
長谷川町子の4コマ漫画を原作に、1969年からアニメがスタート。以降、昭和、平成、令和と三つの時代を駆け抜け、2024年には放送開始55周年を迎えた『サザエさん』。2019年には、アニメから10年後の磯野家を舞台に少しずつ変化のあった一家の日常を描いた初の舞台化作品が上演され、大きな話題となった。その後、2022年の舞台版第2弾の上演を経て、3年――。2025年6月に明治座、7月に新歌舞伎座にて、再び「サザエさん一家」が舞台へ帰ってくる。本作では、2019年の初演で大好評を博した作品を再演。初演から出演する相変わらずおっちょこちょいでお調子者のサザエ役・藤原紀香さん、出世して多忙になったマスオ役・葛山信吾さん、子供たちの心配をしているフネ役・高橋惠子さん、定年退職した波平役・松平健さん。再び集結した豪華ベテランキャスト4人に、作品の魅力、国民的キャラクターを演じる上で心がけていること、酒井敏也さん演じる愛猫タマについてなど、たっぷり語っていただきました。
――今回で3回目の公演になりますが、舞台『サザエさん』の魅力はどういうところだと感じていらっしゃいますか?
藤原 今回は初演作品の再演になりますが、10年後のサザエさん一家ということで、家族の歴史とか人生の岐路とか、そういったちょっぴり未来の様子を描いています。多くの人が経験する家族についての問題なども盛り込まれていて、古き良き家族の中でも、子どもたちの現代の価値観とぶつかり合う瞬間が描かれているので、よりリアルに感じていただけるんじゃないかなと思います。今までの2作品の公演では、アニメ『サザエさん』のテーマソングを使った演出や歌を歌うところが良かったと言っていただいたり。笑いばっかり起こるのかと思っていたらホロリと来てしまって、『サザエさん』に泣かされるとは思わなかったと言ってくださるお客様がいらしたり。ほっこり楽しい中にもどこか人と人の在り方みたいなことが描かれる演出になっているので、演じている自分たちも考えさせられることが多かったりしますし。そういう舞台ならではというところが魅力になっていると思います。
葛山 アニメの『サザエさん』のクスっと笑えるショートストーリーとは違う、親子だったり兄弟だったりの、舞台ならではのもうひとつ人間的に踏み込んだ表現をしている部分が、やっぱり魅力かなと思いますね。あとは、皆さんの頭に残っているアニメのシチュエーションや風景が、舞台でどういうふうに展開されるのかも見どころだと思います。そして、紀香さんがおっしゃったとおり、耳慣れた曲が劇場の大音響で聴けるので、それだけでテンションが上がるんです。“さあ、やるぞ!”ってエネルギーをもらえるんですね。それも劇場で感じていただけたらと思います。
高橋 お2人がお話しされたことは、本当にそのとおり。プラスで思ったのは、昭和の話なのに、お姑さんとの確執とかが一切なくて。それはサザエが嫁いでいるけれど、マスオさんが磯野家に入ってくれて暮らしているからなんですよね。それで、すごく伸び伸びしているサザエというのが、今の時代にも抵抗なく受け入れられているんだなと。長谷川町子さんは1946年に漫画の連載を始められたのに、違和感がなくて面白いなと思ったりします。
松平 いわゆる昔ながらの家族構成でありながら、今に通ずるといいますかね。やっぱり成長して親離れした子供に対して心配したり不安に思ったり…。それは現代の親御さんも同じだと思いますので、そういうところは共感できるところだと思います。
――日本中の皆さんが知っている役を演じる上で、心がけていらっしゃるのはどんなことですか?
藤原 フグ田サザエというか、『サザエさん』の登場人物って、全体的に何気ない日常を楽しむ力が半端ないと思うんです。ですから、例えば、近所の人たちとお話してきたことをこうだったよとか、ごはんはこうだったね美味しいねって。そういった台本に書かれているひとつひとつの台詞を、もう最大級に楽しむ、感激する。舞台『サザエさん』っていうのは、何かすごい事件が起こったりとか、そういうことは無い作品なので。いつも演出家の田村(孝裕)さんから、本当に小さなひとつひとつの起こったことを、たくさん心の中でスパークさせてと言われているので、それは常に感じているようにしようと思っています。
葛山 やはり温かい作品ですからね、人との交流の部分においてを、自分自身がすごく楽しんでやることですね。そういうことをいつも心がけております。今回から、カツオくん、ワカメちゃん、タラちゃんの新しいキャストも加わりますから、非常に楽しみですね。
高橋 信吾さんもおっしゃいましたように、関係性を楽しむというのは心がけています。とても日常的な作品だからこそ、お互いの間に生まれてくるものというのが、きっとお客様にも通じてくると思うので、それは大事にしたいですね。私個人としては、この割烹着を着るということが、今は無くなってきているので、割烹着を着て立ち働いていたお母さんを尊敬する気持ちも込めて演じたいなと思っております。
松平 古き良き時代の一家の長として、怒るときは怒り、子供たちにいろいろお説教したりするのですが。フネにサポートしてもらいながら、家長である自覚を常に持ってやらせていただいております。
――初演、第2弾と共演されている、葛山さん、高橋さん、松平さんから見た、藤原紀香さん演じるサザエの魅力はどういうところかを伺えますでしょうか?
葛山 もう本当にエネルギッシュな方で、サザエさんのイメージどおりですね。サービス精神もそうだし、ドジっていうと失礼ですけど(笑)そういうところも含めて、いろいろ笑いをもたらしてくださるといいますか。稽古の段階から本番に入っても、みんなに笑いを提供してくださる。そこにそのままついていけばいいという状況で、非常に楽しくやらせていただいています。サービス精神とそのエネルギーを見習いたいと思うんですけど、なかなか見習えない(笑)。紀香さんの元気に引っ張られる部分は大いにありますね。お芝居で関係性を作るにも本当に助かりますし、ありがたいです。
藤原 恐れいります(笑)。
――サザエさんとマスオさんの関係性にも共通するような?
葛山 ええ。ついつい甘えて、頼りにしちゃってます(笑)。
高橋 本当に天真爛漫。でも、ただ天真爛漫にしているというわけじゃなくて、本当に周りのことをよく見て気を配られているっていうことも、すごいなと思いますね。
松平 もう本当にテレビアニメのサザエさんのイメージにぴったりで、とにかく明るくて。とても雰囲気良くやらせていただいています。
――藤原さんは、今のお三方のお話をどのように受け取られましたか?
藤原 良くおっしゃっていただきましたけど。私、一番最初に初演の本読みをしたときに、びっくりしたんです。皆さん、そのままなんですよね。「あ!テレビで見ているサザエさん一家だ」って思わせてくれたことが、すごく衝撃的でした。マスオさんはもうそっくりだし、フネさんも波平さんも本当に皆さん役を愛して、ここに集結されているんだってことを、まざまざと思い知らされたので。そのときから、私は皆さんがいればサザエになれるって、本当にそう思いました。
――皆さんそれぞれ演じる役と似ているなと思うところがありましたら、教えてください。
藤原 私がサザエさんと似ているなと思う点は、たくさんドジをしても、笑いに変えてごまかしてしまうところだと思います(笑)。そして、やっぱりサザエさんは明るくて、悪いことが起こってもポジティブな考え方ができる人なので、その辺も似ていると思います。
葛山 自分ではしっかりしているつもりなんですけど、ぜんぜん頼りないというか、頼りがいがないところですかね(笑)。
高橋 サザエさん一家の中では、タマと唯一話ができるのがフネなんですけども、私も動物と話しができます。まあ、一方的にそう思っているだけですけど(笑)。でも、声に出して、よく話しています。動物全般、ハトにも。
藤原 公園とかでですか?
高橋 はい。一度、ゴキブリと話したこともあります(笑)。「ごめんね~ちょっと一緒には暮らせないのよ」って。で、外に出て行ってもらいました。
藤原 ハハハハハハ。
高橋 その辺が似ているかもしれないです(笑)
松平 「バカモン!」なんて、言うことはないんですけど(笑)。よくふらふら一人で、家族に告げないで出かけてしまうっていうのはありますね。散歩に行ったり買い物に行ったり…、そういうところですかね。
――2019年の初演作品を5年ぶりに再演することについては、どのように感じていらっしゃいますか?
松平 子供たちはキャストが変わるので、それは新鮮ですよね。
葛山 そうですね。
高橋 今日、台本をいただいて、さっと読んでみましたけど、あまり変わっていない感じでした。
葛山 読んでみると懐かしいですよね。こんなこともあった、こんなことやってたなとか、こんな台詞あったなとか…。
藤原 そうですね。でもまあ、コロナ禍を経ているので、観るほうも演じるほうもですけど、人との距離感が変わってきていますし、時代の流れでいろんなことが変わってきた中で、自分の中でも、今回は脚本をどう読むのか楽しみです。脚本を読んでみて、いろんな人との関わり方や家族の在り方を、もう一回考えさせられることが、きっとコロナ禍を経てあるだろうし、どんな表現が自分の中から生まれてくるのか、すごく楽しみだなというのはありますね。
松平 お客様の反応で、芝居がどんどん変わってくるところもあるので、初演のときのお客様の反応を思い起こして、表現できたらいいなと思いますね。
藤原 無我夢中で向かっていて、意外なところで笑いが生まれたり、笑いが起きると思っていたところが静かだったり、お客様に初演で教えていただきましたからね。
松平 そうですね。
――猫のタマの存在がこれほどフューチャーされる作品も『サザエさん』には無いと思うのですが、酒井敏也さん演じるタマの印象を伺えますでしょうか?
高橋 やっぱり酒井さんならではのタマだと思うので、他の方では出せないタマの感じっていうのが、なんとも愛おしさを感じますよね。かわいいなと思います。
藤原 タマもサザエさん一家と同じように、10年経って年をとっているんですよ。だから、バーッと走ったりしない(笑)。ゆっくり歩く姿が愛らしくて。フネさんとのシーンも大好きです。
葛山 アニメのタマは“ニャー”としか言わないですし、もうちょっと可愛らしいイメージですから、まさか酒井さんのような方がなさるとは思わなかったですが(笑)。声が小さくてスローなちょっと哀愁漂うタマが、今や僕らの中では定着しちゃいましたね。
松平 おいしい役です。そして、かわいいですね。もしも他の役を演じるとしたら、私はタマがいいです(笑)。
――タマにも注目ですね。最後に改めて、意気込みをお願いいたします。
松平 5年ぶりの舞台『サザエさん』です。今回も、お子さんから年配の方まで幅広い年齢層の方が来られると思いますが、皆さんに分かりやすく楽しんでいただけるこの作品をみんなで作り上げて、ほっこりした何か温かいものを持ち帰っていただきたいと思っております。
高橋 3回も同じ舞台『サザエさん』という作品を、何年かに渡って間があってできるというのは、私自身にとってもすごくありがたいことです。同じ台詞でも、先程、紀香さんがおっしゃっていたようにコロナ禍を経験したりして、5年前とは違った捉え方ができるかもしれませんし。初演からのメンバーに、若い世代の新しい風を吹き込んでもらいながら、また新しい舞台『サザエさん』を作っていく楽しみがあります。前にご覧になった方も初めての方も、是非お越しいただきたいと思います。
葛山 先輩方とまたこうやってご一緒させていただけることは、本当に嬉しくて楽しみで。演出の田村さんを先頭に、みんなで稽古場で作り上げていくことが、これから非常に楽しみです。小さいお子さんから高齢の方まで楽しんでいただける作品だと思うので、是非、劇場に足を運んでいただけたらなと思います。
藤原 誰もが知る『サザエさん』の10年後ということで、この家族にもちょっとした危機が訪れますが、どんなふうにしてその危機を、すれ違いながらも心を寄り添わせて乗り切って行くのか。何気ない日常こそがドラマティックなんだということを気づかせてくれるような作品に、みんなで力を合わせてしたいと思います。劇場でお待ちしております。
取材・文/井ノ口裕子