空前絶後、とはまさにこのこと。そう思えるような、誰もが想像したこともないほど画期的であり得ないほど挑戦的な刺激と衝撃に満ちたミュージカルが、7/9(金)に東京・TBS赤坂ACTシアターにていよいよ幕を開けた。
今、演劇界で最も注目を集める劇作家・演出家のひとりである福原充則と、劇団☆新感線の看板役者にして映像でも顕著な活躍を続ける古田新太が、互いをリスペクトしつつ力強くタッグを組んだ本作。環境的にも厳しい中で稽古を重ねたカンパニーが準備万端整った開幕前日に、公開ゲネプロを開催。その様子を観ることが叶った。
まずはゲネプロ開始直前に、ダブル主演の古田新太と尾上右近に加え、咲妃みゆ、石田明(NON STYLE)、ともさかりえ、六角精児というキャスト6名が舞台上に登場し、会見が行われた。各自の主なコメントは以下の通り。
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古田新太 コメント
「連日のリハーサルで疲れています……(苦笑)。だけどお客さんの前で演じることが出来るのは、それがたとえ客席が半分に近かったとしても、どういう反応が返ってくるのかがやはり楽しみです。それによって僕らの芝居も変わってくると思いますしね。この作品のきっかけとしては福原くんと別の芝居で一緒だった時に、基本的に下ネタが好きなもので、だけどいわゆる性癖に関するものは何本かもうやったので、もうひとつの下ネタ、うんことかのほうをやろうよということで盛り上がったんです。しかもどうせなら音楽劇というよりもミュージカルと名乗ってしまえ!と(笑)。もともと、ミュージカルはゲスなものですからね。昔からある『三文オペラ』にしてもオイラもやった『ロッキー・ホラー・ショー』にしてもいわゆる下ネタが多いけれども、溌溂とした気持ちでお客様には帰っていただける。そこがミュージカルの良さだと思うんです。本当なら終演後にみんなでご飯を食べたりお酒を飲みながら面白かったねとか面白くなかったねとしゃべるのが楽しいんですけれども、今回ばかりはそうはいかないので。とはいえお気楽にみなさん、足を運んでいただきたいです。お客さんはマスクをはずせませんが、そのマスク内でどうかクッククックと笑ってほしいなと思っております。それをクリアするための充分な注意を怠らない努力と、楽しんでもらうための努力はこの1カ月半やり続けてきましたので。「バカだなこいつら」と、笑って帰っていただければ幸いです」
尾上右近 コメント
「私もまだミュージカル経験はほとんどない中で、今回こういった力強いミュージカルに呼んでいただきまして本当にうれしく思っております。そしてこのご時世の中ではありますが、この作品にみなさん出会っていただき楽しんでいただけたら。歌舞伎以外の経験がまだまだ少ないこともあって、稽古中にいろいろと戸惑ってどうしていいかわからない中で、もちろん福原さんやみなさんにたくさん助けていただきながらやらせていただきました。今回、歌舞伎らしい演出も取り入れていただいたりもしていますしね。何よりもやはり人間の力と言いますか、生きる力みたいなものが描かれているところや、歌舞伎もわりとエログロ系はお得意なので、そういう意味では共通点も多くあるなと感じています。そんな中で強く生きている大を、自分なりに演じたいと思っている次第です」
咲妃みゆ コメント
「今までの舞台人生で経験したことのない出来事が日々巻き起こっていて、今はようやくここまでたどりついたという感じです。最後まで無事に務められるよう、健康第一でがんばりたいと思っております。経験したことない出来事は……主に舞台上でのことですけれども、稽古中から役づくりから、見聞きする光景もすべて真新しいことばかりで、感情が忙しかったです。これまで避けて通って来た道のど真ん中を突き進んでいるようで、稽古場の時点からアワアワしたりしていましたが、それは私がいわゆる“おシモな内容”を表面的にとらえていただけであって。これはもっと人間性を深く掘り下げていくミュージカルなのだということが、自分の中で腑に落ちた時に一気に「よし、やるぞ!」という気持ちが湧いてきました。今はやる気満々です!(笑)」
石田明 コメント
「この作品はミュージカルということだったので、最初にお話をいただいた時に実はお断りさせていただいたんです。けれども、わざわざルミネtheよしもとの楽屋までプロデューサーと演出家の福原さんが来てくださって、何を見てどう思われたのかわかりませんが(笑)、どうしても出てくれと言われて。最悪、歌わなくても歌うフリでいいですと言うので、それでいけるのかと思ったら今、めちゃめちゃ歌わされています。詐欺にあった気分です(笑)。咲妃さんと一緒のシーンがあるんですけれども、そこでダメ出しされたことをうろ覚えだったりするもので、よく咲妃さんに聞くんです。「ダメ出し、何て言ってましたっけ?」と。でもそのきっかけのワードがとにかく下ネタなんです。だから俺がすごく陰険なセクハラをしているみたいになっていて。そのことについては毎回かなりとまどいましたね(笑)」
ともさかりえ コメント
「私もミュージカル初挑戦なんですけれども、石田さんと同じような状況でしたね。個人的にミュージカルの大ファンなので、この聖域を犯してはいけないと心に決めていたんです。それを今回破ってしまったわけで反省気味なんですが。お引き受けしていいものかと悩んでいたら、演出家が力強く「大丈夫です」とおっしゃるので何が大丈夫なのかいまだにわからないんですけど、何かあったら演出家のせいにします(笑)。でも本当に素晴らしいキャストに囲まれて、本当にひどい人物しか出て来ないんですが、でも不思議な爽快感のある、他にはないミュージカルに仕上がっていると思います。そんな場所でミュージカルデビューができるなんて幸せです。私は王道のキラキラなミュージカルが好きなんですけれども、この“おシモな”ワードの数々を古田さんや右近さんが連発すればするほど、なぜかカッコよく見えてくるんですよね(笑)。ある意味、これはこれですごくキラキラしているなと感動すらしています」
六角精児 コメント
「2回目のミュージカルですが、ちょっと前までやっていたものとはだいぶ違うような……(ここで古田から「そんなに変わらないよ」とのツッコミあり)、まあ人間が生きているという意味じゃ、変わらないんですけどもね。今年はミュージカルに包まれて生きている感じがしていて、珍しい一年だなと思っています。ただ、今回の芝居に対するお客さんの反応は、まったくわからないのでこれはすごく楽しみですね。稽古ではずっとマスクをしてやっていまして、稽古場でもなるべく静かに過ごすようにしていて。マスクをしていると相手がその時どんな顔をしているのかわからないんですよ、舞台に上がるまで。それで舞台稽古でようやくマスクをはずして芝居をしていると「この人ってこんな顔だったんだ」とまじまじと顔を見てしまって。つい、間をはずしてしまったりしています(笑)」
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記者から重ねて質問される咲妃に古田が助け舟を出したり、さらにツッコんで笑いをふくらませたりする場面などもあり、お互いの仲の良さ、信頼度が伺わせられる会見&フォトセッションとなった。
なお、古田が言うようにカンパニーは感染対策をばっちり行っている上、東京公演が行われるTBS赤坂ACTシアターではこのたび紫外線を使用した殺菌装置を日本の劇場では初めて導入。安全度がよりアップしたという報告もあったことを特筆しておく。
そして本番さながらのゲネプロの幕が上がると、そこは嘉永5年の時代風景。そこから昭和に向かって糞尿の歴史が、妙にアツいソウルフルなナンバーによって歌い上げられていく。
そんな調子でスタートするこのミュージカル。おそらく前情報ゼロで劇場を訪れた人は呆気にとられることだろう、だがそれと同時に強烈な刺激も受けるに違いない。それほどまでに“これまで観たこともない”スタイルで、徹底した“下ネタ”と“悪”をテーマに扱いつつも、あくまでも“舞台ならではの面白さ”にこだわったエンターテインメントがここに誕生していた。
それほど遠くない昔の物語。
汲み取り業者の“諸星衛生”の社長・良夫とその息子・大。金もうけのためなら殺人すら躊躇しない欲望丸出しのこの親子が、あらゆる手を使ってのし上がっていく。“金払え”を繰り返す、この親子のテーマ曲は劇中に何度もバージョンを変えつつ歌われるのだが、この曲と二幕に歌われる古田と六角によるデュエットは、いきものがかり・水野良樹によるもの、それ以外は益田トッシュによる楽曲だが、このいずれもがカッコいい曲ばかりで終始シビレっぱなしだった。加えて振付稼業air:manによるキャストやアンサンブルたちのダンスの振付が独特で非常に面白く、“他に類のない”度がさらにグレードアップする要素になっていた。
キャストは歌舞伎役者に元タカラジェンヌ、お笑い芸人に小劇場出身役者など、出自が見事なほどにバラバラで、しかも一癖も二癖もある実力派揃い。それが予想以上にいいバランスとなっている。その存在感の大きさは当然のことながら、物語が進むにつれて年を取り、気分の上下にも合わせてギラギラの度合いに変化をつけていく古田の緩急ある演技には目を奪われた。そして父から“悪”ですりこみを受け純粋培養された息子の大を演じるのが、歌舞伎界のプリンスの右近であるというギャップも面白い。歌舞伎のように附け打ちの音と共に見得を切る親子の決めポーズも楽しく、右近の明瞭で良く響く声の美しさにも改めて感じ入るものがあった。
また、ちょっと凄まじいまでの過去を持つ麻子と、その娘である小子というどちらも難役の二役を演じる咲妃の体当たりな演技とその勇気には脱帽するしかない。絶対にこれまで演じたことのないキャラクター、そして今後も出会いそうもない役回り、そのどちらも多面性のある役で場面ごとに表情、態度が変わるさまはまさに必見の演じ分けと言える。NON STYLE・石田も初ミュージカルとは思えない活躍で、咲妃とのデュエットの初々しさ、微笑ましさも満点。多少“こじらせ”ではあるものの麻子への純粋な気持ちから諸星親子へ復讐の想いを募らせる姿は、この中では比較的共感、同情をしやすい人物かもしれない。
ともさかは、諸星親子の企みに負け没落していく商売敵の社長夫人を、嬉々として好演。上品な中にも内側に確実にある毒針をチラつかせる女性の闇を可愛らしく、かつ怖さもまぶしながら表現していた。また六角の絵に描いたように憎々しげな政治家も、いかにも実際にいそうなリアル感。皮肉も凄味もたっぷり、見応え充分の存在感だった。
さらには佐藤真弓、村上航という、福原作品常連メンバーでもある猫のホテルペアの活躍にも目を引かれた。その達者ぶりには小劇場ファンも満足のツボを押してもらえるはずだ。
大きなテーマである糞尿の表現や殺人のくだりはデフォルメされてエンタメ性が濃いものになっているとはいえ、行政との癒着や忖度により、諸星親子が汲み取り業者から手広く業種を増やしてグループ企業となり、やがて町全体の経済を支える力を持つようになっていくあたりは、なんだか現実社会ともリンクするポイントが多く、社会派な部分も描かれている。登場する人物もそれぞれに裏や闇を抱えていて、その人生が見え隠れするところもドラマチックだ。
つまりこのテーマにも関わらず、単に汚くて酷い、エログロだけで終わらせないところが福原脚本、そして演出作品ならではの魅力。セリフや歌詞に使われる言葉のチョイスが絶妙に深かったり、切なかったりするし、舞台となる町の土地や川の名前が具体的なところから生まれるリアルな肌触り、そして描かれるのが憎しみだけではなく、笑いと愛情がたっぷり含まれた湿度のある抒情性も強く心に残る。
汚いものに目をそむけがちな現代人の弱さを目の前に突き付けられたようで、諸星親子のむき出しの欲望に居心地の悪さを感じながらも、魅力的にも思えてしまう皮肉。どんなことも蹴散らかして生き抜く姿には、爽快ですらある。周囲の人物たちも陥れられても、泣いて諦めたりはせず、気持ちを切り替えて再起する逞しさがあるところも痛快ポイントだ。
シビアな笑えない現実、感情を殺して生きるような毎日、コンプライアンスに縛られる表現者たち、そんな世の中に毒され、すっかり“澱んで”しまった気分にスカッと活を入れてくれる作品だ。どこまでも欲望を忘れない、生命力に満ち満ちた諸星親子。彼らの、たとえ汚物まみれではあってもギラギラ、キラキラした痛快爽快な人生にはある意味、元気をもらえること、間違いなし。
東京公演はこのあと7/25(日)までTBS赤坂ACTシアターにて、その後大阪公演、福岡公演も予定されている。この作品でしか味わえない貴重な体験ができるはずなので、少しでも気になる方はぜひとも劇場に足を運んでほしい。
取材・文 田中里津子
撮影:引地信彦