壮大な“自分探しの物語”として世界的に知られる、イプセンの不朽の名作『ペール・ギュント』。奇想天外で破天荒なこの冒険譚を、平昌冬季オリンピックの開・閉会式の総合演出を務めるヤン ジョンウンが再び手がけることになった。2009年に初演された韓国版、2013年の来日公演版とも一味違う魅力が楽しめそうな今回の2017年版では、主人公のペール・ギュントを浦井健治が演じるほか、趣里、マルシアら日本キャスト15名に、ヤンの信頼も厚い韓国キャスト5名が加わり、カラフルかつエネルギッシュな座組が実現する。どんなステージになりそうか、ヤン ジョンウンにメールインタビューを敢行した。
――ヤンさんはこれまでに何度も『ペール・ギュント』に取り組まれていますが、この作品に感じている一番の魅力とは。
ペール・ギュントという主人公が世界中を辿りながら、ファンタジックな経験、また異色で異国的な経験を重ねて自分自身に出会っていく……という物語がとても興味深く、面白い要素だと思っています。
――今回のリ・クリエイションのテーマ、または演出面でこんなことに挑戦したい、と思われていることは?
浦井さんを始めとする日本の俳優の方々との出会いが、今回どのようにこの作品に作用するのだろう、と新しいチャレンジを前に期待に胸が膨らんでいます。といっても国籍は違えど私たちは「人類」としては同質なので本質的には変わらないですし、2009年に韓国版を初演したときと同様に、今回もまた「自分自身とは何者か」というこの作品のテーマに向き合っていくことになると思います。また、日本のスタッフとの共同作業も私にとっては大変興味深い挑戦ですし、ペールの恋人ソールヴェイについても解釈をより深めたい部分があります。これから始まる稽古を通して、ひとつひとつが日韓の俳優と一緒に臨む新しいチャレンジになると思っています。
――今回のキャスティングについて。まず、浦井健治さんに期待することは。舞台俳優として、どういうところに魅力を感じられましたか。また実際に浦井さんにお会いしてみて、ペールとの共通点などは感じましたか。
以前、浦井さんが出演した作品を観た時、言葉では表現しにくい悲しみを感じたんです。なんというか、哀愁が感じられるんですね。その時、実際に彼が悲しい演技をしたというわけではなかったのですが、彼の裏面、内面にある悲しみが垣間見えたというか。そのようなところがとても魅力的に映りました。でも実際に会ってみると、とてもお茶目で賢くて、繊細さも感じられて……。とても純粋で率直なところが、ペール・ギュントと共通するように思います。
――趣里さん、マルシアさんに感じた魅力を、それぞれ教えてください。
マルシアさんはとても情熱的な方で、彼女の持つ強烈なエネルギーなどの要素が、今回演じてもらうオーセにとても似合うように感じたんです。家長であった夫を亡くし、落ちぶれた家庭の中で息子と一緒に生きて行くオーセの強靭な生存本能を、彼女は表現できる存在だと思います。そして趣里さんは「8次元的」で、外見も含めて神秘的な方です。昨年夏のワークショップ・オーディションで話した時も、ものすごい集中力と共に彼女自身の独特の世界を強く持たれているように感じました。そういうところが「8次元的」という言葉を用いた理由です。本作はペールに重点をおいて描かれている作品だけにソールヴェイはいつも神秘に包まれている人物なのですが、今回は趣里さんならではのソールヴェイの生き様、豊かなストーリーを描いていただける予感がしています。
――キャストが、日本人だけでも、韓国人だけでもなく、日韓合同キャストであるということについて。どんな効果を期待されていますか。
お互いにすごいシナジー(相乗効果)になるんじゃないかと思います。今回来日する韓国キャストはとても自由奔放な方達なんですが、そんな彼らと、日本人キャストの集中力と献身、情熱が出会うと、どのような化学反応が起きるのか。上手くいきそうですし、とても面白い作品が出来上がるはずです。
――今回の韓国人キャストの魅力、また韓国キャストを代表してユン ダギョンさんを日本の演劇ファンに紹介してくださいますか。
韓国キャストはとても個性が強く、自由奔放で、枠にとらわれない俳優たちで構成されています。中でもユン ダギョンさんは、いつも登場する度に強烈で個性的な演技を見せてくれます。ステージに立つとものすごいエネルギーと魅力を放つので、彼女の舞台のファンも多いです。近年は、最新作の映画「海氷(邦題:犯人は生首に訊け)」など映像での活動が増えて舞台にはなかなか出演できずにいましたが、ここで韓国人俳優ならではのエネルギーを大いに発揮してくれることと思います。
――昨年の夏にワークショップ・オーディションを5日間かけて行ったそうですが、具体的にはどんなことをされたのでしょうか。また、日本の俳優たちの印象はいかがでしたか。
たとえば『ペール・ギュント』にでてくる「四人の女」のシーンから、「豚」というイメージで動物性、本能、セクシュアルなエネルギーを表現するといったような、幾つかのテーマでの即興を俳優たちとやりました。動きや声をつけて、音楽をかけたところ、俳優の皆さんがすぐに役になりきってくれて。このような新しい即興のプログラムも、自由にオープンな姿勢で受け入れてくれるのがとても印象的でしたし、感動しました。
――2013年の来日公演の際、日本の観客はどんな印象でしたか。
とても真摯にご覧いただいていたのを覚えています。上演中あまりにも静かな客席だったので「作品の出来が良くなかったのかな、あまり面白くないのかな」と思っていたのですが、公演が終わると熱い雰囲気がすぐに伝わってきました。終演後に面会客に会おうとロビーに行ったら、私や俳優たちに声をかけてくださる方もいて、楽しんでいただけたのだとわかり、とても嬉しかったです。この時以外にも日本の観客の皆さんには何度もお会いしていますが、実は今回はなぜか今まで以上にドキドキして興奮しています。
――これからの稽古、本番に向けて、日本での滞在中にヤンさんが特に楽しみにしていること、何かやってみたいことはありますか。
さあ、忙しくて時間が取れるかどうか……。でも、休みの日にバイクで山を走ってみたいですね。以前日本で、電車とケーブルカーで山に登ったことが印象的だったので、今度は山ツーリングをできたらいいのですが。でも、まあ、夢で終わりそうです(笑)。
――では最後に日本の演劇ファンへ、ヤンさんから今回の『ペール・ギュント』へのお誘いのメッセージをいただけますでしょうか。
韓国から来た演出家と俳優が日本のキャスト、スタッフと混ざり合って創り出す、フェスティバルのような雰囲気を劇場で体感していただけることと思います。ファンタジックで、哲学的で、深く考えられる作品であるのとともに、論理を越えて、視覚的なイメージと強烈な音楽が混ざり合う。そんな演劇をご覧になるのも、とても興味深く一味変わった経験になるのではないでしょうか。ぜひ、たくさんの方にご覧いただけると嬉しいです。
インタビュー・文:田中里津子
撮影:宮川舞子
【公演概要】
撮影:久家靖秀
日韓文化交流企画『ペール・ギュント』
原作:ヘンリック・イプセン
上演台本・演出:ヤン ジョンウン
出演:
浦井健治
趣里 万里紗 莉奈 梅村綾子 辻田暁 岡崎さつき
浅野雅博 石橋徹郎 碓井将大 古河耕史
いわいのふ健 今津雅晴 チョウ ヨンホ
キム デジン イ ファジョン キム ボムジン ソ ドンオ
ユン ダギョン マルシア