永、みたいなことにはしたくない。どこに出てたんだ?と思われるくらいがいいんじゃないでしょうか。」

梅枝と児太郎には、六代目歌右衛門から教わったこと、長年この役を演じてきた玉三郎だからこそ理解できたこと、さまざまなことを伝えている最中だという。

玉三郎「とにかく、まずは三曲を弾くということが大事なんです。二人とも一応弾けるようにはなったんで、“役になる”ということを考えて、と言っているんですが、楽器に向かうと演奏で手一杯になってしまい、なかなか役になり切れない。やはり、難しいですね。三曲すべて弾けるようになったんですが、状況が変わったり、音の関係性が変わると急に弾けなくなってしまうんです。だからこのあと衣裳を着たり、“サワリ(阿古屋が自分の心情を振事で見せていく場面)”をしたり、周りの俳優が加わってくるたび、もっと大変になるんだと思います。自分の時もそうでしたから。」

そうやって二人同時に稽古をつけているわけだが、それぞれの個性が表れた阿古屋になりそうだとも。
そして昼の部では、中村壱太郎が初めて早替りで七役を演じる『お染の七役』の監修を勤める。

 

玉三郎「こちらの役だって、同じように大変なんですよ。壱太郎さんにお稽古していますけれど、まず、台詞を稽古するといっても台詞部分だけでは三十分くらいで終わってしまいます。出てきて一言しゃべって引っ込む、という感じなのでこのあとのお稽古次第。」

 

さらに夜の部では新作歌舞伎舞踊『傾城雪吉原』で、玉三郎にしか表せない新たな女方の極限の美が初披露される。

玉三郎「雪景色の中の傾城という風情を舞台にかけたいとずっと思っていたんだけれども、これまでなかなかできなかったんです。それともうひとつ、実は『高尾懺悔(さんげ)』をやりたかったんですが、そのままでは今の時代になかなかあわないので、私がやりたかった、四季を巡る名曲の部分を残しつつ、その前後を廓に雪が降っているという曲に直しました。ですから高尾のような傾城なんだけれども、恨みつらみではなく、風情として見せる出し物として改訂しました。」

 

それにしても過去には歌右衛門、ここ二十数年間は玉三郎にしか演じられなかった阿古屋が、平成最後の冬にこうして新たな時代を迎えるというのも感慨深い。今後はこの演目の印象が変わるだけでなく、若手俳優たちが目標とする大役のひとつとして、役そのもののイメージにも変化が訪れることになりそうだ。

玉三郎「イメージは、確かに変わるでしょうね。でも昔は、この『阿古屋』という演目は旅回り、いわゆる巡業でも演じる俳優さんがたくさんいたそうです。それで三曲がそれほど上手に弾けない場合は重忠が早めに「三味線やめ」って言ってくれたそうです(笑)。私の場合はできればすぐ「三味線やめ」って言ってもらいたいくらいですけれども(笑)。」

 

時代が変わっても進化、深化を続けるのが歌舞伎の醍醐味。この十二月大歌舞伎でもおそらく後世に語り継がれるような、新しい伝説となる瞬間がいくつも生まれ落ちそうだ。

 

取材・文/田中里津子

撮影/岡本隆史