1月にプーク人形劇場で上演された、辻凪子一人芝居『ドルフィ田イル香の偏屈なダンス』。やわらかく、あたたかく、しかし強さと鋭さも携えた豊かな表現力で、映像と舞台を横断して活躍する俳優・辻凪子の生誕30年記念公演にして、初の一人芝居。作・演出は、絶賛公開中の映画『炎上』をはじめ、映像シーンでその類を見ぬ個性と魅力を発揮する映画監督・長久允が手がけた。
ある理由で水族館を飛び出し、陸世界で生きていくことを決めたイルカのドルフィ田イル香。その先に待ち受けていた過酷な運命、壮絶な半生とはー。ポップな色彩と痛切な眼差しを以て描く、「生」を丸ごと浴びるような奇妙で切実な一代記。社会から定義される属性や、他者から求められる役割に苦しみながらも「選んだ場所で生きていく意思」を貫こうとするその姿は、今を生きる人々それぞれの苦しみや生きがいと接続する。
長久允の紡ぐ言葉のエネルギーと、そこに託された本質を体現する辻凪子の身体。こだわりのマイクパフォーマンスにラップ、音楽が縁取るライブの本領。多くの人を魅了した力強いタッグステージの再配信を前に、その創作の日々と作品に込めた思いについて、辻凪子と長久允に話を聞いた。
長久允の言葉と辻凪子の身体
二人だからこそ生まれたステージ
―開幕前の辻さんへのインタビューでは、30歳を記念する一人芝居、そして俳優人生における勝負作に向かう意気込みをお伺いしました。かねてからの願いであった長久さんとのタッグへの熱い思いもお話いただきましたが、書き下ろしは長久さん自らが提案されたのだとか…。
長久 最初は演出のみでオファーをいただいたのですが、僕のアイデンティティの中心には「物語を作りたい」という欲求があるので、せっかく辻さんとできるのであれば戯曲を書くところからご一緒させてもらいたいと思ったんです。辻さんとだからこそできること、もっと言うならば、辻さんとじゃないとできないことがやりたかった。喜劇的な表現もまさにその一つで、そうした思いから物語が、ドルフィ田イル香というキャラクターが動き出した感じでした。
辻 まさか書き下ろしていただけるなんて思ってもいなくて、とても興奮しましたし、緊張もしました。宛先のある言葉を書いてもらうこと、オリジナルを生み出していただくということは、その人の魂を削ることなので「自分の芝居のために長久さんが魂を削って差し出してくれたのだ」と思って…。それだけでまず胸がいっぱいだったんですけど、いざ台本を読み始めたら、もう圧倒されてしまって。凄まじいエネルギーが本から溢れ出していて、しばらく言葉が出なかったです。私の人生で体験したことのないシーンの数々だったので、「果たして私にやれるのか」と。それが読み始めた当初の率直な心境でした。そして読み終わって、「ああ、生きている」と感じました。

―このタッグでなければならなかった必然性を感じるお話です。お二人は映画シーンでもそれぞれ唯一無二の存在として活躍されているますが、本作を演劇で表現するにあたってはどんなことを大切にされていたのでしょうか?
辻 私は不安症なこともあり、最初はどこかうまく見せようとしちゃっていたんです。ここでこう動いてここでこういう表情して…と決めながらやっていたら、長久さんが「うまくいかなくてもいいから、その場で話している感じでやってみましょう」と言ってくれたんです。そういうアプローチでお芝居を作ったことがなかったので、正直怖かったのですが、ただただ言葉を頭や体に染み込ませてやってみたら、長久さんの言葉が乗り物のように遠くへ連れて行ってくれるような感覚がありました。「こういう表情をしよう」「こういう感情を出そう」と思わずとも、自ずと溢れ出てくるようになって…。改めて配信で観て「自分はこんな顔をするんだ」と思ったほどでした。そんな風に計算していなかったことが立ち上がり、そこにいる自分を「イル香だ」と感じた瞬間があって、それがすごくうれしかったんですよね。
長久 普段映像をやっている分、「目の前のお客さんに直で伝えられる機会だからこそできることをやりたい」という思いが強くあったんです。そのうえで、「演劇」としてどうするかというよりも、「ライブ」であることによって発生するメッセージやエネルギーを大切にしたい、と考えていました。マイクを使うことを決めたのもその一つ。「今、そこにいるあなたに伝えたいのだ」といった言葉の宛先や感情の手渡し方を意識しながら、辻さんとともに奮闘しながら稽古を重ねました。
イル香からそこのあなたへ
マイクが導く言葉の宛先
―実際にマイクを使って上演をしてみて、どんなことを感じましたか?
辻 初めての経験だったのですが、まず片手しか使えないので、動きをすごく制限されるんです。でも、その分「言葉を伝える」ということに集中力が増したというか、没入したんですよね。長久さんに書いてもらった言葉ととことん向き合おうという気持ちで…。熱に満ちた言葉の数々を余すことなくお客さんに伝えられるのか、という怖さもありましたが、気づけば無心になっていて、最初は不安だったマイクがいつしか安心できるものに、自分にとって体の一部のようになくてはならないものになっていったことがすごく新鮮な体験でした。
長久 脚本執筆の段階で一度辻さんに事務所に来ていただいて本読みをやったんですよ。その時はまだマイクを使うことをイメージしてはいなかったのですが、辻さんの本読みを聞いて、「こうして語られる言葉たちが1対1として届くくらい、しっかり伝えにいかなくては」という気持ちになったのを覚えています。そんな経緯もあり、稽古序盤の早めの段階で、マイクを使うことを決めました。
辻 本読みでも稽古でも長久さんは常に私を肯定して、受け入れて、そのうえで、さらにプラスになる応答をしてくれていたんですよね。イルカ役に、一人芝居に、マイクパフォーマンスと初めて尽くしの公演でしたが、そんな安心と信頼のもと等身大で飛び込み、挑戦することができました。

―観客の一人としても、本作におけるマイクパフォーマンスはさまざまな生の実感を与えてくれるものだと感じました。「片手が動かせない」という身体性におけるある種の不自由さが、海水を飛び出し、陸で生きていくことを決めたイル香の人生そのものを表出しているようでもありました。マイクを持てるようになるまでの人生の歩みや奮闘、苦悩までもが浮かび上がってくるような感触もあって…。
長久 おっしゃる通り、「マイクを持って話す」という行為は、「今ここでイル香が話しているのだ」という現在性の表れでもあるし、「イルカだった時代ではない」という時間の経過の提示でもありますよね。イル香が現在から過去を振り返り、辛かったことを笑いに、悲劇を喜劇にしているということも含めて、マイクがメタのフィルターとしても機能していく。それは、今振り返っても、この物語にとってめちゃくちゃ重要なことであったと思います。
辻 頭で考えずに、とにかく何度も繰り返し、言葉が体に染み込むまでやり続けていくなかで、イル香がそこで体験していった人生が立ち上がってくるような感触がありました。このお芝居には悲劇的な出来事ももちろんたくさんあるのですが、悲しいとか、辛いというよりも、ただただ必死に走り続けているような感じで…。そのことが、イル香が過酷な日々を生き抜いていく様にリンクしていった時に、この身に降りかかってくる言葉がより輪郭を持っていくような感じがしました。
どんなときも意思を絶やさない
“生き様”を、言葉と音楽に託して
―悲劇が重なろうともここに居座ろうとする覚悟、ここで生きんとする意思。私自身、イル香のそんな姿に胸を打たれたのですが、そうした生き様や感情の推移を表現するにあたって大切にしたこと、あるいは苦心したのはどんなことだったのでしょうか?
辻 観にきて下さったお客さんから「ラップのシーンがよかった!」とたくさんコメントをいただけたことはすごく嬉しかったです。初めての挑戦でしたし、稽古の中でも結構苦戦したシーンだったので…。アフタートークに来てくださったアフロさんともお話したのですが、ラップってものすごく技術や胆力がいることで、表現としてすごく難しいのですが、その分やりがいもありましたね。
長久 執筆時からラップは自然な流れで、しかし強かに入れようと思っていたんですよ。なんというか、この物語を書いているうちに人間に対する怒りが沸々と高ぶってきて、それがそのままラップに乗った、という感覚が近いかもしれません。

辻 それは演じていてもすごく感じました! イル香が普段は隠している怒りや今まで外に出してこなかった嘆き…そういう感情を最も表現しやすい、爆発させやすい方法がラップだったんですよね。あのスピードで音楽に乗せて、感情も乗せて、言葉を相手に伝える。改めて、表現方法としてものすごいものだと思いました。
長久 辻さんはこんな風にどんな瞬間もイル香と一緒にとにかくがむしゃらに稽古をしていたし、上演をしていたし、生きていたんですよね。その様子を外から見ていた僕としては、作品の良し悪しとして、「もうここまでがむしゃらであればなんでもオッケー!」という気持ちでした。そんな中、ある日の稽古でエンディングの曲『ブルーシートは』(作詞:長久允 作曲:白戸秀明)を辻さんに歌ってもらったんですけど、その時に「これはもう絶対大丈夫だ!」というさらなる確信が持てました。今回のクリエーションにおいて、最も重要な杭を打てた瞬間だったと思います。
―そのお話、すごくお聞きしたかったんです。というのも、私は劇場と配信で2回拝見したのですが、何度観ても、あのエンディングに心身をものすごく揺すぶられたんです。ネタバレになってしまうので歌詞は控えますが、イル香の魂そのものであるような言葉が二度繰り返されるんですよね。ちなみに、名曲誕生秘話としてはどんなエピソードがあったのでしょう?
辻 あの歌は稽古が入る前にはできていたんですよ。アコーディオンの練習もあったので、早めに早めに作ってもらっていて…。長久さんもこの物語を書くにあたって、最初にこの歌とエンディングの構想を決めていらっしゃったんですよね。
長久 そうですね。この歌をエンディングにすることはかなり初期から決めていました。物語の中身を決めていく前に、「この歌にあるイル香の態度をゴールにしたい」と思っていました。そういう意味では、この歌から、歌詞から物語が生まれたと言っても過言ではないんですよね。
『ドルフィ田イル香の偏屈なダンス』は
映画『炎上』の姉妹作?!
―今回の配信では、デジタルパンフレット付き配信チケットもあるので、ご購入の方は歌詞にも是非注目していただけたらと思います。短期間の上演ながら大きな反響がありましたが、他に印象的だった感想や反応はありましたか?
長久 公演を観た妻から「あなたは映画だけじゃなく、演劇をもっとやりなさい!」と言われました(笑)。僕は、今は主に映画監督として活動していますが、元々は音楽が好きでやりたかった人間でもあるので、「今、ここで一番伝えたいこと」を発信するライブパフォーマンスはすごく性に合っているんですよね。今回の公演は、成り立ちとしては僕から自発的に生まれた企画ではなく、辻さんの一人芝居を発端に始まったものでしたが、僕が本当にやりたかったこと、やるべきだと思っていたこととも密接に重なる部分が多くあったのだと改めて実感しています。そして、それを一番近くにいる妻も感じてくれたのだと思いましたね。
辻 すごくいいお話…。長久さんに、そして最も身近な奥様にもそんな風に思ってもらえてとても嬉しいですし、思い切って長久さんにお願いをして良かったと改めて思います。私も、公演が終わった後はしばらく抜け殻になってしまったんですよ。人生で経験したことのない空っぽさ、体の水分を全部出し切ったような感覚で…。でも時間が経ったら、「やっぱりまた舞台に立ちたい!」と思いました。今までよりもさらに強い気持ちで。「長久さんの作品で舞台に一人で立てた」という経験が自分の中で確固たる自信になったのだと思います。自分ってなんだろう、本当はどこにあるんだろう。それが知りたくて一人芝居をやることに決めたんですけど、「ただ自分の人生を面白くするために生きていいんだ」と素直に思えましたし、自分が今後生きていく上でのテーマが見つかったような気がします。

―好評につき再配信ということで、これを機に新たにこの作品に出会う方、再会を果たす方といろんな方がいらっしゃると思います。最後に改めて、今のお二人が思う本作の魅力や見どころをお聞かせ下さい。
長久 僕が監督した映画『炎上』が現在公開中なのですが、僕個人の位置付けとしては、『ドルフィ田イル香の偏屈なダンス』という演劇はその姉妹作と言ってもいい作品だと感じています。『炎上』はトー横キッズの子たちから話を聞いて、それを僕のフィルターを通じてフィクションとして描いた作品なのですが、「僕も同じ立場だったら、トー横広場に辿り着くかもしれない」ということをすごく感じたんですよね。そして、「生きる上での選択肢が限られた環境にいる」ということは、ドルフィ田イル香もまた同じだと思うんです。当然、誰もが「選んでいるようで選べてはいない人生」を送っているとは思うのですが、運命に流されている自覚があったとしても、「自分はこうするのだ」という意思を捨てずに持ち続けることは、今、本当に大事なことだと思っていて…。そういう意味で『ドルフィ田イル香の偏屈なダンス』はそんなメッセージが詰まった作品になりました。ある意味で『炎上』では描かれていないことにも触れてもらえると思いますし、両作に通底するテーマや、そこはかとないリンクも感じてもらえるのではないかと思っています。
辻 これまで私は「長久さんはどうやって作品を作っているのだろう」ということが知りたくて、その一部に少しでも触れたくて、長久さんの映画をずっと観てきたんですよ。そんな中、こうして創作をともにすることができ、長久さんの世界にめいっぱい触れることができ、とても光栄に思います。姉妹作認定までいただけて…!(笑)。誰かの目を気にすることなく、自分の内にあるものを全部使って表現すること。そんな長久さんの魂の創作に触れ、私もこんな表現者でありたいと感じました。
長久 脚本の文体として、イルカの発話はへらへらしているけれど、その中にいろんな感情が渦巻いていることを辻さんは体現してくれたし、辻さんでなければ、この作品は、イル香の半生は、もっと辛いものだったと思うんです。でも、辻さんはやっぱり喜劇の人だから、誰しもが持ち得るものではない明るさでイル香や作品を包み、照らしてくれましたし、そのことで『ドルフィ田イル香の偏屈なダンス』は、明らかに辻さんである必然性のある物語になったと感じます。そこに2人で到達できたことは僕にとっても大きな喜びでした。
辻 今の世の中では、自分の本心を隠したり、言いにくく感じることも沢山あるけれど、「思っていることは口に出していいんだ」という姿勢を長久さんから、そしてこの作品から学びました。そんな魅力がこの配信でも多くの方に伝わったらうれしいです!

インタビュー・文/丘田ミイ子
