山田太一脚本の名作ドラマ『岸辺のアルバム』を小林聡美主演で舞台化!
『高原へいらっしゃい』(1976)、『想い出づくり』(1981)、『早春スケッチブック』(1983)、『ふぞろいの林檎たち』(1983~1997)など、数々の名作ドラマで知られる脚本家、山田太一。その代表作でもある『岸辺のアルバム』(1977)が、倉持裕の脚色、木野花の演出で2026年春、蘇る。1974年に実際に起きた多摩川水害をモチーフに、一見平和で幸せそうに見える中流家庭・田島家の崩壊と再生が描かれていく物語だ。崩壊のきっかけとなるのが母親の不倫という衝撃的な展開は、ドラマのオンエア当時はかなり話題になったもの。今回の舞台化では、その平凡な専業主婦に小林聡美、商社マンの夫に杉本哲太、受験生の息子に細田佳央太、大学生の娘に芋生悠が扮し、そして田島家に突然電話をかけてくる謎の男を田辺誠一が演じるほか、前原滉、伊勢志摩、夏生大湖が出演する。
また、倉持裕と木野花の顔合わせといえば、向田邦子の小説を原作に舞台化を実現させた、2022年上演の『阿修羅のごとく』。第30回読売演劇賞で優秀作品賞、優秀演出家賞、優秀スタッフ賞の3冠を受賞したこの舞台にも出演していたのが、小林聡美だ。映像作品だけでなく舞台でも唯一無二の存在感を示す彼女が、今回の『岸辺のアルバム』では果たしてどんな演技を見せてくれるのか、興味は尽きない。本格的な稽古が始まるのはまだまだ先というタイミングではあるが、作品への想いや舞台作品に向き合うことについてなど、現時点での率直な気持ちを語ってくれた。
――本格的な稽古はまだこれから、という段階ではありますが。現在のお気持ちとしては?
とにかくキャストのみなさんが醸し出す空気感を大事にしつつ、現代ならではの新たな切り口で、新鮮な作品にしていけたらいいなと思っています。
――今回と同じく倉持さんの脚色、木野さんの演出で上演された『阿修羅のごとく』は、ちょっと他では味わえない独自のアイデアが光る舞台になっていました。今回の『岸辺のアルバム』はどんな舞台になりそうだと予想されていますか?
前回はセンターステージで全方向が客席に向いているスタイルだったので、緊張感はありましたがとても素敵な仕掛けになっていたと思います。おそらく今回も木野さんの中でそういった仕掛けや見せ方を考えていらっしゃるのではないかと思います。物語としては家の中での家族の会話と、それとは別にさまざまな場所にも出かけたりするので、それをどうやって限られたステージの上で転換させていくのか、そしてそれをどう面白く観ていただけるかというのは、私自身も楽しみです。……木野さんが一体どんなことをお考えになっているかを想像するのは、ちょっと怖くもあるんですけどね(笑)。
――この舞台への出演のお話を聞かれた時、どんなことを思われましたか?
最初にお話を聞いたのは前回の『阿修羅のごとく』が終わったばかりの時期だったんです。ですから、やり切った感がある中だったこともあって、体力的にもう舞台はできないかも、と思っていました。だけど『岸辺のアルバム』をやるのか!と思うと、もちろん私も拝見していた大好きなドラマですし、素晴らしい作品ですからね。その舞台化を、自分だったらぜひ観てみたいと思ったんです。とはいえ、あの作品で演じる側に回るというのは相当なチャレンジになるなとは思いました。だって八千草薫さんは当時40代だったそうなんですよ。そろそろおばあちゃんの域なので「おばあちゃんなんですけど、いいんでしょうか?」とスタッフの方に聞いてみたら「いいんですよ!」と励ましていただきまして(笑)。だったらもう開き直って、挑戦してみようかなということになりました。
――放送されていた当時は、主婦が不倫をするという設定がショッキングで話題を集めていましたが、この平凡なお母さんである田島則子という役を、小林さん自身はどうご覧になっていますか?
あの当時の家庭の典型的なお母さんというのは、まずは家族のことを一番に考えていて、もし大変な出来事が起きてもそれもひとりで背負って、家族のために献身するようなイメージだったと思うんです。家族構成もまさに典型的で、二人子供がいて、お姉ちゃんと弟で。だけど、あのドラマでやろうとしていたことは実際に新しいことでしたし、その中で八千草さん演じる、妻、母、女のバランスが絶妙で、観る側としてもとてもハラハラしました。あの役を、私だったらどう演じられるんだろうというのは、これからの稽古で探っていこうというところです。私自身が稽古場で感じたことや驚いたこと、さまざまな感情を表現していけたらいいなと思っています。
――山田太一さんが書かれた作品に関して、小林さんはたとえばどういうところに魅かれていらっしゃるのでしょうか?
一見すると、これといった大きな事件はなさそうなんですが、人は誰もがそれぞれ、何かしらの事情を抱えていて、人には言えない秘密があったりするじゃないですか。そういうことを、ちょっとずつじわじわと見せられて「わあ、すごいわかる!」と共感できるところでしょうか。面白いドラマとか演劇って、どれだけお客様に共感していただけるかなのではないかと思っていて。山田さんの作品は、まさにそういう共感が至るところに散りばめられているんですよね。山田さんは映像で主に作品を表現されていましたけれども、モノローグを多く使っていたり、ちょっとしたカットを効果的に入れたりされていて、そういう映像作品ならではの演出も含めて、どの作品もとても見応えのあるドラマになっていたなと思いますね。
――『阿修羅のごとく』でも経験されていらっしゃるので、ぜひ倉持さんが脚色することで生まれる魅力についてもお聞きしてみたいのですが
限られた上演時間の中でその作品の世界観を最も効果的に構築されていたので、作品のエッセンスをピックアップするセンスがすごくいい方なんだと思います。
――そして、その世界観を舞台上で表現する木野さんの演出の面白さについてはどう感じられていますか?
木野さんは本当に誰よりも演劇に対して情熱的で、稽古場での熱量も圧倒的です。でもそれは一方的なものではなくて、役者たちともきちんとやりとりしながら進めるという視点も柔軟に持っていらっしゃる。本番が始まってからも毎日劇場にいらしてアドバイスをしてくださったりもするので、そういった面でも心強いですし信頼しています。
――木野さんに言われた中で、特に印象に残っている言葉やリクエストなどはありますか?
『阿修羅のごとく』の時、最後に姉妹がみんな喪服で揃う場面があったんですが「もう、身体が薄いから貧相なのよ!子供っぽく見えてしまうから、もっと肉をつけて」と言われたのは、ちょっと印象深かったですね。木野さんのちょっとした言葉で瞬時にいい緊張感が広がったり、逆に和んで笑いが生まれたりするのも面白かったです。
――今回共演される方々の顔ぶれを見て、思うことは。特に夫役の杉本哲太さんと夫婦を演じるのは28年ぶりになるとのことでしたが
『キリコの風景』(1998)という映画でご一緒したんですが、あの作品の時はあまり夫婦っぽくない夫婦だったんですよね。二人ともまだ30代で、私と杉本さんって同級生なんですけど、それぞれこれまでにいろいろなことを経験してきた中で、こうしてまた共演させていただけるのは本当に嬉しいです。少し前の『団地のふたり』(2024)というドラマでも共演していて、小泉今日子さんのお兄ちゃんの役だったんですけど。あの時も久しぶりにお会いしたら「こんなにお茶目な方だったんだ」という発見もありました(笑)。今回の舞台でも本当に心強い共演者になっていただけるのではないかと楽しみにしています。
――ほかの方々とは共演経験は
田辺さんや伊勢さんとはご一緒したことがありますが、細田さん、芋生さん、前原さん、夏生さんとは初めてです。みんなで、大きい壁を一緒に乗り越えたいなと思っています。ともかくしっかりご飯を食べて、健康第一で元気に乗り切りたいですね(笑)。
――たとえば役を演じる時、その役とご自分の重なる部分を探したりしながら演じられていったりするんでしょうか?
まずは自分の描く人物像で動いてみますが、他の登場人物とのやりとりの中でまた違った視点が見えてきたら、そこでさらにこういう感じなのかな、と探っていきます。舞台の場合は、稽古でそういうことができるのがいいですよね。
――今回は初めて共演される方もいらっしゃるから、いい刺激になるかもしれませんね。
そうですね。たくさんの刺激をいただけると思います。
――特に舞台の場合、事前に準備しようと思われていることがあったりしますか?
今回は主婦の役なので、特別な肉体改造とかもいらないですよね(笑)。でもそろそろ、風邪をひかないようにとか、足腰を鍛えておこうとか、そういうことに気をつけて過ごさなければ、とは思っています。
――それこそ木野さんから「もっと主婦らしい身体じゃないと」と言われるかもしれませんし(笑)
確かに。だとすると、もうちょっと増量しておいたほうがいいかな(笑)。
――また、ドラマは好きだけれど演劇をあまり観慣れていないお客様もいらっしゃるかもしれませんね。そういう、演劇はちょっとハードルが高いなと感じている方には、小林さんだったらどんな言葉をおかけになりますか?
今ってSNSやショート動画などを観ているとAIがうまく組み込まれていたりして「なんだ、感動したのにAIだったんだ」と思ったりすることもよくあるじゃないですか。そうやって後から人間の手が加えられない、嘘偽りのない現実として楽しめるものがライブの醍醐味なんじゃないかと思うんです。そういう意味では一番原始的に楽しめるエンターテインメントでもあり。生身の人間にしか感じられないバイブレーションみたいなものも絶対にあると思うので、ぜひそれを体験してみてほしいです。今回の舞台ならなおのこと、気軽に「ちょっと、どんな感じ?」みたいな感覚で劇場に来ていただけたら嬉しいです。
取材・文/田中里津子
