音楽によって高まる狂乱!”伝説の監禁劇”オペレッタver.『Ms.YAMA-INU』レポート

2006年に劇団鹿殺しが初演した『山犬』は、“伝説の監禁劇”として設定や形態を変えながら何度も再演されてきた。今回は2024年1月12日(金)~1月15日(月)に渋谷・CBGKシブゲキ!!にてOFFICE SHIKA PRODUCE Operetta『Ms.YAMA-INU』(オペレッタ『ミズ・ヤマイヌ』)として上演。出演は伊藤純奈、能條愛未、佐藤祐吾、木﨑ゆりあ、仲万美、脚色・演出を手掛ける丸尾丸一郎。少女たちの10年越しの後悔、嫉妬、恋心、狂気が入り混じる、切ない狂想曲が鳴り響く。

ヤマイヌ。そのタイトルを彷彿とさせる遠吠えのようなバイオリンの生音と、互いを喰い合うようなダンスで幕が開ける。

10年前に高校でソフトボール部顧問をしていた服部先生(佐藤)が埼玉に帰ってきた日。同窓会で、10年ぶりに元ソフトボール部員の雲雀(伊藤)、石橋(能條)と再会する。よく放課後に自主練をしていた3人のもとには「タイムカプセルを一緒に掘りに行きませんか? ハマダマコト」という手紙が届いていた。しかし誰にも覚えがない。……ハマダマコトって、誰?

同窓会を抜け出し、高校の裏山でタイムカプセルを掘り出す。中には、なにかの骨らしきものと、ハマダマコトの名札が入っていた。怯える彼らは直後、何者かに襲われ、かつて恐ろしい事件があった山小屋に監禁されてしまう。そこで示されたメッセージは「シヌキデオモイダセ」。いったい誰が、なにを忘れているのだろうか。

極限状態の3人と、10年前の風景が交互に展開され、10年で変わったこと、変わらなかったこと、変わりたかったことが浮き彫りになっていく。

かつてソフトボール部部長だった石橋は、埼玉の自称ナンバーワンキャバ嬢に。派手な服でおめかしして服部先生への好意を直接的にアピールする姿は10年前と変わらない。能條がまっすぐに真剣な女性として演じることで、石橋の不器用さが感じられ、高圧的な裏に寂しさが見え隠れする。

伊藤演じる雲雀は、シェフとして働くものの「ドジでのろまなカメですから…」と自分で言う卑屈さは10年前と変わらない。しかし後半、10年分の思いが噴出した雲雀の変化を演じる伊藤の凄みに圧倒される。

ふたりの持つ「弱さ」と「強さ」が、状況が変わると変化していく構図が面白く、また人間の本質が暴かれていくようで恐ろしい。

3人の様子と平行して演じられるハマダマコトと“或る女”のエピソードが、もうひとつの……いや、この物語の本筋と言えるかもしれない。人と馴染めず攻撃的な言動を繰り返すマコトだが、ひたむきで真面目で優しいのだと感じさせる。木﨑が演じることでマコトの愛らしさが引き立っている。

マコトのそばから離れない“或る女”は、台詞はなく動き(ダンス)で感情を表現する特殊な役どころだ。仲の身体表現は当然ながら、目の表情が豊かで鋭くて、作品全体に深みとスピード感をもたらしている。

そして彼女たちそれぞれを結ぶのが、服部先生の存在だ。佐藤は歌が苦手だそうだが、柔らかく甘い歌声が伸びやかに響く。優しさと幼さを感じさせるその声は、この狂気の監禁劇に繋がる先生の無自覚な罪を際立たせる。

回転式ジェットコースターのように、物語も立場も激しく動いていく。再演を重ねて何度も練られてきた作品だからこそ、怒涛の展開に無駄がない。頭がついていかずくらくらしそうなところに、音楽が拍車をかける。

登場人物とともに変化しながら、同じメロディや楽曲が何度も登場する。雲雀が料理をしながら歌う『クッキング』は、変調することで狂気を増していく。また、3人による「あの頃に戻りたい」という歌詞は、シーンを追うごとにより切実になる。

オペレッタとして上演されたのは前作の2023年11月が初めてだ。その時は全員が同級生という設定だったこと、男女逆だったこともあり、同じ役や関係性もまったく違う印象を受ける。前作では複雑な劣等感や依存心が強く感じられたところが、今回の『Ms.YAMA-INU』では嫉妬や恋心としてまっすぐに相手に向けられる。その切実な思いの高まりによって、「ああ、これはこの人物の物語だったのだ」と気づいた時の切なさが大きかった。

“山犬”には複数の意味があるそうだ。絶滅したニホンオオカミ、野犬、山の神、送り犬(妖怪)……。終演してあらためて冒頭のヤマイヌのようなダンスを思い返すと、この物語が恐ろしい神話のようにも感じられた。

取材・文:河野桃子

写真:和田咲子