中村勘九郎 中村七之助『錦秋歌舞伎特別公演2024』取材会レポート

中村勘九郎と中村七之助を筆頭に中村屋一門で行っている恒例の巡業公演が、今年は春に続き秋にも開催される。『錦秋歌舞伎特別公演2024』は十八世中村勘三郎の十三回忌追善公演でもあり、今年3月に行われた『春暁歌舞伎特別公演2024』と同様に古くから地元で愛され今も大切に使われ続けている芝居小屋3カ所も含めた、全国十一カ所の劇場やホールなどで中村屋にゆかりの深い演目を上演する。
7月下旬に都内で取材会が行われ、勘九郎と七之助が揃って登場し上演する演目の解説や、この春に行った巡業でのエピソードなどをまさにステージで行う“トークコーナー”のごとく楽しく、賑やかに、わかりやすく語ってくれた。その模様をレポートする。

まずは、二人のご挨拶から会見がスタート。

勘九郎「今年は父の十三回忌追善イヤーということで、この春には『春暁歌舞伎特別公演2024』として全国を巡業させていただき、秋にも十三回忌追善という頭をつけて巡業ができることを嬉しく思います。全国巡業の公演で父の十三回忌をするのは、僕らが子供の頃から『親子会』という形で父と共に全国をまわって歌舞伎を常に上演している東京や名古屋や大阪以外の土地で、歌舞伎をまだ観たことのない方々に足を運んでいただいていた、ということもありまして。加えて父が勘三郎襲名の折りに全国にある数々の芝居小屋を回っていたこともあり、今年の春と秋は全国巡業+芝居小屋という形で父を偲ばせていただくことにいたしました。ここで私たちの肉体を通して父の面影を見ていただいたり、また父の舞台に間に合わなかったという方々にも中村屋スピリッツというか、中村屋そして十八代目中村勘三郎はこういうものを目指していたんだなというものを観ていただける公演になっています。この秋に伺う芝居小屋は、まず香川のこんぴらさん(旧金毘羅大芝居・金丸座)。また、広島の翁座さんは私はこれまで行ったことがない小屋でして。中国地方では最古の芝居小屋らしいので、とても楽しみにしています。あと群馬のながめ余興場、ここはまた不思議なところなんですよ。客席に床暖房があるんです。そして景色が抜群に美しい。今回も、全国の方々に楽しんでいただけるような公演ができればと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。」

七之助「今年は一年を通じて父の十三回忌の追善をやらせていただいておりまして、2月の歌舞伎座を皮切りに、この『錦秋歌舞伎特別公演』の後、硫黄島でやる『俊寛』で締めくくりとなる予定です。本当にこの1年はあっという間で、父の思い出の作品を数多く勤めさせていただきましたし、この『錦秋特別公演』では『春暁特別公演』でもやったお役をまたやらせていただけることをとても嬉しく思っています。この巡業公演を機に初めて歌舞伎をご覧になり、歌舞伎を好きになってくださるお客様がたくさんいらっしゃるので、そういうお客様に少しでも歌舞伎の魅力に触れていただき、この後も贔屓にしていただけるような公演にしていきたいと思っています。」

続いて、この春に行われた巡業公演、勘九郎の息子たち、勘太郎と長三郎も参加した『陽春歌舞伎特別公演』と、勘九郎と七之助が中心でまわった『春暁歌舞伎特別公演』を振り返ってもらうことに。実はこの『春暁』でこれまでにないハプニングが起きていたとのことで、その裏話エピソードを二人が打ち明けてくれた。

勘九郎「『陽春歌舞伎』では勘太郎、長三郎とともに『舞鶴雪月花』をやらせていただきました。この“舞鶴”というのは祖父十七代目中村勘三郎の俳名でして、すなわち祖父にあて書きされた作品、中村屋ゆかりの演目ということになります。その『舞鶴雪月花』を、父はもういないのですが、父の魂を持った私たち兄弟、そして息子兄弟、鶴松というメンバーでできたことには未来への希望を感じましたし、これからも互いに切磋琢磨し励まし合って競い合っていけるという思いを抱きました。また『春暁』のほうはですね、実は私が途中で体調不良になってしまいまして。今回の『錦秋』でも同じ演目をやるのですが『舞鶴五條橋』、これの弁慶役をまさか七之助が代役でやることになるとは。これを観たお客様はレアですよ、おそらくもうないことですからね。逆に私が常盤御前役をやる場合は、あるかもしれないですけれども(笑)。それにしても急遽、弁慶をやれるなんて偉いですよ。春にはそんなこともあったので、この秋こそは体調をしっかりキープして、もう弟に負担をかけないようにしたいなと思っています。」

七之助「まさか41歳になって弁慶を初役でやるとは、僕も夢にも思っていませんでしたけれども。なぜかあの時「やる」って言っちゃったんですよね(笑)。口が滑ったのか、それともうちの父親の十三回忌でしたから、父親に「そんなのダメかもしれないけど、お客様が待ってくれているんだからやんなさいよ」って言われたのかもしれないな、と今では思います。自分でも、なかばダメだろうなと思っていたんですけれど。もちろん自分には手も足も出ないような役でもありましたので、芝居小屋でできて良かったなと思いました。本当にお客様に助けていただいた、という気持ちになりましたから。人生であそこまで大きな歓声を受けて舞台をやったことはなかったです。少しぐらいは長刀(なぎなた)も使えますが、ちょっと回しただけでキャー!って言ってくれるんですよ、あんなにやりやすいと思ったこともなかった(笑)。本当は、兄の弁慶を見たかった方がたくさんいらっしゃっていたわけなので申し訳なかったですけれどもね。でも改めて役者をやっていて、お客様に助けられることを肌で感じた公演でしたし、これは自分の役者人生の中でも思い出に残る公演となりました。とはいえ今回はそういうことが起こらないよう、パーフェクトなものをお見せしていきたいなと思っております。」

そしてこの秋に上演する演目は『春暁』と同じく、お馴染みのトークコーナーと『若鶴彩競廓景色』と『舞鶴五條橋』となる。これらについて、二人が解説を行った。

勘九郎「『若鶴』の踊りに関しては、これはいまだに全国各地をまわりながらトークコーナーでいつも「今日、生まれて初めて歌舞伎をご覧になる方は、どのくらいらっしゃいますか?」と手を挙げていただくのですが、地方に行けば行くほど7、8割のお客様がお手をお挙げになるんです。そういう歌舞伎を初めて観る方のためには、やはり最初の演目は肝心なので、見た目にも音楽的にも振り付けとしても面白く見ていただけるものをチョイスいたしました。」

七之助「そして『舞鶴五條橋』、これは名作です。舞踊劇で、前半は常盤御前と牛若丸の親子の情愛があり、さらに源氏の再興の物語でもあり、そういった思いがギュッと詰まった素敵な作品でございます。とても有名な五條橋の場面もございますけれども、先ほども言いましたけれど自分が初めて弁慶を演じてみたら、改めて曲が素晴らしいことに気づきまして。あれは見事ですね、踊っていて楽しいですし、お客様もきっと見ているだけで興奮するでしょうし。同じような振りであっても曲調が全然違うところがあったり、間が全然違ってきたり、そこに鳴り物が入ってみたり。コントラストがとてもきれいなんです。なおかつ皆様よくご存知の、弁慶と牛若丸が初めて出会う場面もありますし。豪快な立ち回りもあり、短い時間でもまさに見どころと素敵な要素ばかりがギュッと詰まった作品になっています。ぜひ、曲にも注目してみていただければなと思っております。」

 

さらに「今回の巡業で、特に楽しみにしていること」を聞かれると、ここ数年で中村鶴松が普及活動を行うようになり、着々と一門の面々もハマっているという“サウナ”の名所を各地で巡っていることが明かされたり、珍しくこの秋はながめ余興場と金丸座で2日間公演があることで地元の方のオススメの店にたくさん立ち寄れそうだと盛り上がったり。また改めて「中村屋スピリッツとは?」という質問には、勘九郎が「父が信念にしていた熱い思い、歌舞伎を愛するということと、来てくださったお客様に楽しんで帰っていただくことを大事に思うことだと思います」と答え、七之助も「やはり常にお芝居のこと、お客様のことを考えるのが第一。父は常にそういうことを考えながら歌舞伎役者として歩んでいましたので。お客様は今でも父が生きているかのように喋ってくれたりもしますし、今年の十三回忌にしても一年を通して追善公演をやらせていただけるなんて、父の人生はやはり偉大だったのだということをずっと感じてきたと同時に、いろいろなことがありながらもこの『錦秋』と硫黄島の『俊寛』で締めるに至るまで、こんなにうまいこといっている一年というのは、やはり何かがあるんだろうなとも思うんですね。そういう意味では一生懸命やってきてよかったなと思いますし、父のこともまたさらに好きになりましたし、たくさん思い出すことがあって嬉しい一年でもありました。そんなことも大きな意味で、中村スピリッツというものに繋がっているんじゃないかなと思っています」と話すなど、兄弟の父への愛情、歌舞伎愛がじっくり、たっぷりと語られた、充実の取材会となった。

『錦秋歌舞伎特別公演2024』は、10/2(水)の東京・町田市民ホールを皮切りに、10/20(日)の鹿児島・宝山ホールまで全国11カ所で上演される。中村屋一門のサービス精神満載の、歌舞伎初心者も歌舞伎通も共に楽しめる舞台となっているので、ぜひともこの機会に足を運んでみては。

 

取材・文/田中里津子