珠城りょうが宝塚歌劇団退団後、初主演の舞台に挑戦する。第二次世界大戦直前の上海を舞台に実在の日本人ダンサー・マヌエラの激動の人生が描かれる『マヌエラ』は、1999年に初演された鎌田敏夫脚本による伝説的な作品だ。今回は俳優で演出家でもある千葉哲也の新演出で、音楽とダンスと芝居を融合させるエンターテインメント作品となり、2023年新春の開幕にふさわしくゴージャスに蘇る。初めはマヌエラと反発し合いながらも、互いに少しずつ心が寄り添っていく和田海軍中尉役を演じるのは、これが二度目の舞台出演となる渡辺大。初共演とはいえ、所属事務所が同じということもあって早くも息が合っている様子の珠城と渡辺に、作品への想いを聞いた。
――珠城さんはこれが宝塚退団後、初主演舞台となります。まず、今回の舞台へのオファーを聞いた時のお気持ちから聞かせください。
珠城 初めての主演舞台ということもそうなんですけれども、1999年に一度上演されていたこの『マヌエラ』という作品でということ、この二つの驚きが同時にありました。お話をいただいた時に作品の内容を伺いまして、社会派の作品ということでしたので、より、きちっと務めなくてはいけないなという気持ちにもなり、身の引き締まる思いでしたね。
――渡辺さんは2021年に出演された『魔界転生』が初舞台だったとのことですが。今回こうして再び舞台への出演のお話が来て、どんな心境でしたか。
渡辺 ここ20年間ずっと映像畑でやってきまして、ナマのお客さんを目の前にして芝居をするということにご縁がなかったんです。それは決してやりたくなかったわけではなく、お話があってもなかなか実現に至らなかっただけなんですけどね。初舞台の『魔界転生』は、もちろんドキドキはしたんですけれども、やはり一度経験してみると確かに楽しさも感じまして、上演後にはまた近いうちにやれたらいいなという気持ちになっていました。ですから、こうしてまたすぐにみなさんの前でお芝居することができることになり、今回もとても楽しみだなと思っています。
――脚本を読まれた感想を教えてください。
渡辺 会話の端々から感情の動きが伝わるくらい、とても繊細に書かれている脚本で。でも、まだ読むだけでは見えていない魅力があって、それはたまちゃんの踊り、つまりマヌエラというダンサーの踊りの表現がどうなるのかということなんです。舞台の中をどれだけ彼女が動いていくのか、そしてそれに魅了されていく僕や、他の人間たち。その人間模様というものは、台本を読むだけでは見えない部分なので、そこを稽古場や本番のステージで早く見てみたいです。
珠城 この作品は、物語の背景が第二次世界大戦直前の上海になるので、どうしてもある意味ヘビーなイメージがあるかもしれないんですけれども。でもその中で大さんもおっしゃっていたように、さまざまな人間模様が描かれていて。いろいろなキャラクターの登場人物たちが現れ、彼らと会話を交わす中でちょっとクスッと笑っていただけるようなところも多々あるんです。マヌエラ自身のキャラクターも、自分の芯がしっかりあるので一見とても強い女性に思われがちだと思うのですが、実は女性らしいチャーミングな部分もたくさんある人なんですね。そういったところもしっかり描かれているので、この時代を必死に生きるひとりの女性として見ていただけたらと思います。それと、ダンスが、マヌエラの心情を表現するにあたってどういう風に使われていくのかというところにもぜひ注目していただきたいですね。そして、大さんが演じられる和田中尉との心の距離感に関してもどういう風に深めていくのか、そこも実際に立ってみて一緒に稽古してセリフを交わして初めてわかってくることだと思うので、そのあたりも非常に楽しみにしています。
――既に大さん、たまちゃんと呼び合っていらっしゃいましたが、もう何度か顔は合わせられていたんですか。
珠城 いえ、まだ全然です(笑)。
渡辺 お会いするのはまだ、3、4回目なんですよ。それなのに僕がなぜ、たまちゃんと呼んでいるかと言いますと、僕の知り合いの娘さんが宝塚に入っていらして、香咲蘭さんというんですけど、その方がたまちゃんと同期だったんです。その関係で2015年頃に僕は初めて宝塚歌劇団の舞台を拝見するんですが、その当時からファンの方々はみなさん、珠城さんのことをたまちゃんと呼ばれていたので、僕もすっかりたまちゃんという呼び名がすりこまれてしまっていまして。だから初めてお会いした時に「たまちゃんって呼んでもいいですか?」って聞いて、それ以降はずっとたまちゃんって呼ばせていただいているんです。
珠城 そうなんです。私も、大さんとは所属事務所が一緒ということもあって、私のチーフマネージャーからよく、大さんのお話は聞いていたんですよね。「今、大はこういう仕事をしていて」とか「こういう撮影の現場にいて、こういう内容の作品に出ていて」と。そのたびに大さんのことを名前で呼んでいらっしゃるので、それで私も勝手に親近感が湧いてしまって。
――まだ稽古前ではありますが、現時点で好きな場面、セリフを挙げていただけるとしたら、どこになりますでしょうか。
珠城 好きなシーンはたくさんあるんですよ。たとえば今ざっくり挙げるとするなら、最後のほうに大さんが演じられる中尉との二人のシーンがあって、そこがすごくドラマティックだなと思っていて。その場面に来るまで溜めていた感情が、ぶわーっと一気に流れていくような場面でもあるので、そこをいかに情熱的に大切に演じられるかで、最後の幕が閉まる時にお客様の心にどういったものが残るかが決まりそうな、とても重要なシーンなんです。そこにたどり着くまでの物語でもあると思いますので、その瞬間に至るまでに自分がどういう感情になるのかも非常に楽しみです。
渡辺 大日本帝国の終わりの始まりが、そのラストなんですよね。だけどそれによって、僕らも始まることがあったりする。「そのあとどうなるんだろう?」とお客様に思っていただけるような、そういうお話になると思います。ですから確かに、その前のプロセスはすごく楽しみですね。そこまでにとにかく、たまちゃんが劇中の上海フランス租界を飛び回っていくので、その世界観の描き方もきっと非常に面白いんじゃないかなと思っています。
――稽古前に対面できたせっかくの機会ですので、もしお互いに聞いてみたいことがあればぜひここで質問し合っていただきたいと思ったのですが。
珠城 大さんはずっと映像のお仕事をなさっていて、今回はこうして舞台に出られるわけですが、きっとお稽古の形も違うでしょうし、セリフの覚え方も違うんじゃないかと思ったんです。どういうところが一番、映像の現場と舞台の現場とでは違うと思われますか?
渡辺 いや、逆に俺もそれをまさに聞きたかったんですよ!(笑) 実は前回の舞台出演の時はちょうどコロナ禍の真っ最中で、現場で台本を持たないでほしいので事前にある程度入れておいてくださいと言われまして。
珠城 えっ、そうだったんですか?
渡辺 再演ものだったので、初演に出ていた人と再演から参加した人とでは稽古開始のタイミングが違ったりしたし、みんなで本読みをしたのも一度くらいしかなかったので「舞台って、こんなに大変なんだ!」と思って。
珠城 それは大変でしたね。
渡辺 だから、通常モードの舞台の稽古というのは、たぶん今回が初めてなんですよ。だからみなさんは、普通はどういう風にセリフを覚えてくるんだろうというのをちょっと聞いてみたかったんです。
珠城 でも私もいつも稽古が始まる時には、事前に全部覚えていくべきかどうか迷うんですよ。ミュージカルの場合は間に音楽が入ってくるのでちょっと違うんですが、会話劇の場合、私は相手役の人と対面して実際にしゃべってみて初めて感情が生まれたり、ここはこんな感じで動いていくんだなとか、相手はこういう風に言ってくるんだというのがわかってから成立するセリフのほうが多かったりするので。だから最初からすべて覚えて自分で固めちゃうというのは、私はあまり好きではなくて。
渡辺 ふむ、なるほどね。
珠城 なので、会話劇の時はあまりセリフは入れていかずに、立ち稽古をやりながら一緒に芝居する方の出方とかキャラクターを見ながら、会話をしながら覚えていくんです。だから立ち稽古の時に台本をはずしている方がいると、めちゃくちゃアセるんです(笑)。
渡辺 そうか。じゃ、今回はきっと大丈夫です(笑)。
珠城 今、それが確認できてちょうど良かったです(笑)。
――では最後に、お客様にお誘いの言葉をいただけますか。
渡辺 上演は1月で真冬ですがその寒さを忘れるような、アツい公演になると思います。混沌が始まる前の不穏な静けさであったり、本当にさまざまな魅力が詰まった作品になっていて。正直、正常なものはどれかがわからなくなるくらい、不安定さにすごく魅力が感じられる作品になるとも思います。そこに胸をドキドキ躍らせながら、劇場まで観に来ていただけたら幸いです。
珠城 今回の作品は会話劇がメインにはなると思いますが、そこに音楽とダンスが融合して、新しい形での再演になりますので、初演の『マヌエラ』をご覧いただいている方はもちろん、ご覧いただいていない方にも新たなメッセージを必ず受け取っていただけると思います。出て来る登場人物たちは本当にキャラが濃いと言いますか(笑)、それぞれがそれぞれの人生を本当に一生懸命生きているんですね。その想いがきっと舞台上から客席にまでほとばしるように伝わっていくと思いますので、人々の生きざまをみなさまにぜひ楽しんで観ていただけたらうれしいです。私自身にも今回は新しい挑戦がたくさん待っていますから、めいっぱいカンパニーのみなさんと一緒にがんばりながら作っていきます。寒い時期ではありますけれども、温かい劇場に、ぜひとも足をお運びいただけたらと思います!
取材・文/田中里津子