舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場(いくさば)―稽古場レポート

舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場(いくさば)―が6月8日(土)より開幕する。

本作は、荒川弘による超人気コミックの舞台版。2023年に初めて舞台化され、劇場という空間の中で再現されたダークファンタジーの世界に多くの観客が熱狂。好評に応えるかたちで、第二弾の上演が決定した。

主人公、エドワード・エルリック(通称エド)役は、一色洋平と廣野凌大(Wキャスト)。その弟アルフォンス・エルリック(通称アル)役は、眞嶋秀斗。ウィンリィ・ロックベル役は岡部麟。ロイ・マスタング役は蒼木陣と和田琢磨(Wキャスト)と初演キャストが続投。さらに、本作より新キャラクターも登場し、人気キャラクターたちが生身の肉体で演じられることによって、どんな化学反応を起こすのか。初日を前に、ファンの期待も高まるばかりだ。

そこで、ローチケ演劇部が本作の稽古場に潜入。通し稽古の模様をレポートする。なお、今回の通し稽古ではエド役を廣野凌大、マスタング役を蒼木陣が務める。さらに進化した舞台『鋼の錬金術師』の片鱗を感じてほしい。

大好きな物語を再体験する興奮が、ここにある

5月中旬。ローチケ演劇部が稽古場を訪れると、すでに俳優たちが稽古着に着替え、それぞれストレッチに励んでいた。体をほぐしながら、そばにいるキャストと談笑したり。あるいは自分の身体と対話するように黙々と筋肉を伸ばしたり。和やかながら、引き締まった空気。それだけでカンパニーの充実が窺えるようだ。

およそ1時間半ほど、返し稽古(特定の場面を繰り返し練習する稽古)を行った後、いよいよ通し稽古がスタート。稽古場が、アメストリスへと一変する。

亡き母を蘇らせるため、人体錬成という最大の“禁忌”を犯したエルリック兄弟。その代償としてエドは左足を、アルは肉体のすべてを失った。自らの右腕を対価にアルの魂を取り戻し、鎧に定着させたエドは、元の身体に戻るため、アルと共に旅に出る。

元の身体に戻る手がかりに徐々に近づくエルリック兄弟だが、その前に「強欲」の名を持つ人造人間(ホムンクルス)・グリードが現れ、事態は風雲急を告げる。

舞台『鋼の錬金術師』の第一の魅力が、壮烈なアクションだ。今回も、グリードの襲撃、そこからキング・ブラッドレイの参戦と、開幕早々に激しいバトルが展開。鍛え上げられた俳優たちが目の前で繰り広げる殺陣は、ライブエンタメならではの臨場感だ。さらに舞台『鋼の錬金術師』では、生の歌とバンド演奏が加わることで迫力倍増。観る者のボルテージを一気に引き上げる。

特にキング・ブラッドレイ役の谷口賢志の俊敏なサーベルさばきは、「最強の眼」にふさわしい説得力。また、今回からシン国の面々が新たに加わるが、「軽業師」という形容にぴったりの軽快な身のこなしで、アメストリスの人々との違いを印象づける。エドとランファンのバトルでは、錬成したパイプを使っての殺陣をそのまま再現。長物を扱う廣野凌大の姿に自然とエドが重なり、大好きな物語を再体験する2.5次元ならではの興奮に身体が熱くなる。

舞台『鋼の錬金術師』の第二の魅力が、キャストとキャラクターのシンクロ率の高さだ。中でも今回光っているのが、新キャラクターであるリン・ヤオだろう。行き倒れになっているところをエドたちに拾われたリン・ヤオ。人当たりはいいが、飄々としていて、どこか腹のうちが読めない曲者感を、本田礼生が見事に体現している。声色に特徴をつけ、にこやかな笑顔にリン・ヤオの糸目顔が自然と思い起こされる。それでいて、フーとランファンの前では切れ者らしい顔を覗かせ、複雑な多面性を巧みに表現。リン・ヤオの登場を楽しみにしているファンの期待に十分応える演技だ。

再現度の高さという意味では、傷の男(スカー)も太鼓判を押したい一人。演じるのは、星智也。第一弾からの続投となるが、屈強な体格、重量級の存在感、轟くような低音ボイス、どれをとってもスカーそのもの。今回、スカーはヨキと行動を共にし、同じく行き倒れとなっていたメイ・チャンと出会う。第一弾公演で演じたショウ・タッカーとは打って変わって小物感のある大石継太のヨキ、メイ・チャンを演じる柿澤ゆりあの強かでありつつも少女らしさのある演技もぴったりで、スカー一行の動向につい目がいくのは、三者三様のハマり役っぷりに胸が躍ってしまうからだろう。

1幕ラストで見せる、廣野エドの鬼気迫る表情

舞台『鋼の錬金術師』の第三の魅力が、演劇ならではの演出だ。開幕前のため詳述は控えるが、ある場面でエルリック兄弟が深い悲しみと自責の念に見舞われる。このとき、二人が円環上を周回し続けるような演出がとられている。

音楽に乗せ、走り続けるエドとアル。悲しみの連鎖。抜けられないループ。円環というモチーフから様々なイメージがよぎり、思わず胸に迫るものがある。円環は舞台『鋼の錬金術師』では特に切っても切り離せないモチーフだ。漫画ともアニメとも違う、演劇だからこそ実現した演出が、深い余韻と共に脳裏に焼きつく。

こうした演劇的な場面は他にも随所で見られる。第一弾で死亡したヒューズ中佐。その殺害容疑が、マリア・ロス少尉にかけられる。それを報じる新聞が各所に配られるのは原作通り。だが本作では、舞台上にいる全員が新聞を一斉に開くという演出がなされている。何気ない場面のはずが、それだけでグッとインパクトが増す。名場面を再現するだけでなく、いかに演劇の文脈に変換するか。舞台『鋼の錬金術師』は、その試みに成功している作品の一つと言っていいだろう。
息つく間のないスピーディーな展開ながら、ダイジェスト感は一切ない。この爽快なテンポ感も、本作の面白さの一つだ。

廣野凌大のエドは、主人公らしい正義感の中に、年相応のヤンチャさが見え隠れする。特に秀逸なのが、コミカルなシーンだ。荒川弘の「鋼の錬金術師」には、深いテーマ性と親しみやすいギャグが絶妙なバランスで成立している。緊迫したシーンの合間に挟まれるギャグに思わず吹き出した読者も多いだろう。そんな荒川弘のギャグ絵感を、廣野のエドは生身の肉体でうまく生かしている。クセルクセスに向かう砂漠横断シーンなど、廣野の演じるエドがどこか荒川弘のギャグ絵を生き写しているように見えた。

眞嶋秀斗はスーツアクターの桜田航成と二人三脚でアルに命を吹き込む。舞台袖で桜田の動きを見つめながら、時に一緒に動くように前のめりになって台詞を言う場面が何度も見られた。また、通し稽古の前の返し稽古では、二人がアルについて相談し合う場面も。自分のせいで誰かが命を落とすくらいなら元の身体に戻らなくてもいい。そう訴える眞嶋の声に、アルの思慮深さが溢れ出ていた。

岡部麟は可憐さと気丈さを兼ね備えた佇まいがウィンリィらしい。アルについて「不老不死に一番近い」と言うリン・ヤオに「何も知らないくせに」と思わず反論する場面に、ウィンリィの優しい性格がよく表れている。

そして、蒼木陣のマスタング大佐は軍人らしい気高さと仲間思いの情の厚さが印象的。瀕死の重傷を負い絶体絶命の危機に瀕しながら、再び這い上がり、反撃を図る逆転劇は、まさに少年漫画の王道。バトルシーンに欠かせない滾り感を蒼木陣がしっかりと背負っていた。

1幕は、エドが自身の犯した罪について衝撃の事実を知るところで終了。雷鳴轟く中、自らの生傷をえぐるような鬼気迫る表情を廣野が見せ、2幕へと期待をつなぐ。―それぞれの戦場―という副題が示すものとは何か。その全貌は、劇場で明かされる。

舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場―は6月8日(土)より6月16日(日)まで東京・日本青年館ホールにて上演。大阪公演は、6月29日(土)・6月30日(日)の2日間にわたってSkyシアターMBSにて上演される。前述の通り、エドとマスタング大佐はWキャストでの上演となる。今回は紹介しきれかなった一色洋平のエドと和田琢磨のマスタング大佐や、他のキャラクターたちの活躍もぜひ楽しみにしてほしい。

取材・文/横川 良明
撮影/篠塚 ようこ