写真左から)和田琢磨、蒼木陣
「ハガレン」の愛称で親しまれている、荒川弘が描くダークファンタジーコミックの金字塔「鋼の錬金術師」が、満を持して初舞台化。錬金術を用いたバトルアクション、歴史や国家をまたにかけた壮大かつ綿密なストーリー、個性豊かで魅力的な登場人物たちが、舞台上でどう表現されるのか期待が高まる。主人公の錬金術師エドワード・エルリックとその弟アルフォンス・エルリックを見守る、ロイ・マスタング大佐をWキャストで演じる蒼木陣さんと和田琢磨さんに、役作りのこだわりや、稽古場の様子、見どころなどを聞いた。
――原作ファンからも人気の高いロイ・マスタング大佐。女たらしで一見軽そうに見えるが、心の内では争いの絶えない現状を打開すべく大総統の地位を狙う野心家でもある。適当な言動をとる一方で仲間や部下の身に危険が及べば自らを顧みず守ろうとする……などなど、魅力的な役にキャスティングされた時は、どう思われましたか?
和田 僕のまわりの友達からも、「鋼の錬金術師」で一番のカッコいいキャラといったら、ロイ・マスタングの名前が真っ先にあがるくらいですから、嬉しかったです(笑)。まあ、自分に出せる精一杯の色気というか、大人っぽさとか、深みみたいなものを、どんどん出していけたらいいなと思っていますけど。
――出していただきたいです(笑)。
和田 アハハハハ!
蒼木 役が決まったときは、正直、僕には早いんじゃないかなと思いました。小学生の頃に原作を読んだときのマスタングの印象って、大人で余裕もあって、女性からもモテて、強くて、カッコよくて…。本当に何でもそろっている魅力的なキャラクターで、理想の大人のイメージだったので。オファーをいただいた直後は、今の僕で出来るのかなっていう不安もあったんですけど。改めて原作を読み返してみると、マスタングの芯の強さは、過去の辛さや苦しみとか、そういう経験を経ているからこそのもので、僕がこれまで舞台や人生で経験させてもらった引き出しから、表現することもできるのかなぁと少し希望も見えたりしつつ。連日、稽古場でもがいて戦っています。
――今回はWキャストで同じ役を演じるということで、どんなことを意識していますか? 協力して役作りをしていくことなどもありますか?
蒼木 僕はWキャストって初めてで、自分がどういう精神状態になるんだろうって、稽古前からワクワクしていたんですけど。やっぱり稽古が始まった当初は、良くも悪くも琢磨さんの芝居を見ちゃうと、自分の芝居のイメージが固まっていないから影響を受けてしまうなと思ったので、できるだけ見ないようにしていましたね。いったん自分が描いたものが出来てから調整していかないと、自分が何をしたいのか分からなくなってしまいそうで、怖かったりもしたので。
和田 僕は去年、舞台『サザエさん』で、初めてWキャストを経験したんですね。そのときは仲良く役作りをしていくものなのかなと思って稽古に入ったんですけど。いい意味で、向こうがああするなら俺はこうしようとか、“2人でキャラを作っていこうぜ”っていうより、切磋琢磨していくライバル的な存在なんだなって。だから…仲良く2人で役作りしていますっていうのは、僕はできないタイプですね(笑)。
蒼木 アハハハハ。
和田 やっぱりお互いプロですからね。得意な台詞の言い方とか、動きっていうのがあるし。“自分はこれ出来ないな”って学ぶことももちろんありますけど、ニコイチで一緒って感覚はないと思いますね。
蒼木 うん。言葉がなくても、どっか根底はつながっていたりもするのかなって思えたりするので、敢えて必要以上にコミュニケーションはとらずともって感覚で稽古場にいます。
和田 もちろん、休憩中とかは話しますし、(マスタングの)基本の動きを共有したりもするし(笑)。
蒼木 普段のコミュニケーションはとっています(笑)。
――稽古での手ごたえなど、稽古場の様子を教えていただけますか?
蒼木 毎日、震えています(笑)。演出の石丸(さち子)さんから、いろいろなお言葉をいただいていて。芝居のことはもちろん、人としての在り方みたいなことにつながるような言葉もたくさんかけてくださる方で。同じひとつのアドバイスにしても、いろいろな角度から、どれか響けばいいという形で届けてくださっているので、同じことを言っていただいても、一週間前と違った印象のアドバイスに聞こえたりとか。日々、新しい発見がありながら、“ここまで来れたから、次はこの段階にいきたい!”という感じで、毎日課題を見つけながら、皆さんと作品を創っていけている実感があります。
――どんな課題にぶつかっているんですか?
蒼木 大佐として、自分の一言で軍を動かすような言葉の重みや説得力みたいなところを、30歳の僕からどれくらい出せるんだろうっていうところとかですね。
和田 僕が言うのはおこがましいですけど、個々のキャラクター作りは皆さん出来ているので、初日に向けて、石丸さんが思い描いている舞台『鋼の錬金術師』のイメージを役者全員が共有して、走っていくだけだと思います。
――和田さんは、石丸さんとどんな会話をされているんですか?
和田 あんまり…言われていないんですよね(笑)。
蒼木 ハハハハ。
和田 何も言われていないっていうのが一番不安ですが…。でも、言われないってことは、いいってことだと信じてやっています(笑)。
――お2人は、何を大切にマスタング大佐を演じたいですか?
和田 舞台の製作発表会でも申し上げたのですが、ロイ・マスタングの深さを表現したいなとずっと思っていまして。なんというか絶対的な高い壁として立ちはだかるものではなく、こう深~く深~く掘っていくようなイメージの捉え方をしているので、深い強さ深い愛みたいな…そういうところを掘り下げていくのが、本番初日まで目標とているところです。
蒼木 過去に戦争で人を殺めたりしてきたことを経て、マスタングは「国を変える」という強い意志を持つようになっています。まず、彼の心情を踏まえて演じるというステップを超えたうえで、その強さありきの大人の包み込むような余裕も出せていければいいなと思います。
――お互いが演じるマスタング大佐については、どんな風に思っていますか?
和田 蒼木さんは、僕にはない軽やかさを持っているので、厳しいながらも優しさを持っているマスタングという人物を、そこの天性の柔らかさみたいなところで表現していて、見ていて心地いい感じはしますね。
蒼木 ありがとうございます。琢磨さん演じるマスタングには、ご本人が持っていらっしゃるおおらかさや、角のなさみたいなところの中にある芯の強さとか、ある種の刺々しさみたいなものが、にじみ出る瞬間が多々あって。あとは、琢磨さんのマスタングが、ふっと笑顔になる瞬間に、こっちも見ていて柔らかい気持ちになれるというか。その厳しさと柔らかさの幅の広さが、「わ~深みあるな~って」思うことが多いです。でも、本音は見ている余裕もなく、「自分、頑張れ!」みたいな状態です(苦笑)。
――稽古で演じていくなかで、改めて感じる作品の魅力を教えていただけますか?
蒼木 「ハガレン」は命の重さとか、人の欲から生じるむごたらしさとか、そういうものが描かれている物語です。改めて人間が生で演じることによって、より生々しく映るようになりますし、それが舞台でやる意味だなというところもありつつ、その中でポップでコミカルに描かれているシーンもあるので、そこの振り幅が面白い要素のひとつだなと感じています。
和田 なんといってもエルリック兄弟の生き様がこの作品の軸なのですが、その彼らを取り巻く登場人物たちもみんな迷いとか葛藤を抱えていて、それぞれにストーリーがあって、そこも大きな魅力ですよね。(脚本・演出の)石丸さんは、そういう人間臭さみたいなものを表現するのがすごく得意な方ですので、彼女のイメージするものを我々役者がちゃんと表現できたら、すごくいい舞台になるんじゃないかなと思います。また、ファンタジックな演出の部分では、マスタングは焔の錬金術を使うので、舞台上でどう表現されるのかも楽しみにしてほしいですね。
蒼木 人間の世界ではありえないようなファンタジーの世界を、舞台で生の人間がやるっていうのは、純粋にワクワクしますよね。
和田 エルリック兄弟のアクションシーンも見ごたえがあるので、注目してほしいです。
――漫画原作ということで、キャラクタービジュアルの完成度も重要な要素ですが、ご自身も含めて各キャラクターのビジュアルをご覧になった感想は?
和田 今回担当してくださっているヘアメイクさんと衣裳さんは、僕も以前出演した舞台でお世話になっているプロフェッショナルな方々です。120%のものを用意してくださっているので、あとは自分がお芝居でどれだけマスタングに近づけられるかってところですね。
蒼木 僕、ビジュアル撮影のときに、アレックス・ルイ・アームストロング役の吉田メタルさんとすれ違ったんですけど…。
和田 もう、そのまんまだよね(笑)。
蒼木 そう、完全に仕上がっているじゃないですかって感じで(笑)。僕自身も実際に衣装を着てみて、すごくテンションがあがりました。
和田 軍服ってあまり着ないですし、今回は大佐なので階級章のような飾りもたくさんついているので、やっぱり袖を通すとシャキッとしますよね。
蒼木 はい。非日常な衣装ですけど、それが本番までには様になっていればいいなと思いますね。
――では公演に向けて、お互いへのエールを贈り合っていただけますか?
和田 今回、大阪公演からのスタートなのですが、大阪は蒼木さんが全公演務めるんですね。なんかプレッシャー与えちゃいますけど(笑)、お客様に、カッコいいロイ・マスタングだなって思っていただけように、まずは頑張ってもらいたいです(笑)。
蒼木 どんどん怖くなってくる(笑)。
和田 アハハハハ!
蒼木 しっかり背負わせてもらいます!そして東京にバトンをつなげますので、心の奥でつながって、一緒に最後まで頑張っていけたらなと思います。
和田 うん。頑張ろう!
――最後に、舞台を楽しみにしている方へ、意気込みと期待してほしいところをお聞かせください!
和田 この作品は、テクノロジーに頼らずに人力でいろいろな表現をしています。「鋼の錬金術師」のファンタジーの世界を敢えて人の力で動かしていくっていう、そのエネルギーが舞台を観ている方にいい作用になるように、一生懸命稽古しています。登場人物の生き様と我々演者のエネルギーを掛け合わせた熱い舞台になると思いますので、それを楽しんでいただきたいと思っております。
蒼木 石丸さち子さんの演出である意味というか、人が舞台で演じる意味…、生で目の前で起こっているからこそ、よりお客様に響く演出がたくさんあります。僕も原作を読んでいて、ここはどう表現するんだろうと思っていた描写が、「うわっ、こういう人の力の使い方をするのか」という場面になって。敢えて役者全員にいいストレスがかかるような演出をしてくださっているので、役者陣から自然とあふれ出るエネルギーが、きっとお客様にも空気感として届くと思います。それを生でぜひ、劇場で体感していただきたいです。
取材・文/井ノ口裕子
撮影 / 篠塚 ようこ