誰も観たことのない新しいギリシャ悲劇—――
『オイディプスREXXX』『グリークス』に続く、杉原邦生のギリシャ悲劇シリーズ最終章。
彼の二人の青年の旅路を描く、スリリングで壮大な“ロードムービー”演劇がいま、生まれる!
若手演出家のトップランナー杉原邦生は、2016年『ルーツ』(脚本:松井周)を皮切りに、KAAT白井晃芸術監督の委嘱で数々の話題作を発表、特に、2018年以降はギリシャ悲劇の上演に果敢に取り組んできました。
2018年『オイディプスREXXX』(オイディプス王)では、3名のメイン俳優がコロス以外の8役を演じ分けるという、ギリシャ悲劇が演じられた当時のスタイルに則った上演が話題を呼びました。また、コロスの歌をラップに変換するなど斬新なアイデアの数々で、遠いギリシャの物語を現代の私たちの眼前に鮮やかに蘇らせ、その演出力が高く評価されました。続く2019年には、上演時間10時間に及ぶ大作『グリークス』に挑み、トロイ戦争をめぐり人間の愛憎が渦巻く17年間の壮大な絵巻物を、スピーディーかつスタイリッシュに描き出し、一瞬も飽きさせることのない卓越した演出に称賛が集まりました。
そして2020年、そんな杉原がギリシャ悲劇シリーズの最終として新たな挑戦に挑みます。『グリークス』で物語の主軸となったトロイ戦争において、ギリシャ軍の総大将であったアガメムノン。その息子オレステスが、太陽神アポロンの信託を受け、姉エレクトラと従兄弟で親友のピュラデスの力を借り、母親殺しを行った後の「失われた」(現存していない)物語を創造します。オレステスは母親殺害直後より、復讐の女神たちの呪いに苛まれ、その呪縛から解放されるべく、再びアポロンの神託に従い、ピュラデスとともに遠いタウリケに向かう旅に出ます。そして、ようやく辿り着いたタウリケで、死んだはずのオレステスのもう一人の姉イピゲネイアに出会うという結末を迎えますが、二人の道中についての物語は現存していません。二人の空白の時間、その時の二人の想いに興味を持ち想像を巡らせたという杉原は、この二人の若者の物語を新たなギリシャ悲劇として現代に蘇らせようと思い立ちました。
本作では、オレステスとピュラデスがギリシャのアテナイを旅立ち、ピュラデスの父ストロピウスに旅の資金援助を求める場面から始まります。ストロピウスに拒絶された二人は、復讐の女神に苛まれるオレステスを救うため、太陽神アポロンの神託を実行しようとタウリケへと向かいます。途中、奴隷船に乗り、命からがら逃げ出したり、たどり着いた浜辺で盗賊に襲われたり、ギリシャ軍によって滅ぼされたトロイアの村の復興に人生を捧げるギリシャ人に出会ったりと波乱万丈の旅が続きます。果たして、二人は無事に目的の地タウリケに辿りつけるのでしょうか。
杉原邦生×瀬戸山美咲 20年代を牽引する二人の初タッグ
二人の若者の冒険と成長を描いた《ロードムービー》的ギリシャ悲劇の創作、それが『オレステスとピュラデス』です。
この意欲的なギリシャ悲劇の翻案創作を委嘱したのは、今、最も次回作が期待されている劇作家・演出家の瀬戸山美咲です。かつて、ギリシャ悲劇の『アンティゴーネ』をもとに現代劇を創作して話題を呼んだ瀬戸山は、ギリシャ悲劇は骨格がしっかりしていてとても面白いと感じていたと言い、「オレステスとピュラデスという二人のキャラクターを軸に新たな作品を創りたい」という杉原の想いを受けとめ、「オレステスとピュラデスの“空白の時間”を考えたい。新しいギリシャ悲劇を書くという壮大な挑戦をしたい」と意気込みを語ります。そんな瀬戸山の描き出すギリシャ悲劇について杉原も「古典的な文体にして読みやすく、重みはあるのに角張っていない滑らか石のよう。新しいギリシャ悲劇が立ち上がってきている」と期待を寄せます。
社会状況を巧みに取り込み、「現在」を問いかける劇作家瀬戸山美咲の台本を、ギリシャ悲劇に魅せられた杉原が、どのように「現在性」に訴えかける演出で挑戦するのか興味が尽きません。
若手注目株の鈴木仁・濱田龍臣、変幻自在な趣里・大鶴義丹、個性豊かなコロス10名による華麗なる“ロードムービー“演劇
出演者には、若手注目株の二人、映像での活躍がめざましい鈴木仁がオレステスに、子役時代から映像で活躍して、最近は三谷幸喜作『大地』でも注目された濱田龍臣がピュラデスを演じます。ギリシャ劇では英雄や超人的な人物が主人公になることが多い中、オレステスもピュラデスもどこか普通の青年らしさを感じさせるキャラクターです。「その普通さが新たなギリシャ悲劇を創作する突破口になると思った」という杉原は、「鈴木仁の真っ直ぐさと透明感、濱田龍臣の素朴さと柔らかさ、そして若き青年たちから匂い立つ刹那的な危うさこそがこの物語に必要」と語ります。
二人が旅の途中で出会う人々を、舞台・映像でも益々の輝きを放つ趣里と、俳優のみならず映画脚本・監督と幅広く活躍している大鶴義丹がそれぞれ複数の役を演じ分けます。
ギリシャ悲劇には欠かせないコロスには、幅広い世代から出自も様々な個性溢れる10名が集まりました。
――杉原作品に参加経験があり、阿吽の呼吸ともいえる面々の内田淳子・高山のえみ・大久保祥太郎・天宮良・外山誠二、オーディションで選ばれた中上サツキ・前原麻希・川飛舞花・猪俣三四郎、TCアルプでの活躍も目覚ましい武居卓――、『オイディプスREXXX』『グリークス』に続き杉原は、コロスの演出について並々ならぬ熱意を持っています。舞台上で常に物語の進行役として存在し、時に歌い、踊るコロスはギリシャ悲劇における真の主役と言っても過言ではありません。杉原はこれまでの2作でも、“その他大勢”として捉えられがちなコロスを、一人ひとりの個性が際立つ演出で生き生きと描き出し、多様性をもったコロス像が評価されてきました。そんな彼らが紡ぎ出す歌と踊りもまた、必要不可欠な要素です。
音楽は、これまで数々の杉原演出で創作を共にし、『オイディプスREXXX』『グリークス』でも音楽を担当してきたTaichi Kanekoが、シリーズ最終章の今回もポップかつダイナミックな音の数々で、観客を劇世界へと誘います。振付はダンスカンパニーBaobabを主宰し、ダンサー・俳優としても活躍する北尾亘が、土着的かつ独特なリズム感を持った振付で、コロスの存在にさらなる躍動感を生み出します。杉原が絶大な信頼を寄せるクリエイターたちと共に、新たなギリシャ悲劇に相応しい新たなコロスの創造を目指します。
【ギリシャ悲劇におけるオレステスの物語】
親友のピュラデス、姉・エレクトラとともに母親殺害を実行したオレステスは、その日以来復讐の女神の呪いに苛まれている。母親殺害から6日後、市民裁判により死刑が決まったオレステスとエレクトラは、ピュラデスとともにすべての元凶(トロイア戦争の原因と人々に思われている)であるヘレネ殺害を企てたが、未遂に終わる。突如現れた神アポロンはヘレネを救い出し、3人に神託を授ける。「タウリケまでアルテミスの像を盗みに行けば復讐の女神たちの呪いから解放される」という神託を受けたオレステスは、ピュラデスと共にタウリケを目指す。旅に出たオレステスとピュラデスが、17年前に生贄として死んだはずの姉・イピゲネイアと再会し、新たな道を歩み出す大団円を迎える。
<演出>杉原邦生 コメント
誰も観たことのない新しいギリシャ悲劇をつくりたい。2018年『オイディプスREXXX』、翌2019年『グリークス』と、二つのギリシャ悲劇を創作する中で、この想いが揺るぎないものになっていきました。その理由は何よりも、僕自身が日増しにギリシャ悲劇に深く魅せられていったからに他なりません。そして、ギリシャ悲劇がまさに〈演劇〉の原点であるという絶対的事実を、身を以て感じたからです。
今回の物語は、オレステスとピュラデスという二人の青年のロードムービーです。自らの手で母を殺したオレステスと、その殺しの手助けをしたピュラデス。彼らは幼い頃から共に育てられた従兄弟同士であり、親友であり、愛情という固い絆で結ばれています。そんな二人がアポロンの神託を受け、オレステスの罪を償うため、ギリシャはアルゴスから遠いタウリケを目指すその道中を描きます。彼らが旅のなかで、だれと出会い、なにを見て、どんな想いを巡らせていったのか。未だ見ぬ彼らの物語を、古代ギリシャ劇の構造や文脈を踏まえながら、瀬戸山美咲さんとともに〈新しいギリシャ悲劇〉として立ち上げていきたいと思っています。そして、演劇の原点に立ち戻り、そこからまた新たな演劇を生み出すというこの創作こそ、いま、演劇の《再生》を宣言するものになると確信しています。