
9月19日(金)からの3日間、兵庫県・豊岡市の竹野浜 特設ステージにて、スリーピルバーグス第3回野外公演inビーチ!『歌唱劇 パラダイスをくちずさむ』(豊岡演劇祭2025 ディレクターズプログラム)が上演される。本物の野球場で上演され、話題を呼んだ野外劇『リバーサイド名球会』から早1年、スリーピルバーグスが二度目となる豊岡演劇祭で選んだ場所は、シーサイド。読んで字の如く竹野浜の海辺で繰り広げられる歌唱劇だ。
開演は18時、上演時間は50分を予定、日没へと向かって3日限りの上演。時にままならなくて、時にすばらしい。そんなどこにでもある人生を生きる人々の姿を、今日から明日へとどうにか生きていくための歌唱とともに描く。
新たな試みとなる本作に込められた思いや見どころについて、スリーピルバーグスの福原充則(作・演出)と佐久間麻由(出演)に話を聞いた。
二度目の豊岡演劇祭、ビーチでの野外劇へ
―屋上、野球場、そして、今回はビーチ。スリーピルバーグスとして三回目となる野外劇、そして二回目の豊岡演劇祭への参加ですね。まずは、作品の構想や上演場所を決めるに至った経緯からお聞かせいただけますか?
福原 実は最初は反対していたんですよ(苦笑)。
佐久間 「全てが組曲になっている歌唱劇をやりたい」というのが福原さんの構想にあって、そこと海を掛け合わせることが果たしていいのか、っていうところが悩みどころだったんですよね。竹野浜は、初めて豊岡へ下見に行った時にすでに訪れていて、「すごく綺麗で素敵な場所だし、いつかここでできたらいいな」というのは共通認識としてあったのですが、一方で浜辺は風が強く、波の音もあり、野外劇をする上ではとても高度な環境なので…。
福原 365日風が吹くし、1日の風のサイクルが出来上がっちゃっているんですよね。僕は過去にお台場浜辺と葛西臨海公園近辺の二箇所で野外劇を経験していて、海のそばでやる厳しさもそれなりに知っていたんです。唐組出身でテント芝居熟練の丸山厚人くんにも「海辺はやめた方がいい」と言われていたり…。だから、「キツイんじゃないか」と思ったんですけど、「キツイ」ってことが辞める理由にはならない演劇人生を送ってきてしまったので…(笑)。その気持ちは、やる・やらないの選択には関係ない感情だと。そう思って決めました。そのくらい本当に綺麗な場所なんです。
佐久間 日本海なのですが、比較的静かな海ではあるんですよね。冬は日本海らしい激しさが顔を出すこともあるようなのですが、天気さえ良ければとっても穏やかで、普通の生声でも聞こえるくらいのいい環境なので、とにかく良天候を祈っています。
―自然の中はどのくらい環境音が読めるかわからない部分がありますよね。でも、ビーチで観る歌唱劇はなかなか経験できないので、すごく楽しみです。音楽と物語がどう重なるかも気になりますが、そのあたりで大切にしたのはどんなところでしょうか?
福原 演劇ではあまり使われない音楽ですが、「ブラックミュージックを基調にしたい」という思いがあり、これまでも何度もご一緒していて、繋がりの深い益田トッシュさんにお願いをしました。「そもそも音を鳴らす理由ってなんだろう?」というところに立って考えると、何か訴えたいことがあるとか、あまりにも毎日が大変で歌わないとやっていられないとか、そういうところに辿り着くと思ったんです。あと、労働歌としての側面にも。
―益田トッシュさんの音源を一部聴かせていただいて、まさに労働歌だなと感じました。歌詞からも登場人物が働く風景がみるみる立ち上がっていく感触があって…。
福原 「仕事がキツすぎて、歌いながらやらないとできない」っていうことを発端に生まれている音楽が僕もトッシュさんも好きだし、今回の芝居も「辛い毎日をどう過ごしていくか」がテーマになっているので、そこを現代風にうまくアレンジできないかな、と考えたんですよね。ただ、そのテーマを大げさにやるつもりはないんですよ。僕は作家や演出家がそういうテーマを表現したいがために、役に大きな苦労を背負わせることが好きじゃなくて…。なので、「どこにでもいるような人が、奇跡の助けを借りずに、なんとか人生を生きていこうとする」っていう、さりげなく普遍的なことこそがテーマで、そこに合うリズム&ブルースをやれたらと思っています。
佐久間 歌唱劇は劇団としても初めての試みですし、個人的にもここまで音楽が多い作品に関わったことがなかったので、最初に台本を読んだ時は、正直「どう読み進めればいいんだろう?」と戸惑いました。でも、そうこうしている内にトッシュさんから音楽が届いて、一気に登場人物の感情の流れが鮮明になって、さらに福原さんの演出によって、みるみる作品の骨格が伝わってきたんですよ。本を読み込んで役に潜って役作りをするのではなく、音楽や演出によってどんどん自分の役がクリアになっていく、そんな感覚がすごく楽しいです。あと、くちずさんでいるうちに、福原さんが書いた歌詞が体にどんどん浸透していくんです…。きっと公演が終わった後も、この先の人生の中でふと思い出してはくちずさんで救われたり、ちょっと悲しい気持ちになったりするんだろうなって…。そこまでの想像ができたんです。音楽の力って本当にすごいですよね。大好きな歌詞ばかりですが、夜明けを表したフレーズで「わぁ、美しすぎる発明!」と感動した箇所があって、上演時間の都合などにより、カットされませんように…と切に願っています(笑)。

ミュージカルでも音楽劇でもない、「歌唱劇」に込めた思い
―佐久間さんは今回の歌唱劇で一風変わった詐欺師役を演じられるとか…。歌唱はもちろん、その役どころも気になるところですが、稽古場ではどんな印象を受けましたか?
佐久間 詐欺師の役は初めてなのですが、劇団papercraft『旧体』で演じた役とも少しリンクしている部分があって、「自分にそういう要素があるのかな?」なんてドキッとしたりしました(笑)。詐欺は断固反対ですけど、ウソに救われることや真実や現実に打ちのめされることも多いですし、どちらの役も劇中では語られませんが、何かのっぴきならない事情を抱えていてどうすることもできずに行き着いてしまった行動、と思って役と向き合っています。あと、曲によって自分の役割が、他の登場人物の〝感情そのもの〟になったりもするので、その辺りも工夫をしながら、飽きずに楽しんでもらえるようにと思っています…。
―ミュージカルでも音楽劇でもなく、歌唱劇。ここにもまたこだわりを感じます。
福原 例えばミュージシャンの歌をライブに聞きに行った時に、10年前に発表された恋愛の歌があったとするじゃないですか。その時って「歌っているこの人の今の感情だ」じゃなくて、「このミュージシャンは10年前こんな恋愛をしていたんだ」って感情でも感動ができるじゃないですか。さらに言えば、「学生の時、私もそう思っていたなあ」とか、そういう感動もありますよね。なにが言いたいかと言うと、作品の出来た瞬間と、作品を届ける瞬間と、受け手が感じ取る瞬間の、絶対に起きる時間の隙間を意識して、その隙間を埋めてくれるものこそが作品のテーマだと感じて欲しいんです。うまく説明できないですけど!
―なるほど…。今のお話聞いて、「くちずさむ」ってまさにそういうことなのかも、と思ったりしました。その時の自分が生きているタイムラインではない何かが口を吐いて出るというか、たしかに時間と体感がずれる感じがあって…。
福原 設定的にはリアルタイムで進行しているけれど、歌っている歌に込められているのはその役のリアルタイムの感情じゃなくてもいい。「歌っている人」と「歌われていること」の間に隙間が開いていてほしい。そう思って、何か別の名前をつけたいと思ったんですよね。正直なところ、「歌唱劇」もその意味とはぴったり一致というわけではないけれど、生演奏もないですし、とにかく歌うんだ、くちずさむんだっていうことで「歌唱劇」にしました。
佐久間 キャストの方がまた個性に溢れていてすごく素敵なんですよ。大知君はオーディションを経て出演をお願いしたのですが、本当に気持ちよく歌を歌うので、「歌って自由で最高!」と思わせてくれる力がある。村上航さんは、生きている生き様がそのままお芝居や歌に滲み出ているのが素敵。そして、私は「フィルってなんですか?」からの挑戦で、前回公演では野球に初めて挑んで、今回は歌。「劇団では慣れないことにチャレンジしていく宿命にあるのかもしれない」と腹をくくっているところです(笑)。そんな3人を幹のように支えてくれるのが香月彩里さんと辰巳智秋さん。お二人は普段からミュージカル作品でも活躍されていますが、個性あるチャーミングな歌声が素晴らしくて…。バラバラに弾けて歌う5人を楽しんでもらえたらと思います。
福原 そうそう。はなから揃えるつもりはなかったんですよ。歌を用いた劇も、専門の作家ではないにせよ、数は結構やっているので「いわゆるミュージカルとして守らなきゃいけないルール以外のところにも多くの面白みがある」っていうことはわかっているつもりなんですよね。航さんは何度もご一緒してて、ルールよりもソウル!って人だと知っていますし、大知君もまず音楽が好きだ!ってことが噴き出すような歌い方で素晴らしいです。香月さんはミュージカルの経験も豊富ですけど、豊富だからこそルール外の面白さをよくわかっているし、辰巳さんもミュージカルの仕事も多いですけど、独自のルール解釈で弾ける人ですから。佐久間さんは感情と歌が直結していて、ルールで妙な濾過をしないところが素敵です。本当に面白い5人が揃ったと思います。歌う人の声質がバラバラなこと自体は珍しいことじゃないのですが、そのバラバラがうまくピースにハマっているのが面白い。ただ、バラバラなのではなく、すごく変な形で凸凹なのに、集めるとピタっとパズルがはまる感じ。そこがすごくいいなと思っています。

「旅の途中に演劇がある」という喜び
―豊岡演劇祭のプログラム内の野外劇ということで、場所も設えも含めて、通常の公演とはまた違った展望があるのではないかなとも感じます。この場所とこの方法で演劇を上演する上で、スリーピルバーグスとして大切にしていることはどんなことですか?
福原 竹野浜で5人の歌唱劇だからこそ湧き上がる雰囲気っていうのがあると思うんですよね。浜辺に50人出てきてすごいミュージカルをやるのとは違うし、1人が出てきてぽつんとやるっていうのとも違う。この5人というバランスに流れる、そこはかとない温かさや寂しさはなかなかないと思うんです。そして、他にないからやりたいわけじゃなく、この方法が芝居のテーマとも共通していると思っているんですよね。
佐久間 前回は「スタジアムで野球をテーマにした回遊型の演劇をやる」という、ビビットでキャッチーな公演だったと思うんです。でも、今回はあえてミニマムな濃密さを目指そうと思っています。前作を楽しんで下さった方と本作を楽しんで下さる方が重なるか、少し不安はあるのですが、方法が違うだけで「楽しませたい!」という思いは一緒なんですよね。そこを頼りに観に来てもらえたら嬉しいなと思います。スリーピルバーグスは毎回違うことをやって楽しませるタイプの劇団なので、「3回目の野外劇はこうきたか!」っていうところをまず楽しんでもらえたら…。
福原 そうですね。1回目、2回目、3回目と全然違う芝居だと思います。でも、共通しているものもある。それは、「この芝居が終わったら、この幸せや夢物語は終わるのね」みたいなことではない、「生活に持ち持ち帰ることができるテーマ」なんじゃないかな。普段の日常に満足はしていないけど、天国みたいな状態にしたいわけでもないというか、そういう演劇を作っていることは変わらないと思います。牛丼屋で牛丼を頼んで、生卵とお新香も追加できるかどうかっていうバランスというか…。牛丼屋にすら入れない苦しみを描きたいわけでもないし、すごいコース料理を食べる夢を描いているわけでもないみたいな…(笑)。もちろん、豊岡の地元の人にも観ていただきたいですが、遠くまで行くことで得られることもいっぱいあると思うので、遠方からの方にも観てもらえたらと思いますね。
―たしかに、豊岡演劇祭には県外・国外からも多くの観客の方が訪れます。その劇体験も貴重ですよね。
福原 そうなんです。豊岡演劇祭って、豊岡以外からくる人々みんなにとっては、旅だと思うんですよ。旅した先で演劇を観られるということ。そのことをちょっと信じてもらいたいなって思います。
佐久間 そういえば、旗揚げ公演(『旅と渓谷』)を東京と札幌と中富良野の3箇所でやったんですけど、東京公演の噂を聞きつけた猫のホテルの森田ガンツさんが中富良野での公演を目掛けて、東京からテント泊しながら向かっているという知らせが入ったんですよ。冗談だと思っていたのですが、ツイッター見たら本当に徐々に近づいていらしていて…(笑)。時間をかけた先での観劇が作品の内容とよりリンクして「人生で5本の指に入るくらい良かった」ととっても感動して下さったこと。そんなエピソードをちょっと思い出しました。きっとあの時に受け取って下さったものをガンツさんは忘れないでいて下さるだろうなと思いますし、私もそのことを一生忘れないと思います。
福原 旅を経ての観劇は、確実に見る人の物語になりますよね。旅先って、もうその人の人生であり物語で、芝居はその途中にただぽつんとあるだけなんですよ。その経験はすごくいいと思います。僕自身、豊岡演劇祭に観客として行ったこともありますけど、やっぱり面白い体験なんですよね。芝居観終わった後に、バスに乗って知らない町を移動していく感じとか…。あと、わざわざ遠くに出かけて行った先で、東京でいつも会っている人と出会うと、一気に距離が縮んだり。そういう経験もまた特別だったりしますよね。
佐久間 でも、不思議ですよね。平田オリザさんって、私にとっては東京で出会った方でしたし、なんなら数年前まではオリザさんといえば〝駒場東大前〟という印象だったのに、今では豊岡の町でオリザさんのお話を普通に小耳に挟んだりする。それって、本当にすごいことだなと思って…。豊岡に滞在していると、1つの街に文化が作られていることに感動します。
福原 豊岡の女子高生の間では、「スーパーとかでオリザさんを見ると、今日はいいことがある」というジンクスがあるらしいですよ!
佐久間 本当にすごい!(笑)。去年初めて豊岡演劇祭に参加した時に、東京でごく少人数で作って持っていった作品を本当に多くの方が迎えて、手伝って、支えて協力をして下さったんです。そのことにすごく感動をしましたし、「1回で終わらせてしまう関係性にしたくない、もう一度豊岡で作品を観てもらいたい」と思ったんですよね。そういう思いも胸に、上演に臨めたらと思っています。
福原 竹野、本当にいい町なんですよ。ただ「遠くに行って演劇を観ましょう」って言っているのではなくて、旅行として単純に楽しい場所。隣の駅は城崎温泉だし、温泉地としてだけじゃなく、文学との繋がりも深い。そんな旅行先のアトラクションの1個として演劇があるんだって思ったくらい…。それを制作発表の時に言ったら、観光協会の方に「君はいいこと言った」ってすごく褒められたのでまた言います(笑)。でも本当にそう思っています。なんなら、最終的にスリーピルバーグスじゃなくてもいいんです。この記事を機に豊岡演劇祭を知って、ラインナップを色々見て「やっぱりペニノに観に行きます」でもいい! とにかく旅先で見る芝居の魅力を知ってほしいなって。そんな風に思いますね。
佐久間 豊岡でお待ちしておりますので、スリーピルバーグスもペニノもどちらも是非!(笑)
文/丘田ミイ子