「あの大鴉、さえも」 小林聡美&片桐はいり&藤田桃子 インタビュー

001
©引地信彦

単純に、おじさん役をやるのが
おもしろそうだと思ったんです。

 

 出演者の顔合わせに胸が躍る公演はたくさんある。好きな俳優ばかりだったり、ありそうでなかった共演だったり、異なるジャンルのスパイスが加わったり、見るからにいいチーム感が漂っていたり……。小野寺修二が演出する『あの大鴉、さえも』にその全部を感じる人は、きっと少なくない。しかも同作は本来、巨大なガラスを運ぶ男性3人という設定で、今回のキャスティングは根本を覆すもの。マイムを学び、ダンスに濃密な物語を、演劇になめらかな動きを採り入れてきた小野寺のもとに集まったしなやかな実力派たち──小林聡美、片桐はいり、藤田桃子──は、哲学とユーモアの混じった戯曲にどう挑むのか。

 

── この作品は、劇作家・竹内銃一郎さんの最高傑作と言われ、1981年に岸田國士戯曲賞を受賞していますが、その後も度々、キャストや演出家を変えて上演されていますね。

片桐 初演(80年)ではありませんけど、私は観たことがあるんです。木場勝己さんが出演されていて、演出は竹内さんでした。ずいぶん前なので細かいところは曖昧ですけど、おもしろかったのを覚えています。

 

── ストーリーは、肉体労働者風の男性3人が巨大なガラスをある家に運ぶ、けれどもその家の入口がなぜか見つからないというものです。これを女性キャストで上演すると聞いてどう思われましたか?

片桐 単純に、おじさん役をやるのがおもしろそうだなと思ったんですよね。それも、自分より聡美さんがやるのを見たいなって(笑)。

小林 何ですか、それ(笑)。でも私も、暑苦しそうなおじさんたちが首に筋を立てながら一所懸命やりそうな芝居を、女性の私たちがやるというのは、なんだかおもしろそうだと思いました。意外と抵抗はないですよ。年を重ねて、両性的になってきているということでしょうか(笑)。

片桐 確かに。と言うか私は、若い頃からよく男性役をやっているんだけど(笑)。でも今回は(小野寺率いるデラシネラのメンバーである)桃子さんがいらっしゃるから、動きのほうでかなり変化が出てくる。それはもう絶対におもしろいじゃないですか。それで「キタ!」と思って(オファーを)受けたんです。

小林 はいりさんは(デラシネラに)何度も出演されていて、私はいつも客席から「すごいなー」と思いながら観ていましたけど、まさか自分が同じ舞台に立てるとは思っていませんでした。

 

―― 小林さんは久々の舞台ですね。

小林 いつも忘れた頃にやるので、毎回、「どうするんだっけ?」と思い出すところから始まるんです (笑)。常に最初の一歩。

 

―― でも小林さんは普段のお仕事から、新しいことするのが好きだとお見受けします。

小林 そうなんですよ。同じところに留まってひとつのことを深めるのは、得意じゃないのかもしれません。でも舞台はそういう作業が求められるし、もしかしたら不向きなのかもしれないけど、今回はたくさんの新しい発見ができそうなメンバーなので、すごくワクワクしています。

 

3人でガラスを運ぶところから不条理劇が始まる

── デラシネラはダンスとムーブメントの間に位置する身体表現をしているカンパニーですが、物語性はしっかり感じさせつつ、やはり一般的な演劇からすると、戯曲から自由な場所にいると思います。今回は戯曲の存在が非常に大きい企画ですが、藤田さんの意識はいつもと変わりそうですか?

藤田 そうですね。まず、人生にはこんな機会があるんだなと思うぐらい大きな出来事なんですけど(笑)、実際、台本を読んでから稽古を始める経験がなさすぎて、完全におふたりの懐を借りる気持ちでいます。ただ、上手な女優さん3人じゃなく、こういう人間がポンと入っているのも企画としてアリなんじゃないかと思って、おふたりとは違う何かを担えるといいかなと思ってるんですけど(笑)。

 

── 今回の上演に当たって、ノゾエ征爾さんが上演台本を書かれているそうですが、もとの戯曲を最初にお読みになった時の感想を教えてください。

小林 不条理劇だということで、スッと読み進められるものではないと覚悟はしていましたが、難しいというより、肉体が伴って初めて全体が見えてくる気がして、早く立体で見てみたいと思いましたね。

片桐 この本が書かれた80年代は、(それまでの戯曲のあり方とは)違う流れが出てきたというか。せりふの(内容より)リズムのおもしろさとか、(役を)逸脱する俳優の存在感みたいなものが注目された時代だったと思います。

小林藤田 へぇー。

片桐 私はその頃から舞台に出たり観たりしていたので「ああ、こういう感じだったな」と当時を思い出したりして。

藤田 情報が公開されてからすごくたくさんの人に「あの舞台、観たことがあるよ」と言われるんです。それがちょっと不思議で。今の時代でそんなにみんなが「あれ観たよ」と言うものってなかなかないじゃないですか。「あの時のアレね!」という共有物があるのは幸せだなって思います。

小林 当時の時事ネタも盛り込まれていて、ちょっと時代を感じますよね。

片桐 そのままやって大丈夫かどうか心配だったけど、本読みをして、それはそれでおもしろいかも、とは思いましたね。逆に、今の時代に、初演の頃と同じような年代の男優さんがやったら難しいのかもしれない。

藤田 女性がやると(役との)距離ができるから、それがいいのかもしれない。まあでも、世代によってはチンプンカンプンな単語もあるかもしれません。

片桐 「銭湯でパンツ洗っちゃダメ」とか、若い人はわからないかな。

 

── 小野寺さんもノゾエさんも「3人が本読みしたら、時事ネタも風俗ネタもそのままでおもしろかったから、意外と残していいんだと思った」とおっしゃっていました。

小林 そうなんです、それがどんなものかわからないなりにね。私たち自身、「なんでこういう言葉が今出てくるんだろう?」と思うところもあるんですけど、結構、テンポで行けるのかな、と。

 

── 私も今回の取材のために改めて戯曲を読みましたが、思い出したのが『レザボア・ドッグス』や『ユージュアル・サスペクツ』といった、延々とくだらない会話を続けていく映画だったんです。それで、この戯曲は不条理劇の傑作と言われていて、それは間違いないけれども、実は会話劇として捉えてもいいのではないかと思いました。

片桐 そうそう、会話劇だと認識したほうがいいところはありますね。それと竹内さんが小野寺さんに「自由にやっていいけど、お客さんを笑わせて」とおっしゃったという話を聞いて、すごく腑に落ちたというか。別に「コントをやれ」という話ではなくて、ある種の軽さが大切なんだろうと思いました。

小林 そこはポイントになりそうですよね。

片桐 でも難しいですよ。笑わせるって、ハードルが高い。あと、私の経験から言うと、3人芝居というのが一番しんどい(笑)。

小林 稽古の始まりの時、そうおっしゃってましたね。

片桐 ひとり芝居、ふたり芝居、3人、4人、5人、大勢……とやりましたけど、3人が一番ややこしいイメージがあります。ひとりがボールを投げた時に、どっちが取りに行くか見合ってしまってどっちも取らない場合があるんですよ。あとまあ、2対1で分かれてしまったり。それと、3人芝居って全員が出ずっぱりの芝居が多い気がするんですよ。気のせいかな?

藤田 なるほど、そういうものなんですね。

片桐 でも“三点倒立”という言葉もあるぐらいですから、バランスのいい数字ではあるんでしょうね。

 

── ふと思ったんですけど、皆さんが運ぶガラスは四角ですよね? 四辺あるものを3人で持つ。

小林 そう、そこからもう不条理なんですよ。

片桐 本来はいるべき人が欠けているように見えるのか、気にならないのか……。お客さんにどう見えるかが怖いですね。

藤田 もうひとりいるように感じられるパターンもありますね。今回は、脚本があるだけでなく、出演者が少ないし、おそらく使う小道具も少ないので、普段よりもシンプルさがベースになるような気がしています。シンプルな舞台って、思わぬところで要素と要素が繋がって、思いも寄らない見え方がお客さんの中に広がることがあるんですよ。

小林 なるほど、おもしろいですねぇ。

 

引き算をしていくデラシネラ流マイム

片桐 やっぱり舞台のほうが、演出家によって観るものが違うというのが出やすいと思う。そういう意味では小野寺さんはすごくはっきりしていて、体や動きに興味や意識が行く方なんですよ。これ、悪い意味じゃないんですけど、すごくおもしろいのが、稽古していて「はいりさん、あそこの◯◯っていうせりふの時さぁ」と言われるんだけど、時々、「そんなことはひと言も言っていませんよ?」という言葉を言い出すんだよね(笑)。どのシーンのことを指しているかはわかるんだけど。

藤田 シーンとか、絵で記憶しているんでしょうね。

片桐 『不倫探偵』(日本総合悲劇協会、15年)を観に来てくれた時も、楽屋に来るなり松尾(スズキ)さんに「お腰は大丈夫ですか?」って。松尾さん、意味がわからなくて「何がですか?」って聞き返したら、動きを観ていて、この人は慢性的に腰が悪いってわかっちゃうんですよ。

小林 すごい!

片桐 ある意味、そうやって体の情報がバンバン入ってくる人が、こういう戯曲に向き合うのは、たぶん大変だと思うんですけど、そこが逆に新しいおもしろさを生んで、戯曲も膨らむんじゃないかと私は期待しているんです。そういう時、いつも小野寺さんや桃子さんから動きのことを教えていただいている分、私にお手伝いできることがあればいいなと思う。でも最近、小野寺さんから「演劇の演技より映画の演技に興味がある」と聞いたんです。なので、そこらへんは聡美さんにお任せして。

小林 えーっ! そこらへんって、どこらへんですか?(笑)

片桐 繊細な表情とか、何気ない佇まいということじゃないですか。

藤田 パントマイムって、一般的にはジェスチャーとか表情とか、日常的なレベルに(わかりやすさを)足すほうだと思われがちですけど、デラシネラは、登場人物の後ろにあるものを想像させるほうが好みかもしれません。説明し過ぎるよりは、引き算にしていくほうを選びますね。

小林 そういう意味では、この作品を小さめの劇場でやるのは、環境的にはとても効果的ですね。会場(東京芸術劇場シアターイースト)って、200席ぐらいですもんね。

片桐 うん、きっとそうですね。

小林 いまさら、こんなことを言ったら素人かって感じですけど、私は舞台の経験も少ないですし、あまり向いていないんじゃないかというコンプレックスもあります。でも小野寺さんは、いわゆるお芝居とは違ったところで物語を捉えて、思いもしない景色を見せてくださる方なので、違う気持ちで取り組めそうな気がしています。

 

── お話を伺っていて、皆さんがそれぞれ違うポイントで強みがあって、でもポジティブな点は共通していると感じました。ゴールデン・トライアングルではないですか。

片桐 本当ですか? ゴールデンか。さらにやる気が出ますね(笑)。

 

取材・文:徳永京子

 

【公演情報】

main

撮影:山﨑泰治

あの大鴉、さえも

作:竹内銃一郎
上演台本:ノゾエ征爾
演出:小野寺修二

出演:小林聡美、片桐はいり、藤田桃子

日程・会場:
2016/9/30(金)~10/20(木) 東京芸術劇場 シアターイースト
2016/10/31(月) 愛知県芸術劇場 小ホール
2016/11/10(木)~11/13(日) 大阪・ABCホール

★詳しいチケット情報は下記ボタンにて!