舞台『黒白珠』稽古場レポート

2019.06.04

脚本・青木豪×演出・河原雅彦というタッグで生まれる新作舞台『黒白珠(こくびゃくじゅ)』が、6/7(金)に東京・Bunkamuraシアターコクーンで開幕し、兵庫、愛知、長崎、久留米で上演されます。
1990年代の長崎を舞台に、同じ刻(とき)に生を受けた双子の兄弟とその家族が、逃れられない運命をもがきながら、愛と葛藤の中に紡がれてゆく人間ドラマが描かれる本作。その稽古場におじゃましてきました。


【STORY】

1990年代、長崎。信谷大地(風間杜夫)は、真珠の加工・販売会社を経営していた。長男の勇(松下優也)は高校卒業後、職を転々とし、大地を心配させていた。勇には花苗(清水くるみ)という恋人がいる。勇の双子の弟・光(平間壮一)は、東京の大学に進学。そんな光に大地は期待を寄せていた。
勇は、自分と光があまり似ていないことや、周囲から、叔父に似ていると度々言われることから、いつの頃からか、自分の出自についてある疑念を抱き始める。
勇と光は、母・純子(高橋惠子)の事をほとんど知らない。まだ二人が幼い頃、母は叔父との不倫の末、駆け落ちして信谷家を出て行ったらしいが、その後の消息は聞かされていなかった。
出自の疑念をさらに深める勇。一方、ある出来事から母と再会することになった光。
封印された家族の物語が、不協和音を立てながら動き出し、衝撃の真実を解き明かすパンドラの箱が、今開かれる。

 

取材時に行われていたのは、一幕冒頭からの通し稽古。
自分が見た夢のことを恋人・花苗に語る勇。自分のことを「おい(俺)」と呼ぶ、松下の長崎弁が柔らかい。信谷家のリビングで繰り広げられる、ふわふわした夢の話と、勇と花苗の恋人らしい会話から物語は始まっていく。

そこに登場する父・大地。一目で「いる!こんなお父さん!」と笑ってしまうような父親だ。ポンポン飛び出す長崎弁と、息子の彼女に遠慮なく話しかける人懐っこさ。登場から僅かな時間で、ひとりで息子二人を育ててきた強さや器の大きさを感じさせた。

そんな父親に育てられた勇も、職が続かないことを心配されながらも、聡明な恋人との仲は順調で、どこか明るい空気を纏っている。しかしその空気を一気にくもらせたるのが、内定の報告をしに東京から帰省してきた双子の弟・光だ。東大生で、標準語交じりに話す光。誰もが「優秀」と言う光の存在は、勇を居心地悪くする。

不自然というほどではない会話をしながらも、さっきまでとは全く様子の違う勇と、そんな勇に求められてもいないアドバイスをする光。それを嫌がる勇の態度を注意する父。「日常」の域を超えない、けれど引っかかるものが散りばめられる。

次の場面は、花苗の伯母・久仁子(平田敦子)が経営しているフレンチレストランで花苗と勇が食事をしているシーン。その場では和やかに会話をしながらも、勇が席を外すと「彼はやめたほうがいい」と花苗に言う伯母。「叔父にそっくりな外見をしている」だの「母親と叔父は駆け落ちした」だの小さな田舎町ならではの情報網で、デリカシーなく恋人を否定する。つまり勇や大地はこれまでも、町中の人からそんな言葉を投げかけられ、そんな目で見られてきたのだろう。しかし花苗は勇と別れるつもりはない様子だ。

場面は変わって、大地のはとこ・須崎(村井國夫)とその娘・沙耶(青谷優衣)のもとを訪ねる光。その後、たまたま大地の家に、須崎や久仁子、そして花苗が集い、食事会が開かれる。楽しい時間の中にも、酔って出身校(早稲田大学)の校歌を歌い出す大地にかけられる「お父さんも息子も優秀」という言葉や、自分の家を連想させる別の噂話などでいちいち心がざわつく勇。ずっと気になっているけれど確認することもできない自分の出生への疑念が顔を出す。そして同じ頃、光はある男(植本純米)との出会いで母親(高橋惠子)と会うことになる――。

人間ドラマであると同時にサスペンスな側面もある本作。長崎弁がやわらげているが、かなりきつい会話や感覚が散りばめられており、「あれ?」という瞬間はつみ重なっていく。それは当然その世界を生きている人たちにとっても同じこと。疑念を口にできないまま生きる勇や、酒や明るさで押し流す大地の本音がポロリとこぼれる。人間の持つ感情…それは素敵なものから醜いものまで、個性豊かな俳優たちが滲ませていく姿が印象的。一つひとつが胸に刺さり、目を背けられない魅力がある。

通しが終わり、駄目出しで河原は「日常の芝居だから、その人が生き生きとリラックスして喋る言葉が大事。言葉が日常になっていないと、観ている人が追うのを諦めちゃう」と伝えていた。日常に隠れたさまざまなものが一気に表に出るのは二幕。そのときの登場人物たちの様子や明かされる本音を早く劇場で観たいと感じる稽古場取材だった。

『黒白珠』は6/7(金)から6/23(日)まで東京・Bunkamura シアターコクーンにて上演後、兵庫、愛知、長崎、久留米で巡演。

 

取材・文/中川實穗