ファストラーダ役・霧矢大夢(写真左)、キャサリン役・愛加あゆ(写真右)
ブロードウェイミュージカル『ピピン』が、新キャストを迎えて3年ぶりに再演される。ミュージカル、ダンス、サーカスの魅力が集まった圧巻のステージだ。初演の舞台に立ったファストラーダ役の霧矢大夢と、再演ではじめて参加するキャサリン役の愛加あゆ。ふたりは宝塚の先輩後輩でもある間柄。ステージに立っていた側と、観客側にいたふたりが、それぞれの目線から作品の魅力を語り合った。そして、愛加は霧矢の“オタク”だったと、迸る熱い想いを明かす一幕も。
――霧矢さんは初演に続いてのご出演ですが、再演が決まった今の思いをお聞かせください
霧矢 初演は、日米合同で、衣装やセット、スタッフの方々も海外から来日して、ブロードウェイのやり方で稽古し、まさにブロードウェイの舞台に出ているのかしら、という感覚を味わうことができました。そして、驚きのアクロバットやマジック、ダンスが盛り沢山で、開演前のカンパニーの雰囲気も、みんなでテンションを上げていく感じでした。それぐらいに命がけのアクロバットで、一歩間違えば怪我をするような危険がある作品ですが、危機管理が素晴らしく整っているんです。アクロバット、マジック、イリュージョン、全部専門のスタッフの方々も来日されていました。こんなに恵まれた作品は一生のうちに1回出られるか出られないかじゃないかと思う経験でした。
お客さまの反応もプロローグからすごかったですし、ファストラーダのナンバーは、目にも止まらぬ早着替えをするのが見せ場で、お客さまの反応があると「よしよし」と(笑)。私たち自身もすごく大きな喜びと興奮を毎回味わうことができたので、再演のお話をいただいた時は、またできる喜びがありました。新たなピピンやキャサリンを迎えるのが楽しみですね。2019年版とは全く異なる『ピピン』になると思います。
そして、今もまだ続いていますが、やはりコロナの出来事が大きくエンタメ界を揺るがしたので、客席に投げかけたり、通路を使って行うパフォーマンスなど、お客さまとの距離感がちょっとだけ規制されてしまうかもしれないことだけは残念ですが、だからこそ、さらにパワーアップしてお見せしなければいけない気合いを感じています。
――愛加さんは再演からのご出演ですが、出演が決まった今の思いをお聞かせください
愛加 私は初演を観劇しましたが、言葉で表現しつくせない程、すごい作品でした。事前に出演者の方々の「命がけの」とおっしゃるインタビューを拝見して、まさかと思っていたんです。幕が開いたら、本当に一歩間違えたら大変なことになる、それぞれに命を懸けて、魂を込めてやっているステージだと、客席まですごく伝わってきました。盛り上げようとしているわけでも、その想いを届けたいわけでもないのですが、自然と拍手をして、声が漏れてしまったり。観劇後の衝撃と感動が凄くて、余韻に浸りました。「本当の幸せとは」という作品のテーマも心に響き、自分でも考えましたし、心から感動した作品です。
今回自分が参加できることが嬉しいのと同時に、皆さんが一度素晴らしいものを作り上げてきた中に、一から初心者として加わるのは、プレッシャーも感じています。大好きになった作品の中で、キャサリンとして生きられることを幸せに思い、観ていた舞台の世界の中に自分が生きられることを楽しみながら、頑張っていきたいと思っています。
――それぞれが演じる役柄についてお聞かせください。霧矢さんは前回はどんな風に演じていらっしゃいましたか? また、今回はどんなところをさらに深めたいと考えていますか?
霧矢 ファストラーダはピピンの継母ですが、ピピンがぶつかる困難のひとり。自分の息子を王位に上げ更に富と権力を手にしたいという、したたかな女性です。登場人物たちは、人間の世界の中の、「こういう人いるよね~!」というキャラクターばかりで、その中で突き抜けて野心的。どちらかというと明るい悪女、クスッと笑っていただけるような親近感のあるキャラクターと言いますか。人間のあらゆる業や欲望の縮図のようなところを、一心に、かつ楽しく表現するところに魅力を感じています。日本人は、どちらかというとウェットになりがちな人種ですが、やはりアメリカの作品は「それさえもみんなで笑い飛ばしましょうよ!」という気質があります。初演の稽古では、演出のダイアン・パウルスさんや、振付のチェット・ウォーカーさんの、ちょっとした仕草などをとにかく盗もうと。
初演の興奮や手応えはあるのですが、一度作り上げたものを自分の中で消化しつつ、別の作品を経て、3年経って、再びあの状態にどういう風に持って行けばいいのかなという楽しみもあります。もちろんダンスも大変です。そして、3年の自分の経年劣化ですよね(笑)。あんな風にできるかな。あの当時も、結構ぎりぎり頑張って、振り絞ってやっていたんです。でもやはり、中尾ミエさんと前田美波里さんの先輩方を見習い、弱音を吐いちゃいけないなと。新たな気合いを入れて、稽古場に臨もうと思っています。
――愛加さんは初演をご覧になって、また脚本を読まれていかがですか?
愛加 キャサリンは2幕からの登場でした。
霧矢 1幕は、クラウン役でちょこちょこっと出てくるくらいよね。
愛加 クラウン可愛いですよね。キャサリンは、一座の中で唯一、劇中劇のシナリオから飛び出そうとします。ピピンに影響を受けて、新たな気持ちで違うことに進んでいくという、キャサリンの中の自分探しというか。人の出会いなどで動いていくことが、この作品の中でちょっと異質な存在であり、ピピンに影響を与え、1幕とは違う流れにしていくキーポイントではあると思いますので、大事な役割だと思い、心して取り組んでいきたいと思っています。
霧矢 みんなはアクロバットやダンスなどのシーンが主なので、稽古もそこが一番時間もかかります。キャサリンは歌はありますが、(アクロバットやダンスの)ナンバーがあまりないんですよね。だから多分、稽古場でちょっと疎外感というか、ああいうシーンには参加できないのね、という気持ちにはなりますが、それが活かせる役だと思います。ピピンの華やかな人生を表現するのではなく、普通の生活しようよという役じゃない?
愛加 そうですね! 活かせるのは面白いですね!
――お互いのことを少し伺いたいのですが、愛加さんは霧矢さんが大好きだったと伺いました
愛加 そうなんですよ! オタク話になっちゃいますから!
霧矢 (笑)。
愛加 私が初めて宝塚を拝見したのはビデオでしたが、劇場で拝見したのが月組の『LUNA -月の伝言-』と『BLUE・MOON・BLUE -月明かりの赤い花-』でした。2階席の一番前列で、初めて大きい舞台の観劇をするので、観劇ルールも分からず、身を乗り出して、双眼鏡でロックオンして観ていたのが霧矢大夢さんだったんです。
霧矢 劇場のお姉さんに注意されなかった? 「座席の背もたれに背をつけてご覧ください」みたいな放送かかってたでしょ。
愛加 本当にその一番悪い例ですね(笑)。「すごい素敵な人がいる!」って。私は富山に住んでいたので、なかなか舞台を拝見できないのですが、ビデオを買い漁っていました。
霧矢 あの頃は、まだVHSだったね。
愛加 雑誌を買いまくり、その切り抜きを拡大コピーして学校に持ち歩くというオタクをしておりました。だから、霧矢さんの舞台は、ファン時代にずっと拝見しています。霧矢さんは、歌もダンスもお芝居も完璧な方で、格好よくて素敵で。退団されてからも女優さんとして活躍されている中で、ダンスでパフォーマンスするステージを、この『ピピン』のために取っておかれたんじゃないだろうかと思うくらいの、すごいナンバーだったんです。この作品のこの役は、日本には霧矢さんしかいないだろうなと、帰宅して姉に速攻で報告するくらい、本当にぴったりで素晴らしい継母さんでした。
――ファン時代にご覧になっていた時から、つながっている姿だったんですね
愛加 はい! 私も宝塚に入り、退団しまして、今は一女優としてやっているところなので、落ち着いた気持ちで今回ご一緒させていただこうと思っていたのですが、改めてお会いして、初めてきちんとお話させていただいた時に、自分でもびっくりするくらい中学生の私が出てきてしまって。「やばい! 私は霧矢さんと本当に共演するんだ!」と思ったら、同期にも言われましたが、あの当時の自分に「頑張っていてよかったね」って。そんな感情がこみ上げてきました。
――霧矢さんはキャサリン役で、愛加さんが入ってくることを、どのように思っていらっしゃいますか?
霧矢 宝塚に入って、美人姉妹揃ってトップになられて。お姉さんの(夢咲)ねねちゃんと私とは同じ組だったり、退団してからも共演したりしましたが、れなちゃん(愛加あゆさんの愛称)は挨拶程度というか。本当に申し訳ないですが、雪組さんを全然拝見できていなくて、彼女がトップになって活躍している姿を、観たことがなかったんです。学校生や研1〜2(研究科1〜2年)の頃に、楽屋で「今日観ていましたっ……(汗)」というれなちゃんしか知らないんです。
愛加 (笑)。
霧矢 女優として舞台に立っていらっしゃるお姿が、そういう意味では一番新鮮かもしれません。フレッシュに舞台の上で向きあえるという感じです。先程久しぶりに会った時、中学生時代のれなちゃんが出てきた時は、ちょっとびっくりしました。(笑)
愛加 すみません、私も予想外でした。
霧矢 女優としてのれなちゃんに対峙するのがすごく楽しみです。退団して、お互い一女優なので、「上級生とか、憧れてましたとか、いらんで」と言いたいです。
――では、この場でそれをリセットして…
霧矢 そうですね!
愛加 できるかな……。
霧矢 初めましてくらいの感覚で挑めたらいいなと思っています。キャサリンは割と悶々としていなければいけないストレスフルな役で、いろいろ溜まってくると思うから、溜めんように、お姉さんに愚痴っていいよ。
愛加 ありがとうございます!
――この作品は、ピピン役の森崎ウィンさんと、リーディングプレイヤー役のCrystal Kayさんが引っ張っていくところもある作品だと思います。霧矢さんは、Crystal Kayさんとご共演されて、どんな想いがありますか?
霧矢 今、日本であの役をできるのは彼女しかいませんね。ミュージカルのご出演が初めてでいらっしゃったので、そういう意味ではすごく努力されて、本当に苦労もたくさんあったと思います。最初に台詞を言った時には、初めてだと感じる瞬間もありましたが、吸収力と持って生まれたセンス、身のこなし、お芝居、存在感。やっぱりアーティストとして大舞台を踏んでいらっしゃっいましたからね。初舞台がぴったり合う役でよかったなと思いますし、『ピピン』一座が彼女を中心に求心力がどんどん高まって、動いているんだなと実感でき、一座として、座員として、すごく誇らしい気持ちになりました。初めてだからこそ、戸惑っているからこそ、すごい集中力でお稽古に励んでいましたし、こちらも初心に帰るというか、舞台というものはこうやって作られていくんだと、もう1回振り返られるような感覚でした。
――初めてのミュージカルとは思えないステージでしたよね?
霧矢 そうですね。とっても素直なんですよ。歌手としてのキャリアはしっかり持たれていると思いますが、初めてだということで、いろんな人からアドバイスを受けて、私にまでアドバイスを求めてくれたりしましたが、それを聞いて混乱するというよりは、ひとつひとつちゃんと蓄積していって、すごく頭もいい人なんだなと思いました。
――愛加さんはいかがですか?
愛加 本当にCrystal Kayさんしかいないくらいの役でした。パッションをすごく持ってらっしゃるのも伝わってきましたし、素晴らしかったので、今のお話を聞いてびっくりしています。
――森崎さんのピピンは、初演の城田優さんとは違ったものになりそうですね
霧矢 私も初共演なので、どんなピピンになられるのかなと。昨年、「ジェイミー」を拝見させていただいて、とても繊細な表現のできる素敵な王子様になるだろうなと思いました。お会いできるのが楽しみです。
愛加 私も初めてご一緒します。『SHOWTIME』という作品の中で、城田さんと「コーナー・オブ・ザ・スカイ」を歌われていましたが、城田さんとは全然違うんですが、ピピンなんですよ。それがすごく不思議で、次のピピンなんだと思いながら拝見しました。とても素敵でした。
――おふたりから見て、ピピンの生き方はいかがですか?
霧矢 普通の人は、人間の王子様に生まれたりしないと思いますが、何となく世の中に巻き込まれていくとか、大きな権力の中に揉まれていってしまうとかありますよね。私たちも100年以上続いている歴史ある宝塚歌劇団で、女の子ばかりの中で、それなりに揉まれて、「自分とは何だろう。どうやって劇団の中で生きていったらいいんだろう」と思う時があったんですよね。宝塚には退団というゴールがあるのですが、退団したらそこからが長いので、また立ち止まって、「これからの人生どうしよう」となりますよね。
愛加 はい、なりますね。
霧矢 ゴールのない人生で歳を重ね、いろんな出会いと別れを繰り返し、老いなども含めて向きあっていくことが、すべて『ピピン』の物語の中にあって、ピピンはそれを超高速で生き抜いています。これが人間なんだなと。私たちが一座の中で演じている役は、「人生の中でちょっと出会う癖の強い人」ぐらいの感覚です。普通に見ていたら「こんな世界はない」と思うかもしれませんが、必ずそこにちゃんと人間の性みたいなものが流れていると思いますので、ピピンは誰もが持っている人間性なんだと感じますね。
愛加 まさしくそうだなと、今、聞きながら思っていました。話の流れは、王様、戦争、女遊びとありますが、最後に色々あって、ピピンの中のひとつの大切なものを最後に見つけられる。あの場面は、ちょっと怖い感じがしますが、怖いと思いながら、でもピピンにとってはあれが幸せのひとつで、彼が決めた道。噛みしめれば噛みしめるほど、あの終わり方が美しく、美しい人生だなと思いました。
――作品の音楽や振付、アクロバットを含めたパフォーマンスなど、『ピピン』にしかない特徴的な部分を、パフォーマンスする側から見て、どう分析されていますか?
霧矢 私は逆に、れなちゃんみたいに、客席から観てみたかったと思っています。あのすごいものを見せるために、どれだけの努力と時間と手間がなされているか、私たちはその裏側を知っています。舞台稽古も長くて6日間くらいあったのかな。とにかく全てが綿密に組み込まれていて、ちゃんとロジックがある。一番は照明だと思いますが、この技がこの部分でやった時に、一番素敵に見えるポジションがあるんです。
それだけのことをしないと、あの驚きは出てこないんだなと思いました。その裏の苦労を見てるから、とにかく客観的に前から見たかった。だからといってこの再演に出られずに、客席で観るのも絶対に嫌です(笑)。舞台稽古などでは、自分が出ていない時に、なるべく見に行こうと思います。客席から観られるお客さまが羨ましいです。
愛加 私は、今度は中に入る楽しみがあります。マジックみたいなのがいっぱいあるじゃないですか。そのタネが分かるんだ!というのが楽しみのひとつです。
霧矢:意外と簡単なものもありますが、「なるほど!」と感心するものもあります。ミエさんも美波里さんも、私の早着替えの仕組みを見にきましたから。「どうやってんの!? ほぉ~!」って。その仕組みは門外不出で守られていますが、客席から観ていて「よくできてるな~」という部分を見られるのは嬉しいかもしれないね。
――その裏側の面白さは大きいんですね
霧矢 そのハラハラドキドキが、ちゃんと『ピピン』の物語の中に必要であって、よくできているなと思います。ドラマとワクワクと恐ろしさと不気味さ、サーカス一座に観客も巻き込まれていく、それが必要なんだなと思います。
――たくさんのエンターテイメントがある中で、特に『ピピン』を観に来ていただきたいと思う視点で言うと、どんなことをお伝えしたいですか?
霧矢 普通のミュージカルとは毛色が違うので、キャッチコピーのまま「観たら一生忘れられない」ですね。エンターテイメント性もありつつ、ダークなところもある。そして、まずなにより日本ではなかなか観られないアクロバットの方々とか、こんなことしながら歌う人いないよねとか、いわゆる普通のミュージカルの定義は何なのかということになるのですが、「それとは訳が違うからね。これは見ておかないと損ですよ」とお伝えしたいです。
愛加 私は実際に観て、自分の知らなかった感情がまだあったんだと思いました。まだ眠っていた、呼び起こされる感覚が、何とも言えず、人生について考えさせられながらも、でもやっぱり楽しいが残る……何て言ったら伝わるんだろう、このすごいミュージカル。
霧矢 それは、劇場に足を運んでいただき、自分の目で確かめてねと。
愛加 本当にそうですよね。
霧矢 彼女は実際に観ている人なので、宣伝部長だね。「私、客席から観たことあるんです」って。
愛加 本当にすごかったので、唯一の舞台を逃したら損ですよ!
霧矢 前回ご覧になった方も、今回初めてご覧になる方も、どちらにも楽しんでいただけるんじゃないかなと思います!
インタビュー・文/岩村美佳