写真左から)谷藤海咲、伊藤歌歩、山田キヌヲ
ヒラタオフィスとTAACのタッグ公演第1弾は、飛び降り自殺の巻き添え事故を題材に、現代社会に潜む「境界線」を考える。作・演出を手がけるTAACのタカイアキフミ、出演者の伊藤歌歩、谷藤海咲、山田キヌヲに話を聞いた。
いい意味での曖昧さを見せる作品に
――まずはタカイさんに、今回の題材を選んだ理由をお聞きしたいです
タカイ 今回は「境界線」をテーマにしています。ここ数年でハラスメントや多様性など、高い倫理が求められる世の中になってきました。同時にいろいろなことを白と黒だけで判断する風潮があると感じますが、人間は曖昧な部分を持っているのが魅力なんじゃないかと思います。過渡期だからこそ、改めて考えたいです。以前から、飛び降りの巻き込み事故に関する話を書いてみようとは思っていました。そういった事件があったとき、SNSでは「人を巻き込むな」という意見が散見されます。それはとても正論だけど、演劇で描くなら当事者に迫るものにしたいと思いました。
――今回のお話をいただいた時の思い、意気込みはいかがでしょう?
伊藤 「境界線」は、私の中で「考えない」という意味で大事にしている言葉です。例えば「男だから」「女だから」「母親だから」という固定観念を持たずに目の前の人と接したい。誰かと接するときはその人の本質を見たいと思っています。この舞台を通して「境界線」というものについて改めて考えられそうで、とても楽しみにしています。
谷藤 この作品の前に、タカイさんのワークショップオーディションに参加しました。テーマやストーリーを聞くと、自分にもリンクする部分があったんです。作品を通して、私自身の経験に対して感じた気持ち、これからも大切にしたい思いを改めて明確にできたらと思いました。私も歌歩ちゃんと同じで、人と接するときに境界線を作りたくない。アイドルをしていた頃も、ずっと素で生きていました。自分らしくありたいし、友人はもちろんファンの方の悩みや些細な話もフラットに聞きたい。でも、世の中を見ると「境界線」がくっきりつけられていると感じることも多いので、そこをいい意味で曖昧にし、この作品を見た人が少しでも自由になれたらという思いで挑みたいです。
山田 今回私は1人で(伊藤と谷藤が演じる)2人の母親を演じます。2役の区別、自分と役の区別をどこまで表現しようか考えています。作品を社会にどう提示していくか考えたときにも、どちらかに偏らず、「境界線」を作るブロック塀の上にいなきゃいけないと思う。責任を持って提示していきたいです。
一つひとつの役をリアルに、丁寧に描く
――タカイさんがそれぞれの役の核としている部分、キャストの皆さんが役作りについて考えていることはありますか?
タカイ キヌヲさんがおっしゃったように、類型的なキャラクター像になるのは良くないと思っています。キャラ付けのための会話ではなく、一人の人間としての目的や思い、行動を描くことに終始したい。脚本も演出も、一面ではなく立体的に見ることを大事にしていきたいです。
山田 まだ作っている段階ですが、私の役に対して素敵な演出がされそうで楽しみです。
谷藤 現時点では、私が演じる雪は繊細で、家族・母親に対する愛があって、期待に応えようとしている役だと思っています。辛くても逃げずに戦い続け、自分の境界線や正解、正しい道がわからなくなってしまう。そのもどかしさを感じながら演じています。キヌヲさんが演じる母親に対しても歌歩ちゃんが演じる小春に対しても愛がある子だと感じるので、他人への気持ちはしっかり持って演じていきたいと思います。
伊藤 女子高生の話ではあるけど、そこに括れないと感じます。私と小春は年齢が10歳違い、環境も悩みも違うけど、必死に生きているという面では変わらないと思います。キャラクターという部分に固執せず、決めつけすぎずに演じたいです。
――今回のビジュアルでこだわった部分、撮影時のエピソードなどを教えてください
タカイ 撮影の時はビジュアルに折り目をつけると決まっていませんでした。作中において大事な場所である屋上で主演二人の関係性が見える写真を撮りたいと思い、境界線の表現をいろいろ考えて試行錯誤する中で、演劇のチラシをもらった時、鞄に入らなくて折ったりするなと。人が無意識のうちにつけてしまっているもの、社会で生きていく中で勝手に区別してしまうものを演劇のチラシを折る瞬間と重ねられたらいいなと思い、デザイナーの藤尾(勘太郎)さんと話してこのデザインに着地しました。
伊藤 すごく自由な撮影でした。普段は表情やポーズの指定がある場合が多いですが、今回は「視線の先にグラウンドがあって、そこに誰かがいるのを想像してみて」など、作品の世界の中にいる状態でカメラマンの引地(信彦)さんが撮ってくださって。役に沿って作品に溶け込む撮り方で、すごく好きでした。
谷藤 撮影という意識を持たずに撮ってもらうことができました。私たちがただ生きている瞬間を撮ってくれたという感覚があり、完成したビジュアルにも二人の空気感や物語の雰囲気が出ていると思います。作品を通して描きたいことを、写真だけでこれだけ表現できるのは新しい感覚でした。
劇場に足を運ぶ価値がある作品を届けたい
――手軽でわかりやすいエンタメが増えている中で、本作はそれぞれの立場で見えるものや感じることが違うものになりそうです。「あちらのお客様からですチケット」で初めて演劇を見る方もいると思うので、演劇に馴染みがない方に向けて見どころを教えてください
谷藤 現時点では、テンポなどを気にせず、その人が言いたくなったタイミングでセリフを言っています。そのリアルさ、普通さが見てくださる方に届いたら。劇を見る感覚よりは、この人たちの日常を覗き見しているような距離感がいいのかな。構えずに見ていただける空気感でお送りしたいと思っています。
伊藤 お客さんとの距離が近い劇場でもあるので、心の動き、目に見えないけど見えるものを感じられる舞台になると思います。目の前に人間がいるので、映画とはまた感覚が違う。静かだけど温度の高い、青い炎のような作品になると思います。一度見ていただけたら「これは唯一無二だ」と感じていただけると思うので、ぜひ見に来てください。
山田 若い頃にバックパックでヨーロッパを旅行し、ドミトリーで友達になった子たちとレストランに行ったことがあります。みんなで「やっぱりフランスってすごいね」と盛り上がり、お会計をしようと思ったら、隣の席のおじいちゃんが払ってくれていて。私たちがなけなしのお金で楽しんでいた時に、「ここまでよく来たな」と払ってくれたおじいちゃんがすごくかっこよく感じました。なにか演劇を見たいと思っている子たちに、そのおじいちゃんみたいにかっこよく(チケットを)買ってくれると嬉しいなと思います。
タカイ 初めてTAACやヒラタオフィス+TAACを見る30歳以下の方に向けた「あちらのお客様からですチケット」もありますし、U-18チケットは映画と同じくらいの価格です。演劇はわざわざ決まった時間にその場所に行くハードルの高さが価値で、そこでしか得られないものがあると思っています。万人ウケする見やすいものも必要だけど、ハードルを超えてくれたからこそ含蓄のあるものを届けたい。溢れかえっているファストファッションやカルチャーに物足りなさがある人、漠然とした不安を抱えている人たちに寄り添ったり背中を押したりできたら嬉しいです。今は「世の中には色々な分類の人間がいていい」という世界になっているけど、本当は誰もが分け隔てなくそのまま生きていけるのが理想だと思います。そういったことを暗に伝えられる物語になればいいなと。「今」に対して漠然とした不安を抱える若者や全世界の人々に見てほしいという思いで脚本や演出を手掛けたいですし、役者の皆さんも全力で応えてくれると思います。
観劇体験から何かを得てもらえたら
――仕事でもプライベートでも、大切にしている「境界線」はありますか?
タカイ 初対面の時は相手が10代でも敬語で話すようにしています。僕が10代の頃、初めて会う人にタメ口で話されるのが嫌だったので。どれだけ相手が若くても、最初は敬語で接したいなと思っています。
山田 私は今回のカンパニーで最年長。なるべく遠慮されないように、境界線を取り払おうと思っています。でも、タカイさんが何か言うとみんな私を見るんですよ(笑)。
谷藤 キヌヲさんを信頼しているからです(笑)。
伊藤 どっちでもいい時は、キヌヲさんどうかなって(笑)。私はタカイさんと逆で、敬語をあまり使わないようにしています。怒られたこともありますが、その時はすぐ謝る(笑)。世代関係なく、フラットに仲良くなりたいなと思っています。
タカイ 僕が敬語を使おうと思うのは、演出家という立場もあるかも。相手を傷つけないためでもあるけど自分を守る境界線かもしれない。
谷藤 後輩にはご飯を奢ろうと思っています。頑張ってほしいという思いもあるし、自分もそうしてもらったので。でも、この間後輩が初めて奢ってくれて、すごく嬉しかったです。先輩だから奢るべきだとは思っていないし、先輩だから先にタクシーで帰るとかは嫌ですが(笑)。悩みや困り事があれば聞くし、美味しいご飯などは奢りたいという意味で、先輩・後輩の境界線はあるかもしれません。
――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします
タカイ ふらっと来てふらっと見て、「ああ楽しかった」と言えるお芝居ではないかもしれません。でも、楽しみに足を運んでくださる方の期待とお金、時間に応えられる作品にしたいです。今、安心できる明確な居場所がない方に見ていただきたいなと。たくさんの人に見てほしい気持ちもありますが、来ていただける「あなた」に届けたいという思いです。
山田 フランクに意見を言い合えるカンパニーで、忖度なくみんなで作っている感じがすごくします。劇場に見に来ていただけたら嬉しいです。
谷藤 先ほども話にあったように、舞台に行くのは簡単ではないと思います。初めての方もいると思いますし、私のファンの方の中には遠くから来てくださるという方もいます。皆さんの時間とお金をいただく以上責任をしっかり持って期待に応えたいです。みなさんの日常が少しでもいい方向に進むきっかけや影響を与えられるように頑張ります。
伊藤 演劇の起源って祈りですよね。みんなが集まってなにかしたのが始まりだと思います。舞台を観て体験することで、見える風景も変わるかもしれない。観た方の経験になると思うので、1度は足を運んでほしいし、行き帰りも含めて楽しんでほしいです。
インタビュー・文・写真/吉田沙奈