半世紀以上にわたって繰り返し上演されてきた、つかこうへいの代表作の一つ『熱海殺人事件』。2024年7月5日(金)よりスタートする紀伊國屋ホール60周年記念公演『熱海連続殺人事件』では、『熱海殺人事件 Standard』と『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』が上演される。『Standard』の荒井敦史と『モンテカルロ・イリュージョン』の多和田任益、二人の木村伝兵衛に作品の魅力やお互いの印象を聞いた。
――荒井さんは5回目の出演。多和田さんは中止になってしまった2021年公演のリベンジ的な部分もあると思います。今回の『熱海』に対する意気込みを教えてください
荒井 今回は今まで積み上げてきた中から1つ何かを残したい。つかさんが作った『熱海殺人事件』という作品の中で、演じる人が変わればキャラクターも変わっていきます。その中で、僕なりの正解を提示できたらと思っています。それがモチベーションであり意気込みですね。
多和田 リベンジ的な気持ちもありますが、二つの『熱海』を並行してお届けできるのは当たり前のことじゃない。この機会に、『熱海』を見たことがない方、「モンテ(モンテカルロ・イリュージョン)って何?」という方にも作品の可能性を感じてもらえたらと思っています。僕はつかさんが書く言葉の美しさが好きなので、セリフが持つ力をぜひ演劇ファンから若い方まで、たくさんの人に浴びてほしいです。
荒井 (この上演は)贅沢だよね。
多和田 このチャンスを逃さずに、ぜひ両方見ていただけたらと思います。「両方良かった」と思わせるのが僕らの仕事。しっかり全うして、この作品の素晴らしさ、『熱海連続殺人事件』とはどういうことなのか、僕らを通して感じていただけたらと。
荒井 まず「“連続”殺人事件ってなんだろう?」って思うよね。「事件変わった?」っていう引っ掛かりがある。
多和田 その掴みもいいですよね(笑)。
――この作品を演じる上で大切にしていること、役作りにおけるこだわりはなんでしょう?
荒井 「人が人を殺しちゃいかん」ということ。木村も人であるというのがすんなり入ってくる人間性を意識しています。言っていることがはちゃめちゃだからこそ、突飛になりすぎないように。人間性を表現するのを一番大切にしています。
多和田 モンテは普通の熱海よりとんでもないことが多いので、その差をすごく意識しています。アクセル全開なところは徹底するけど、あっちゃん(荒井)が言った「人が人を殺しちゃいかん」ってセリフはモンテにもある。あのセリフに伝兵衛の人間性が出ていると感じて、初めて演じた時から大好き。モンテは歌ったり踊ったり、ショーみたいな雰囲気もあるけど、最後には伝兵衛の言葉に説得力が出るように意識しています。あとは愛がすごく大事だと思うので、愛を忘れずに演じていきたいという思いが増していますね。
荒井 (多和田の動作を見て)今のポーズ良かった。この角度から見るとグッとくる。どっかでやってよ。
多和田 そう?本番で(笑)?
――お互いが演じる伝兵衛の印象、魅力を教えてください
荒井 たわちゃん(多和田)の求心力と爆発力はとんでもないなって毎回思っています。どちらかというと狂気的。仮に僕が同じアプローチをしようとしても、ふざけちゃうと思うんです。あの勢いと爆発力ではできないなって。
笑っちゃうし、さっきのポーズもそうだけどちょっとしたことで嬉しくなって、もっとやってって伝えちゃう(笑)。たわちゃんの伝兵衛は面白いなって思いながら見ています。俳優としてというより、モンテは本当にお客さんとして、目の前で繰り広げられる演劇を楽しみに行っています。人の目を惹きつける力が半端ないなと思いますね。
多和田 僕が荒井敦史という役者を見ていて思うのは、そこにいるだけで安心感がある。それってすごく大切だと思います。カンパニーの中に経験が浅くて緊張している子がいたとしても、あっちゃんがいると場が安定する。みんながついていきたくなるような雰囲気があって、伝兵衛に関しても「この人がいてくれたらこの捜査は上手くいくだろう」という説得力があります。
僕は以前、犯人・大山金太郎を演じましたが、「あっちゃんの伝兵衛以外には叩かれたくない」って思ってたんですよ、実は。対峙していて、すごく愛を感じるんです。ちょっと情けないところもむしろ愛おしいし、人たらしなとこも伝兵衛とリンクしているなと思います。それでいて勢いもあるギャップが魅力ですね。
――今回、それぞれの見どころになりそうな部分はどこでしょう?
荒井 見どころは全部です。まだ稽古に入っていないものの、いつもとは違うエネルギーの出方になるのかなって。たわちゃんが金ちゃんを演じたときは「たわちゃんならこうやるだろう」がある中で想像を裏切ってきた。(高橋)龍輝くんの金ちゃんはブレーキのついてない新幹線みたいな感じで未知数(笑)。
多和田 急にどっかで爆発しそうだしね。
荒井 新幹線なのに空飛びそうな気がして。そこに新参加の富永(勇也)くんが絡むのが見どころになるのかな。あとは中江さんの演出がどうなるのかと、モンテとスタンダードを見比べられるところ。どっちから入っても面白いと思うし、設定が違うから両方見ることで気付くこともあるだろうし。あ、「俺を見ろ」って言っておけばいいのか。
多和田 お、伝兵衛っぽくていいね。
荒井 俺を見ろ。よし!
多和田 (笑)。見どころは……ドレス?
荒井 (笑)。綺麗なんですよ。
多和田 モンテの木村伝兵衛はバイセクシャルの設定なので、初めて見る方は設定の違いにも驚くと思います。
荒井 前回は楽屋で僕が毎日「たわちゃん今日も綺麗よ~」って言ってた。伝兵衛が伝兵衛を誉めるっていう(笑)。
多和田 誰も綺麗だって言ってくれないから(荒井の言葉に)自信をもらっていました!今回は4年分の勢いも溜まってるし。
荒井 今回は羽とか生えちゃうんじゃない(笑)?
多和田 いいね、練り歩いちゃおうかな(笑)。色が全然違う伝兵衛を楽しんでください。
荒井 今回はいちから作り直すの?
多和田 ベースは一緒だと思うけど、やしきさん(中屋敷)のことだから新曲も入るかも。
――紀伊國屋ホール60周年ということで、紀伊國屋ホールの印象や思い出があったら教えてください
荒井 僕らは改修前の幕締めも柿落としもやらせてもらいました。そんなチャンスなかなかないし、本当に一発目だったので嬉しかったですよね。あと、紀伊國屋は作品によって見せる顔が変わるから不思議。自分の気持ちの面でもあるかもしれないけど、思い出深いしこれからも立ち続けたい劇場ですね。
多和田 一緒です。回数的には『熱海』での出演が多いんですが、他の作品でも立ったことがあります。作品によって違って見えるし、見に行っても違う感覚がある。不思議と居心地が良くて落ち着きます。
荒井 いろんな顔を見せてくる劇場だよね。見やすい!来やすい!
多和田 (笑)。
――楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします
多和田 Standardとモンテが並行して走れるのは役者としてもありがたいです。尊敬していて大好きな役者である荒井敦史と一緒に走っていけるのは2020年の公演ぶり。個人的にも嬉しいですし、僕らだけじゃないたくさんの人の思いが詰まってパワーアップした両作品が世に放たれると思います。交互に見ていただくと噛めば噛むほど味が出るので、ぜひ両方に足を運んでいただけると嬉しいです。
荒井 モンテとStandardが交互に見られる機会ってまずないですよね。さらに、『熱海殺人事件』はいろいろなバージョンがあるけど、モンテはかなり異質。初めての方はそこから入ってみるのも面白いと思います。今回の2バージョンを見比べることで『熱海』がもっと面白く見られると思います。一生懸命頑張るので、ぜひ見にきてください。
インタビュー・文・撮影/吉田 沙奈