中村勘九郎と中村七之助を中心に、中村屋一門が2005年から続けている恒例の全国巡業公演が、この秋も開催される。歌舞伎をナマで観る機会が少ない方々のために、と兄弟と一門の面々が全国各地の劇場を巡り、趣向を凝らして歌舞伎を体感してもらうという特別公演だ。今年の『錦秋特別公演』で披露するのは、まずは勘九郎、七之助による『トークコーナー』から始まり、中村鶴松、中村仲助、中村仲侍による『女伊達(おんなだて)』、そして締めくくりは天日坊五十三次より『桑名浦乙姫浦島(くわなのうらおとひめとうらしま)』で浦島太郎を勘九郎、乙姫を七之助が演じるほか、蛸に中村いてう、鯛に澤村國久、平目に中村仲四郎、官女に中村仲之助と中村仲弥が扮する。
6月半ば、東京都の文京シビックセンターにて、この『錦秋特別公演2023』の内容について勘九郎と七之助を囲む合同取材会が行われた。
初めのご挨拶として、勘九郎、七之助が語ったのは、これが19年目の挑戦となる全国巡業公演への想い。
勘九郎 今年も、秋の巡業『錦秋特別公演』ができることになりました。コロナ禍で一時期止まっていたこともありましたが徐々に回復して、こうしてまた巡業公演ができるというのは大変嬉しく思います。この巡業の舞台をご覧になって、歌舞伎の本興行のほうにも足を運んでくださるお客様が増えていて、そういうお手紙もいただきますし、お声も度々聞きますので、やはり続けてきて良かったという思いもあります。トークコーナーで「まだ歌舞伎を見たことがない人?」と聞くと、まだ7、8割の方が手を挙げるんですね。ですので、もっともっと広く普及していくためにもこうやって兄弟、そして中村屋一同の力を合わせて毎年毎年巡業を重ねていきたいと思っております。今回はトークコーナーのあと『女伊達』、そして『桑名浦乙姫浦島』を上演します。この特別公演の特徴といたしましては、ふだん歌舞伎の本興行ではなかなか上演されない演目を見ていただきたいという気持ちもありまして。ですが、上演されない演目イコール、ある意味つまらない演目でもあるんですね(笑)。けれども、そこを改めて見直して、ここで初めて見るお客様も多いですから、その方々にも楽しんでいただけるものをチョイスして新しく考えて作り出す、そういう挑戦の場のひとつにもなっております。今回の『桑名浦乙姫浦島』は特に156年ぶりの復活、というかむしろ新作に近いようなもので、みんなで知恵を絞り合ってお客様に楽しんでいただけるような公演にしたいと思っています。
七之助 春に引き続き、秋もこの『錦秋特別公演』で、今年は2回にわたって巡業公演ができること、兄と、そして中村屋一門とともに各地を回らせていただきますこと、本当に嬉しく思っております。今、兄が申した通り、いろいろなチャレンジができる場でございますし、新作に近い踊りもございます。さらにもうひとつ、本日こうして会見をさせていただいている文京シビックホールが新しくリニューアルされまして、実はここの名誉館長をうちの父から僕ら二人が引き継ぎ、ありがたいことに就任させていただいたところなんです。今回の巡業では、引き継いでから初めてのシビックホールでの公演もございますので、館長の名に恥じぬように一生懸命努めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
続いて、演目についての解説や思い入れなどをそれぞれが語った。まずは幕開きに行われる、トークコーナーについてからスタート。
勘九郎 歌舞伎の場合、題名は見ていただくとおり全部漢字なので、やはり初めて見る方はその第一印象で難しいもの、わかりにくいものだと思われてしまうんですね。特に舞踊は、セリフもないしストーリーがわからないかも、と構えてしまう方が多い。その垣根をなくしたいという思いから始めたものなんですが、最初の頃は“芸談”と題していたのですが、これも漢字だと堅苦しく思われてしまいますので、最近はこうしてトークコーナーとし、ざっくばらんに演目の説明ですとか、たとえばこの特別公演では既に全国47都道府県を制覇いたしておりますのでそういう思い出などを語ったりもする、肩の力を抜いたコーナーになります。その中で質問コーナーがありまして、コロナ禍の間は会場内で声を出してはいけないということでしたから、質問を紙に書いていただいて箱に入れ、そこから引いてお答えする形になっていたんです。ですが、この秋からは以前のように直に手を挙げていただいたお客様とやりとりをする形に復活させようと思っております。
七之助 今回は、それが一番の違いですね。可能な限り、そういった形で昔に戻して、各地のお客様と直に触れ合っていきたいです。質問自体は紙に書いていただく形でも別にいいのですが、それだと質問されたことにただお答えするだけになってしまうんです。以前は、たとえば質問に回答した後、「この後、お昼ご飯を食べに行きたいんですけど、どこかオススメのお店はありますか?」と逆質問をしたりしていたので。「ここがいいと思います」と教えてもらったお店に、その直後に本当に兄弟で伺ったことも実際にありますからね。そういったやりとりができるところも、トークコーナーの楽しみでもあります。
勘九郎 それに、やはり手を挙げていただくにしても、土地土地でお国柄が出るんですよ。積極的に手を挙げてくださる場所もあれば、みなさん揃ってシャイなところもありますし。それがまた、トークの掴みになったりもするので、そういうことも楽しみなんです。
中村鶴松、中村仲助、中村仲侍の顔合わせで上演する『女伊達』に関しては七之助が、この演目を選ぶことになったいきさつなどについて教えてくれた。
七之助 この演目に関しては、まず鶴松が最近本当にめきめきと腕を上げてきておりまして。こういった特別公演の時はやりたいものを聞くようにしているのですが、今回は鶴松の口から『女伊達』という演目が出て来ましたので、びっくりしました。鶴松も踊りはなかなか達者ですから、踊り込んで披露するような演目を選ぶのかなと思いきや、『女伊達』ですから。この踊りの場合はもちろん身体は使いますけれども、身体を使っていても使っていないようなというか、ただスッと立っているだけで粋な女性を演じなければなりませんし、さらに立ち回りもありますからね。桜が咲く新吉原仲野町を舞台にカッコ良さを演じ、そして口説きの場面では、男の人を恋人と見立てて立ち回りをしながらもそういう間柄であることを見せなければならない。私も、彼のそういう役どころを演じる作品はこれまであまり見たことがなかったので、とても楽しみに思っています。
さらに天日坊五十三次より『桑名浦乙姫浦島』については、勘九郎が演目の説明とどう取り組んでいるかの裏事情も明かした。
勘九郎 156年ぶりの復活舞踊劇ということになります。まず頭に『天日坊五十三次より』とありますが、この『天日坊』というお芝居は、“天一坊事件”というものが実際に江戸時代に起きた際に、河竹黙阿弥さんがそれを鎌倉時代に置き換えて書いたものなんですね。これもしばらく上演が途絶えていたところ、2012年に宮藤官九郎さんが脚本を書き直してくださってコクーン歌舞伎として、当時は145年ぶりに蘇らせてくれたんです。その初演の二幕目の冒頭で(坂東)巳之助くん演じる男と(坂東)新吾くん演じる女が、それぞれ浦島と乙姫となりちょっと抽象的な感じで踊るんですね。そして結局“夢覚め”で桑名の沖の船の上で「さては今のは夢であったか」となる。そんな場面が凝縮されて上演されていたんですが、今回はそれを舞踊にして復活させるという試みとなります。ですから、もちろん原作を観た人はいませんし、曲にしても歌詞にしてもわからないことが多いので、今回は竹柴徳太朗さんが補綴で入っていますが、本当に1からみんなで一緒になって創作した新作のようなものですね。題材としては実際に『天日坊五十三次』の中にあったんだけれども、その舞踊自体は誰も見たことがないし、曲を聞いたこともない。そういう、資料もほとんど残っていないものをみんなで掘り起こす、まさに発掘作業でした。そうやってまるで考古学者みたいなことをして、今、現代のお客様にお目にかけるという趣向でございます。つまり、センスが重要になってくるわけです。もちろん、黙阿弥さんが描かれたト書きもリスペクトしつつ、そこからどう発展させていくかは作り手次第ですから。本当にいかようにも調理できるんですが、そのへんは各劇場の舞台機構に関係してくることでもあって。そういう意味でも、やっぱりセンスですね。どう変化をさせていくか、最後の“夢落ち”というか“夢覚め”までどう持っていくか、もしくは違う方向に枝分かれさせていくか。そんなことをみんなでセッションし、話し合いながら作っていきます。ぜひ、楽しみにしていてほしいなと思いますね。
加えて後半には、集まった記者たちから質問が寄せられ、それに二人が応える形で質疑応答が行われた。
――『桑名浦乙姫浦島』は原作部分が何割で、何割くらいが新作部分になっているのでしょうか。
勘九郎 正直に言って、ベースはゼロです。これも伝承で、人から人へ教えて踊っていくものなので。僕たちが一番気を付けなければいけないのは、これって“伝言ゲーム”みたいだなということ。つまり最初に伝える人が誰かに間違えたことを伝えてしまうと、そっちが後世に残ってしまうわけです。そう思うとやはり精一杯気を付けつつ、教わったことを忠実に覚えておくことも大事になります。ちなみに振付は(中村)梅彌、作曲は杵屋五吉郎さんにお願いしました。また、面白いことに浦島を題材にした歌舞伎の舞踊というものがたくさん他にもございますので、曲としてはそこをベースにアレンジしていくというのが一番かなと思っています。
――全国巡業公演は、ご家族でいらっしゃる方も多そうです。そう考えると登場するのが浦島と乙姫だけでなく、鯛や平目、蛸に官女たちもいますから、その点でもご家族連れに喜ばれそうですね。
勘九郎 はい。もしかしたらちょっとお年の低いお子さんもいらっしゃるかもしれませんので、よりわかりやすい感じにするつもりです。その上で広くみなさんにも楽しんでいただけるものということもすごく意識しております。この演目を選ぶにあたっては、今回は補綴の徳太郎さん、徳ちゃんが「こんなのありますよ」というのを持ってきてくれたんですね。これは裏話なんですけれども、宮藤官九郎さんが脚本を書かれてコクーン歌舞伎で『天日坊』を復活させた、そこからはるか30年ほど前に国立劇場で父、勘三郎が『天日坊』を復活させるという話があったそうなんです。その中で舞踊の場面として、徳ちゃんが作っていたものがあるので「これ、やってくれません?」「ああ、それはいいね」となり、この演目に決まった流れですね。
――ということとなると、勘三郎さんにもゆかりのあった演目なんですね。
勘九郎 そうなんです。そして、浦島太郎の童謡には「鯛や平目の舞踊り」とありますが、徳太朗さんが作ってきた部分には、本当は鯛や蛸は出て来なくて。だけど「ここは出しておいたほうがいい」と思ったんです、平目も鯛も蛸も。特に蛸は、入道と重ねることでおかしみの部分もできますしね。
――では最後に、改めてお客様へメッセージをいただけますか。
勘九郎 今年は春に続き、秋も全国を巡業させていただきます。久々に伺う土地もございます。まだ歌舞伎を観たことがない方、そして歌舞伎を月に何度も観に来てくださる方、その両方が楽しんでご覧いただけるような作品を選びました。そして今回は、新作といっていいような復活舞踊劇もございます。みんなで、試行錯誤しつつ少しでも楽しんで帰っていただけるようなものづくりをしていこうと思っておりますので、ぜひ楽しみに待っていただけたら嬉しいです。
七之助 もう、一生懸命やるのみでございます!(笑) トークコーナーはまた昔の形が戻ってきて、皆様と交流もできますし、女伊達では鶴松がかっこよく踊り、そして『乙姫浦島』はまさに新作に近い踊りで、みんなで一生懸命作り上げた素晴らしいものになるはずです。年齢層も、ちっちゃいお子さんからご年配の方まで楽しんでいただけるような作品にいたしますので、ぜひぜひ足をお運びくださいませ。
取材・文/田中里津子