ローチケ演劇部presents はじめてのミュージカル 編集長コラム「はじめてのその先へ…」2019年12月号

11月は、とにもかくにも『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』である。再々演の今回もすっばらしい出来で、「これを観た上でミュージカルはやっぱり嫌いと言われたなら私はもう大人しく引き下がります」と再認識させられた、このミュージカルデビューに最高に相応しい作品がこれから全国を回るということで、まずは熱く語らせていただく。

 

●サムさを全面肯定させるシスター・マジック

喋っていた人が急に歌ったり踊ったりする。サムい。日本人が外国人のフリをする。サムい。日本語に訳しちゃうと伝わらないアメリカンジョークを言ったりする。サムい。しかも、黒人の役だからって顔を黒く塗ったりする!ますますサムい。このように、日本ミュージカルは生来的に、逃れられないサムさに満ちている。ではなぜ、ミュージカルファンはそんなものに熱狂するのか。それは、音楽によって物語が運ばれる舞台には、そんなサムさなんて心底どーーーでも良くなるほどの圧倒的な、本能に訴えかける力があるからである。

 

天使にラブ・ソングを』は、黒人クラブ歌手のデロリスに乗せられて、敬虔な白人シスターたちが歌う喜びに目覚めていくお話だ。シスターたちは、当然誰もデロリスのようにソウルフルには歌えないし、グルーヴィーなリズムも刻めない。それでも、大きな声で人前で歌うことはものすごく楽しくて、そしてその歌声は見る者をもものすごく楽しい気分にすることに気付いていく――この構造が、まさに日本ミュージカルと相似形。だから私たちは、この作品を観ている間は、日本人俳優が無理して外国人のフリをしているサムさに目をつぶらなくていい。それはそれとして、ただただ音楽の力に身を委ねられるのだ。

 

この“目をつぶらなくていい”というのがポイントで、心のどこかにわだかまりがあると、音楽の力に身を委ね切ることが何気に難しかったりするのだが、それがないので本能が思うさま解放される。そうなると、デロリスとシスターたちの間に人種も宗教も越えた友情が芽生えるという、言ってしまえば単純な、でも普遍的な人間の営みにも大感動できてしまう。結果、号泣。音楽とは、音楽によって物語が運ばれるミュージカルとは、なんと尊いものだろうか…! シスターたちの魔法にかかりに、騙されたと思って足を運んでみてほしい。

●日本の宝、山口祐一郎と神田沙也加

で、そのほかの作品。振り返ってみれば、11月に観られる作品として本サイトで紹介したものは、文字通り<音楽に酔いしれる>結果となったこの『天使にラブ・ソングを』を含め、概ね「はじめてのミュージカル診断」に基づくカテゴリー分け通りの結果だったように思う。まず、『ダンス オブ ヴァンパイア』。登場人物たちがどんどん噛まれてヴァンパイアになっていき、最終的には我々観客をも巻き込んだカオスとなる、まさに<演出に興奮>したい人向けのミュージカルだったと言える。

 

付け加えるなら、山口祐一郎と神田沙也加という、“世間に広く知らしめたい日本ミュージカル界の宝たち”のうちの二人を一度に観ていただけたことは、長年のミュージカルファンとして嬉しい限り。山口の衰えを知らない――というよりそれこそ吸血鬼ばりに周りの生き血を吸って年々パワーアップしているのではないかと思われるほどの肺活量と問答無用の存在感、そして神田のキラキラの金平糖のように甘やかな歌声と理知的な演技は、作品のノリについて行けなかった人を含めた幅広い層にきっと届いたと信じている。

次に、『ファントム』。何度も再演が重ねられている人気作だが、今回は前回の公演でファントム役を務めた城田優が演出し、Wキャストではあるがファントム役にも再び挑むという、<あのスターが出演>感――テレビで有名なあの人は、実はこんなこともできる、こんなことがやりたい人だったのかと知れる喜び――が強い公演だった。思いのほかエンターテインメント性の強い演出には賛否両論あろうが、演者として人気を集める俳優が、演出家としてもいわゆる“客が呼べる”存在になっていける可能性を示したことの意義は大きい。

●「はじめてのミュージカル診断」のススメ

そして、『ビッグ・フィッシュ』。2年前に日生劇場で日本初演されて感動を呼んだ作品が、客席数の少ないシアタークリエに場所を移して再演された。基本的な演出、および主な出演者は前回と全く同じながら、コンパクトな空間で上演されたことにより濃密なドラマ性が必然的に高まり、<ドラマに感動>したい層にいっそう訴えるものになっていた印象だ。

最後に、あまりにも実験的な公演であることから、ミュージカル初心者向けの本サイトでの紹介は差し控えていたオリジナル作品、『(愛おしき)ボクの時代』。1stプレビューと2ndプレビューのそれぞれ初日を観たのだが、大きく異なる内容になっており、観客の意見を本気で取り入れていることが分かって本公演が楽しみになった。それでもやはり初心者には向かないかもしれないが、「原石を磨きたい」との質問に「はい」と答えて<日本オリジナル>へと導かれた向きにはぴったりの、まさに“一緒に育てていける”ミュージカルだ。

 

ミュージカルというのは様々な要素の集合体であって、ストーリー、音楽、演出、演者それぞれが良いだけで良い作品にはならず、逆に言えば、良い作品には良い要素がたくさん含まれている。ゆえにこのカテゴリー分けは、乱暴と言えばかなり乱暴なのだが、ひとつの目安として一定の信頼性はあるのではないかと感じられた11月。「はじめてのミュージカル診断」、どの作品から足を踏み入れたらいいか迷っている方にはぜひご活用いただきたい。

文/町田麻子