大英帝国の栄光を築いたエリザベス1世の若き日の恋を軸に、女王に即位するまでの軌跡を描いた「レディ・ベス」が再演! 東京、さらに大阪公演へと続く今公演にかける思いと見どころを、演出・訳詞・修辞を手掛ける小池修一郎に聞いた。
――「エリザベート」「モーツァルト!」のミヒャエル・クンツェさん(脚本・歌詞)、シルヴェスター・リーヴァイさん(音楽・編曲)とのタッグにより、2014年に世界初演された本作。今回の再演は、かなりブラッシュアップされているそうですね。
小池「クンツェさん、リーヴァイさんの力をお借りし、全体的に“濃縮”しています。16世紀のイギリスが舞台で、チューダー朝の空気感によるところもありますが、初演は大らかな印象だったんですね。ベス(のちのエリザベス1世)が新時代を切り拓いていくヒロインなのに対し、姉メアリーは旧社会の代表として、コミカルに描かれていたところがありました。今回、短いシーンですがベスとメアリーの子ども時代も描くことで、ヘンリー8世を父に持つ2人の関係性が分かりやすくなり、シリアスさが増すとともに、ベスが自分をどう形成し、即位を決意していくまでの物語がクリアになりました。現代の女性にも、ベスの生き方にどこか接点を見つけていただけるかなと思っています。」
――新曲もあるとうかがいました。
小池「まずベスと、彼女と恋に落ちる吟遊詩人ロビンが別れるシーンのナンバーが変わりました。初演では別れることが大前提の歌でしたが、ベスが即位を受け入れる展開点、起承転結の“転”を強調したいなと思い、クンツェさんとリーヴァイさんにリクエストしたところ、新たなデュエットを作ってくださいました。さらにもう1曲、ベスが女王として覚悟を決める新曲も書いてくださり、まさに作品のテーマともいえる曲なので、「ぜひここで歌わせてほしい」と私から提案させていただきました。」
――メインキャストは初演からの続投ですね。
小池「ベス役の花總まりさんは、宝塚歌劇団で娘役トップを12年以上務め上げたあと、初めて挑んだ主演がベスでした。ですから座頭として帝国劇場に立つ彼女自身の、人生で初めて経験することへの恐れや興奮が、役に見事にオーバーラップしたんですね。その後『エリザベート』でも主演を演じ切られ、今やだいぶ慣れたように見えます(笑)。再演は本当の意味で演じていかないといけないので、一つの勝負ですよね。」
平野綾さんは『レ・ミゼラブル』で帝劇に立った経験はあったものの、初めてヒロインを担う重圧と向かい合う本人と役が、やはり重なったところがありました。その後、ニューヨークで勉強をされるなど努力も重ねてきて、歌に磨きがかかっています。女優として充実したところを見せてくれることでしょう。
ロビン役の山崎育三郎君は、大変ブレイクされていますよね。でも、常々「自分のベースは舞台だ」と言っていますし、それを確認するように稽古に臨んでくれています。ロビンは青春を体現している役で、1970年代の映画にはこういうキャラクターが結構いたんですよ。当時、若者たちは「自分たちが世の中を変えるんだ!」という意識で生きていたはずです。ロビンはその流れにいる人ですが、山崎君もまだまだ青春の匂いがしますから(笑)。一方で仕事での充実感、達成感があるのでしょう。余裕が出てきて客観的に役を見られるようになったのではないかと。
加藤和樹君は、この3年でずいぶん舞台経験を積みましたよね。ミュージカルでは『フランケンシュタイン』、ストレートプレイでも『ハムレット』など舞台に精力的に取り組んできたせいか、演技に深みが出ました。今で言うストリートミュージシャンの若者ロビンを、リアリティを持って演じてくれています。
フェリペのWキャストでは、平方元基君は本当に歌が上手くなりました。舞台で積み重ねてきたことがちゃんと形になっている上に、ここが自分の生きる場所だという自覚がある。今後、ミュージカル界でずっと活躍していく人になるだろうなと感じています。
古川雄大君も歌唱力が進歩していますし、今、俳優として非常に勢いがある。翻訳モノのミュージカルで歴史上の人物を演じることに、実感を持てるようになってきた気がします。彼もミュージカル界を支えていく1人になっていくと思っています。
その他、メアリー役の未来優希さん、吉沢梨絵さんは女優としてだけでなく人間として成熟した感があり、演技の深みが増しています。ルナール役の吉野圭吾さん、ガーディナー役の石川禅さんはより強烈に、強力に存在感を放ってくださっています。
また、ベスの母親アン・ブーリン役の和音美桜さんは、もともと上手い人でしたが、今や情愛がにじみ出る演技と歌で、ドラマ全体を繋ぐ役割を担ってくださっています。
さらに、ベスを見守るアスカム役の山口祐一郎さん、アシュリーを演じられる涼風真世さんが、後輩たちをしっかり支えて作品に厚みを加えてくださっています。なおかつ光るべき場面では輝くのはさすがですよね。それぞれに培ってこられたものの大きさを、お客様も感じられると思います。
――期待が高まります! あらためてクンツェさんの歌詞と脚本、リーヴァイさんの音楽の魅力とは?
小池「クンツェさんは人間のあり方を見る時に、いろんな角度から分析していく。常に何かこう、自分自身に問いかけていく。その際に『モーツァルト!』ではアマデという才能を具現化した存在が出てきたり、エリザベートは常に死=トートを意識していたりするわけですが。この作品でもベスの前にはたびたび処刑された母アン・ブーリンが現れて、彼女は次第に母を理解していく。人間を描く時に、別の側から主役を語るのが独特ですし、女性が主人公でありながら、恋愛を主軸にしないのは、クンツェさんならではですね。」
それを彩るリーヴァイさんの音楽は、観る者の本能に揺さぶりをかけていく。陰影に満ちた陶酔感とでもいうのでしょうか。発散型ではない、盛り上がるナンバーだとしても、歌っているのは愚かな人間だったり、何かしらひねりがあるんです。結果、知性と情感の両方が刺激されるというね。そうしたお二人の個性のバランスが取れているからこそ、史実を題材にしていても単なる伝記にならないし、観ている人は引きずり込まれるのでしょう。
この作品ではベスを通して、人生が成長していくというのはどういうことなのか。さらに人生の選択がテーマとして描かれています。全体を通してマイナーチェンジがたくさんあり、大胆にカットしたところもあるので、初演をご覧になった方は「ええっ!」と感じるところもあるかもしれません(笑)。でもトータルで観るとぐんとまとまったと感じていただけるのではないかと。ぜひ楽しんでいただきたいですね。
取材・文/宇田夏苗
日程・会場:
10/8(日)~11/18(土) 東京・帝国劇場
11/28(火)~12/10(日) 大阪・梅田芸術劇場メインホール
脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞・修辞:小池修一郎
出演 :
レディ・ベス:花總まり/平野綾(Wキャスト)
ロビン・ブレイク:山崎育三郎/加藤和樹(Wキャスト)
メアリー・チューダー:未来優希/吉沢梨絵(Wキャスト)
フェリペ:平方元基/古川雄大(Wキャスト)
アン・ブーリン:和音美桜
シモン・ルナール:吉野圭吾
ガーディナー:石川禅
キャット・アシュリー:涼風真世
ロジャー・アスカム:山口祐一郎