舞台『暗くなるまで待って』 凰稀かなめ インタビュー

サスペンスの傑作『暗くなるまで待って』が、来年、日本各地で幕を開ける。同作は1966年に脚本家のフレデリック・ノットが書き下ろし、ブロードウェイで初演。オードリー・ヘプバーン主演で映画化もされ、人気を集めた作品だ。主人公は盲目の若妻スージー。スージーの夫のサムがひょんなことから持ち帰った麻薬が仕込まれた人形を、怪しい男3人が狙っている。3人はサムが留守中のロンドンのスージー宅を訪れ、あの手この手を使って人形を奪おうとするが、彼女は機転を利かせて彼らの正体を次々と暴いていく。スージー役を務める凰稀かなめが会見を開き、作品や独創的な役作りの仕方、宝塚歌劇団退団後の生活など、多岐にわたって話してくれた。

 

――作品の印象はいかがでしょうか。

凰稀「お話をいただいたときに、盲目の女性の役でオードリー・ヘプバーンさんが演じていたことを知りました。今まで障害を持った役を演じたことがなかったので、役者としてすごく勉強になると思ってオファーを受けたんです。もともとスージーは目が見えていて、事故で盲目になった。あるところから無くなってしまったという喪失感がある。でもそれに屈せず、彼女は目が見えなくなることを理由に何もやらなくなるのではなく、逆境に立ち向かっていく。その心の強さに強く共感しましたね」

 

――稽古がこれから始まって、どう演じるかという状況ですね。

凰稀「最初から目が見えないという風に演じると芝居が噛み合わなくなってしまう。最初は共演者の目を見て芝居をした上で、見えない芝居というのをつけていかなくてはいけないのかなと思っています。今、私にできることといえば、アイマスクをして、目が見えない状況を作って過ごすことかなと考えています」

 

――ヘプバーンさんの印象や、同じ役をやるにあたってどのような思いですか。

凰稀「ヘプバーンさんは皆が憧れるかわいらしい可憐な女性。そういうイメージが皆さんあると思うんですが、スージーでは全くそのイメージがない。少しこの作品の映像を見たんですが、全然違うんです。あんな声を出して、こんな表情をするんだと。『暗くなるまで待って』が注目を浴びた凄い作品なんだということは、映像でも分かりました。ヘプバーンさんはへプバーンさんの、過去に日本で上演した先輩方は先輩方の、私は私のカラーが出せればいいなと思っています」

 

ーーキャストの加藤和樹さんとは『1789-バスティーユの恋人たち』で共演されていました。今回、加藤さんは悪党ロートの役で、凰稀さん演じるスージーと攻防を繰り広げます。加藤さんは「『1789』では凰稀さんに遠慮があったので、今回はもっと詰めた関係を作りたい」とおっしゃっていましたが、いかがですか。

凰稀「『1789』でご一緒しても絡んだシーンが全くないので、まだお互い分からない状態なんですよ。ただ、舞台袖で見ていて、加藤さんの役作りは毎公演違って新鮮なお芝居をされるということは分かっています。加藤さんには『姉さん、姉さん』と呼ばれていますが、私にかなり気を使われているのではないかと(笑)。お互いに気を使わないように、やっていければいいですね。今回は立ち回りもありますから、そこで信頼関係が出来ていないと、ケガにつながってしまいます。でもあまりコミュニケーションを取りすぎても役柄的にはよくないので、そこの距離感は保ちたいです」

 

――いつもどんなところから役作りを始めますか。

凰稀「今回のスージーは盲目であると書かれているので、それは前もって準備できること。最初に自分で脚本を読みますが、共演者がどんな声でセリフを言うかによって、また全然変わってくるんです。稽古初日に脚本(ほん)読みがあるんですが、そこで、それぞれの表情と、言葉のイントネーション、リズムをすべて頭にインプットします。脚本読みをやった時の第一印象は一番強くてそこで覚えるんですよ。そして、全員の作り出すものをうまく汲み取って、この人だったらこういう対応をしようと稽古場で考えますね。対でやってみないと分からないもので、自分一人で考えても独りよがりの芝居にしかならない。言葉にないものを皆で作り上げていかなければ、緊張感は生まれてこないと思います」

――スージーは絶体絶命のピンチを切り抜けますが、凰稀さんは舞台でそういうご経験はありますか。

凰稀「意外に何とかクリアしちゃうんですよね。運がいいみたいです。事故や問題が起きたことは今までなくて、逆に助ける側が多いかも。宝塚時代、自分がトップじゃないときに、トップの方が何か小道具を忘れると、舞台に行って渡したり、せき込んでセリフがしゃべれなくなると、お水を隠し持ってひょいっと渡したりとか(笑)」

 

――今回、スージーには色んなことが降りかかりますね。

凰稀「受け芝居は難しいですよね。すべて共演者のすることを受けて、そこから駆け引きがある。少女のグローリアが色んな状況を教えてくれるので、その関係性もうまく出せればいいですね」

 

――加藤さん演じるロートが色んなピンチをスージーに運んできます。

凰稀「史上最強に悪い男らしいですね、加藤さんは。猪塚健太さん演じるクローカーと、高橋光臣さん演じるマイクは悪者。松田悟志さん演じる夫のサムは、スージーが盲目だからといって甘やかさない。『大丈夫か?』というんではなく、『あっちまで行ってみろ。遅いぞ』と、ユーモアに変えてしまう。夫婦の関係性も出せればいいなと思います。加藤君が極悪人を演じるイメージがないので、彼がどう変わるのかもすごく楽しみです。よくは知りませんが(笑)、真面目で良い人なんです」

 

――凰稀さんはミュージカルでご活躍ですが、芝居もお好きだそうですね。芝居のどこに惹かれますか。

凰稀「全く違う人間になれるのがすごく楽しくて。自分の人生のほうがつまんないんですよね(一同笑)。うまく言えないんですけど、自分の人生をやっているときのほうが、どうしたらいいんだろう…なんです。他人の人生をやっているときのほうが、色んなことを考えられるからすごく楽しくて。芝居しているほうがすごく楽なんです」

 

――それなら、芝居をすることは辞められないですね。

凰稀「辞めたらどうなるんでしょうね、うつ病になっちゃうかも(笑)。宝塚時代のときからそうですけど、演じているほうがずっと楽ですね」

 

――昔は、女役よりも男役のほうが楽だとおっしゃっていましたが。

凰稀「いえ、男や女は全然関係なくて。自分とかけ離れた役をやるのが楽しいんです。楽ですね。何も役を演じていないときは、家に籠って外ばっかり眺めています。『あ、あの雲は…』とひたすら雲を追いかけるみたいな(一同笑)。暗い変な子みたいですね(笑)。たとえ、自分が死ぬ役であっても、人を殺す役であっても、それがその人の人生だから。普通の生活で人を殺すことはできないけど、舞台では演じられる。嘘の世界で色んなことを本当のように演じられるのが面白いんです」

 

――『1789』のマリー・アントワネット役では、マリーが降りてきて会話しているとおっしゃっていました。どの役でもそうですか。

凰稀「どの役もそうですね。一回、役としゃべりますね。勝手な想像ですよ。『あなたは何色が好きなの?』『~色です』『そう、私はこの色が好きなの』とか。『何食べるの?私、海のもの食べられないの』『エーッ』みたいな(爆笑)。怖い子ですよね(一同笑)。ずっとこんな感じです」

 

――今回、スージーとも会話されるのですよね。

凰稀「すると思います。どんな会話が出てくるのか」

 

――例えば台本を読んだ後など、どの辺りの過程で会話をされるのでしょうか。

凰稀「最初に疑問に思ったことを会話しますね。『どこで生まれたの?』『私は神奈川県』とか、その辺りからですね。台本の中で、自分と似ている部分や似ていない部分、似ている境遇を探したりしますね。そこで、『私も実はこういうことがあったんだ。ちょっと似てきたね』と照らし合わせる。『こういう時は、そんな感情にはならないんじゃない?』というように一人でやっています。怖いですよね(笑)?」

 

――いえ、羨ましいです(笑)。

凰稀「誰も入れない世界ですよね(笑)。そういう風に一人で勝手に想像、いや妄想の世界に浸って舞台によって色んな人格に変わるので、たぶん、一番迷惑が掛かっているのは、事務所の社長だと思います(一同笑)」

――役との会話は、千秋楽が終わって演じる必要がなくなっても続くのですか?

凰稀「千秋楽までには話し切っちゃうので、もう話すことはないんです(笑)。それが終わったら、さよならです(一同笑)」

 

――すぐに、次の役に進むのですね。

凰稀「今までずっとしゃべり続けた人はいないですね。ある時期から急に会話がなくなっちゃうんです。そうなった時に、『あ、セリフを忘れよう』と。それがきたら、覚えたセリフを一切忘れるようにしているんです。そしてほかの人と会って、普通に会話もする。未知の世界ですよね(笑)」

 

――忘れたセリフは、もう一度思い出すのですか。

凰稀「忘れちゃったら、忘れたままで仕方ないなと。『忘れろ』という演出家の方もいます。その人の言葉が今も印象に残っているんですね。『すべて忘れて、出てこなかったら出てこないでいいんだ。思ったことを言ってみろ。そこまで行けてないんだったら、お前はまだその役が出来てない。だからたくさん会話をしろ』と教わったんです」

 

――宝塚歌劇団を退団されてもうすぐ4年です。ご自身の中で変化はありましたか。

凰稀「辞めたという感覚がいまだにないんです。本当に辞めちゃったんだと皆さん、ガックリくる人が多いと聞いていましたが、『あれ、私、本当に宝塚にいたのかしら』という不思議な感覚です。基本的に何かが変わったということはないですね。男役から女役をやるのは変わりましたが。今はたくさん眠れることに幸せを感じますね。目覚ましをかけないで寝られるんだという幸せと、外を普通に歩ける。宝塚のときも劇場付近を歩いていましたが、道端に咲いている小さいお花や、空気のおいしさ、綺麗なお星さまなど、宝塚時代は見えてなかったものが新鮮に見えるんです。今はもうあたり前になってきたんですけど(笑)。辞めてから、小さな幸せをたくさん見つけましたね」

 

――今後のことを考えることはありますか?

凰稀「あまり考えないですね。思いついたらやるみたいな。普段はあまりものを考えないで行動するんです。行動するというと語弊があるかな。普段、あまり家から出ないので」

 

――自宅と劇場の往復でも苦にならないと。

凰稀「全然、大丈夫です。どこかに行きたい、旅行に行きたいとか全く思わないですね。日本食が好きで、ご飯が大好きなので、海外旅行にもあまり行かないんです。普通に日常生活を楽しんでいます(笑)」

 

――ファッションの変化はありましたか。

凰稀「スカートじゃないですかね。今、頑張ってはいています」

 

――まだ頑張らないとダメな感じでしょうか。

凰稀「あんまり出かけないので、スカートをはく理由がないんです(一同笑)。お仕事のときにスカートをはくので、わざわざ短いスカートをはいてお稽古に行こうとは思わないです。スースーするので(笑)。ヒールの靴ははくし、ネイルもしますし、女性として綺麗にしようという意識はありますね。男役のときは意識しなかったんですが(笑)」

 

――凰稀さんが入室された瞬間からいい匂いがしているのですが、役によって香水を変えたりしているのですか。

凰稀「もちろん、しています。香りが大好きで今は自分で作った香水を付けています。もともと宝塚にいるときから役柄やショーによって香りを変えていたんですよ。銀橋(宝塚大劇場、東京宝塚劇場の舞台前面、オーケストラと客席の間にある通路のような舞台)を渡るときに、前方の方々に匂いが届くように、靴の裏や手、鬘につけたりして。風を流したときに、何ていい匂い、ここは夢の世界だと思ってほしかったんです。辞めてからは、自分で作ったほうが早いと思って、今までに私が出演した舞台『1789』『銀河鉄道999』『花・虞美人』と、自分のコンサート用に4つ作りました。今、『暗くなるまで待って』用にも考えているんですが、難しいですね。スージーが持つ強さや、サムの愛情のやわらかさも匂いとして出したい。でも、香りを出し過ぎたら、周りの男たちにスージーの存在がバレちゃいますね(笑)」

 

――今回のキャストはグローリアを除けば、凰稀さん紅一点ですね。

凰稀「イケメンパラダイスですね(笑)。目の保養になります。でも、目が見えない役なので、難しいところですね(笑)。テレビでもご活躍されている方々なので、私にとっても勉強になりますし、お客さまにとっても目の保養になると思います」

 

――関西には凰稀さんのファンがたくさんいます。

凰稀「関西は初日でもお客さんの反応が新鮮で、波や空気が伝わってきやすい。東京は静かで、じわじわ波打ってくる感じ。関西は大波がまとまって来るようです。舞台は最終的にお客さんが空気を作り上げるものです。お客さんが何を感じたかという空気が動けば、すごく包み込まれるんですが、動かないときは本当に動かない。そこに行くまでは緊張しますね。『さよなら、チャーリー』では、私は開演20分後に舞台に登場するんですが、お客さんの空気を感じられるように、ずっと舞台袖から客席をのぞいていました。すごく波が出てきていたので、安心して演じられましたね。やっぱり人が温かいです。関西はお笑いには厳しいですが、ファンの方々はやさしく見守ってくれる。それに甘えてはいけないなと思います。だからこそ、毎日、違うことをやろうと。ファンの方は一週間あったら、一週間の半分は来てくれたりするので、毎回何か違うことを届けて、泣かせ、怒らせ、笑わせたい。常にそういう気持ちでお客さんと向き合っています。相手と、第3者のお客さんを巻き込んで三角形でお芝居している感じですね」

取材・文 米満ゆうこ