ミュージカル『レ・ミゼラブル』昆 夏美 インタビュー

1987年の日本初演以来、大人気とヒットを誇るミュージカル『レ・ミゼラブル』(以下『レ・ミゼ』)が、再び帰ってくる!フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの同名小説が原作で、貧しさからパンを盗んだ罪をきっかけに19年間投獄されていたジャン・バルジャンの波乱万丈の生涯を軸に描かれているが、観客を物語に引き込むのは、バルジャンだけではない。彼が引き取った孤児コゼットや、そのコゼットに一目ぼれするマリウス、そしてマリウスを一途に思うエポニーヌら、さまざまな境遇のキャラクターたちの人生も興味深い。中でもエポニーヌは『レ・ミゼラブル』(哀れな、悲惨な人々)のタイトルを象徴する人物の一人で、観客が感情移入しやすい役柄だ。エポニーヌはなぜ、報われない恋に生きるのか、彼女の幸せとは何かなどを、同役を演じるミュージカル界の若手の星、昆夏美が語ってくれた。

 

――エポニーヌ役は今回で4度目となります。

「2013年にエポニーヌ役に初挑戦して以来、こんなに続けて出演できるとは思っていませんでした。2013年、2015年、2017年の3回エポニーヌを演じてきましたが、毎回、そのとき出せる自分を全部出し切って良かったなと率直に思っています」


――また演じてみたいという魅力が役にはあるのでしょうか。

「私がミュージカル女優を志すにあたって、エポニーヌはやりたい役の1、2を争うぐらいでした。やればやるほど、前回では芽生えなかった新しい感情が出てきたりして、ゴールは決してないんだなと。今回も新たな気持ちで演じたいです。『レ・ミゼ』は2013年に新演出になりましたが、それ以降も上演されるたびに細かいところが変わったりしています。前回と同じようではなく、エポニーヌという役はこうだよという概念を自分の中で捨てて、お客さまにも新たな感覚が起こるように演じられたらいいと思っています」


――今は期待で胸がいっぱいですか。

「今回エポニーヌを演じるトリプルキャストの中で、私が一番年上なんです。2013年のときは、私が一番年下だったのに(笑)。エポニーヌ、コゼットの〝エポコゼ〟と呼ばれている役の中では、先輩になってしまいました。今回初出演の、全く色のついていない、真っ白な屋比久知奈ちゃんのエポニーヌを通して、私も学ぶことがあるんだろうなとワクワクしています」


――エポニーヌは、マリウスに対する思いが報われないまま死んでいくので、哀れですごく同情してしまいます。演じる昆さんはどう捉えられていますか。

「2017年に演じたときに、エポニーヌが歌う『恵みの雨』でこんなに自分が幸せに死ねるんだと、過去2回には感じたことのない、満たされた気持ちになりました。昇天していくような感じでしょうか。それを2017年に得られたということは、すごく大きかったです。舞台を見るとエポニーヌはどうして幸せになれないんだろうと思うかも知れませんが、彼女の幸せの頂点というのは、『恵みの雨』を歌うシーンだと思っています。演出家や音楽監督の方に、『この曲のメロディにエポニーヌの感情が乗っているから、感情的につらくても、音程を外さないでほしい』と言われました。『レ・ミゼ』の楽曲は、ワンシーン、ワンシーンがお芝居とのミックスなんです。私がこの作品に出たいと夢見ていたときは、エポニーヌの代表曲である『オン・マイ・オウン』を歌いたいという気持ちからで、まだ『恵みの雨』の重要性を理解していなかったんですけど、演じていくうちに、一番大事にしたいシーンだと思うようになりました」――「恵みの雨」で幸せな気持ちになれたのはどうしてでしょう。マリウスの腕の中で死ねるからでしょうか。

「エポニーヌは生きているときは、彼の腕の中にいる自分なんてあり得ないと思っているけれど、そういうことを想像して歌うのが『オン・マイ・オウン』なんです。あり得ないと思っていたことが、自分が死ぬときに手に入る。彼の腕の中に抱かれて幸せということもありますが、最後の最後で、彼女がずっと求めていた幸せは、マリウスの温かいぬくもりだったと分かるんです。死んでいくときに幸せを手に入れたという深いシーンだと思います」


――マリウスはエポニーヌの気持ちに応えることはなかったけれど、彼の腕の中で死んでいけるなら幸せだと。

「そうですね。彼女の中で、マリウスの気持ちはどうでもいいんだと思います。エポニーヌの幸せはマリウスの幸せ。自分がマリウスと結ばれることは諦めている。両想いになりたいという次元にはいないと思うんです。でも最後に自分が求めていた、彼の温もりを手に入れられたんです」


――すごい次元ですね(笑)。

「そうですね(笑)」


――2017年にそういう気持ちになれたというのは、何かきっかけがあったのですか。

「どうなんでしょう…。別に何があったわけでもないんですけど(笑)。でも、その気持ちになれたからといって、決してゴールではないんです。もっとそこを進化させたいし、別のシーンでも、何かを進化させたいです。演じさせていただくからには、新しいものを自分の感覚として得たいです」


――エポニーヌは最後は幸せでも、途中は苦しさやつらさが勝っているのでしょうか。

「演出家の方は、『エポニーヌを演じる役者がつらい気持ちになるのはいいけど、それをお客様の前で出したら終わる』と言われるんです。『悲しいからと言って彼女は悲しい表情はしない。常に仮面を被っている子なんだ』と。エポニーヌの生きてきた環境や、マリウスとの関係、ドラマティックな音楽で感傷的になりがちで、お客様もそれを見たいかも知れません。演出家の方は『絶対、自分を憐れんではいけない。エポニーヌは幸せな世界に縁はなくて、マリウスがいない世界は、ただ真っ白だと事実を淡々と述べるところが〝オン・マイ・オウン〟。悲劇のヒロインぶると〝恵みの雨〟が生きてこない。つらいのは分かるけど、悲劇のヒロインにはならないでほしい』と。私もコゼットとマリウスが愛の歌を歌っているときは、つらいし、見たくないという感情はあります。でも、それを『要所要所で見せるのはいいけれど、常に憐れんでいるのはダメ』だと言われました」


――そういったエポニーヌの感情に共感できる部分はありますか。

「私は強がりではないけれど、人に『ねぇねぇ、聞いてよー』とは言わないタイプなんです。自分の中にブレない気持ちを持って生きるというのは、エポニーヌと共通するところですかね。でも相手の幸せが自分の幸せで、自分はどうでもいいという境地にはまだ辿り着いてはいないです(笑)。いつかそれぐらいのレベルの人間になりたいなとは思います。エポニーヌはすごいし、憧れますね」


――エポニーヌは生まれも貧しいし、不幸な育ち方をしていて、マリウスにも相手にされないのに、何で聖母マリアのような境地に行けたのだと思いますか。

「現実は変わらないと思ったのではないでしょうか。思い通りに行かない世界で生きてきて、自分がいくら願ったところで、現実は変わらない。だから、彼を思うことだけはいいと思って、『オン・マイ・オウン』を歌うのではないかと。マリウスにちょっかいを出しても、マリウスは自分のことを好きではないと分かっている。『仲はいいけど、マリウスからしたら、エポニーヌは大勢いる貧乏なストリートガールの中の一人。エポニーヌもそれを分かっている』と演出家の方はおっしゃるんです。だから彼の幸せを願い、私は好きでいさせてほしいという感情なんでしょうね。諦めと願望が入り混じっているのだと思います」――エポニーヌはやりたい役の一つだったそうですが、それは今おっしゃった人物像に憧れていたからですか。

「当時はまだ中学生か高校生でした。『レ・ミゼ』は難しい物語なので、よく解釈できていなかったんです。エポニーヌに深く共感したわけではなく、シンプルに『オン・マイ・オウン』を歌ってみたかった(笑)。また、ミュージカルファンだったので、私の好きな役者さんがエポニーヌを演じているし、この曲を歌いたい、帝劇(帝国劇場)に出たいという思いからでした。とにかく、木の役でもいいから『レ・ミゼ』に出たい(笑)。本当に何でもいいから出たかったんです。そのぐらい魅力がある作品ですし、そうでなかったら30年以上も日本で上演されてこなかったと思います」


――夢がかなって、最初に出演されたときはどんな思いでしたか?

「当時は、年齢的にもキャリア的にもキャストの中で一番年下だったので、マリウス役の山崎育三郎さんたちから『妹みたいなエポニーヌ』だと言われました。小さい子がマリウスに憧れるみたいに、当時の自分の実力を役に重ねていましたね。そこで『新しいエポニーヌ像を見た』と感想をいただいて、すごくうれしかった。今は少しずつキャリアを積んでいるので、妹みたいなエポニーヌは出来ないと思います。根底のエポニーヌ像は変わっていませんが、層が連なっている部分が変わってきています」


――『レ・ミゼ』の作品の魅力はズバリ、何でしょう。

「やっぱり楽曲の良さと、老若男女問わず色んな見方ができる。バルジャンという一人の男の変化や、彼を追う警部ジャベールの変化。マリウスやコゼット、エポニーヌのそれぞれの物語。誰の視線で見るかによって解釈が変わってくる作品だからこそ、何回も見たくなる。初見の方は、愛や許しなど作品の多彩なメッセージを得て、明日への活力になるでしょうし、コアなファンには違うキャストの組み合わせで楽しんでいただきたいですね。色んな先輩方がこの作品を紡いできたからこそ、今、私がこの舞台に立っているんです」


――今はファンテーヌ役の知念里奈さんが、コゼット、エポニーヌを演じてきたように、将来的にはこの作品で色んな役をやってみたいですか。

「いやーー、もう自分にはコゼットは出来ないと思います(笑)。19、20歳ぐらいの役者さんがやっていますから。知念さんや鈴木ほのかさん(コゼット、ファンテーヌを経て、2017年公演よりマダム・テナルディエ役で出演)のように色んな役で『レ・ミゼ』に携わるのと、島田歌穂さんみたいにエポニーヌだけをやって、この作品を見守り続けるという、両方のあり方があっていいと思います。ただ、私がどっちになるのかは分からない。今は、エポニーヌをやることだけで精一杯です」――テレビで『レ・ミゼ』の現代版ドラマが放映されたり、FNS歌謡祭などでミュージカル特集が組まれたりしていますが、ミュージカル界の変化を感じることはありますか。

「私が小さいときやデビューしてからも、ミュージカルがテレビで取り上げられることはめったになかったんですけど、最近、色んな形でミュージカルが広まっています。私もお茶の間の方にミュージカルを知ってもらいたいという気持ちがあります。如実に感じるのは、初対面の方に『どんな仕事をやっているの?』と聞かれ、『ミュージカル』と答えたら、『えっ!ミュージカル?すごいね!』と反応が変わってきたことですね。少しずつでも浸透していけばいいなと思います。お笑い芸人さんがYouTubeなどでミュージカルをネタにされているのを見て、ちょっと違うような気がするんだけどなと思いながらも(笑)、取り上げてもらえることはうれしいです」


――ミュージカル以外の、歌手活動や声優などのお仕事の中で得るものはありましたか。

「昆夏美として歌わせていただく機会があったんですが、役ではないので、どこを見たらいいのかも分からないし、すごく緊張しました。同じ歌でも、私はお芝居で役として歌って感情表現するのが好きなんだと気付かされました。すごく貴重な経験で楽しかったんですけど、性に合っているのは役として歌うことなんだなと。テレビでお芝居をしたときも、お客様の反応がダイレクトに伝わる舞台が好きなんだなぁとしみじみ感じました。映画の吹き替えの声優のお仕事はすごく楽しかったですね。声だけで表現する仕事に魅力を感じました。でも、やっぱり舞台が好きですね」

 

 

取材・文 米満ゆうこ