歌舞伎も現代劇も、
大事なのは観る方に喜んでもらうこと
現代劇に初挑戦することになった尾上右近さんを応援すべく、市川猿之助さんが稽古場に駆けつけてくれました。
スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』の若手公演に、その力を見込んで右近さんを抜擢した猿之助さん。
対談で発せられた猿之助さんの言葉に、右近さんは大いに力づけられたようです。
■歌舞伎と現代劇の違い
右近「この『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』で現代劇に初めて挑戦させていただくことになったのは、猿之助のお兄さんにいち早くご報告しました。もともと、「現代劇もやれたらいいね」っていうことを言ってくださっていたので、「ついにやることになりました」と」
猿之助「やっぱり、歌舞伎以外のお芝居をやることで、いろいろな経験が積めるからね。それが歌舞伎役者にとってプラスになるかどうかはわからないけれど。自分の人生が豊かになるという意味では、非常にいい機会になると思うんですよ」
右近「ご報告したときも、僕という人間自体がどうなるのかを楽しみにしてくださってるんだなということが伝わってきました。とくに、僕がけっこうテンパる性格だというのは重々ご承知なので、それを含めて「どうなるかねぇ」って(笑)」
猿之助「そう。そんなふうには見えないけど、すごく緊張するし、すぐ余裕がなくなっていっぱいいっぱいになっちゃうからね」
右近「そういう姿を、いつもいつも楽しそうに見守ってくださっていて。それが僕としてはうれしいんです」
猿之助「だってやっぱり、余裕でできる範囲のことをやっていたってつまらないでしょ。僕だって、自分の許容量以上のことを与えてもらって成長してこられたんですから。だから、『ワンピース』でも、「麦わらの挑戦」という若手公演の回を設けて、主人公のルフィをはじめ、僕がやっている複数の役をダブルでやってもらったんですよ」
右近「まさかダブルキャストでさせていただけるなんて、思ってもみませんでした」
猿之助「右近くんにやってもらうことにしたのは、初演の『ワンピース』(’15〜’16年)の稽古で、演出をしている僕の代わりに何人かに演じてもらっていたときに、右近くんがいちばんどの役も平均点が取れていたからなんですね。複数の役を演じる場合、どれかが突出してたらダメで、どれも平均点が取れなきゃいけないんです」
右近「ちゃんと取れてたんですか!? いや、僕はあのお稽古で初めて早替りをさせてもらって、上手くいってなかったと思ってたので、ちょっとびっくりしました。“貼り眉毛”の位置もズレまくっていましたし(笑)」
猿之助「まさしくテンパってた(笑)」
右近「はい(笑)。こういうことをやってみたいと憧れてはいたんですけど、見るのとやるのとでは大違いで。追われちゃうと役の違いを見せる余裕なんてまったくなくなりますし。だから、ちゃんと平均点が取れてたと今お聞きして、すごくうれしいです」
猿之助「だから、再演の東京公演で、怪我をした僕の代わりを勤めてくれたときも、心配はありませんでした。というより、やらなければならなくなったら役者はやりますからね。そして、お客さんにも入っていただけた。そこがよかったなと思っています」
右近「猿之助のお兄さんの代わりを勤めさせていただくことになったときは、やはり、いろんなことを考えました。最終的には考えてもしょうがない、無心でやるしかないなという結論には至ったんですが。とにかくショッキングな出来事だったので、みんなが同じようにショックを受けているなかで、その真ん中に自分が立たなきゃいけないという責任の重大さがあり。あと、お兄さんがおっしゃったように、きっと興行的なことを心配なさるだろうから、空席が目立ってるなんていう噂が耳に入ったら申し訳ないと思って。それが、頑張り以上の頑張りが自分のなかで出た要因だったかもしれないなと思います」
猿之助「ま、まだまだこれからも試練はあると思いますから、どんどん傷ついていけばいいんじゃないかなと思いますよ(笑)。こうやって現代劇に挑戦したりしながらね。僕だって、『狭き門より入れ』(’09年)で初めて現代劇をやったときはもう、勝手が違いすぎて、緊張の毎日でしたから」
右近「僕も拝見しましたけど、お兄さんでも緊張なさったんですね」
猿之助「そう。芝居という一点では歌舞伎と同じだけれども、稽古の進め方から、本番の舞台の幕のあるなしまで、何もかもが違ってましたからね。僕らはだいたい、出の直前までしゃべってて、チョンと鳴って幕が開くぐらいで気持ちを持っていくでしょ。ところが現代劇は最初から幕が開いていてお客さんが見えてるんですよ。ちゃんとした境目がない。だから、どうやって本番に向けてのテンションを作ったらいいか、なかなか慣れなかったんですね。また、僕ら歌舞伎俳優は、常日頃からずっと一緒にいるから、ちょっと台詞がわからなくなっても、あうんの呼吸でフォローし合えたりするでしょ(笑)。初めましての相手の呼吸を1ヶ月ぐらいの稽古だけでつかむなんて、難しいことですよ」
右近「そうですね。僕も今、そこがいちばん歌舞伎と違うところだなというのを実感しています。初めてお会いした方々と、とても近しい距離の役を演じるというその感覚が、本当に新鮮で不思議で。だから、現代劇に関わることで歌舞伎の仕組みを感じたりするのが面白いなと思いますし。当たり前だと思っていたことも歌舞伎界の常識でしかなかったんだなっていうことに気づかされたりもしています。お芝居についても、まず動き方から歌舞伎とは違うので、戸惑いがあって。立ち稽古が始まったばかりのときは、従姉役の南沢奈央さんの隣に並んでずっとしゃべっちゃって、演出のG2さんに、「漫才してるみたいに見える」って言われてしまいました(笑)。相手との距離感も、歌舞伎では近くでやりとりすることが少ないので、ちょっとつかみづらいところがあります」
猿之助「そこはもう、周りのいいお手本を見て真似するところから始めるしかないよね。僕も浅野和之さんや手塚とおるさんを見て学びましたから。そしてあとは、自分は歌舞伎役者だって開き直る。だって、歌舞伎役者を呼んだっていうことは、現代劇の役者にはない個性を求めているわけだから。もちろん独りよがりではいけないけれども、譲れないところは譲らないほうがいいと思うんですよね。自分が何のために呼ばれたのか。そのなかで果たせる自分の役割を探さないと」
右近「確かにそうですね。いつでも現代劇の役者を呼んでこられるんだよっていうことですもんね」
猿之助「今から取り替えられちゃったりして(笑)」
右近「危ない危ない(笑)。でも、それは本当に、猿之助のお兄さんらしい言葉だなと思いますし、まだまだ模索中のなかで、お守りのような言葉をいただけたなと思います」
■共感を見つけて演じる
猿之助「僕はシェイクスピアもさせていただきましたけど、翻訳劇って、上手く作れば面白くなると思うんです。考え方や文化が違うんだから、そのままやってもやはり面白くない。そこをいかに日本人にも伝わるようにするか。細部にこだわらず、その作品が持つ原点にある面白さを表現していく。そうすると、日本人が外国人を演じて「マーク」なんて呼ばれている違和感も(笑)、感じさせないくらい洒落たものになると思いますし。今回の演出家のG2さんは、僕も一度ご一緒しましたけど、そういう洒落た考えをなさる方だから、面白い舞台になるんじゃないでしょうか」
右近「翻訳っていうのは、言葉だけじゃないっていうことなんでしょうね」
猿之助「そうそう。その作品が何を言いたいのかという芯を翻訳していく」
右近「『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』の場合は、作品のなかにシビアなテーマがある社会派の作品ではあるんですけど。でも、その翻訳するという意味では、僕もまず、自分が演じるエリオットという役と歳が近いということで捉えてみると、感覚としてすごく主観的に共感できる部分があったんです。若さゆえに抱いている悩みとか戸惑いがあるというところとか。しかも、問題を抱えてはいても、若いときってそれを出さずに笑って日々を過ごしたいっていうところがあると思うんです。笑ってごまかしてるからこそ悲しいみたいなことってあると思いますし。なので、エリオットを演じるうえでも、笑っちゃえる感じがあるといいなと、今なんとなく思っていて。前向きに生きようとしている感じが出ればいいなと思っています」
猿之助「主人公だけじゃなく、みんなそれぞれが問題を抱えているんでしょう。魅力的な役者さんが揃っているから面白くなりそうですね。篠井英介さんが女方としてお母さんを演じるっていうのも面白い」
右近「篠井さん、本当にお母さんのような包容力を感じるんです」
猿之助「立ち稽古が始まったばかりだそうですけど、たとえば立ち位置なんかも、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら決めていくでしょ。で、面白いなと思うのは、最終的に決まったそれが、歌舞伎でやっている立ち位置だったりすることなんです。歌舞伎の場合は昔から決まっていて、僕らは最初からポンとそこに立つ。でも、なぜその位置がいいのかとか、そこに決まった過程を知らない。だから、現代劇の稽古は、それを知ることができる時間でもあるんですよね」
右近「あーなるほど! 確かにその理由を知らずに立っていました」
猿之助「そう。やってはいるけど、理由を説明しろと言われてもできない。そこを理論的に導いていけるのが面白いと思うんです。といっても、考えるのは演出家で、演出家の言う通りにやっていれば自然に知ることができるからラクなんだけどね(笑)。いや、というのは冗談としても、本当に、まず言われた通りにやってみることが大事だと思いますよ。そこから見えてくるものが必ずあるから」
右近「はい。お兄さんは稽古中に戸惑ったことはありましたか?」
猿之助「何回も同じ場面を繰り返すこと。明日やればいいじゃんって思うんだけどしつこいんだよ(笑)。あとね、これは本番の話だけど、僕らは化粧しながら役の気持ちを作るでしょ。それが現代劇だと10秒ぐらいで準備が終わっちゃうから、気持ちをどこで作るかだよね。頭もカツラがかぶれないから自分で整えなきゃいけなくて面倒くさいし(笑)。現代劇の人はおしろい塗るのを面倒くさいと思うから逆なんだけど、自分の身だしなみで舞台へ出て行かなきゃいけないのは大変ですよ」
右近「ましてや僕の衣裳はポロシャツなので、より日常的ですからね」
猿之助「サブウェイで働いてる役なんでしょ。どうなるんだろう。楽しみだな」
右近「注文を受けるシーンもあるんです」
猿之助「器用に見えるけど、実は不器用だからね」
右近「本当にパッとはできないんです。で、できないことに自分で戸惑う(笑)」
猿之助「だから、見えないところでコツコツ稽古してるんだろうなと思います。もう初日はドキドキだろうな。頑張って(笑)」
右近「はい。最初にお兄さんが、いろんな経験をすることは人として豊かになるとおっしゃってましたけど、僕も今つくづくそう思っているんです。歌舞伎役者と清元を両立することも、清元が歌舞伎の何に役立つかわからないし、役者をすることが清元の何に役立つかまったくわからないけど、両方やることが自分の人生に広がりがあると思うからやらせてもらっているわけで。現代劇をやることも、その意味を求められるとわからないですけど、ただただ自分の広がりがほしいという気持ちだけなんですね」
猿之助「で、実際、人間が豊かになったからって、それが芝居にどう影響するかもわからないしね。でも、きっと観るほうの目が変わるんだと思いますよ。清元で声を出してるから台詞もよくなったわねとか、現代劇に出て芝居が上手くなったわねとか、観る人が勝手に想像してくれる。それはある意味、役者としての強みになるんじゃないでしょうか」
右近「先ほど、芝居という一点では歌舞伎も現代劇も同じともおっしゃっていましたが、その共通項って何だと思われます?」
猿之助「お客さんに喜んでもらう、感動してもらうっていうことでしょうね。お見せするものの形は違うけれども、お金を払って観に来ていただくことは同じなので。美術が美しかったとか、音楽がよかったとか、俳優さんが魅力的だったとか、何かひとついいところがあって、お金払って観に来てよかった、楽しかった、また来ようと思ってもらえたらいいと思うんです。僕は伯父の(二代目・市川)猿翁から、どんな作品でも客が入れば勝ち、入らなければ負け、と教わって育ってきましたからなおさらそう思うんですけど。だから、とにかくこの作品も、お客さんがたくさん入ってくださることを願ってます」
右近「ありがとうございます」
猿之助「暑い7月ですからね。涼しい劇場でこの清涼剤となるような素敵な作品をご覧いただければと思いますし。何より、歌舞伎役者・尾上右近が初めて歌舞伎以外の演劇で洋服を着て芝居をするというのは、一生に一度しかないことですから。その歴史的瞬間に、ぜひ立ち会っていただきたいなと思います」
右近「いい体験をして、それを踏まえて、これからも役者としてお兄さんを追いかけていきたいと思います。ありがとうございました」