『不思議の国のアリス』 森山開次・辻本知彦インタビュー

2017年の“KAATキッズ・プログラム”として初演され、大好評を博した森山開次振付・演出版『不思議の国のアリス』がこの夏、帰ってくる!

国籍も年齢も性別も関係なく、誰もが愛するルイス・キャロルによる名作『不思議の国のアリス』を、ジャンルを越えて活躍するダンサーで振付家の森山が演出、振付、美術を担当するこの舞台、今年はKAATだけでなく全国17劇場をツアーする予定だ。出演は他に元シルク・ドゥ・ソレイユ日本人男性初のダンサーであり、振付家として目覚ましい活躍を見せる辻本知彦(“辻”は一点しんにょう)、元ザ・フォーサイス・カンパニーの島地保武、そしてパフォーマンスユニット・泥棒対策ライト主宰の下司尚実、新体操選手のキャリアも持つ引間文佳、そして300人を超えるオーディションから選ばれた17歳のまりあ。テキストは演劇界の若手注目株である劇団ロロの三浦直之が、鮮やかかつ斬新でキュートな衣裳は日本を代表するコスチューム・アーティストのひびのこづえが、そして音楽は様々な映像作品を手がける音楽家・松本淳一が全曲書き下ろしで提供している。個性が弾ける実力派ダンサー6名と共に大人も子どもも一緒になって楽しめる摩訶不思議な空間が、今夏も劇場で待っている。演出するだけでなく白ウサギ役としても出演する森山と、帽子屋役だけでなくさまざまなキャラクターとしても登場する辻本に、今回の再演のことについて語ってもらった。

左:森山開次   右:辻本知彦

昨年の初演版は、舞台と客席との境をまったく感じさせずにおとぎ話の世界へと没入できるスタイルで、そこにこの個性派ダンサーたちのハイレベルな表現力も加わり、まさに大人も子どもも大喜び、大評判のステージとなっていた。森山にしても辻本にしても、その観客たちの反応から大きな手応えを感じたはずだ。

森山「一体感のある空間を作りたいというのが僕の最初のイメージだったんです。客席が舞台を半分囲むような形でダンサーとお客さんとの距離がすごく近かったですし、狙い通りにみなさん本当に一緒になって楽しんでくれていましたね」

辻本
「おかげさまで本当に評判が良かったです(笑)。観に来てくれた僕の友人、知り合いたちは大人が多いんですけど、終わった後に会うとみんな、なんだかキラキラした童心に戻った顔になっていて。『どうだった?』って聞くとみんな『すごく良かった!』って言ってくれましたね。わかりやすいところでいうと、ふだんは一番辛辣なことを言ってくる森山未來くんも観に来てくれたんですが、彼までが素直に『良かった!』っと言っていましたから。ホントに悪口の感想は聞かなかったですよ。だから客観的にも、いい作品なんだろうなーと思います(笑)」

 

二人は今回の再演版でも、森山が白ウサギ、辻本が帽子屋などを演じることになっているが。

辻本「僕は、ハンプティ・ダンプティ役なんじゃないかと思っていたんですよ(笑)」

森山
「最初、そう言っていたよね。でもそれ、『鏡の国のアリス』だから(笑)。いや、僕が本当は帽子屋役をやりたかったんです。まだ全体の構成を考える前になんとなく、アリスといえば帽子屋かな、狂気がある、あのちょっと変わったキャラクターをやってみたいなと思っていたので。でも改めてメンバーと会った時に、ああ、こいつの狂気には負ける、帽子屋はトモ(辻本)以外に考えられない、と思って(笑)」

辻本
「島地くんだって、相当おかしいですよ」

森山
「島地からは、この話をふった時すぐに『青虫がやりたいでーす』って名乗りを上げられていて、それがもう絶対譲らない感のある青虫宣言だったものだから。あの、のほほーんとした感じも確かに似合っているしね(笑)。そう、最初はトモには白ウサギ役をやってもらうつもりだったんですよ」

辻本
「そうですよね、最初の頃、ワークショップやリハーサルでウサギの稽古をやっていたので、俺がウサギ役なのかな?と自分でも思っていたんですけど。稽古初日で役が変わったので、あれ?外されたな?と思いました(笑)」

森山
「それまで、ワークショップではウサギのことはトモにばかりやってもらっていたからね。でも演出をしつつ出演するとなると、やはり全体を見まわしたりお客さんたちをガイドしていく役まわりもしなければならないし。そういう意味ではおかしな帽子屋にはなれないだろうな、だったら白ウサギなのかなと思ったわけなんです」

それぞれに、辻本から見た演出家・振付家としての森山、森山から見たダンサーとしての辻本の魅力も聞いてみた。

辻本
「開次さんの演出、振付には夢がありますね。それにいろいろなものに対して優しい印象があって、曲にもとても合っている。その曲の世界観に対してのアプローチが上手なんです。そして繊細だけど、遊び心も許してくれるところが魅力です」

森山
「ありがとうございます、ちょっと言い過ぎですよ(笑)。トモは、ピュアな感じがすごくあるところがいいですよね。今回のアリス役のまりあちゃんはもちろん若いしキラキラしているけど、それにも増してキラキラしているくらい(笑)。そして自由奔放でふざけているように見えるけど、意外に聞くべきところはアンテナを立ててちゃんと聞いているんです」

辻本
「そういえば僕、中学生の時に“聞く姿勢”で怒られたことがあったな。机に突っ伏しているような態度だったから『ちゃんと聞いてるのか?』って。見た目はそんなでも、ちゃんと聞いてるのに」

森山
「外から見たらほとんど聞いていないように見えたでしょうね。でも踊っている時も、舞台上でふざけたり狂ったりして見える時も、どこかでアンテナをピンと張っているんです。そこは信頼できるし、この作品ではすごく楽しんでやってくれていることもわかるので、それが一番うれしいかな。これも、初めは子ども向けの企画だからトモも島地もそうなんだけど、引き受けてくれるかどうかが心配だったんです。でも二人ともが二つ返事で引き受けてくれたので、本当にうれしかった。もちろん悩んだのかもしれないけど、意外なほどすぐに『やります!』と返事が来たので。トモとは、一緒に舞台に立った経験が実はそんなにないんですよね。昔からレッスンスタジオで顔は合わせていたんだけど。まずはNYのショーケースで最初に僕がやった役をそのあとトモがやることになり、さらに同じ役をなぜか島地もやっているという巡り合わせがあって。あと、実は10年以上も前、ある作品に関わっている時に腰を痛めて動けなくなってしまい、急遽トモにお願いして半日だったか1日だったか、とにかくものすごい短時間で僕の振りを全部覚えていただいて、代わりに出てもらったことがあるんです。僕も舞台には出るには出たけど、踊るどころか歩くのもままならず立っているだけで。踊るところは全部、トモにやってもらったんです。今までもいろいろな危機がありましたけど、森山開次の歴史上で最も危機的状況を助けてもらったのが、トモだったんです」

辻本
「いいですね、それ。ウィキペディアにも載せたいですよ」

森山
「ハハハ。じゃ、“森山開次の一番の危機を救った男”ということで(笑)」

 

それにしても、オファーを二つ返事で引き受けたという辻本は、たとえばこの作品のどういったところに魅力を感じたのだろうか。

辻本「まずは開次さんと一緒に踊れるということと、そしてこれがキッズ・プログラムだったということ、大きくはこの二つですね。たとえば僕自身がダンスで何かしら、行くぞ!という時期の真っ最中だったとしたら、開次さんと踊ることは避けたんじゃないかと思うんです。やはり強いダンサーと当たるとどうしてもダンスだけで表現してしまおうとするから、そうなると一緒の舞台に立つのはいやだなと思うものなので。それは島地くんとも同じ。やはり時間を経たことで、いいダンサーと一緒に踊ってみたいな、と思うようになれたんですね。そして子ども向けという意味では僕、一度シルク・ドゥ・ソレイユでイタリアに行った時に、子どもだけのショーをやる日があったんですが、その時、自分の表現が変わったのを明確に覚えているんです。子どもが観ているから、ちょっと小難しい部分は自分のダンスの世界観として尊い部分でやることにして、ここではただ純粋に楽しんでもらいたいという気持ちで表現も少しざっくばらんにしてみたりして。でもそれが、すごく楽しかった。そういうキッズ・プログラムが日本でできるんだ、それはいいなあ!と思えたので、それで二つ返事したんだと思います」


しかし、これだけのクオリティのパフォーマンスを子どものうちに目撃できるなんて、なんと贅沢で素晴らしい体験になることか。

森山「そうなってほしいですね。僕自身も子どもに向けてハッと思ったタイミングはあって、それは『からだであそぼ』という番組に出たことがきっかけでもあったんですけど。それまでは自分をどうカッコよく見せられるか、自分の世界をどう表現できるかということばかり考えていたのに、子どもに向けてというテーマがポンと与えられると、価値観やいろいろなことが豊かになって、そこからたくさんのことを学べたんです。それ以降、僕の中ではやりたい方向性が二つになって。そのいわゆる小難しい部分、それにプラスもう少し踊りの豊かさであるとか、表現すること、伝えるということ。僕はこれまでわりと一匹狼的にやってきたところがあったんですね、自分のクラスを持っているわけではないし、伝統芸能ではないから弟子もいないし(笑)。でも、何か伝えていくという意味では子どもに対していろいろとやりがいをすごく感じるんです。こういう大人も子どもも一緒になって共有する空間で、僕たち大人が踊ってる姿とか遊んでいる姿、ものすごく真剣に何かをやっている姿を、ぜひ見せたいですよね。まさにそれこそが『~アリス』の世界でもありますし。つまり子ども視点のアリスと、逆に大人から見た子どもへの視点がもともと盛り込まれている作品なので。大人のへんてこりんな部分とか妙に凝り固まってしまったところ、それも逆に愛らしく思えたりキュートに感じさせることができるかもしれない。大人も愛らしく、子どももいとしく、感じられる空間になると思います」

辻本
「子どもに何か舞台を見せたいな、劇場に連れて行ってみたいなと思われている方には、子どもが観る初めての舞台としてはこの作品は最適だと思いますね。生まれて初めて観る舞台として、本当にオススメです。何しろ、評判がものすごくいいですし(笑)。チケット代もロープライスですし。実例として前回、終わった後に子どもがキャッキャ、キャッキャ笑いながら帰っていくのを見ていますから、それが何よりの証拠だと思います(笑)」

森山
「そしてダンス公演ではあるものの、言葉もたくさん使っている作品なので、ダンサーたちはここではすごくしゃべります。出演者はたった6人で、もちろん衣裳の力も借りていますし、音や照明やスタッフさんたちの力も借りてはいますけど、ぜひともダンスというものの豊かさを感じてもらいたいんです。頭で想像することも含めてダンスですし、自分の重たい身体から出て来る言葉、それもダンスです。この機会に僕たちの身体の想像力というものを間近で見て確かめてもらって、ダンスの豊かさを思いっきり味わっていただきたいですね」

 

インタビュー・文/田中里津子
舞台写真撮影/宮川舞子