イラスト:クリハラタカシ
Youtuberはおもしろくないのか??
昔の哲学者は言いました。「怪物と対峙する者は気をつけねばならぬ」と。「粗品がYoutuberをおもしろくないと言うとき、Youtuberもまた粗品をおもしろくないと言うのだ」と。
なぜ霜降り明星の粗品さんはYoutuberのことを「おもしろくない」と言うのでしょうか。
もちろん粗品氏が言わんとしてることは分かります。単に私は不思議なんです。野球が上手い人は打率や防御率といった数字に出ます。駅前のピアノを上手に弾くと人が寄ってきます。YouTuberはチャンネル登録者数を日々増やしてるし視聴者に「おもしろい」と思われてるはずです。なのに「おもしろくない」と言われます。
なぜ「おもしろい/おもしろくない」の世界だけこんなことが起こるのでしょうか?
現代日本に生きる私達はめちゃめちゃにお笑いが好きです。こんなにみんながお笑いに興味があった時代はおそらく未だかつてないでしょう。なのにここを語る言葉を私たちは持ってないんです。
だって私達の言語は「笑える(funny)」も「興味深い(interesting)」も一緒くたに「おもしろい」という言葉でくくってますから。
言語によって私達は世界を作り上げてます(※)よね。私達はおもしろさについて解像度の低い世界に生きてるんですよ。
書きながら気づいて衝撃だったのでつい画像化してしまいました
※「イヌイットは雪を表す言葉めっちゃ多い」としたサピア=ウォーフの仮説の逆ですよね。「おもしろい」で2つ表しちゃってる私達は。白に200色あると言ったアンミカに比べて私達のおもしろさは…。
一回このおもしろさにまつわる言葉の解像度を上げてみませんか? というのがこのテキストです。
古代ギリシャなら奴隷の仕事だったろうコント
私は大北栄人と言います。明日のアー(現:アー)というコントの舞台を東京の演劇界隈でやってます。アーやこのローチケでのユーモアの記事(※『どうやって笑わせるのか?』笑いの仕組みがわかります)が評価されてテレビで笑いの授業をしたりもしました。
ユーモアの記事がこんなことになるなんて…なTBSテレビ『私が女優になる日』より。手元に記録がなくモニターを写真に撮らせてもらいました
こういう自己紹介から入る書き出しはWeb記事界隈の流派なんですが、ふだんはWebのライターをやってます。私の興味対象がユーモア、笑えるくだらないことにあるのでその出自もWebのおもしろ記事にあるんですね。
ユーモアという日本語には昔から「上品なしゃれ」という意味があるそうです。英語の辞書だと「物事を面白いと考える能力」というもっと広い意味で出てきます。
前述のユーモアの記事のとおり、認知科学系の本に出てきた「ユーモアとは情報が無価値でったときに喜ぶ脳の仕組み」という考え(大筋で)に私は賛同してます。なので私はでユーモアを「くだらなさ」のような意味で使ってます。
明日のアーはこのユーモア、くだらなさを探っていく活動です。なので自分たちでもコントをやってます(今年は10月にやります)。生身の人間でくだらないことしようと思ったらコントが一番効果もあって成立しやすいですから。
とはいえそれでもコントをやるのはハードルが高いんです。バンドやりだす友達はいましたがショートコントやりだす友達はいませんでしたし。
コントとは「他人の身体を使って自分がおもしろいと思うことをやってもらうこと」とも言えますからね。こんなの字面だけだと奴隷のような仕事じゃないですか。恥をともなって尊厳を傷つけますし。危ないんですよね。ああいつかコントやってみたいなあと星空を眺める日々でした(別の媒体で記事にしてます)。
ですが今、コントは一般の人がやってるんです。TikTokで。え? そんなことになってたの?
コントは奴隷の仕事です。恥をかかされますから。(『アーの9』撮影:明田川志保)
修羅の国TikTokで人々はコントを始めていた
TikTokというものが世に出たと聞いて、試しに見てみました。女の子が踊ってました。他にも脂っこいものを食べたり、不良が脅してきたり、人間の生理的欲求に近く、品がないものがどんどん出てきます。おもしろがって見てたら画面の中の人物が大麻を吸いはじめました。その動画はすぐに消されたことでしょうけど、下品を超えて本当の悪に当たったわけです。
「だとしたら大北さんのTikTokは荒れてますね~!」
TikTokに転職した知り合いが言ってました。TikTokは見る動画を自分で選ぶのではなく、各視聴者が好みそうな動画をレコメンデーションエンジンによって選んで流すそうなんです。私の無意識がどんどん悪を呼び込んでいたんですね。
その後もTikTokはよくチェックしてたんです。学校あるあるやバイトあるあるなどみんな自分の経験した狭いあるあるを各々披露していました。「細かすぎて伝わらないモノマネ」として職種や状況がどんどん細分化されていくのを目の当たりにしました。中にはグリーンバックで背景を合成している人たちもいるんです。
@mituo0512 陰キャのグループに飛ばされる奴 #学校あるある #藤原 ♬ オリジナル楽曲 – ごりちゅう
グリーンバック合成で学校あるあるしてた人。検索で出てきました。
あれ? これもうコントなんじゃない? と思いました。実際にあるあるネタを集団で演じる人たちもいます。
@ninjaiina 居酒屋店員から秒で嫌われるお客さんの一言 #あるある #居酒屋 #居酒屋あるある #飲食店あるある ♬ オリジナル楽曲 – 💀Skelton Ninja IINA🥷 – Ninja IINA🥷【にんげんっていいな】
「にんげんっていいな」という芸人さんのアカウント。5人くらいがグリーンバックの前に
あ、コントになってる。笑わせることを目的としたフィクションの短い演劇ですよ。一般の人(プロも多そうですが)がグリーンバックでコントやってるんですよ。
今みんながお笑いのことが好きだと言いましたが、ついに一般の人がコントをし始めたんです。え~、いつのまにそんなことに!
もはやコント番組が存在しない時代
いや、なんでそれがショックなんですか? と思われるでしょうけど、コント番組って一つの”上がり”の状態だと思ってたんですよ。
私はアーが評価されたらコント番組でコントを書いたりするようになるんだろうなと思ってたんです。
『夢で逢えたら』『笑う犬の生活』『ロバート・ホール』おもしろいコント番組はたくさんありましたよね。学生時代に友人の姉がおもしろいと言ってたと伝え聞いて、深夜にカルチャーを覗き見るような番組が。でもだんだん先鋭的なコント番組はなくなり、もうコント番組自体ないですから。
コントってお金がかかるそうなんです。一度テレビの特番でコントをやらせてもらったときに美術セットの値段を聞いて驚きました。かといってザッピングする視聴者の目に止まるには「おっ!」と思わせる美術セットが必要なんだそう。
でもこれをコントごとにやってたら高額になるし…かといって今はみんなの興味もおもしろさも細分化されてますから大きな予算をかけて一つのおもしろさを打ち出しにくいよなあと。
それがTikTokでは「もうグリーンバックでいい」となってます。”目が肥える”の逆の視聴者の”目がやせ細りまくってる”とも言える状況なんですよ。
アーがくだらなさの探求であるならば、一体ここでは何が行われているのか探るべきじゃないですか。そこで自分たちでも動画を作ってみることにしました。
TikTokのスター達に「おもんないのう」
調査の意味もありますしどんなものが流行ってるのか探りました。実際にはグリーンバック合成よりも実写のロケものが人気があるようでした。
ショートドラマでは『こねこフィルム』や『ごっこ倶楽部』というのが人気のようです。そこから派生したものもあり『DaiKai』は女の子を「イケメス」と呼んでナンパテクニック(ファンタジーとしてですよ)の動画を作ってます。
他にも色々あるようですがコントっぽいノリで人気だったのは『いぶよへスカッシュ』『またコントね』あたりでしょうか。
どれも「くだらない(笑)! かなわない!」というものではありません。冗談というものは基本的には「こうあるべきという予想線からのズレ」ですが、どれも既視感のあるズレ方をしています。
ここで私達の中に潜む粗品が顔を出してきます。粗品氏は「こうあるべき」というズレからさらにズレた「一個飛ばし」の冗談をしますから(お笑いの界隈で「センス」と言われてるのはすべてこの「一個飛ばし」であるような気がします)。
TikTokのスター達を前にすると私達の中にもそんな粗品が現れます。「おもんないのう」「おれの方がおもろいのう」と。でもこれが罠なんですよ。彼らは民が選んだものなんです。
@coneco_film_ 席は譲っても、プライドだけは絶対に譲らない女たち。 #席は譲る #プライド #電車 #ショートフィルム #ショートドラマ #短編ドラマ #映画 #短編映画 #こねこフィルム #ショードラアワード2024 ♬ オリジナル楽曲 – 【こねこフィルム】 – こねこフィルム/CONECO FILM
こねこフィルムから再生数の多かったもの。ショートドラマというジャンルなので笑いを目的とはしてなさそうですが。
ショート動画は極めて民主的なボトムアップ型コンテンツ
TikTokというのは視聴者が見る動画を選ぶのではなくアルゴリズムが決めてくれます。動画を作る側からすると、動画をアップロードするとアルゴリズムが配ってくれるんです。
最初はおそらく100人くらいに配ってくれます。そこで長く視聴されたものだけ今度は400人に配ってくれて、さらによく見られたものを1000人、5000人…最終的には100万人のバズとなるわけです。『M-1GP』の一回戦、二回戦…というようなイメージですね。
ただし審査員はいません。すべてアルゴリズムです。民たちがよく見たコンテンツだけ配られる。考えてみればこれはコンテンツの民主化とも言えるんじゃないでしょうか。
ボトムアップ型とトップダウン型という考え方があります
ボトムアップ型意思決定方式とトップダウン型意思決定方式という言い方をスポーツの世界で最近見ます。選手で話し合ってチームを作る森保JAPANはボトムアップ、ゼルビア町田の黒田監督が選手たちに規律を求めるのはトップダウン、というように。Tiktokはこのボトムアップのイメージにぴったり。下が選んで上に押し上げて、さらに選んで押し上げて、とやっていくのですから。
TikTokの彼らは民主的おもしろさのスター選手たちなんですよね。
いやいや、SNSにおけるバズって全部そうでしょ。と思われるのは正しいです。私が衝撃を受けたのは、私達は今までトップダウン型のコントしか見てこなかったのに気づいたことです。ディレクターや作家ら専門家による「こういうの見たことないでしょ? 笑えるでしょ?」というものを私達は深夜に覗き見るように受け取ってました。
対して「民が長く視聴したボトムアップ型ユーモア」がTikTokのバズコンテンツです。私達は初めてボトムアップ型コント番組を目撃しているとも言えるわけです。
これらを粗品氏のように「おもしろくない」で片付けてしまっていいのでしょうか。この文脈でいくと「(みんなは支持するけど私は)おもしろくない!」と涙目で悲痛に叫んでるように見えてきますよね。これは危ないですよ。老後が短くなりそうです。民が選んだものに敬意を払いつつやっていく必要がありそうです。
TikTokではみんながスコップを売りまくっている
そしていよいよ私達は海の向こうにあると言われる「(私にとって)おもろないのう」な修羅の国に向かってボートを漕ぎ出すわけです。すでに絶望感が漂ってますか。
でも大丈夫です。「おもしろい/おもしろくない」以外にもTikTokには「バズる要素」がたくさんあると言われてますから。TikTok内部はゴールドラッシュ的なムードがあり、ゴールドラッシュはスコップ売りが一番賢いという逸話自体もみんな分かっている状態なんですね。なのでTikTokの中ではいかにバズるかの話をみんながしています。これを学びましょう。
TikTokで見つけていたバズり要素は「理不尽」でした。いくつかのドラマを見ているとどうやら人々は理不尽を好んでいる。いじめられている『おしん』を見たいようだと。幸いにも私達が思う「おもしろい」のストックには「まっすぐな悪」「純粋すぎる悪人」という弾があります。ちょうどいい。これをバズり要素で糖衣していくのはどうでしょうか。
そうやって私達は正露丸糖衣A錠みたいな動画を作りました。
@ass_no_ah コンビニコーヒーマシンでこんなことがあったなんて、、、私はいまだに信じられません 本当にあったひどい話がもしあればコメント欄にお書きください 出演:林ちゑ、小出水賢一郎、藤原浩一 作演出:大北栄人 録音:片岡敬 実際にはこんなことは起こってないのですから私は自分を信じます #ショートドラマ #短編ドラマ #ドラマティッカー #ショートフィルム #ドラマ特区 #メロドラマ #本当にあった怖い話 #本当に #昼ドラ #berandamuシ#あるある ♬ ルージュの伝言(魔女の宅急便) – Carl Orrje Piano Ensemble
かぼちゃプリンはトップであるお母さんに言われないと食べない
信頼できる筋の何人かに見せたところ反応もよかったのでそのまま公開しました。ですが数字には良い結果が現れませんでした。何本か作り続けていると、正露丸の中身自体はしっかり効いているのか笑いのエッジの部分が好きな人は反応してくれました。
いち早く反応してくれたAR三兄弟の川田十夢さんは全動画を振り返り分析する会に出てくれます(今週土曜6月1日開催)
となるとバズらない問題は糖衣の部分ではないか。その後も手法を変えつつ作り続けて20数本目、やっとバズが出ました。でも100万再生には届かないM-1GP準決勝のような成績でした。全体としても数字は予想を下回るものです。なぜでしょうか。考えた結果、私は一つの結論が出ました。
正露丸糖衣A錠だからだと。
思い出しました。私が未就学児の頃、母に「プリンできたよ!」と聞いて食べたプリンがかぼちゃプリンだったときのことを。一口食べるなり大北少年は「死ね!」と言ったそうです。愛する母にですよ。やはりプリンはプリンである必要があるんです。
そして気づきました。「YouTuberはおもしろくない」と言われるあの「おもしろくなさ」。あれこそが美徳であり価値だったんじゃないかと。糖衣じゃダメなんです、真正の正真正銘プリンでないといけないんです。
そうですよ、よく考えてみたら特にボトムアップ型なんだからそうですよ…と気付いたころには完全に字数が足りてませんでしたのでこの続きはまたご報告させてください。