ミュージカル「ラ・マンチャの男」稽古場レポート

昨年に父の最後の名跡を襲名した二代目松本白鸚主演のミュージカル「ラ・マンチャの男」。1969年の日本初演以来、実に50年にわたり主人公を演じ続けており、これほど長く同じ俳優が主演を続けているミュージカルは日本はもちろん世界的にも類をみない快挙となる。六代目市川染五郎、九代目松本幸四郎と名前を襲名しながら公演を重ね、来る10月17日(土)17:00の公演は通算上演回数1300回を突破、さらなる記録を打ち立てていくという。

ドン・キホーテの想い姫となるアルドンザ役には、元宝塚歌劇月組トップスターの瀬奈じゅんが新キャストとして出演。ミュージカル史に残る公演を、白鸚とともに盛り上げていく。

残暑の余韻が色濃く残る8月下旬、本作の通し稽古が行われると聞き、都内某所の稽古場へとお邪魔してきたので、その模様をレポートする。

 

この日の通し稽古では衣裳もまとい、オーケストラの生演奏で行われた。決して広くはない稽古場に演者やスタッフらが何とか全員おさまっているという状況で、熱気が漂う。通し稽古前は音出しをするオーケストラの音やスタッフの確認の声などで賑やかだったが、演者たちはそれぞれに集中力を高めており、喧騒の中にも張り詰めた糸のような緊張感が感じられた。

物語は、何やら荒くれ者たちが首を並べる吹き溜まりのような場所に、身なりのきちんとした紳士が兵士らに連れ込まれるところから動き出す。紳士の名は、ミゲール・セルバンテス(松本白鸚)で、彼の従僕(駒田一)とともにこの牢獄に送り込まれたのだ。セルバンテスは教会を侮辱した罪で投獄され、宗教裁判を待つ身。先住の囚人らの洗礼を受けるセルバンテスは、この牢で囚人たちによる裁判を受けることになる。裁判長も、陪審員もすべて囚人。慌てたセルバンテスはある奇策を提案する。申し開きとして、即興劇をやろうというのだ。配役はここにいる囚人全員。かくして、セルバンテスによるドン・キホーテ(松本白鸚)の物語が始まった――。

先日喜寿となる77歳を迎えたばかりの白鸚だが、その声のツヤや軽快な動きからはその年齢を感じさせない。生き生きとした表情、なめらかなセリフ回しなどは主演を半世紀という偉業に相応しい素晴らしさで、冒頭から目と耳を奪われる。しかしながら、26歳の頃から同じ役を円続けていればいわゆる“慣れ”によるマンネリさがあっても不思議ではないが、その演技からはどこか新鮮な瑞々しさも感じられ、役者としての巧みさをしっかりと見せつけられた。

自らを騎士と信じているドン・キホーテの従者・サンチョを演じる駒田一と白鸚は、2009年からのコンビ。風車を巨人と思い込み、宿屋を城と思い込んで突き進むドン・キホーテと、それに振り回されつつもついていくサンチョの軽妙でコミカルなやりとりを展開していくさまは息もピッタリだ。

そして、ヒロインとなるアルドンザを演じているのは瀬奈じゅん。ドン・キホーテにとってはその身を捧ぐほどの想いを寄せる“ドルシネア姫”だが、その実は宿屋で働く娘だ。宿に集まる男どもを華麗にかわす男勝りだが、荒っぽい男どもを魅了する色気も同時に備えており、荒々しさと色気を兼ね備えた雰囲気を瀬奈が存分に体現する。ドン・キホーテを気が触れた男と笑いながらも、少しずつ心を動かされていく繊細な心の機微は、その歌声からも十分に感じられた。

ドン・キホーテのしたたかな姪・アントニアを演じるのは、こちらも今回からの新キャストとなる松原凜子。正気の戻らないドン・キホーテをかわいらしく心配しているようで、その財産を手に収めたいという胸中を隠し切れないアンドニアを、セルバンテスの“演技指導”どおりに演じ切る。その透明感のある歌声に、きっと魅了されるのではないだろうか。

そして歌声ならば、やはり白鸚の芯のある歌声も聴きどころだ。メインテーマとなる「見果てぬ夢」をはじめ、圧巻の歌声が稽古場に響き渡る。白鸚の歌声がオーケストラの演奏の臨場感と相まって、稽古場ながら劇場さながらの感動が胸に押し寄せた。キャストらによる大合唱もド迫力で、これを劇場で体感できたならば更なる感動が身を包みこむことは想像に難くない。

ドン・キホーテは正気を失って夢の中に生き、夢だけを追い求めてサンチョとともに旅を続ける。だが、ドン・キホーテはセルバンテスが書き上げた物語上の人物であり、実際は牢獄の中だ。獄中で寓話のような物語を演じる囚人たちを、滑稽だと笑い続けることができるのか。松本白鸚が我々に放つ「ラ・マンチャの男」の生きざまに触れ、その胸に去来する哲学のような問答と言葉にし難い感動を、ぜひ劇場で感じ取ってほしい。

 

取材・文/宮崎新之

 

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