写真左より)淺場万矢、陳内将、小早川俊輔、寺十吾
Office8次元プロデュース 近代日本文学新説上演 第三弾『人間失格』が2月に上演される。Office8次元は淺場万矢が主宰を務める演劇ユニット。名作日本文学を原作に“生きにくさを感じる人間を描き出いてきた”本シリーズは、『春琴抄』を原作としたシリーズ第二弾『春鶯囀』で第3回カンゲキ大賞を受賞するなど、演劇ファンや文学ファンから注目を集めている。
待望の第三弾『人間失格』では、前作と同じく脚本・堀越涼(あやめ十八番)、演出・寺十吾がタッグを組み太宰治の名作を上演。オーディションを経て、小早川俊輔、陳内将、郷本直也、鈴木裕樹らがキャストに名を連ねる。
稽古中盤となる1月下旬、稽古場にてインタビューを実施。演出を手掛ける寺十氏をはじめ、プロデューサー兼出演の淺場万矢、メインキャストを務める小早川俊輔、陳内将に本作への意気込みを聞いた。
――寺十さんは前作に続き堀越さんとタッグを組まれます。今回の脚本を読まれて、いかがでしたか?
寺十:素晴らしいの一言です。実は脚本完成前に、制作側からいくつも無理難題を投げたんですよ(笑)。
淺場:恐縮です(苦笑)。
寺十:例えば、主人公の葉蔵をWキャストでやりたいとかね(笑)。時間が足りないのでそれはやめたんですが、それに対して堀越くんは、手記を手にしている“私”という存在を見出した。主人公の葉蔵の、いわば写しとなる人物を登場させて、見事にW主演といってもいいくらいの本を書き上げてくださった。こちら側からの難題をどれも逆手に取ってくれて。いやぁ、見事ですよ。

――シリーズ初参加となる小早川さんと陳内さんは、出演が決まっていかがでしたか? また、『人間失格』という題材に対して抱いていた印象についてもお聞かせください
小早川:決まった時は、嬉しさより先にホッとしました。オーディションの段階から、もう怨念に近い気持ちでこの役をやりたいと思っていたので。
『人間失格』は初めて読んだのは高校生の時で、上京時にも持ってきたくらい好きな作品です。演劇的視点を持った今読むと、改めて太宰治が描く虚構の現実の作り方と、その壊し方がおもしろすぎて。「かっけぇな!」と。高校生当時とまた違った衝撃を受けました。
陳内:僕は俳優を志してから『人間失格』を読み、映画も何本か観ました。映画という形で描くと華やかで、僕が原作から受け取った“匂い”みたいなものがあまり感じられなかった。もしかしたら、映画や舞台で表現しようとすると、それって難しいのかなと。
一方で、別作品(舞台「文豪とアルケミスト」シリーズ)で僕は織田作之助を演じさせていただいていて。彼は作中で不在の太宰を探し求めるんですね。だからか、僕の中にも太宰に対しての“飢え”みたいなものがあって。
そんなときにこの作品の情報を知って、すぐさまマネージャーさんにオーディションを受けたいと連絡しました。実際に脚本を読んだら、まさに僕が感じたかった“匂い”が感じられたので「ありがとうございます」という気持ちで(笑)。大好きな作品の中にはいるけれど、“私”という少し外側にいる存在を演じることにはプレッシャーを感じますが、出演できることを光栄に思っています。
淺場:実は陳内さんがオーディションエントリーの一番乗りでした。小早川さんはオーディションに着物と袴で挑んでくださっていましたよね。お二人の熱意はすごく印象的でした。

――稽古中盤を迎えたいま、初期の読み合わせ段階と比べて、作品の印象に変化はありますか?
寺十:僕はそこまで変わってないかな。最初に読んで感じたものを、今一生懸命どうにか表現しようと物理的に頑張っているところです(笑)。
――では、イメージ通りに作品が立ち上がりつつある?
寺十:葉蔵役の小早川くんが、俺と同じ脚本の読み方をしているんだよね。オーディションでも、俺と同じだなと思ったのは彼だけで。もうこの人しかいないと思った彼が葉蔵を演じてくれているので、そういう意味でブレなく作れていますね。
小早川:作品の印象としては、ずっと面白いです。でも難しいですよね。解釈とか受け取り方って、その人のその日のコンディションにもよりますし。稽古場では、寺十さんが「この物語は悲劇か、喜劇か、どう思う?」と問いかけていて。稽古場では喜劇だと答えた人が多くて、びっくりしたんです。でも、たしかに喜劇だって思う僕もいて。どちらにも受け取れるものだからこそ、表現者としての俯瞰した視点を持って作品に臨みたいなと思っています。
寺十:両方の側面があるのは確かで、この作品を悲劇と捉えたら僕は泣かないと思う。逆に、喜劇として捉えたら泣けてくるかもしれない。そういう裏表があるので、皆さんも捉えた作品像と逆の反応をするんじゃないかなと思います。
陳内:最初に読んだ時の印象は……ずっと(舞台上に)出ているな、です。
寺十:大丈夫? それで記事になる(笑)?
一同:(笑)
陳内:小説にもはしがきとあとがきがありますが、「じゃあその作者って太宰自身なの、それとも違うの?」と諸説ある。そうなると、“私”というのはどういう存在なのか、僕も分からなくて読み合わせの日に寺十さんに質問したんです。「僕の演じる“私”って太宰ですか?」と。そうしたら、「どっちでも大丈夫」と言っていただいたので、あえて答えを出さなくてもいいんだなと思っています。お客様が観劇後、「あれはどうだったんだろう?」と考える種の一つになれればいいなという気持ちです。

――寺十さんからご覧になって、3人の芝居はいかがですか?
寺十:小早川くんに関しては、オーディション時から「やっと見つけた1人」という感覚で、稽古でもそのまま素晴らしいですね。そんな葉蔵に付かず離れず傍らにいるのが、陳内くんなんですが、その佇まいがちょうどいい。彼はオーディションで演出をつける時間がすごく長かったんです。僕が思う解釈とは違っていたけれど、彼になら僕の要求も届くんじゃないかと思って、彼も葉蔵候補だった。そんな2人が今一緒にいるのは贅沢だなと思うし、2人が生み出すコンビ感がとてもいいなと思いながら観ています。
淺場さんはうまい女優さんだからこそ、シヅ子役が大変そう。葉蔵が惹かれる女性って、この世に疲れ切っている場合があるんですよね。それを経験豊かな女優さんがやるのは矛盾していて、苦労しているんじゃないかなと思います。逆に、兼役で登場する質屋のおばあさん役は非常に楽しそうで抜群ですね(笑)。
――出演される皆さんには役作りについてお聞きしたいと思います。どんな点にこだわって稽古に臨まれていますか?
小早川:これは自分の物語であり、みんなの物語でもあります。僕が主人公として1人で抱えてしまうと、みんなの物語にはなり得ない。みんなにとって自分の物語となるように、ということを意識しています。
陳内:ネタバレしてしまうので多くを語れない役なのですが、役自身が表現しているものと、その中にあるものがそれぞれある。そこがお客様に見透かされないようにして、ある種の意外性につなげていきたいなと思っています。
淺場:私自身、今年5歳になる息子がいて漫画家の夫がいます。それがシヅ子と重なる部分もあるのですが、どうしても私自身が子供の頃から芝居をやって積み重ねてきたものがある。その中で、寺十さんは「生活感」と表現してくださったのですが、その生活感や葛藤を出していけたらいいなと、今チャレンジしているところです。

――最後に意気込みと公演を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします。
小早川:この世には、『人間失格』を知ってる人と知らない人、2種類しかいません。知っている人は言わずもがな、知らない人はぜひ観に来てください。これはあなたの物語です。ご期待ください!
陳内:時代の変化はありますが、今の時代でも、目に見えないものに怯えたり、自分を闇に引きずり込んだり、それを乗り切るために笑っておどけて過ごしたり、といった感覚は変わらずあると思います。この作品を観て、一人じゃないと思ってもらえて、一つの救いになれたらいいですね。そのために頑張ります。
淺場:生きにくさを抱えている人間たちを描くということをテーマに制作してきたシリーズです。普遍的な人間の葛藤を強く描く『人間失格』は、現代だからこそより届くのではないかなと。Office8次元の“8次元”は、記憶の次元と言われています。皆さんにとってもこの作品が記憶に刻まれ、生きる糧になったら嬉しく思います。
寺十:小説『人間失格』には小説でしか表現できないものがたくさんあります。漫画版も漫画にしかできない表現がある。この作品では、演劇でしかできない『人間失格』をやっています。なので、ぜひ演劇『人間失格』を観にきてください。
取材・文・撮影/双海しお
