フライングシアター自由劇場『そよ風と魔女たちとマクベスと』稽古場レポート

2025.04.15

日本演劇界を牽引してきた串田和美(以下、串田)により2023年に起ち上げられたフライングシアター自由劇場、その第5回公演『そよ風と魔女たちとマクベスと』が間もなく開幕する。タイトルに入っている通り、ベースとなるのはシェイクスピア四大悲劇の一つである『マクベス』だ。『マクベス』を演出するのはこれが6度目の串田が、時代や自身の思考に合わせて大胆に脚色し演出し、さらに舞台美術や衣裳、宣伝画まで手掛けて取り組む注目作となる。キャストには元宝塚歌劇団宙組トップスターの大空ゆうひ、ここ数年さまざまな演出家からオファーを受け急躍進中の串田十二夜(以下、十二夜)のほか、福本雄樹原田理央大木実奈反町鬼郎さとうこうじに加え、劇団はえぎわ主宰のノゾエ征爾も初参加、もちろん串田も出演し、この出自の異なる9名の俳優が一丸となって新たな『マクベス』の世界を作り上げる。
稽古開始から約2週間が経過した段階の稽古場を覗かせてもらい、今回は果たしてどんな作品が生まれ出ようとしているのか、そのヒントを探ってみた。

ちょうどこの日から実寸のステージを意識した稽古に突入するとのことで、フロアの床にはラインが引かれ、仮の舞台装置も置かれている。まずはスタッフがキャストたちを集めて本番の劇場の舞台と、現在のこの稽古場の違う部分を丁寧に説明。「本番ではこの柱はありませんので!」との言葉には弾けるような笑い声が響き、早々にこのカンパニーの温かい空気感が伝わってきた。演出席で串田が「さーて、どこからやろうかな?」と言うと、今日から実寸だからか「冒頭からやりますか!」ということに話がまとまり、早速第1場から登場するマクベス役の十二夜は稽古着に革ジャンを羽織り、ゴツめのブーツを履いてスタンバイ。彼以外のキャストは各々、楽器を試しに鳴らしてみたり、口々にセリフを呟きながら、フロア奥のパーテーションの後ろに待機している。
スタッフの「暗転しまーす!」との声をきっかけに(稽古場なので実際に暗くはならないのだが)、幕開きの第1場から立ち稽古がスタート。

十二夜は舞台中央に置かれた木製の台の上に立ち、勢いのある大声を張り上げて一人語りを始めたと思えば長い間を取って沈黙してみたり、急におどけ出したと思うと奇妙な姿勢で静止したり、とさまざまな表情と声色でマクベスのセリフを語った。一度目はちょっとした言い間違いがあり、それを指摘されると「うわっ、最悪だ! 勢いでやっちゃった!!」と反省しつつもすぐさま笑顔で言い直してみているところは、なんだかちょっと余裕があって頼もしくも感じる。さらに、セリフの途中で入れるストップモーションの時の姿勢について、串田が「セリフにもあるけど“まるで一枚の静止画の中に閉じこめられたよう”にしたいから、動いている途中で不自然に止まった感じにしたい」と言い、自ら立ち上がって奇妙なポーズを提案。それを見ていた十二夜は「これ、絵に描いておいてくれるとありがたいんだけどなあ」と、ここでは苦笑い。

第2場に進むと、フロアに用意された白い大きな布を張ったパーテーションに背後から照明が当てられ、魔女たちのシルエットが映し出された。各自がポジションを移動させて、影が大きくなったり小さくなったり、うまく交差できるように串田が布の裏側に入り込んで一緒になって動きをつけていく。やがて布をめくってフロア前方に出てくる魔女たち。通常の『マクベス』に登場する魔女といえば3人だが、このフライングシアター自由劇場版ではマクベス役以外は全キャストが魔女を演じることになっている。この場面ではマクベス夫人役でもある大空らが魔女として現れ、“集合体”のようにくっついたりバラバラの“単体”になったり、妖しく蠢きながら移動する。口々に「クチュクチュ!」とか「チークカカ!」とか「ブルブル!」とリズムを刻むもの、メロディーを口で奏でるもの、口琴(口に咥えて指で弾いて音を出す楽器)やカズー(声を使って音を出す楽器)を鳴らすもの、赤ちゃん人形を抱いているものもいたりして、今は稽古着だということもあって魔女というより、なんだか不思議な楽団の登場のようにも見える。「良いは悪い 悪いは良い」「うまいはまずい まずいはうまい」「きれいは汚い 汚いはきれい」といった『マクベス』の有名なセリフを発しながら移動していく彼らの動きに、串田から「もう少し言葉に根拠がほしい」「全員のリズムはもっとバラバラにしたい」など細々と指示が飛ぶたび、魔女たちの謎めいた存在感や不可思議度が徐々にアップ。演技を繰り返すことで、チームワークが必要となる動きが目に見えてスムーズになっていく。

第3場では魔女たちの「来たぞ、マクベスだ!」という声と共に十二夜演じるマクベスと、ノゾエ演じるバンクォーが登場。二人は意識して互いの身体を触ったりハグしたりしていて、友人ならではのわちゃわちゃ感が自然と滲み出ている。ここは、そんな戦帰りの仲良し二人組を待ち構えていた魔女たちが、それぞれに対して予言を与える重要な場面だ。

続く第4場では、そこに反町とさとうが演じるロスとアンガスが現れ、早くもその予言の一部が現実になったことを知る。という、このスピード感で物語がどんどん展開していくところも串田版の特長のひとつで非常に観やすく、そして楽しい。反町とさとうの凸凹コンビがマクベスに対してとる態度に関してはここに登場する前の部分をカットしてあるわけなので、そこを串田が補足した上で「二人はピタッとセリフを合わせないようにね」と、指示。これがやさしいようで、息を合わせつつもところどころでタイミングをはずさなければならず、なかなか難しそうだ。何度か場面を重ねると漫才のかけあいのようにもなってきて、二人のコンビ感も増幅し周囲から「カワイイ!」との声もかかっている。そこに退場していたはずの魔女たちが数人、マクベスに彼自身の声を耳打ちするようにして、スーッと湧き出るように舞台上に現れる。マクベスのそばをふわりと通り過ぎる魔女たちの動線は風のようにも見えて、こういう瞬間ももしかしたらタイトルを象徴する一部なのかもしれない。

そして第6場は、大空が身体を張って魔女に憑りつかれたようなマクベス夫人を演じる。マクベスを演じる十二夜とのセリフのやりとりも、稽古場とは思えないほどの熱量と迫力を感じた。

また今回の稽古中に、魔女たちの抱いている感情を説明しながら串田が「セリフは役者が演技として口にするのではなく、本当に魔女が言っているようにできないと普通の『マクベス』になってしまうよ」と言っていたことも印象的だった。つまりそれは、今回が目指すところは普通の『マクベス』ではないということ。確実にこの時代、この時間、ここでしか観られない彼らならではの『マクベス』が観られる!と思うと、ワクワクが止まらなくなった。

『そよ風と魔女たちとマクベスと』は4/25(金)~5/4(日祝)に東京・すみだパークシアター倉で上演後、松本・信毎メディアガーデンで5/9(金)~11(日)でも上演される。ぜひとも、劇場へ!

取材・文 田中里津子
撮影 串田明緒