写真左から)古川琴音、麻実れい
「ピーター・パン」と「不思議の国のアリス」のモデルとなった二人の数奇な運命を描く、舞台『ピーターとアリス』が、2026年2月9日(月)から上演される。トニー賞やオリヴィエ賞で数々の受賞歴を持つマイケル・グランデージの演出によって、2013年ロンドンウエストエンドで初演された本作は、世界中で愛される名作「ピーター・パン」と「不思議の国のアリス」のモデルとなった二人が、奇しくも数十年後に出会い、現実と幻想を交錯させながらそれぞれの辿った人生を赤裸々に語る物語。脚本は、世界中を熱狂させたミュージカル『ムーラン・ルージュ!』や映画「ラストサムライ」など多数の名作を生み出したジョン・ローガンが書き下ろした。今回の上演は演出を熊林弘高、翻訳を早船歌江子が務め、過去と現在と物語が入り混じる不思議な世界を作り上げる。不思議の国のアリスを演じる古川琴音と「不思議の国のアリス」のモデルとなったアリス・リデル・ハーグリーヴスを演じる麻実れいに本作に挑む思いを聞いた。
――今回、ご出演が決まり、最初に脚本を読まれたときの率直な感想を教えてください
古川 「不思議の国のアリス」は小さい頃から読んでいた物語で、アリスはプリンセスたちの中でもいちばん身近な存在でした。なので、まずアリスを演じられるということが本当に嬉しかったです。前回、熊林さんとご一緒したお仕事ではシンデレラ役を演じたのですが今回また童話のキャラクターとしてお話をいただけたことに、不思議なご縁を感じました。ただ、いざ蓋を開けてみると、自分が想像していた”おとぎの話”とはまったく違っていて。物語の奥の奥を探りながら、その裏に隠された、自分では想像もしなかった世界へと誘われるようなお話だったんです。驚きもたくさんありましたが、その分チャレンジしがいがある作品だと思っています。
麻実 「ピーター・パン」も「不思議の国のアリス」もともに世界的な児童文学で、今回の作品のタイトルが『ピーターとアリス』なので、ご覧になる皆様にとっては「麻実さんにしてみたら、珍しく楽しそうな作品」と感じられるかもしれませんが、やはり熊林さんという演出家の手に渡ると、こういう本が差し出されるんだなと思いました。ファンタジーの世界観の中で現実が営まれるという、とても面白い構成です。ピーターもアリスも、子どもの頃の純粋無垢な幸せな時代から成長して、人生という道を歩き始めて、さまざまな環境に左右される…恐ろしさすら感じる物語です。私も今年75歳になりますが、やはり年齢とともにいろいろな影響を受け、さまざまなことを感じて今に至っています。アリスは82歳で亡くなったそうですが、(童話ではなく、ここで描かれているような厳しさこそ)これが本当の人生だと思いますし、これが人間だと思いますし、これが生きてゆく厳しさだと思います。いろいろなことを感じさせていただける、学ばせていただける作品です。大切な仲間たちと作り上げていきたいなと思います。
――それぞれのお役については、今の段階ではどのように感じていらっしゃいますか?
麻実 まだ(稽古前のため)これから徐々に見えてくるものがあるのだと思います。稽古とは、誰が主役ということではなく、ディスカッションをして、同じ空間で思うことを言い合って、一つのものを作り上げていくものです。良い状態で稽古初日を迎え、そして劇場に移動するまで楽しんで、苦しんで頑張りたいと思います。
古川 私もまだ掴みどころがないなと思っています。おとぎ話のキャラクターというのは、いろいろな人のイメージが重なる存在だと思います。今回、私が演じる不思議の国のアリスは、そうした童話的なキャラクターの中にアリスのモデルとなったアリス・リデル・ハーグリーヴスさんの生きた証の一部も込められています。そのバランスをどう作っていくのか。自分はどういう役目を背負っている役なのかを今は探っている最中です。
――熊林さんとはすでにお話はされましたか?
古川 本作のワークショップと勉強会に参加させていただき、そこでお話をお伺いしました。勉強会では、脚本の早船さんと熊林さんがセリフ1行1行に対して細かくディスカッションをされていて、すごくためになる時間でした。たとえばイギリスの人が書いた言葉のイメージと日本人が受け取るイメージが全く違うんですよ。私たちは気づかないけれども、実は皮肉が込められている言葉だったり…。早船さんと熊林さんお二人の知識が掛け合わさって、物語がどんどん豊かになっていくのを実感し、これからこの物語をより深く知っていくのが楽しみになりました。
――麻実さんは熊林さんとはこれまで何度もご一緒されていると思いますが、熊林さんとのクリエイトではどんなことを楽しみにされていますか?
麻実 彼は私にとっては演出家というよりは仲間なんです。お互いに思っていることを言い合える関係性で、出会った最初の出発点から大切な仲間、友達でした。熊林さんはもちろん演出家としてこの作品を深いものにしたいとお考えでしょうし、私もそう思っていますが、同時に何か彼のために残せるものがあればという思いがあります。そのスタンスはどの作品でも変わらないです。どんなことがあっても彼を中心に仲間たち、スタッフさんたちと手を取り合っていきたいと思います。そうしないと、この作品はなかなかしぶといですから。なんだか屈折を帯びて深いところにいってしまうような作品です。お客さまがこのドラマをご覧になるために足をお運びくださるわけですから、総力を上げて、熊林さんについていきながら、みんなで苦しみ過ぎないで作っていきたいと思います。稽古に入ったら空気がクッとタイトになるけれども、休憩と言われたらポンと柔らかくなるような、笑いもある稽古場にしたいですね。緊張感がありすぎても入ってこない。私自身も「リラックスだ」と思いながらお稽古したいです。非常に興味深い作品ですし、苦労のしがいがあると思います。
――楽しそうにお二人がビジュアル撮影をされている様子がオフィシャルサイトにも掲載されていましたが、お互いの印象や今回の共演での楽しみをお聞かせください
麻実 ビジュアル撮影でパッとお顔を出してご挨拶してくれたときに、「なんて可愛いアリスなんだろう。ぴったりの女性を見つけ出したな」と思いました。楽しみです。

――アリスのビジュアル、本当に可愛らしいですよね
麻実 可愛いでしょう?でも、可愛いだけじゃなく、精神面は非常にしっかりされていらっしゃる。可愛さと大人っぽさを兼ね備えている人だから、今回ご一緒できることが本当に楽しみですし、彼女のこれからも興味深く見守っていきたいなと思います。
古川 最初に共演させていただいたのが、前回、熊林さんとご一緒した『IN TO THE WOODS』というミュージカルで、そのときに麻実さんは巨人役として声のみご出演されていたんです。なので、声のイメージが先行していて…お会いしたときはドキドキしました。
麻実 巨人だからね(笑)。
古川 私はその巨人を恐れる役でしたから(笑)。ですが、実際にお会いしたらとても柔らかい方で、とても心地よい空気を纏っていらっしゃって。その空間にいるだけで巻き込まれていくような気持ち良さがありました。今回アリスは、麻実さんが演じる実在のアリスと私が演じる童話の中のアリスが、重なったり離れたり入れ替わったりして、二人で作らせていただくものだと思います。麻実さんと一緒にアリスを作り上げていけることが本当に幸せなことだと思っています。
――先ほど古川さんが「アリスはプリンセスの中でも一番身近なキャラクターだった」とおっしゃっていましたが、「不思議の国のアリス」や「ピーター・パン」の思い出や身近に感じられたエピソードはありますか?
古川 私はどちらもアニメ映画のビデオを持っていたので、小さい頃から何度も観ていました。ただ、「ピーター・パン」は物語の流れをなんとなく覚えていたのですが、「不思議の国のアリス」はキャラクターのイメージはあっても、ストーリーを説明するとなるとなかなかできないなと思って。それで、この作品が決まってから改めて観てみたのですが、やっぱり今観ても説明するのが難しいんですよ。それに、大人になってから観ると、児童文学というのはやはり大人が作っているものだなと思わされました。子ども向けの物語の中に大人がメッセージとして入れたいものが散りばめられていて、なんだかぐにゃぐにゃとした物語だと感じました。
麻実 私の子ども時代はそれほど本が豊かにあった時代でもないですし、私自身もあまり読書が好きではなかったんです。ですが、このお話をいただいたときに「不思議の国のアリス」は買い求めて読みました。琴音さんがいうように、大人になって読むと難しいですね。何度読んでも分からないところがあるんですよ。子どもの持つ怖さや大人っぽさ、性的なものも含めて、さまざまなものが入っている作品なのかなと感じたので、熊林さんに助けていただきながら、ディスカッションをたくさん行って進めていけたらと思います。
――最後に公演を楽しみにされている読者にメッセージをお願いします
古川 「ピーター・パン」も「不思議の国のアリス」も私にはとても馴染みのある物語ですが、馴染みがありすぎて裏側を考えたことすらありませんでした。この作品では、実在するピーターさんとアリスさんがそれぞれの作品とどのように関わって生きてきたのかが描かれていて、彼女たちの痛みが伝わる作品になると思います。この物語を観ているうちに、ワンダーランドのようにどんどん迷い込むような感覚があるので、一緒に「大人なのか、子どもなのか」の旅を皆さんとできたらいいなと思っています。
麻実 「ピーター・パン」も「不思議の国のアリス」も知らない子どもたちはいないというほど世界中で知られた作品ですが、それだけ子どもたちに刺激を与えた二人の心の中や、物語が終わってから始まる別の人生を考えると、とても恐ろしく思えます。ピーターとアリスの最終地点を、皆さん考えたことはないと思います。児童文学としてはとても楽しい話で終わっていますが、モデルとなった二人は人間。人間としてどう生きたのか、改めてこのドラマを通して感じることができます。アリスはおとぎ話に出てくるようなお嬢ちゃんだったのに、なんでこんなにも強く生きていけたのだろうか。本当に素敵な物語になっていますので、この作品をご覧いただき、いろいろなことを感じていただけたらと思います。

取材・文・撮影/嶋田真己
●麻実れい:ヘアメイク/本名和美
●古川琴音:ヘアメイク/伏屋陽子(ESPER)、スタイリスト/山本杏那
