2022年に読売演劇大賞を受賞し、映画化もされた舞台『ヒストリーボーイズ』が、新木宏典と片岡千之助のW主演で上演される。イギリスの劇作家であるアラン・ベネットによる戯曲「ヒストリーボーイズ」は、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を目指す個性豊かな男子高校生たちの葛藤と成長、教師との対立などをユーモアたっぷりに描く中、真の教育とは何か、豊かな人間とは何かを浮き彫りにしていく作品。学生の中でリーダー的な存在のデイキン役を、歌舞伎界のホープであり、さまざまな分野で注目を浴びている千之助が演じる。歌舞伎以外の舞台は初挑戦となる千之助に、本作への意気込みや芝居への想いを聞いた。
――歌舞伎以外の舞台に出演するのは初めてだと聞いています。どういった思いから今回、出演を決めたのでしょうか?
最近は映像のお仕事など、歌舞伎以外でもお仕事をさせていただいているのですが、そうする中で、ふと自分と同世代の俳優をしている友達たちを見て、歌舞伎以外での舞台の経験というものが今、自分には必要なのではないかと思うようになりました。そんな矢先にお話をいただいたので、これはぜひチャレンジさせていただきたいと思って出演させていただくことにしました。
――歌舞伎以外の舞台での経験が必要というのは、具体的にはどういったところで感じているのでしょうか?
まず映像で現代語での芝居という、どちらかというと自然なお芝居を求められる場所を経験して、歌舞伎をやっているときの感覚とは全然違うことを感じたんですよ。どこか宙に浮いているような、良くも悪くも若干の恐怖も感じました。ですが、その中でもっと自由にお芝居をして、自分のレパートリーや表現の幅を追求したいという思いも芽生えました。僕には、舞台の経験がないので、それもまたいい糧になるのではないかなと思っていたので、今回、願いが叶いました。
――映像での芝居は全く違うものだったんですね。
もう何も分からなかったです。歌舞伎や舞台では物語の順番通りに演じますが、映像は必ずしもそうではないじゃないですか。未来を撮って、次は過去を撮って、また未来を撮って…ということもあるので、全くの別物でした。ただ、いろいろな俳優さんや、いろいろなお仕事をしたいという思いが強いので、新しいことにもどんどん挑戦していきたいなと思います。
――すでに『ヒストリーボーイズ』の脚本を読んだり、映画をご覧になっているそうですが、率直な感想を聞かせてください。
10年前に日本でも上演された作品ですが、ゲイの問題をはらんでいたりと、今の時代にこそ合う作品なのではないかなと思いました。(新木が演じる新人教師の)アーウィンとデイキンは、先生と生徒という立場の違いはありますが、お互いに同じ時間軸を生きていて、同じ環境に身を置いて、それぞれの観点から濃密な時間を経験し、成長していきます。お互いがいるからこそ人間力を高めることができているのだと思います。高校3年生というのは、それから先を考えると一番多感な最後の時期だと思います。そんなときに、こうした経験をリアルにできたら素晴らしいなと思いました。
――デイキンに共感するところや理解できるところはありましたか?
デイキンは、頭がよく、成績も良いですが、大人っぽくて何でもそつなくこなすことができる子です。自分との共通点を自分で言うのもなんですが、僕も学校に通いながらも大人に囲まれてきたので、そういう意味では大人っぽいと言われることが多いので、そこは共通しているところなのかなと思います。それから、デイキンは、先を見据え、引いて考える力、そして集中する力、1つの物事をさまざまな観点から見る知識があります。僕自身はそれができているとは思いませんが、その考え方には共感できると思いました。頭がいい故に、複雑。そういう人物なのかなと思います。
――今の時点では、そんなデイキンをどのように演じたいですか?
デイキンの持つ大人っぽさはきちんと出さなければいけないですが、彼はまだ高校生なのでどこかしらの「青さ」も意識したいです。その「青さ」というのは誰しもが共感できるところでもあると思います。演劇は、観る側の心を近づけるというのが大きなところだと思うので、きちんと掘り下げて演じられたらと思っています。あとはあまり考えすぎず、フィーリングと言ったら軽く聞こえるかもしれませんが、感じることを大切にして演じたいです。
――デイキンのアーウィンに対する思いはどのように考えていますか?
最初は、突然やってきたアーウィンに対して、あまりいい感情は持っていなかったと思います。でも、(デイキンは)リーダーで、一番落ち着いて周りを見ている人なので、アーウィンのこともしっかり見ていて、物語が進むにつれてだんだんと彼の知的な部分に惹かれていきます。ただ、アーウィンは一筋縄ではいかない。デイキンは押したり引いたりしながら、絶妙な距離感でアーウィンと接します。そのデイキンの関係性の作り方は、本当にすごいなと思います。人に心を寄せて近づいても、近づきすぎない。僕自身も24歳になって、やっとその距離感に気づき始めました。それが高校3年生でできるデイキンは大人ですよね。興味があるし、好きだという思いがあるからこそ、引くことも大事なんだなと感じました。
――アーウィンと(石川禅が演じるベテラン教師の)ヘクターは正反対の人物ですが、千之助さんとしてはどちらの先生に惹かれますか?
僕はヘクターです。どこか変わっている人が好きなので(笑)。でも、もし、アーウィンが専門としているものが、自分が本当にハマっている分野だったら、ヘクターを経てのアーウィンかもしれません。それが、最高かな。ヘクターの言葉で興味を持って、アーウィンの知識の深さやあの雰囲気に惹かれて。ヘクターは、最初の入り口としてすごく良いと思います。興味を持たせてくれて、面白い。けれども、そこを深めたいとなったときには、アーウィン。なので、二人がいたらいいですよね(笑)。
――今回、共演者の方々も皆さん初めてなのかなと思いますが、共演者の方々に対する楽しみは?
僕の中で、最初に驚いたのは、長谷川さんと共演させていただけることです。ウルトラマンが大好きで、世代は違えど「ウルトラマン80」で長谷川さんが変身されているのも拝見しているので、共演できることがとても嬉しいです。ほかの皆さんも、有名な方ばかりなので、その中に僕が出演させていただくというのはとても光栄なことだなと思います。
――こうして初共演の方ばかりというのもかなり新鮮なのでは?
意外とないですね。歌舞伎は知っている顔触れですし、座組みも決まっていますので、いろいろな方と共演させていただいて化学反応があって、そこでいろいろな学びを得られたらありがたいです。
――お稽古もまた、歌舞伎とは違うところも多いと思います。
分からないことだらけです。ただ、そうしたことも含めて、こういうものなんだと決めつけずに、自分の中で噛み砕きながら挑みたいと思っています。お稽古も演出家さんによっても変わるものだと思いますし、ゼロから一つひとつ楽しんで学んでいければと思います。
――お稽古に向けて今、準備されていることはありますか?
体力作りはしなければいけないなと思います。それから、心配なのは声です。歌舞伎の発声とはもちろん違いますし、地声で大きい声を出したら潰れてしまうのではないかと不安はあります。周りの俳優さんたちからも「喉を大切に」ということを聞いているので、そこは気にしています。それから、僕は今、大学にも通っていて、演劇などを学ぶ学部にいるので、演劇に携わっている同世代の人がたくさん周りにいるんですよ。そういう人たちに(以前の公演などの)「『ヒストリーボーイズ』の映像を一緒に観よう」って言っていて、意見をぶつけ合う会をしたいと思っています。それは、僕の稽古前の準備でもあるんですが(笑)、そういうことができたら自分がその大学にいる意味もあるかなと思って。この作品はイギリスの作品ですが、大学のフランス演劇が専門の先生にお話を聞いていろいろなお話も聞かせていただいたりもしています。
――さまざまな視点から作品や役にアプローチしているのですね。
そうですね。1つの視点に固執したくないと思っているんですよ。お客さまもさまざまな方がいて、さまざまな視点でご覧になると思いますし、演じる人によって役も変わってくる。ただ、その中でもやっぱり共通するものはあると思うので、それを探したいです。
――そうした役の作り方は、普段、歌舞伎でも意識されていることなんですか?
歌舞伎でも日によって自分のチャンネルは変えています。踊りもそうですが、こういうテンションでやってみたら、この役の見え方はどうなるんだろうといったように、日々、少しずつ違う試みをしています。それは、料理と似ていると思います。僕は、よくパスタを作るんですが、パスタはとにかくそのレパートリーが無限にあるじゃないですか。何を入れても作れるし、いろいろな味の表現の仕方がある。僕は、ペペロンチーノが好きなのでよく作っていますが、そのペペロンチーノも毎回、そのときによって多少、加えるものを変えて変化をもたらせているんですよ。今日は中華風にしてみようかとか、今日はちょっと塩を多めにしてみようかとか。自分は良くも悪くも飽き性な部分があるので、そうやっていろいろなことを試したいと思っています。
――飽き性ということですが、歌舞伎やお芝居、踊りはずっと続けてこられています。きっとこれから先も続けられるのだと思いますが、飽きずに続けている楽しさ、魅力はどこに感じているのですか?
今、歌舞伎を少しお休みさせていただき、大学に戻りながら、これまでやったことがないお仕事にチャレンジさせてもらっています。
物心がつく3歳からやらせていただいてきた歌舞伎で培ったことが今の僕を育成してくれましたが、今の僕にとってこの先、自分が目指す”表現”について奥深く考える時間に現実的に限りがあることを感じていました。ほぼ毎月のように歌舞伎をやらせていただけることはとても有難いのですが、「次のセリフを覚えなくては。あの人の映像を観なくては。習いに行かなくては。」そうしているうちにすぐ本番が始まり初日を迎えお客様の前に立つ、その当たり前のことに今一度、振り返り自分を見つめ直したいと感じました。今、復学しながら西洋・東洋の芸術、また演劇の勉強をしていると、本当に自分が何を求めているのかが、ふつふつと湧き出てきたような気がします。今、思い切って歌舞伎をしていないこの時期にご縁をいただくお仕事と丁寧に向き合いたいなと思いましたし、これまで挑戦できなかったことをしてみたい、自分を試したい。僕もまだ24歳、けれどもう24歳なので、今のうちにできること、今だから吸収できることが大事なのだと感じています。そうして何かに挑戦するのも、全て表現に関わることばかり。結局、表現することが好きなんだと思います。ただ、なんで芝居をしたいんだろう、なんで踊りたいんだろうというと、そこに理由はありません。もちろんこうした世界に生を受けやらせてもらってきた事実、”表現”ができれば、それが映像でも舞台でもなんでもいいんです。役者ができるならそれでいいんだと思います。
――そうすると、今、一番大きな目標、やりたいことというのは、表現を続けていくこと?
表現できれば、それだけでいいです。本当は、もっと明確な答えができればいいのでしょうし、歌舞伎役者らしい答えをするべきなのかもしれませんが、今はこんなにも面白そうなお仕事をいただけているので、目の前のことを楽しむことだけだと思います。もちろん、まだ挑戦したことがないドラマだったり、仲が良い俳優さんたちと共演したり、やりたいことはたくさんありますが。
――ありがとうございました! では、青春群像劇というこの作品にちなんで、千之助さんの青春の思い出エピソードを教えてください。
僕の中での青春は学生時代に校庭でサッカーしたことです。部活には入っていなかったんですが、中高時代は昼休みにボールを蹴るのが大好きでした。まだ誰も出てきてない校庭に一番乗りして、一発目のボールを蹴るんですよ。どんどん人が集まってきて、みんなでサッカーして…。大雨でも降っていない限り、毎日やっていました。それが学校に行っている意味でもあるというくらい大好きな時間でした。今も学校に通っているので、その頃とはまた別の意味で、青春に向き合えていると思います。とにかく学びたいという思いで通っているので、もしかしたら、僕もこの物語のキャラクターの一人になっていたかもしれないですね。
――最後に、改めてこの作品の見どころと公演に向けた意気込みをお願いします!
高校3年生の頃は、きっと誰もがこれからどうやって生きていくんだろう、どうやって生きていこうと考えると思います。その一瞬一瞬が大事な時間で、自分を見つめ直す時間はとても大切な時間です。そうしたことを感じていただける、キラキラしたお話だと思います。そして、大人の人たちにも思うところがたくさんあり、いろいろなことで悩んでいるというのをこの作品を通して感じていただければと思います。僕には初めてのことも多い作品ですが、一生懸命楽しんで演じたいと思います。辛さも楽しさに変えて、お客さまに何か少しでも良いものを伝え、喜んでいただけたらと思います。
取材・文/嶋田真己