ミュージカル『マリー・キュリー』囲み会見&ゲネプロレポート

Ⓒ田中亜紀

ノーベル物理学賞とノーベル化学賞を受賞し、女性として初めてパリ大学の教授職に就くなど、歴史にその名を残すポーランド人物理学者・化学者マリー・キュリー。2020年韓国初演のミュージカル『マリー・キュリー』は、2023年に日本でも愛希れいか主演で初演されて好評を博した。その作品が新たなキャストを得て再演される。

初日開幕を前に行なわれた囲み会見には、マリー・キュリー役の昆夏美/星風まどか、ピエール・キュリー役の松下優也/葛山信吾、アンヌ役の鈴木瑛美子/石田ニコル、ルーベン役の水田航生/雷太、そして演出の鈴木裕美が登壇した。昆にとってはプロデビュー作『ロミオとジュリエット』のジュリエット役以来、星風にとっては宝塚歌劇団退団後初のタイトルロールとなるが、「さまざまな壁が立ちはだかってくる作品だが、そこが、マリーがさまざまな壁、障害が立ちはだかってきても前に進んでいくところと重なって勇気をもらえる。最後まで真摯に向き合えば新しい自分に出会えるかもしれない」(昆)、「宝塚の娘役にはこういう機会はなかなかないので大きな緊張感と責任を感じている。マリーは志高く芯が強い女性。毎公演生まれ変わるような気持ちで常に新鮮に挑戦し続けたい」(星風)とそれぞれ抱負を語る。2025年の今、この作品を上演する意義については、「マリーの時代のように、女性だから何々してはいけませんと白い目で見られるようなことは現代では少なくなっているかもしれない。けれども、この作品で、マリーが大学に入って男性ばかりの中でいびられ、勇気をもってタンカを切るシーンで、裕美さんから『客席にいるお客様に、私にもこういうことがあった、マリーは私だと思わせることができるような真実性をもってやらなければいけない』というノートをいただいたとき、自分はそういう経験がなかったけれども、昔の話ではないんだ、今も同じようなことを経験している人がいるかもしれないと心に響いた』(昆)、「一年半前まで女性だけの劇団にいて、周りの方からサポートしていただきながら舞台に立っていたので、マリーを演じるにあたって、その当時、女性の方々がどんな気持ちで生きていたか、計り知れないところがある。違う世界で生きていらっしゃる方でも、女性が何か成し遂げている姿を見るとうれしくなる気持ちがあるので、そういった思いもエネルギーに変えて、自分は感じていなかった感情等、引き出していって演じたい」(星風)と語ってくれた。演出の鈴木からは、「科学、夫婦、友人、さまざまな対象への愛が描かれていて、IQが高いけれどもEQは低い化学オタクがいろいろな人との人間関係を頑張って少しEQが高くなる物語。昆ちゃんチームは野心的でキラキラしたアンビシャス・バージョン、まどかちゃんチームはお互い不器用で誠実な愛バージョン。2バージョン観ていただいて、優れた戯曲、音楽においては違った表現ができることを観ていただきたい」とのコメントが飛び出した。

囲み会見に引き続いて行なわれた、マリー・キュリー=昆夏美、ピエール・キュリー=松下優也、アンヌ=鈴木瑛美子、ルーベン=水田航生のキャストの公開ゲネプロを観た。

ポーランド出身のマリーはパリのソルボンヌ大学に進学。男性の生徒ばかりの中、ポーランド人の女性ということで差別に遭うが、それにもめげず、研究と実験に没頭していく。フランス人物理学者ピエール・キュリーと出会って夫婦となり、ポロニウム、そしてラジウムを発見。さまざまな意味で人類の役に立つと思われたラジウムだったが、実は、想像もできなかったような危険性をももっていて――。昆のマリーは、小柄な身体から生のエネルギーを熱く放出し、目をキラキラさせて化学への愛を語る。研究へのひたむきな没頭ぶりは、ときに笑いを誘うほど。冒頭の老いたマリーから若き日のマリーへの変身は声を効果的に使い分けてあざやかで、きりっとした歌声でマリーの心情を表現していく。鈴木瑛美子が演じるマリーの親友アンヌは実在しないキャラクターで、人類の良心を体現するところがあるような人物。マリーと同じくポーランド出身で、ラジウム工場で働くが、同僚たちが次々と病に倒れて死んでいくのを目の当たりにし、ラジウムの危険性を訴えていく。マリーを励まし、ときに彼女の良心に訴えかけるアンヌ。マリーとアンヌの友情が、この作品の大きな見どころの一つである。ハスキーがかった力強い声でセリフも歌もこなせるのが鈴木の強み。マリーとアンヌが歌う「あなたは私の星」では、昆と鈴木が表現するシスターフッドの強さが心を打つ。ピエール役の松下は初めてヒゲ役に挑戦しているが、マリーの複雑な心情を見守る夫の役を優しさとユーモアをもって演じた。ルーベンは、マリーの研究を後押しする投資家であり、かつ、人類の野心や悪を体現するような、やはり実在しない役どころで、演じる水田はダンス・シーンでも大いにアピールしてみせた。新たに発見されたラジウムに人々が熱狂する様が華やかなダンス・ナンバーになっていたり、研究で使われたラットのシュールなダンス・シーンがあったり、人間の功罪や科学の発展において未知と出会った際の人間心理等、シリアスなテーマを描く中にショーアップされた場面もあるのがおもしろいところ。何より、不世出の科学者であるマリー・キュリーという人物への興味を大いにかきたててやまない作品となっている。

取材・文=藤本真由(舞台評論家)