劇団papercraft第12回公演『旧体』│土村芳×海路(作・演出) インタビュー

脚本家・演出家の海路が2020年に旗揚げした劇団papercraftの第12回公演『旧体』が、8月29日(金)より神奈川・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオで上演される。第8回公演『檸檬』にて2023年に第29回劇作家協会新人戯曲賞を受賞し、勢いのある若手として注目を集める海路による今回の新作公演は、球体の出現とともに人類の進化が突如始まり、周囲の人々の進化や世界の変化に取り残されていく主人公を中心とした人間模様を描いている。
現実と虚構が入り混じる不条理な世界観の中で、戸惑いながらも事態と向き合おうとする主人公・早紀役の土村芳と、作・演出の海路に、本作について話を聞いた。

──前回公演(『昨日の月』)は今年1月でしたが、そのときには次回公演として『旧体』というタイトルが発表されていました。その時点で本作のプロットはどの程度できていたのでしょうか

海路 去年の時点で既に、軽く1、2枚程度ですがプロットは書いていました。でもその後、全然書けなくなってしまったんです。次のプロットを書き上げたのは4月か5月くらいだったのですが、それまでは本当に書けなくて、そんなことは初めてだったので、かなりヤバかったです。

──書けなくなる、という状態は突然訪れたのですか?

海路 前回公演が終わったタイミングで、自分は果たして何を書く作家なのか、不条理なのか、SFなのか、不思議な世界なのか、人間関係なのか等々……、色々と考えてしまって分からなくなってしまったんです。そうしたら、何が面白いのか、という物差しも分からなくなってしまって。それで何も書けなくなってしまいました。

──スランプを抜け出したきっかけは何かあったのですか?

海路 4月頃に、一日で小さく傷つくことが3つほどありまして、その時に「そういえば、自分の創作の根っこには“傷つく”があったな」と思ったんです。いろいろなことでただ傷ついて、病んで、ナーバスになってしまう、というようなところを舞台上に立ち上げるのが自分の作風の根幹的なところだったと思い出したら、また書けるようになりました。

──そんな時期を経て書き上げられた本作を読んで、土村さんはどのような感想を抱かれましたか?

土村 書けなかった時期があったなんて、今知った衝撃の事実です!海路さんが書かれると、SF的な部分もなんだかリアルで生々しいものになるんですよね。台本を読ませていただいた時も、かなり特殊な設定のお話しですがそこまで突拍子もない感じはしなくて、いつの間にかスッと自分の中に入ってきて、「自分だったら」と置き換えて考えながら読むことができたので、本番の舞台を見てくださる方もこの感覚を追体験してくださるのかなと思うとワクワクしますし、そのためにはしっかりやらなければ、という責任も感じています。

──これまでに海路さんの作品はご覧になったことがありますか?

土村 前回公演の『昨日の月』を拝見しました。主演の名村辰さんとは一度共演したことがあるのですが、すごく舞台の中で気持ちよさそうに生き生きしているなと感じました。作品自体は押しつけがましいところが全くなくて、逆に観客が舞台上の世界を覗き見てしまっているような感覚があって、海路さんはそういう空気を作り出すのがすごくお上手なんだろうな、と思いました。今回の稽古はまだ始まったばかりなので、本について皆で考えを深め合っている途中なのですが、この途中のプロセスがすごく大事なんだなと実感しながら稽古をしています。

──過去のインタビューで海路さんが、以前通っていたシナリオ教室で「何か一つフィクションを置くのなら、その周りは全てリアルにしないとだめだ」と教わったことを大事にしているというお話しをされていました

海路 今もそれは大事にしているところなのですが、『空夢』くらいからでしょうか、そこに縛られたくない、どうにかしてそこから外れたい、という気持ちも出てきたんです。以前はフィクションの設定が一つあって、その周りをリアルに作るというやり方だったのですが、そこのリアルにフィクションを混ぜ込むという感じで、リアルにフィクションの世界の中でさらにフィクションが起きる、というような「フィクションの二段重ね」のようなことを、『空夢』以降チャレンジしてきました。

──本作はキーワードとして、「夫婦」や「子供」が挙げられると思います。前回公演でも家族を描かれていましたが、今回はそのあたりをどのように意識されましたか?

海路 そもそも家族というものを描くことがずっと苦手だったんですけど、そこから脱却したくて『昨日の月』という作品を作りました。そのときにつかんだ書き方みたいなものがあって、それをより深めていきたいなという思いもあって本作を書いたので、そう意味でチャレンジかもしれないですね。

──今回、土村さんがご出演されることになった経緯を教えてください

海路 初めて土村さんのお芝居を拝見したのが朝ドラ「べっぴんさん」でした。そのときは高校生だったんですけど……

土村 高校生!ひゃ~。

海路 その後、脚本を書くようになってから、映画「僕たちは変わらない朝を迎える」を見たときに、「あ、べっぴんさんに出演していた方だ!」と思って。そこから「おいしい給食」とか「二十四の瞳」とか、ご出演されている作品をいろいろと見て、ぜひご一緒したいな、と思って今回ついに、という経緯です。

──土村さんは、舞台へのご出演は久しぶりになりますね

土村  10年近く前なので、もう初めてと言ってもいいくらい(笑)、かなり遠のいていたので勇気は要りました。でも、海路さんとお会いして、何かすごくワクワクしたんです。若き才能がキラキラまぶしくて、海路さんが思い描く世界で生きてみたいな、というのはあって、ものすごく大変かもしれないですけど、それを身をもって経験してみたいな、と思いました。この挑戦をさせていただくことによって、もっと成長できそうな気がするし、この作品を経た後に新しい扉が開けそうな感じがしています。

──今回のタイトルが『旧体』となっていますが、あらすじを読むと「球体」が登場するということで、なぜこのタイトルなのか、話せる範囲で教えていただけますか?

海路 進化の過程で「人間球体期」という身体が球体に変異する時期を挟んで全能な人間になっていくという流れの中で、球体というものが、球体ではあるんだけど、ただの球体ではなくて……なんだろう、ネタバレしないでお伝えするのが難しいですね(笑)。今回の話は、日常に球体が出現するところから始まるので、この話を見終わった後、球体が気になってほしいなと思っていて。その時に、球体を見ているんだけど、このタイトルの「旧体」という文字が頭をかすめたらいいな、と。「旧体」と球体がどうつながるのか、「旧体」がどういう意味なのか、それはこの舞台を見て知ってほしい、というような意図があります。

土村 私、今まさに球体が気になってしまっていて。この間、海路さんのお誕生日だったのでプレゼントを選びに雑貨店に行ったのですが、球体モチーフのものがたくさん目に留まって「あれも、これも、球体だ!」って(笑)。他のキャストの皆さんもよく球体の話をされていて、もうみんな球体に囚われ始めているかもしれません(笑)。

──まだ稽古が始まったばかりなのに、すでに球体が気になっているということは、これから稽古が進んだらますます……

土村 どうなってしまうんでしょう?少しずつ丸くなっていくのかな?

海路 どういうことですか(笑)。顔が、とか物理的に?

土村 本番の舞台に上がったら、丸々としてたりして(笑)。

──海路さんは以前からKAATで公演をしたいとおっしゃっていましたが、その理由を教えてください

海路 KAATの大スタジオの空間がすごく好きなんです。空間に癖がないからこそ、自分の頭の中にあることや、思ったものをそのまま立ち上げられる空間なんじゃないかな、という気がしています。あと、実際に芝居を見に行って強く印象に残る作品が多かったんです。例えば、劇団た組の『ドードーが落下する』とか、中スタジオでは範宙遊泳の『バナナの花は食べられる』とか、どちらも岸田國士戯曲賞を受賞された作品で、そういう意味でも思い入れが深いというか、自分もそこに並びたいな、同じ場所でやってみたいな、という思いもありました。

──個人的に、劇団papercraftは観劇後に作品を反芻する時間が欲しいので、駅から離れた劇場が良い、と勝手に提唱しているのですが、KAATは最寄りの日本大通り駅から比較的近いですし、周りは観光地で賑やかですし、これまで公演をしてきた劇場とは立地環境が少し違う気がしています

海路 そうなんです。だから思っているのは、日本大通り駅から帰られる方は、馬車道駅まで歩いていただきたいな、と(笑)。実は、横浜・東京方面に行くのであれば、日本大通り駅から乗るよりも、馬車道駅から乗ったほうが少し安いんですよ!

土村 すごい、詳しい(笑)!

海路 電車賃も浮くし、作品のことを考える時間が作れる、ということで、馬車道まで歩くのがおすすめです。

土村 海路さんおすすめルートとして宣伝したいですね(笑)。私も馬車道まで歩いてみようかな。

──KAATのすぐ近くに中華街がありますが、あえて賑やかなそちらには行かずに逆方向の馬車道に歩く、という

土村 中華街となるとまた景色が全然違いますよね。でも、あえて人混みの中にポツンと立ってみてもいいかもしれないですね。

海路 確かに。それもいいかもしれません。

土村 この作品を引きずった状態でガヤガヤしたところに入ったらどうなるのか、というのも面白いかもしれない。

海路 じゃあもう、帰りは中華街か馬車道まで歩いてもらうということで、最寄りの日本大通り駅は使わない方向で(笑)。

土村 (笑)。

──帰りの推奨ルートも決まったところで(笑)、最後に、この作品を楽しみにしているお客様にメッセージをお願いします

土村 見た後でしばらく引きずってもらえるくらい、静かに侵食する“何か”を皆さんに与えられるように頑張りたいです。決して「これを見てくれ!」という表だった主張はないのですが、背後に“何か”が迫ってくるような感覚を楽しんでもらいたいですし、『旧体』の世界と現実の世界はそう遠くはないんだな、という感覚になってもらえたら、と思います。そして、帰りは馬車道か中華街へ行っていただいて(笑)、自分と世間を俯瞰して考えるような時間になったら嬉しいです。

海路 一回書けなくなってしまって、それで「一体自分は何なのか」とか、色々自分の中で考えて、そういうことを乗り越えて作った今回、という意味で、自分の創作において一つの転換点になる作品なのではないか、という気持ちもあるので、個人的な言い方になってしまいますが、見届けてもらえたら嬉しいなと思っています。

取材・文/久田絢子