映像・舞台に活躍する俳優・大倉孝二と、ナンセンス演劇の名手として知られる劇作家にして演出家・ブルー&スカイが共同主宰するユニット“ジョンソン&ジャクソン”。「くだらない、何の役にも立たない芝居作りを澄み切った思いで目指す」と公言している彼らの、4年ぶりの新作『どうやらビターソウル』がこの秋、東京は下北沢ザ・スズナリで、大阪はABCホールで上演される。出演は大倉とブルーに加え、ノゾエ征爾、佐藤真弓、渡辺真起子という意外性のある顔合わせが実現することとなった。稽古開始前、まさに台本を執筆中の二人がこの新作について、どんな舞台になるかのヒント、そして現在の想いを語ってくれた。
――2020年に『ジョンソン&ジャクソンの梅まつりinユーロライブ』がコロナ禍の影響で中止になってしまったことで、実に4年ぶりの新作公演ということになりました。公演が決まり、今の心境としてはいかがですか。
大倉孝二(以下、大倉) 『梅まつり』が中止になったこともあって、またやりたいと思ったから公演することを決めたわけですけど。こうして、いざやる時になるといつも、イヤになっちゃうんです(苦笑)。
ブルー&スカイ(以下、ブルー) イヤになるというか、作品をつくる苦労を思い出すから。
大倉 そう、終わるとその苦労を忘れちゃうんですよ。でも、いざやるとなると、改めてまたこんな大変なことをやるんだと思い出してどんどんブルーに、憂鬱になる、という繰り返しなんですけど。
ブルー 僕は大倉さんのそのブルーさ、憂鬱さがどのくらいかわからないので。でもきっと僕はその3倍くらいは憂鬱で……。
大倉 いやいやいや! 俺が憂鬱なのは、あなたが台本を書かないからよ。俺も一緒に台本を書かなきゃいけないから、憂鬱なわけで。
ブルー だって、共作じゃない。
大倉 それはあなたが、勝手に決めたわけでしょ。
ブルー いや、共作でやろうと最初から。
大倉 違う違う! ひとりじゃ書けないからって言うから、それじゃしょうがない、ということになったんですよ。当然、僕は台本を書いたりはできないですから、最初はお手伝いするくらいのつもりで。ここまでがっつり共作になるなんて、思ってなかった。
――でも、これまでも毎回、共作だったんですよね。ということは、ジョンソン&ジャクソンをやろうという時点で、それは覚悟しているのでは?
大倉 覚悟はしているけど、共作というよりはブルー&スカイ単独の作・演出に寄せてやってみない?と、何回か言っているのに、無視するんです。
――なるほど(笑)。
大倉 僕は、彼がひとりで書いてくれれば、そのほうがうれしいのに。だって僕がジョンソン&ジャクソンをやりたい目的は、ブルー&スカイという作家の作品に出たいという、それが目的なんですから。僕自身が脚本を書きたい、なんてひとつも思ったことないですから!
ブルー だけど、大倉さんがやりたい芝居というものがあるわけで、それを自分自身で考えて書くというのもいいことだと思うんですよ。僕としては他に、相当減ってはいますけど、ひとりで作・演出をやる機会はあって。でもその一方で、ジョンソン&ジャクソンは共作でやれる場所なので違うものとして。
大倉 そう決めちゃったんだよね、あなたが。
ブルー 実際のところ、大倉さんにとても頼ってしまっていますけど。
大倉 いや、なんでジョンソン&ジャクソンはひとりで作・演出はしないと決めちゃっているのか、それがずっと謎なんですよ。ひとりでやってくれたほうがいいのに。
――ブルーさんとしては、ぜひ共作で作りたい。
ブルー だって、まあジョンソン&ジャクソンも頻繁に公演をやれてはいないけれど、定期的に活動している劇団なりユニットなりで、共作で作っている芝居って他にあまりなさそうですし。これはこれでいいんじゃないですかね……?
大倉 つまり、イヤなんでしょ、ひとりで台本を書く作業が。
ブルー うん……。
大倉 そうなんです、台本を作るのってホント大変なんです。
――冒頭からネガティブ発言連発ですが(笑)。でもこの二人でしかできない面白さもあるはずですよね。
大倉 どうなんでしょ。打ち合わせをしている時も、基本的に辛いんですよ。二人でずーっと、どれだけどうでもいいことが行われるかということを話し合うわけですから。でもたまに、お互いの言ったことで笑える瞬間がある。その時間は、ひとりで作っている時には感じられないものなので。とはいえ、それがこの二人ならではの良さだとも思っていませんけど(笑)。
ブルー だけどこれまで観に来てくれたお客さんや出演した人に聞くと、まあ、具体的には池谷のぶえさんとかですけど、どの場面を大倉さんが書いて、どこを僕が書いたかがわからないって言ってくれているし。ということは、今までの共作の仕方で大失敗はしていないんじゃないかと。
大倉 あ、そう。バレてないっていうのが、いいところなの?
ブルー ……って、思いたい。
――そして今回の新作は、今もお二人で作ってるわけですね。
大倉 そうです、真っ最中です。
――作品としては、具体的にどんな方向のものになりそうですか。オムニバスなのか、ひとつのストーリーがあるのか。
大倉 ストーリーもの、です。といっても僕らの場合、やりたいストーリーがあるわけではないんで。ただくだらないことをやりたいだけなのでね。くだらないことをやるために、ストーリーを考えるわけです。だから苦しいんです。
――それは、くだらないパーツをつなげていくみたいなことですか。
大倉 部分的にはそういう場合もあります、アイデアがあって、それをストーリーに埋め込むというね。でも基本的には、どういう話にする?というところからのスタートなので。そもそも、みなさんやりたいお話があってそれを作品にするんだと思うけど。なにしろ、そういう想いが僕らは皆無なので。
――皆無、ですか(笑)。
大倉 しかもこの数年は、本当にくだらない気持ちになることがなかったじゃないですか。仕事以外では、人とも会わないし。本当にくだらないことを生み出すには、とても困難な時代になってきている。僕なんか、たとえばKERAさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)のふざける方向性の強い作品に出たりする時も昔だったら、その座組にいるだけでナチュラルにどんどんふざけたエネルギーが溢れ出ていたものですけど。もう今は毎日毎日、そこまでふざけられるシチュエーションがないですから。
ブルー 心にゆとりがないと、ふざけることって難しいのかなって思いますね。
――まさにそうやって今、苦しみながら考えているストーリーのヒントを、話せる範囲で少し教えてもらえませんか。
大倉 とある、表舞台に出て活躍している女性がいて。それを渡辺真起子さんに演じていただくんですけどね。その彼女が、あることをきっかけに人を訪ねて旅をすることになるんです。その旅先で起こるさまざまなことが描かれていくわけです。過去のことや現在のことが絡み合いつつ、いろんな人たちに会いに行くんですけど、その要因となることはだいたいくだらないことだし、行われることもくだらないこと。この物語の登場人物たちが、それをいかに大真面目にやっているか。という、いつもと大して変わらない話です。
ブルー 今までよりは、ちょっと大人っぽくしたいという気持ちもあります。
大倉 女性もいるのであまり年齢のことは言わないほうがいいかもしれないけど。ちょうどみんな50歳前後くらいの同世代なので、やはりそれなりの何かが滲み出ていないと他の三人に迷惑なんじゃないかと思ってしまって。50歳ともなると、それほどふだんからバカげてはいないので。
――日常生活としては。
大倉 はい。だからその滲み出る哀愁みたいなもの込みの、くだらなさに出来ないかということです。
ブルー うん、哀愁を、ということは確かに言っていましたね。
――それが、今回目指す大人っぽさだと。
大倉 いいことばかりじゃない、むしろ悪いことのほうが多い日常を生きているんですから。それが少しでも滲み出れば、ということです。
――ちなみに、ブルーさんが感じる大倉さんの舞台俳優としての魅力とは。
ブルー 普通に昔からファンみたいなものだったので。知り合いになってからも、ずっと変わらずに芝居を観に行った時には一番おかしくて、笑わせてもらえています。
――では大倉さんが、ブルーさんの書く作品に出たいなといつも思う理由とは。
大倉 書くものに出たいというのはもちろんあるんですけど、こんな稀有な作家をもっとみんなに知ってほしい、観てもらいたいという想いもあって。それはかなり、ジョンソン&ジャクソンを続けている動機の大きな部分でもあります。
――それはナンセンスな笑いができる、という意味で。
大倉 そうです。他になんかできるの?
ブルー なんにもできない。
大倉 ま、なかなかこんな人は他にいないと思いますよ(笑)。
――そういえば、以前のお二人のインタビューで、ブルーさんが「役者をやりたい」という気持ちになっていると語られていたと思いますが。
ブルー そうですね、前回のジョンソン&ジャクソンの時くらいまではそう思っていたんですけど。今回も出演は一応しますけど、役者を目指すという気持ちは100%ナシになりました。
大倉 やめたの?
ブルー やめた。
大倉 やめたらしいです。最近やめたの?
ブルー きっかけのひとつは、この間大倉さんも出演していたKERAさん作・演出の『世界は笑う』を観たことで。
大倉 それって、本当につい最近の話じゃないか。
ブルー あの舞台に出ていた役者さんたちの姿、さらにそこに一緒に出ている身近な知り合いでもある神谷(圭介)さんの姿を見て、ああ、自分にはやっぱり役者は無理だと気づいて。
大倉 じゃ、神谷くんのせいなんだ。(笑)
ブルー あの芝居は完璧だし、出ている役者さんも完璧。もし仮に自分がそこに役者として出ろと言われたら無理です、できないですという気持ちだったんです。だから、ゼロです。
大倉 ゼロって(笑)。まあ、作・演出家を一生懸命やってくれたほうがいいとは僕も思うけど。じゃ、いいです、ゼロで(笑)。
――となると、今回貴重な機会になるかも?(笑)
ブルー 最後の出演になるかもしれないですね。
――そんなこと、言っちゃうんですか。
大倉 もう、相手にしないでいいですよ、きっと次にはまた違うこと言いますから。
――個人的に役者・ブルーさんのファンでもあるので、完全に出ないと言われるのもイヤだな、と。
ブルー あ……、じゃあ、やるかもしれないです……。
――(笑)。そして、客演陣のことも聞きたいのですが。今回のキャスティング、意外な人選でしたね。
大倉 真弓さんは以前にも出てもらっていて、最初に浮かんだ中のおひとりで。お願いしたら快諾していただけて、一安心しました。じゃ、もうひとりは全然違う人がいいねと言いつつも、二人ともインプットが少ないもんで人をあまり知らないんですね。その中でも以前から僕、渡辺真起子さんって素敵な役者さんだなあと思っていたんです。僕自身、同じ作品に出ていたことはあるんですけど、一緒にお芝居をしたことはなくて。それで「仮に、渡辺真起子さんに出てもらうとしたらどう思う?」と聞いたら、ブルーさんも渡辺さんのことはもちろん知っていて。
ブルー もともと好きな映画があって、それに渡辺さんが出演されていたんです。その映画は10回近く観ていたので。
――どの作品ですか?
ブルー 園子温監督の『愛のむき出し』です。そこで強烈な役を渡辺さんがやっていたので。
大倉 とはいえ、出てくれないと思っていたんです。僕らのことにはなんの興味もないだろうし。だけどお互い、他に思いつく人もいないから、いや冗談だよと言える雰囲気で、試しに聞いてみて?と制作に頼んだんです。そうしたら、すぐに出てくれると言っていただけて。逆に「どうしよう……?」って思いました。(苦笑)。
ブルー すっかり、プレッシャーです。
大倉 今更、冗談でしたとも言えないしね(笑)。さらにもうひとりは、全然違う角度から考えてみる?ということになり、作・演出家としても活躍している人の中でという発想からノゾエくんの名前があがってきて。彼もいろいろやっているから忙しいだろうしダメもとで、と試しに聞いてみたら出てくれることになって。
――そういう経緯だったんですね。
大倉 だけどみなさんが出てくれるという段階ではホントに?とうれしかったのに、いざ動き出すと一気に辛い気持ちになってきて。みなさんのキャリアの汚点にしてしまうのではないかという恐怖心がどんどん高まってきているところです。
――ますますプレッシャーに?(笑)
大倉 ただ、そのプレッシャーを乗り越えたところで、書くものは一緒ですからね。俺たちが考えられることは大体変わらないから。でも、ノゾエくんは多少なりに僕らのことを知っているだろうからある程度の覚悟はできているだろうけど、何しろ渡辺さんがね。
――なぜ引き受けてくれたんだと思いますか?
大倉 それがわからないんです、まだご本人と直接話もしていないので。だけど資料を渡して確認していただいているはずだから大丈夫だとは思うけど。
ブルー くだらないやりとりの芝居を、あの渡辺さんが演じてくださったら、そのギャップがすごく面白そうですよね。渡辺さんとは、まだ直接お会いしたことはないですけど、なんてことのないセリフでもすごい雰囲気のある感じで演じてくださるような、そんなイメージを勝手に抱いています。
大倉 ま、稽古になったらきっと、波乱がたくさんあるんでしょう。
――味わい深い、哀愁のあるジョンソン&ジャクソンになりそうですね。
大倉 ま、そういうことです。いつもより、少しポップな感じを抑えて。
ブルー しんみりと。
大倉 しんみりとはしないでしょ。まあ、そういう雰囲気も出したいですけど。とにかくいいトシした、年齢の人たちが集まってどうしようもないことをやります。きっと、涙なしでは見られないような公演になるんじゃないですかね(笑)。
取材・文/田中里津子