燕尾服にシルクハットをかぶった男性、華麗な衣装を身に着けた女性のまぶしいばかりのタップダンスシーンや、「チーク・トゥ・チーク」をはじめとする名曲がぎっしり詰まったミュージカル「TOP HAT」。2013年には英国ローレンス・オリヴィエ賞の最優秀新作ミュージカル賞などに輝いた作品が、坂本昌行、多部未華子を主演に迎えて上演される。坂本演じるブロードウェイのミュージカルスター・ジェリーが、多部演じるモデルのデイルとロンドンで出会い、恋に落ちる。一時は心を通わせた二人だが、デイルがジェリーを友人の夫だと勘違いしたことからドタバタ劇が展開する。今回、注目なのは、数々の舞台に出演しているが、本格的なミュージカルは初挑戦になる多部だ。英国でのオーディションを経て、デイル役をつかんだ多部がその思いを語った。
――今作は何といっても、ダンスシーンが注目です。日本にも英国版のキャストが2015年に来日しましたが、その印象とダンスに対する意気込みを聞かせて下さい。
多部「英国版の舞台は資料映像で拝見したのですが、華やかなショーという印象を受けました。ダンスに関しては不安しかありませんが(笑)、がんばります。英国版と同じ振付をしますし、今も何曲かは振りが入っている状態で、そこからスキルアップしなくてはいけないです。ダンスは、あくまでもお芝居の中でのダンスで、ただ単純に踊るのではない。感情があって、振付の一つひとつにも意味があるということを英国のスタッフさんに教えていただきました。感情に乗せた踊りができるようになればいいなと思います」
――昔から「ミュージカルをやりたい」という思いがあったそうですね。ダンスは子どものころからされていたのですか。
多部「小学5年生から中学2年生までジャズダンスを習っていて、タップダンスも数回習ったことがあります。でもそこからもう、ほとんどやっていないんです。今回、オファーをいただいて、ロンドンにオーディションを受けにいく前の二か月間、猛練習しました」
――オーディションに受かるのはすごいことですね。
多部「嬉しいよりも怖いという感情のほうが強いです」
――映像の仕事でも忙しいのに、よくダンスを練習する時間がありましたね。
多部「その期間はほかの仕事はあまり入れずに、すべてダンスの練習に費やしました」
――イギリスのオーディションはどんな形だったのですか。
多部「外国のオーディションは、列に並んで順番にダンスを披露するイメージがあったのですが、今回のオーディションはフランクで、世間話から始まって『では、やってみよう』という感じでした。『デイルはこうだから、もう一回やってみる?この振りはこういう感じで踊ってみたら?』と何回も何回もやらせてくださり、コミュニケーションを大切にしたオーディションでした。デイルはかっこよく自立もしていますが、今まで出会ったことのない男性に出会い、何故だか分からないけれど惹かれていく。そんな自分に戸惑う女性だと演出家の方はおっしゃっていました。
――好きなシーンはありますか。
多部「公園で踊るタップダンスのシーンです。オーディションの課題の一つでした。『デイルは初めは、ジェリーに〝何、この人〟とツンツンしているのが、ダンスするうちに波長が合い、楽しくなって、最後に愛に変わるというシーンで、1曲にすべてが詰まっている』と演出家さんが熱くお話ししてくださいました。今まで、ミュージカルをたくさん観てきましたが、振りの中に色んな意味があると初めて知りました。手や足の出し方にまで感情がある。タップは今まであまり踊れませんでしたが、練習して踊りましたし、思い入れがあるシーンですね。稽古を重ねて、坂本さんと波長が合えばいいなと思います」
――衣装を着て坂本さんと一緒に撮影されていますが、ご自身でビジュアルご覧になっていかがですか。
多部「金髪は似合わないですね(一同笑)。坂本さんとご一緒するのは初めてですが、やさしい方だなと思いました。ミュージカルもたくさん出演されていますし、勉強になることが多いと思います」
――「TOP HAT」は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの名コンビが主演した同名映画(日本公開は1936年)がベースになっています。二人の存在はご存知でしたか。
多部「はい。映画も見たことがあります。技術的なことは分からないですけど、ダンスには品がありますね」
――ダンスファンには神様のように思われているアステアとロジャースですが、その二人が演じた役を坂本さんと挑戦されることについてはいかがですか。
多部「比べるのは恐れ多いので、日本版のオリジナルとして見ていただけたらと思います」
――二か月間、ほかの仕事を控えて練習されたとおっしゃっていましたが、それだけ出演したいという気持ちが強かったのでしょうか。
多部「もともとミュージカルを見るのが大好きで、この世界に入ったのもミュージカルがきっかけだったこともあり、いつか出たいと思っていました。ダンスは今はやっていませんし、歌も得意ではない。大好きだからこそ手を出せないという気持ちがありましたが、20代最後にこのお話をいただいて、踊れないこと歌えないことを理由に断るのはどうなんだろうと。20代最後だからこそ、挑戦してみたい。やってもいないのに、出来ませんで20代を終えるのは嫌だったんです。受かりたいというよりも、やれることはやりたかった。ほかの仕事もしながらダンスのレッスンをするのは可能でしたが、何かに努力して費やす時間が必要だったんです。その作品が『TOP HAT』でした」
――具体的にどういうミュージカルが好きでこの世界に入ったのですか。
多部「両親がミュージカルが大好きで、『シンデレラ』『ピーターパン』などに連れて行ってくれました。小さいころから劇場に足を運んでよく舞台を観ていましたね。大きなきっかけは小学5年のときに母親に連れられて観た『アニー』です。毎日、ただ学校に行っているだけの私と、毎日、お客様を楽しませている子どもたちとのギャップに衝撃を受けて。私もこんな毎日ではない毎日を送りたいと思ったのが、この世界に入るきっかけになりました。今でも『アニー』は観にいきますが、小学5年生のときの衝撃を超えることはないですね。ミュージカルは感動するし、心が震えて、単純に前向きにハッピーになれるものです。『TOP HAT』もすごくハッピーになれる作品で、劇場を後にしたときに、次の日までその余韻に浸れるような舞台にしたいですね。私のターニングポイントになるかもと思っています」
――30代になって、もし、ミュージカルのオファーがあれば、『私もやれるんだ』という自信につながるでしょうね。
多部「日本ではミュージカルといえばこの人というような、ミュージカルにはミュージカルの役者さんがすでにいらっしゃって、映像もミュージカルもやるという俳優はなかなか少ないと思います。えらそうに聞こえたら困りますが、ミュージカルの人はミュージカル、映像の人は映像という境界線がなくなればいいなと。『TOP HAT』をすることになって、何で私?踊れるの?と感じている人は多いと思いますが、私が挑戦することで、風穴を開けることができればうれしいです。そうすれば、色んな人に出会えるし、可能性がもっと広がると思います」
取材・文/米満ゆうこ