5月14日(木)より吉祥寺シアターにて、南極『ホネホネ山の大動物(おおどうぶつ)』(作・演出:こんにち博士)が開幕する。本作は、2022年に南極の第二回公演として上演された同名作の再製作であり、南極にとっては初となる再演のステージ。団体にとっても一際思い入れの強い初期作品を和久井千尋、こんにち博士、古田絵夢、瀬安勇志、ユガミノーマル、ポクシン・トガワ、揺楽瑠香、九條えり花、井上耕輔、端栞里の南極メンバーオールキャストと、wana(音楽家)、濱本奏(写真家)、金納敏昭(美容師)の3名の実演家とともにニューバージョンとして描く。
モチーフとなるのは、19世紀末にアメリカで実際に起こった「化石戦争」。スペクタクル、ジュブナイル、怪奇譚、スポ根、ロマンスなど様々なジャンルを横断し、解体し、史実や常識を越境しながら新たな演劇を0から掘り起こす。集中稽古突入間近の熱のこもった稽古場から4年ぶりに再び動き出した渾身のクリエーションの様子をレポートする。
『ホネホネ山の大動物』の時はおよそ100年前、「ダイナソーラッシュ」と呼ばれる化石発掘の黄金期。物語の舞台となる「ホネホネ山」は、そんな古生物学の発展において欠くことのできない、化石発掘のポテンシャルを大いに秘めた山である。
文字通りホネに次ぐホネが見つかるこの山のてっぺんにテントを張り、日がな発掘作業に勤しんでいるのは古生物学者の星干男。建設会社の職員を名乗る男から「工事途中に出てきた巨大な骨を鑑定してほしい」という旨の連絡を受けてすっ飛んできたのだが、職員の男はもう一人別の古生物学者にも連絡をしていた。その男こそが星の最大の敵・九輪九作であった。そう、冒頭まもなく始まるのは…ケンカ! 二人の古生物学者は化石の発見や研究、命名を巡り、バチバチと火花を散らすのである。
星と九輪のモデルとなっているのはコープとマーシュという実在の古生物学者。二人が繰り広げた恐竜の化石発掘競争は「化石戦争」として後世に語り継がれている。そんな史実を元に、こんにち博士ならではの大胆な脚色とユーモア溢れるキャラクター造形、そして南極フルメンバーだからこそ体現できる愉快でマジカルな演出によって、本作は4年ぶりに蘇る。(ちなみに、最近、X上での本作に関するメンバーの投稿に異常な反応を見せ、目に余るレスバを繰り広げている2名の外国人男性が目撃されている。物語はもうすでに始まっているのかもしれない!)
裕福な家庭で育ち、順当に古生物学者になった星と、貧しい農家に生まれながら、必死に古生物学者に成り上がった九輪。相反する環境と価値観をバックグラウンドに持つ二人が衝突するのは無理もないのだが、恐竜への強烈なまでの執着心に関してはこの上ない似た者同士でもある。そして、そんな二人の舌戦は学者にしてはあまりに幼稚で、その可笑しさに思わず爆笑してしまう。同じくらい偏屈者で、ある意味では子どものように純粋な二人。南極メンバーとして培ったコミュニケーションワークと個々のユーモアを以てバトルを表現するこんにち博士と和久井千尋のセリフの応酬は最初の注目ポイントになるだろう。
と、ここまでが物語のあらすじ。ここからは本作のクリエーションについてレポートしたい。稽古に突入する前に、まずはアップから。1人につき1分間身の上話をする、というもので、昼に食べたもの、最近観た映画、近所のおすすめの飲食店、洗濯機に衣服が閉じ込められてしまった話などメンバーの日常が語られた。その後、音楽を流しながらのダンスタイムを経て、心身が温まったところで稽古へ。

さて、どんなシーンから取り組むのだろうと思っていたら、こんにち博士から意外な言葉が投げかけられる。
「今日は、これまでの稽古で作ったものを一旦崩していきたいと思っています」
そう言って、予め決められている配役を一旦バラし、ランダムに割り当てられた配役で俳優たちが入れ替わり立ち替わりさまざまなキャラクターを演じていく。これまで稽古見学や観劇を経て、南極が全員野球ならぬ全員演劇で一丸となって作品を作ってきたこと、そのエネルギッシュな魅力は十分心得ていたつもりだったのだが、まさか創作の内部でこんなアグレッシブな試みが行われていたとは驚いた。
短いタームで名前と配役を告げられた俳優たちが続々と登板し、その時発揮できる限りの表現をぶつけていく。ある者は思いっきりコミカルに寄せ、ある者はセリフに独特の抑揚を宿らせ、またある者は新しい身体の動きを試す。その日不在である俳優の代わりに稽古場代役を務める人物によって、作品に新たな発見がもたらされる瞬間はこれまでも多くの稽古場で見てきたが、全員が等しくその立場に立つ様子を見たのは初めてのことであった。配役を飛び越え、全員の持つ身体性の面白さや人間としての愛嬌や可笑しみを作品全体に活かす。実に南極らしい、そして、南極だからこそ叶うアプローチである。


その後、配役を元に戻し、もう一度同じシーンが繰り返された。相互に影響を受けながら、あるいはそれを通じてより強固に自分の方向性を見定めながら、キャラクターが、物語がますますカラフルに彩られていく。『ホネホネ山の大動物』に登場するキャラクターは誰もがもれなく想像をはみ出す、個性抜群のキャラクターばかりであるが、その人物造形は大胆な発想と、それを体現するべく奔走するキャストとスタッフのトライ&エラーと飽くなき挑戦心に裏打ちされているのだ。
次に行われたのは、通常のスピードではなく、ギリギリ内容が把握できる“あらん限り”のスピードでシーンを立ち上げてみるという試みであった。その狙いは、俳優それぞれの心身が最大速度を体感し、把握するというもの。俳優らは戸惑いながらも、法定速度を突破し、それぞれの発話や動きの速度を調整しながらシーンをドライブさせていく。この試みの興味深いことは、それを観ている側、すなわち私もその“あらん限り”の速度に徐々に順応していく体感があったことである。


車を運転しているとき、下道から高速道路に乗った瞬間にはその急加速を意識するが、数分経つと、次第に100kmの体感に慣れていく。そんな風に観ている側の体感速度の変化を実感する心持ちがあり、演劇が俳優と観客の相乗りによって作り上げられていることを改めて痛感する一幕であった。
「生身の人間が目の前で躍動する演劇において、その最大スピードを経験することは重要。速ければいいということではなく、速くやってみることで到達できるものがあるのか、それが何であるかを知りたい」
そんなこんにち博士の言葉には、演劇における陸上的野望が光っているように思う。

稽古は休憩をこまめに挟みながら、いくつもの雑談も交えつつ、和やかに、しかしどこまでもチャレンジングに進行されていた。
次なる試みは、セリフの内容とは全く関係のない動きをしながらシーンを立ち上げてみるというものだった。これには、舞台上の俳優が発する情報量を見極める目的があるという。俳優をメディアとして捉えたときに、一つの芝居、一つのシーンにどこまで情報を載せられるのか。身体から受け取る情報、言葉から受け取る情報、そしてその連動や乖離から受け取る情報。そして、観る側にとって、どこまでのラインが許容範囲になるのか。
この試みの中では、演出部が実践して、俳優が判断する場面もあり、「ここまでやると心地悪いかも」、「このアンバランスさは案外面白い!」とディスカッションも盛り上がりを見せた。南極のメンバーは10名誰もが独特の身体性を持ち、これまでの作品でもその表現力を大いに活かしてきただけあり、発話や動きの手札が実に多い。上演でこれらの試みがどんな形で反映されるのかもぜひ注目してほしい。

最後に行われたのは、俳優らが俳優本人ではなく役柄として雑談するという試みだった。
役の身体でセリフを話すのではなく、日常会話を行うというエチュードである。これは最初に行われた身の上話を語るアップともそこはかとなく繋がっていて、俳優の人間としての個性と、それを元に彩られたキャラクターの個性が混ざり合っていくようでもあった。リアルとフィクション、実像と虚像を横断し、自然に発生した会話の流れから、役へのアプローチにシームレスに繋げる。人物の特定の発言や動きが与える周囲の反応、その場の反響、人物間で生じる生理や感情を全員で考える場面も見られ、実に豊かなクリエーションだった。「たしかにこういうこと言いそう!」、「こいつはこんなことは言わないだろう」という実感も含め、実践を役づくりに還元していくその様子は、創作の芽がどの瞬間に芽吹くかわからない、という演劇の、演技の無限の可能性を握らせるものでもあった。

シーンをただ順番に繋いでいくのではなく、そこに秘められた可能性に手を伸ばす。この日、南極の稽古場で取り組まれたいくつもの試みは、ささやかに見えるプロセスの一つひとつが作品に与え得る大いなる影響を存分に感じさせてくれるものであった。これまでの稽古で得てきたものを積み上げるだけではない。解体し、崩し、観察し、もう一度復元する。掘って、掘って、掘りまくる。まさに巨大な恐竜の化石、そのかけらを一人ひとりが探し、集め、寄せ合うように、さながら発掘と研究のような手触りで稽古が進んでいた。まさにこの創作現場こそが「ホネホネ山」であり、メンバー誰もが唯一無二の「大動物」なのである。
繰り返しになるが、『ホネホネ山の大動物』は、4年前に初演された南極の初期の作品である。当時は80人ほどの観客にしか届けられなかった作品に、この4年で南極が重ねてきた多くの成長と経験と実績を全搭載し、南極メンバーオールキャストで乗り込み、グレードアップした作品として上演する。そんな意気込みが十分に伝わる稽古であった。
いくつもの発掘と研究を繰り返し、劇場ではさらに3名の実演家、音響や照明といったスタッフワークとのコラボレーション、そして観客の目撃によって本作のピースは揃う。
「掘れ。掘れ。掘れ。磨け。繋げ。並べろ。持ち出せ。記録しろ。発表しろ。⼼を燃やせ。完膚なきまでに叩き潰せ」
『ホネホネ山の大動物』は、数々のアイデアのかけらの発掘と研磨と接続と陳列によってその全体像を明らかにする。それらの一つひとつがなくては完成されない南極の新たなマスターピースが劇場に持ち出される開幕を、その記録と発表をこちらもまた心を燃やしながら待ち望むのみである。

取材・文/丘田ミイ子
