『第五十六回 赤坂をどり』制作スタッフの稽古場日記

本番を一週間後に控えた「赤坂をどり」の稽古場。毎年3月に上演される「赤坂をどり」ですが、今年は12月に開催されることから、踊りのテーマも師走の季節感を取り入れています。

年末年始は忘年会、新年会などさまざまな宴会が営まれます。序幕の「長唄 うたげ」は舞台美術も華やかにまるで一足先に春がきたような雰囲気。「春の節会」に始まって、さまざまな男女の想いを描き、季節の情景をよみこんで、ラストは「花見の総をどり」。「元禄花見踊」の心も浮き立つ調べにのって花に酔い、酒に酔い、踊る、踊る…と思いきや、

「そこ、早すぎる!ちゃんと音聞いて!」

藤間秀嘉先生の厳しい叱責が飛びます。

最後の仕上げに入ったいま、いちばん重要なのはみんなの息を合わせること。これは踊りだけでなく、演奏も同じです。ひとりでも一手でもはずれると、先生の厳しい声が響きます。

続いてはいまや「赤坂をどり」で恒例になった、赤坂の街の歴史を伝える「咸臨太鼓」。勝海舟が遣米使節団をのせて咸臨丸を出航したときに奉じられたという言い伝えで、赤坂に住んでいた勝の屋敷跡に建てられた氷川小学校で継承されていました。小学校の統廃合で、現在は赤坂小学校が卒業生を送り出す時に演奏しているものを、3年前から赤坂芸者衆が舞台にのせたのです。「船が出るぞーッ!」と威勢良く掛け声が響き、きびきびとした芸者衆のバチさばきは、なかなか堂に入ったものです。

そして師走にちなんで「忠臣蔵」のシーンを抜粋した小唄をいくつか。まさに芸者衆の本領発揮、といった演目が続きます。今回の公演のいちばんの目玉は舞踊劇「蘭夫人(ランフーレン)」。蘭の花の精が人間の若者に恋をして、娘の姿となって彼の前に現れるファンタジーです。花柳界の舞踊会では珍しい中国を舞台にした物語で、作曲は人間国宝の常磐津英寿さん、原作・作詞は英寿さんの亡き夫人の鈴城好恵さんです。美しくどことなくはかなげな蘭の精の役は、赤坂の大輪の華・育子さん。そして相手役の青年は真希さん。スラリと背が高く、なかなかの男前です。でも、恋人を呼び寄せるしぐさも呼び声も、何度もダメ出しがあり、額にはうっすら汗が浮かびます。




「最初に出会ったときは他人の間柄、それが何年かたって夫婦になったら男の態度は変わるんだよ。それを演じるのは役者。あなたは役者じゃないんだから『踊る』ことを意識して!」

振付の西川右近先生の説明にうなづきながら、男の心の変化を体で表現しようと格闘する真希さん。「セリフを覚えるだけではなくて、それがどういう場面なのか、どういう気持ちなのか、考えれば考えるほど難しい」

「これがわかれば、舞踊の真髄に一歩近づくことができるんだけどね」と右近先生。

一方の育子さんは、ふわふわとした蘭の精を演じたかと思いきや、一転してフィナーレでは舞台で初めて「勝ち名乗り」を踊ります。ちょっと粋な感じの小唄で、本来は夏場所で優勝した力士に惚れた娘の心情を描いたものですが、今回は十一月場所で優勝した貴景勝を唄いこんで冬のシーンにアレンジ。力士の力強い所作も織り込みながら、強い男に惹かれる女ごころを表現します。いつも舞台にサプライズを演出するのが好きな育子さんですが、今年もとっておきの奇抜なアイデアがあるようです。その内容は? いまは秘密。舞台を見てのお楽しみだそうです。