野坂 実が2021年より行っている、世界中の名作ミステリーの舞台化プロジェクト「ノサカラボ」。2023年8月・9月に、高木彬光が生み出した日本三大名探偵の一人・神津恭介シリーズ初の舞台化を行った。第一弾・『呪縛の家』に続く本作は、神津の学生時代の事件を描いた『わが一高時代の犯罪』と『輓歌』をミックスした物語となっている。
開幕まで約2週間というタイミングで、神津の親友・松下研三役の小園凌央、神津たちの先輩にあたる水町泰蔵を演じる加藤雅也、演出・構成の野坂 実にインタビューした。
――まずは今回の物語の見どころを教えてください
野坂 『我が一高時代の犯罪』と『輓歌』という作品をミックスしているので、中身が濃くなっています。2作品を一緒にできるかということは、前回の公演中から脚本家の須貝さんと話し合って構成しました。場面展開も多くてスピード感もあるのでハラハラドキドキする時間を過ごしていただけるかと思います。あとは、若い人たちの迸るエネルギーがある。昔の本を読むと、体当たりでぶつかって行ったり、失敗を恐れながらも自分を奮い立たせたりする人たちだらけの時代だったと感じます。もしかすると、見た方が何か感じるところもあるかもしれません。
――神津の学生時代の物語で、登場人物の多くが同窓生です。役作りや、同窓の仲間意識を作るためにしたことなどはありますか?
野坂 (一高のメンバーは)ワークショップをしましたね。
小園 一高生は5人いますが、僕だけ所属事務所が違うんです。4人はそれこそ学校の友達・グループ感ができていたし、僕だけ年齢が少し離れているので、最初は受け入れてくれるか不安はありましたね。林(一敬)くんとはすごく仲良くなって神津と松下の関係性を作らなきゃと思っていましたが、そこは順調に進んでいます。
――加藤さん演じる水町は神津たちの先輩役です。学生役の皆さんを見ていて、いかがでしょう
加藤 実際に芸能界の先輩後輩でもあるので、そのままのイメージで演技に使える部分はあると思います。
ただ、時代背景をどこまで描くかはすごく難しいですね。学生運動って僕らの年代より上だから、学生役の子達は全然知らない。理解するのは難しいし、仮にしっかり描いても見にくる方に伝わるかわからない。そういう意味では、当時の感覚や学生の思想を伝えるよりは、母校への誇りを強く出したほうがいいだろうなと。エリート意識や自信による自惚れが今回の事件につながっている。別の学校の学生に対して、今の感覚でいうとすごく差別的なことを言うシーンもあるんですが、選民意識の表現としては言うべきだなと思っています。
――前回はトリックを知っていても驚くような演出が印象的でした。今回の演出のこだわりやポイントはどこですか?
野坂 謎解きは今回もありますが、トリックとドラマの配分はすごく考えています。脚本を書く段階で細かく直し、さらに稽古で役者さんサイドからも意見をもらって手直ししています。脚本と演出を固めすぎるとつまらなくなる予感がするけど、アバウトな状態で役者さんの面白いアイデアを全部入れると破綻してしまう(笑)。基盤ができた状態からみんなで一緒に作り上げている最中です。昨年の第一弾よりも面白みが増し、キャラクター造形も増している感じがします。
――台本を読んだ時の印象、稽古を通して感じた変化などがあれば教えてください
加藤 映像でもそうですが、「こうしよう」と考えて台本を読まないんです。その人が持っている「優しい」「怖い」「野心家」「劣等感」などのキャラクターを読み取り、それをどのシーンで活かすか考えるくらいですね。現場でのやり取りに応じて出しているだけで、「こんな人にしよう」とは考えません。スポーツの試合でも、自分の予測通りに進むことはない。大事なことは相手に合わせるということだと思います。
ただ、今回の台本には書いていなかったけど、パイプを持ってみたらどうだろうと監督(野坂)に提案してみました。それによって普段しない動きが出ていて役が進んでいるかな。今回は娘の知恵子がWキャストですから、僕の芝居は固められないです。彼女たちの個性に、父親としてどう対応するか。やりながら作っているぶん、自分の想像を超えたものが出てくると嬉しいですね。
小園 (松下は)物語を回す役割だったので、すごく大変だなと思いました。キャストも若い子が多いので、本読みの段階でかなり気合を入れて行ったら、そんなに息が合っている感じはしなくて。稽古が始まってからは、日に日に変化しているのを感じますね。加藤さんからも演じる上でのヒントを色々と頂きますし、野坂さんが天才的で、想像力がすごいんです。おそらく頭の中に世界やイマジネーションがある。普通は言語化するのが難しいですが、野坂さんはわかりやすく僕らに伝えてくれる。さっき話に出た“一高を深めるワークショップ”では、キャラクターの新たな一面も発見できましたし、お芝居のレベルアップもできてすごく勉強になりました。
――野坂さんから見た、稽古場での小園さんと加藤さんの印象はいかがでしょう
野坂 加藤さんは世界でやっていた方なのもあるし、ご本人の優しさもあって、みんなとお話しながら作りあげてくれます。勝手に「僕がやるよ」と進めるんじゃなく、「こう思うけど、君はどう?」と深めていく作業を端折らない。正しくあるべきことを正しくやっている人という印象ですね。キャリアを積んでいくとやらなくなる人もいるけど、加藤さんは愚直なまでに誠実にやってらっしゃいます。
小園さんは、稽古場の居方がとても上手。みんなが悩んでいる時そっと後ろにいて、アドバイスをほしそうにしていたら声をかけている。自分も出番が多いのに周りをよく見ています。林くんが困っている時に何も言わないけどそばに居る様子を見ると、松下みたいだなと思いますね。気遣いに長けていて、お芝居でも相手のやっていることをしっかり受けているイメージです。
――松下さんと水町さんが絡むシーンはあまりないですね
小園 水町家の前で毎回テストされています。
加藤 (笑)。あのシーンくらいしか笑えるところがなくて。でも、美味しいし遊べるシーンだから、ユーモアがあったほうが面白い。水町のイメージが変わるというか、「怪しいけど、悪い人じゃないかも」と思わせるところだから。他にもユーモアを挟めるシーンがないか探しているんだけどね(笑)。
小園 本当に何を言われるかわからないシーンなので、僕は気合を入れて挑んでいます(笑)!腕の見せ所でもあるので。
――脚本を拝読しましたが、確かにそこまでの緊張感がふっと緩んで可愛らしさを感じる場面でした
加藤 最初は、水町家の前で様子を伺っている松下に「そのあんぱんと牛乳はなんだ?」って聞くセリフは僕のセリフじゃなかったんです。言いたいなと思っていたら、改訂稿で水町のセリフになっていた。
野坂 そのシーンで(松下と)話している相手は水町だし、一緒に家に入るから、触れないと変だなと思って変えたんです。加藤さんからNGが出たら戻そうと思っていたけど、言ってくれたから。
加藤 今はさらにセリフが増えていますよね。松下が不審者と間違われて、水町が「警察を呼べ!」と言ったら(松下が)必死に弁明する。
小園 加藤さんは一個セリフがあったら百個プラスされるくらいすごく引き出しがあるから(笑)。
加藤 不審者だって言われたら一高生だと簡単に信じられないけど、「本当に青野の友達か?」と聞いて神津の名前も出たら「そうか」と持っていける。セリフって一言でもすごく影響力があるものなんです。それにあのシーンは何の責任もないから(笑)。「今日はいいアイデアがないな」と思ったらそのまま家に入っていけばいいし。
小園 すっと帰って物足りない時もあるんですよ(笑)。
加藤 公演回数なども考えながら色々出していこうと考えています。
――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージや注目してほしいポイントをお願いします
加藤 今回の物語があったことで神津恭介が変化し、素晴らしい人間になって、後のシリーズに繋がっていく。ここで学ぶことがすごく大きいと思います。第一弾の舞台よりも幼くて人間らしい神津が描かれるのが魅力だと思うし、彼を支えているのが片岡鶴太郎さん演じるキャラクターの言葉。謎解き以外にも大切なメッセージが詰まった作品だと思います。
野坂 今の言葉を録音して神津(を演じる林)に聞かせたいです(笑)。
小園 多分、青くなりますよ(笑)。
一同 (笑)。
加藤 この話を経て神津が何を得たかをしっかり見せられたらいいから、前半を極端に作ればいい。現時点では前半にも林くんの優しさや人間性が出ていて、すでに完成した神津になっていると思うから、もうちょっと未熟なところを強烈に見せたほうが面白いと思う。
野坂 今作では神津の成長を見せたいですからね。僕としては、前回はミステリーらしいトリッキーな仕掛けも多かったですが、今回はそこを減らしてお芝居を見せたいと須貝さんとも打ち合わせをしています。役者さんたちのお芝居は見応えがあって楽しいだろうと思いますね。あと、今の加藤さんのお話は書いてください。お客様にも神津が変化しているか楽しみに見にきてほしいです。
小園 僕が演じる松下と神津の関係性もここからどんどん深くなっていきます。シリーズの始まりの物語として、学生っぽさや青春、若い頃の人間関係も表現されています。トリックや犯人といった謎もあるけど、ドラマ部分に力を入れて「そこで魅せるぞ」という思いをみんな持っているので、注目してほしいですね。
取材・文/吉田沙奈