7月に新作公演『シュガシュガ・YAYA』を上演する東京にこにこちゃん。東京にこにこちゃんの魅力を多くの人に伝えたい!そんな思いを込めまして、2022年に上演した3作品の劇評を掲載する企画の第二弾。7月に上演した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』の劇評です。
悲しみのバルコニーに“朝”を授けて
むかしむかし、ある国に対立する二つの家がありました。しかし、奇しくも双方の一人息子と一人娘は出会ってたちまち恋に落ち、密かに愛を誓うのですが……。
ここからの展開は書かずとも多くの人が知っているだろう。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』だ。そして、この恋愛悲劇の金字塔を原案にした挑戦作こそが東京にこにこちゃん『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』である。
選択肢にない答えを選んだ主人公の純愛を眩しく切り取った前作『どッきん☆どッきん☆メモリアルパレード』に引き続き、今作の題材もまた禁断の恋だ。しかし“掟破り”なのは、恋愛だけではない。世界的悲劇にまさかの朝ドラ要素を掛け合わせ、笑いあり、そしてまたもや笑いありの大喜劇に仕上げる、という試み自体が異例なのである。
舞台上にはロミオ(細井じゅん)とジュリエット(木乃江祐希)が向かい合って立っている。
「わかったロミオ、今の説明でわかった?」
ジュリエットが仮死薬を使おうとするところから物語は始まるのであるが、とにかく全然話が進まない。このロミオは相当に飲み込みが悪く、仮死という言葉の意味がまずわからず、この量は飲みきれないやら一緒に飲もうやらと混乱し、しまいには仮死薬を用意した薬屋・モリアン(インコさん)との浮気を疑う始末。次第にイライラしてきたジュリエットは半ば投げやりに「先に飲んで!」とロミオに薬の瓶を手渡す。
ちょっとおバカなロミオとしっかりもののジュリエット。木乃江と細井の息ぴったりの小競り合いも相まってそんなコミカルな展開に劇場は大きな笑いに包まれるのであるが、この地点で大改編の欠片はしっかりと忍ばされている。原作では追放中のロミオに段取りが伝わっていなかったことからジュリエットが死んだと思い込んだロミオが自殺をしてしまう。その悲劇の発端を食い止めるかのようにジュリエットは先にロミオに仮死薬を飲ませるのである。薄れゆく意識の中でロミオはこう訊ね、ジュリエットははっきりこう告げる。
「僕たちの恋は悲劇かな?喜劇かな?」
「私たち二人の物語が死を持って終わるなら間違いなく悲劇と呼ぶでしょう。そうはさせない。私たちの物語は喜劇として後世に語り継がせる」
そんな号令を合図に、背後のプロジェクターに映し出されたのは「連続演劇小説 ジュリさん」という文字。東京にこにこちゃんらしいパロディを効かせたオープニング映像である。舞台中央にはちゃぶ台が現れ、どこにでもありそうな、いかにも朝ドラ然とした家庭の風景へと変わっていく。一人、また二人と忙しなく食卓を囲む、文字通り、時は “朝”だ。
この家に住んでいるのはロミオとジュリエット夫妻、だけではない。二人の間に生まれたミア(加藤睦望)、ペレッタ(てっぺい右利き)、マグノメリア(モリィ)の三人の子どもたち、訳ありの過去を持つ使用人・チューシー(高畑遊)もいる。今日は高校の入学式の朝で、ミアの幼馴染のクルル(四柳智惟)やトット(澁川智代)、高校のポポロ先生(インコさん)や謎の男・ゾイ(尾形悟)も交ざり、賑やかな日々が始まっていく。
ハイテンポに投じられるナンセンスギャグ、ヘンテコだけど愛らしいキャラクターたち。たとえシェイクスピアを下敷きにしようとも、にこにこ節はもちろんフル回転である。とりわけ使用人でありながら家事の一つもせず昼間からギャンブルと酒を嗜むチューシーや、彼女を尋ねてやってくる終始挙動不審の謎の男・ゾイはその本領を担うキャラと言ってよく、高畑と尾形は抜群の瞬発力で舞台袖から出てきてはけるまで爆笑に次ぐ爆笑を巻き起こす。「笑い」を担うキャラクターと思いきや二人の背景にもまたある禁断の物語があり、キャラクターらそれぞれの人生や思いがオリジナルストーリーとして同時進行していくところにも作家・萩田頌豊与の技と個性が光る。
子どもたちの描き方もただコミカルなだけでなく、実は綿密なキャラ造形がなされている点も面白い。いじめられっ子だけど妹思いのペレッタと自由で活発なマグノメリアはどことなく「サザエさん」のカツオとわかめのような昭和の兄妹像を想起させ、長女のミアはなぜか一人だけ、どこともつかない地方の方言を喋る。三人の子どもが家族愛を、そしてその同級生のクルルやトットが友愛を。そんな子どもたちの存在は、まさしく朝ドラ的存在として物語を明るく、時にホロリとするものに導いていく。
そんな中、ダークホース的存在となるのが、ロミオとジュリエットの過去やその家族の内情を知る薬屋・モリアン(インコさん)である。モリアンが家に訪れる時、それまでの和気藹々とした朝ドラ光景は少し膠着する。
騒がしく忙しない家族の日常の中、ふと二人きりになったロミオとジュリエットは在りし日のバルコニーに思いを馳せる。階下にいるロミオを見下ろしながらめいいっぱいに手を伸ばすジュリエットが「ああ、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」と言ったあの名シーンの舞台だ。あの時、ロミオもまたジュリエットを見上げ、手を伸ばしていた。
ある日、そんな二人の思い出の詰まったバルコニーが取り壊されることを知ったジュリエットは徐々に落ち着きをなくしていく。バルコニーの消失と時を同じくして町では夏祭りが開催されるようで、子どもたちは今か今かとその日を心待ちにしているのだが、この二つの出来事は予想もしない形で物語の根幹で深く結びついている。その接続が舞台上に立ち上がる時、この物語の、二人の恋の結末が明らかになる。
「ワンス・アポン・ア・タイム」は日本語で「むかしむかし」と訳される。おとぎ話が語られるときのあの始まりの合図だ。
むかしむかし、あるバルコニーで二人の男女が愛を誓いました。世間は二人を切り離そうとしましたが、どうにかこうにか結婚をして、三人の子どもを授かりました。かわいい子どもや親切な町の人に囲まれ二人は賑やかで幸せな日々を過ごしますが……。
ここからの展開を悲劇ととるのか、喜劇ととるのか。ハッピーエンドととるのか、バッドエンドととるのか。それはともすれば観る者に委ねられているのかもしれない。少なくとも私はロミオと同じようにそのバルコニーを仰ぎながら、「全員揃って幸せになろう」という登場人物たちの叫びと「全員揃って幸せにしてやる」という作家の愛を見た。どう転んでも悲恋としてしか語られようのなかった物語も、何か少しの変化によって幸福になりえたかもしれない。手をどれだけ伸ばしたって届かなかった引き離されるばかりの真夜中ではなく、二人をぐっと互いの元へと引き寄せる新たな別の“朝”が、そこから連続する日々があったかもしれない。儚い春が終わって、祭りの夏が来るような。そんなドラマをたしかに見た。
「ああ、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」
バルコニーでそう叫ぶジュリエットの渾身の問いかけにも、おバカなロミオは気の利いたことなどは一つも言えない。言わない。だけど、そこに全てがあった。全てを賭けた切実があった。
「手は届かないよりも届いた方がいいし、繋がないより繋いだ方がいいんだ!」
その時ジュリエットはロミオを見下ろすのではなく、真っ直ぐと見つめていた。だからだろうか、涙は落ちなかった。
文/丘田ミイ子
※高畑遊の「高」は「はしごだか」が正式表記
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【上演記録】
東京にこにこちゃん『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』
2022年7月21日(木)~7月24日(日)
東京・下北沢シアター711
作・演出:
萩田頌豊与
出演:
インコさん、尾形悟、加藤睦望、木乃江祐希、澁川智代、高畑遊、てっぺい右利き、
細井じゅん、モリィ、四柳智惟
本公演の期間限定特別配信決定!
<配信期間:6月9日(金)~ 6月16日(金)予定>
視聴はこちら⇒ https://vimeo.com/834595000/aa50a2894e?share=copy